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東京・春・音楽祭2020 波乱の先行予約初日 サーバーダウン [クラシック雑感]

今日は朝早くに起きて、もうスタンバイOK。勝負は10時スタートだ!


東京春祭2020.jpg


東京・春・音楽祭2020の先行予約開始日である。


もちろん自分の狙いは、この音楽祭の目玉であるN響&ワーグナーの演奏会形式公演のチケット。

2010年からスタートしたこの連載、ついに来年の2020年が最終年。


演目は「トリスタンとイゾルデ」。
指揮がマレク・ヤノフスキ。


最高のお膳立て。
もう絶対に獲らないといけない。


まっ最初は繋がらないけれど、10分くらいしたら繋がるかな?
毎年経験しているプロだから、もうそんな感覚でいた。


さっそく15分前に、PCに向かってサイトにアクセスをする。

・・・・・・

そうするとあれ?繋がらないのだ。(笑)


何回やっても、いろいろなリンク先からもトライしても

Error Database Connection

とエラーメッセージが出る。


あちゃ~みんなこの日は争奪戦だからアクセス集中して、ついにサーバーダウンしてしまった。サーバーダウンということは、みんなもアクセスできない訳だから、チケットがどんどん売れていくということはないにしても、なんか気持ち的に焦る~。(笑)


いろいろ健闘したところ、どうやら表の入り口のところがダウンしているようだ。
そして東京・春・音楽祭の特に2020年分のところがダウン。


ネットで東京・春・音楽祭で検索して、そのキーワードをクリックしてもダウンで入れない。

仕方がないから、表を通らずダイレクトで、枝分かれのリンク先から入ると、すんなり購入画面に入ることができた。


毎年いつもは、ビジー状態でしばらく待たないと繋がらないが、いまダウン中で、この裏技から入っている人は少ないと思われ、何回トライしても一発でスイスイと購入画面に繋がる。(笑)


もう自分はドキドキでしたよ。
間違ってないよな?


確かに2020年のトリスタンとイゾルデだよな?

もう何回も繰り返し確認しました。


トラブルあったから、早くチケットを確定したい気持ちもあって、クレジットカード払い、郵送ではなく、コンビニで現金支払い、その場でチケット受け取りにして、すぐ今日のうちに処理してきました。


DSC01790.JPG


あ~すっきりした。


紙のチケットの印字でちゃんとトリスタンとイゾルデと書かれていることをもう一回確認したりして。。。(笑)これでようやく波乱のドキドキから気持ちが落ち着いた。


いやぁ~こんなことってあるんだね。
N響&ワーグナー公演は8年間チケット獲ってきたけど初めての経験です。

東京春祭運営サイドもまさかのドッキリでしたでしょ。(笑)


東京・春・音楽祭の最大の目玉であったN響&ワーグナー演奏会シリーズ。
こんな歴史でした。


2019年 vol.10 《さまよえるオランダ人》

2018年 vol.9  《ローエングリン》

2017年 vol.8 『ニーベルングの指環』 第3日 《神々の黄昏》

2016年 vol.7 『ニーベルングの指環』 第2日 《ジークフリート》

2015年 vol.6 『ニーベルングの指環』 第1日《ワルキューレ》

2014年 vol.5 『ニーベルングの指環』 序夜《ラインの黄金》

2013年 vol.4 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

2012年 vol.3 《タンホイザー》[ドレスデン版]

2011年 vol.2 《ローエングリン》
※ 震災の影響により中止となりました。
 
2010年 vol.1 《パルジファル》


自分は2012年のタンホイザーから参加したから、結局初年度のパルジファルだけが観れていなくて、N響の演奏会形式で、ワーグナーオペラ10大作品のうち、9作品までをこのコンビで鑑賞してきたことになる。


本当に感慨深いですよ。
自分を誉めてやりたいです。


ノンノン2020プロジェクトのおかげで、アウトの支出をできる限り抑えて、貯蓄に回さないといけなかったので、2018年度から座席もかなりランクを下げてコストダウンを図りました。


でも最終章の2020年は、文句なしにS席で歌手ものには最適の”超前方かぶりつき”の席にしました。


来年でこのシリーズ終わってしまうので、次の年からなにをやるのかな?
楽しみです。


来年の最終章のトリスタンとイゾルデ。


自分は密かに、シュテファン・グールドにニーナ・ステンメの黄金タッグを期待していた。
特にイゾルデ役100回以上を演じてきた、まさにこの役と言ったらステンメ様な訳だが、ぜひ生でステンメ様のイゾルデの愛と死を聴きたかった。


今回の配役は、アンドレアス・シャーガー、ペトラ・ラングのコンビ。他にもエリザベート・クールマンも登場、そして常連のアイン・アンガー。日本勢もこれまた常連の甲斐栄次郎さん。


harusaisenkou[1].jpg


もうファイナルに相応しい豪華キャストです。


アンドレアス・シャーガーは、この東京春祭でジークフリートのときがあまりに凄すぎて自分の中では最高のバリトンの1人。ペトラ・ラングは、自分がバイロイト音楽祭に行って、トリスタンとイゾルデを観劇した時に、イゾルデを歌っていたのが、このペトラ・ラングだった。そのとき、自分は日記で、ステンメと比較すると、イゾルデとしての声の陰影感、深さなどまだまだの感がある、なんて日記に書いていた。(笑)


でもペトラ・ラングは年々成長著しくて、2018年のローエングリンでは、演奏会形式なのに、まさに役に入りきったプロとしての表情、演技作りに完全に主役を食っていたところに心底本物感を感じました。


ペトラ・ラングの愛と死、本当に楽しみです。


もう来年の大興奮が待ち遠しい。


ノンノン2020プロジェクトのおかげで、どうしてもアウト(支出)を抑えないといけない。


「定額のインに対して、予想だにしないアウト。」


というのが世間の常識ですが、この東京春祭のN響&ワーグナー演奏会形式だけは、もうこれは年初の期初予算作成の時に、すでに予算計上されている案件なのです。


ですから、この出費はもう覚悟の上。


だから、昔は東京春祭は、たくさんの公演に行っていたけれど、昨今の緊縮財政モードに入ってからは、N響&ワーグナーシリーズと川本嘉子さんのブラームス室内楽の2公演だけに絞っています。


川本さんのブラームスは、今年は去年に引き続き、ピアノにエリザーベト・レオンスカヤが登場という大物ビックリポンでこれまた非常に楽しみです。


川本さんのチケットはこれから獲ります。






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種明かしのリーフレット [グルメ]

世界の朝ごはんを極めようとして始めたのが3年前。みなさんも気づいているかもしれないけれど、最近のこのシリーズの日記は凄い熱筆で、ものすごい博識な内容に変貌しつつある。


始めた当初は、ただ朝ごはんを体験して、メニューを紹介して、その食べた感想を述べる、というシンプルな内容だったのだけれど、最近の日記はその国の基本情報、観光ポイントにまで至り、そしてその国の食文化にまでもの凄い専門的な内容を紹介している。


特に”その国の食文化”については、いつも日記の後半に登場するのだけれど、その国の事情がよくわかっていないと書けない専門知識なので、これはどうやって知っているのだろう?という読者の疑問は絶対あるはず、と推測する。


この部分の記載についてのcopyrightのクレジットをどう書こうか、ずっと昔から悩んでいたのだけれど、表現や説明することが難しく、今日こうやって別スレッドの日記を1本書くことで種明かししたいと思う。



まずお店に行きます。
テーブルの上にはこのようになっています。


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三角折りにされたリーフレットが見えるでしょう。(今回はポルトガルだからPortugalと書かれている。)このリーフレットに、じつは、そのときに特集している国の食文化について詳細に書かれているのです。


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このような感じです。
この情報を参考に書いています。


ふつうのラフなお客さんはそこまで気にしなくて、このリーフレットをそのまま残して店を去ったり、あるいは持ち帰ってもすぐにゴミ箱にポイかもしれません。


このリーフレットにそんな大事なことがみっちり書かれているなんて、たぶん大半のお客さんは気づいていないと思います。(笑)


このリーフレットの記載内容は、公式HPにもあまり書かれていないと思います。
(公式HPはメニューの紹介がメイン。)


だからお店側の狙いとしては、きちんとお店まで食べに来てくれた人だけが得られる情報、というような特権的な使い分けなのかもしれません。


自分の記憶ですけど、この連載を始めた2017年当時は、このようなリーフレットはなかったと思います。最近ですね。少なくとも2018年に入ってから。


ボクもいままでゴミ箱ポイだったんですが、ある日、偶然広げてみて、じっくり目を通して見るとすごい貴重な情報、まさにその国の食文化についてかなり深く書かれているではありませんか!


びっくりして、これは日記で紹介したほうが絶対いいと思いました。


紙に書かれているので、それを文字起こしする苦労はありますが、そのほうが、自分が理解できる深さが出ます。もしパソコン上でコピペで済んでしまうなら内容をきちんと理解しないままの可能性が多いです。


でも複写してほしくない内容だから紙オンリーという解釈のほうが正しいと思いますが。(笑)


ですから、”その国の食文化”に関する記載は、もちろんcopyrighted by World Breakfast Alldayになります。


基本、理系人種の自分がこんな畑違いのことにこんなに詳しい訳ないじゃないですか?(笑)


その国の食文化について詳しい記述だったのは、このリーフレットによるもの、というのが種明かしでした。これで今後は、copyrighted by World Breakfast Alldayとクレジットできます。


みなさんもお店に行ったときは、世界の朝ごはんを食べながらこのリーフレットを読んだり、大事に持ち帰ってください。(このリーフレットを世界中ヴァージョンをコレクションしておくと面白いかも?)ただ朝ごはんを食べるだけでなく、事前に目を通すと、世界のそのときの朝ごはんに対する理解度なんか全然違ってくるのでぜひおススメします。



いままでメニューの紹介と食べた感想だけだった日記に、この”その国の食文化”の記載が加わると、俄然、日記自体の充実度に厚みが出てきます。


そうすると欲が出る訳です。もっと完成度を高くして、クオリティの高い記事にしようという欲が出ます。


まず、その国がどこにあるのかの地理感の地図とか、国旗の画像とかも加えようと思いました。


そして、リーフレットには食文化についての記載が主ですが、それをさらに肉付けして、観光ポイントだとか、どういう国だとかを加えていきます。


読んでいる人が、その国に実際旅行しているみたいな感覚にしてあげようという感じです。


このお店のコンセプトが、”朝ごはんを通じて、世界を旅行する、体験する”なので、その手助けをしてあげるのです。リーフレットやHPの記載では、基本食べ物関係に偏ってしまうので、それ以外の分野をサポートしてあげるのです。(もちろんリーフレットには簡単な国の基本情報、観光情報も記載されています。)


そしてこれが結構大切なポイントなのですが、自分の経験談(主にヨーロッパの国になってしまいますが・・・)や自分のその国に対する想いを必ず入れることです。ここ大事です。


これで結構自分の色のついた記事にすることが出来ます。


あと、これは基本ですが、食べた感想は必ず入れることですね。
自分、もしくは日本人に合いそうもない場合は、辛口できちんとそう書きます。


このお店を紹介しているSNSを拝見すると、こんな感じです、という写真だけの場合が多いように感じますが、感想まであまり書いていないような・・・でもそのほうが当たり障りなくていっか。(笑)


そうやって研磨していくにつれて、やたらと充実度満載のすごい濃い内容の記事が出来てしまったという経緯です。


この世界の朝食を食べさてくれるお店

World Breakfast Allday



もともと外苑前のお店でスタートして、自分もSNSのTLで偶然知って、このコンセプトは素晴らしい!ぜひ自分の日記で紹介したいと思って特集を始めました。


いつも置いてあるレギュラーメニューと、2か月に1回のタイミングで特集するメニューとあって、いまは後者を紹介しています。


そうこうしているうちに原宿店がオープンしました。


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こっちは素晴らしいロケーションで、店内もすごい広いので自分は大好きで、今や、もっぱらこっちに通っています。


このコンセプト・レストラン、この3年間ですごい成長です。


昔はネットで検索してもあまり出てこなかったけれど、いま検索したらもう凄くてびっくりします。急に知名度アップした感じで、原宿店もオープンしてTVなどのニュース番組でも特集されて、万々歳ですね。


もともとは、経営しているのは、日光の建築デザイン会社の方が副業でやってたとか。
建築の会社が、なぜ東京でカフェを経営することになったのだろうか。


ここに詳しく特集されています。(東洋経済)



この社長さん(木村顕さん)が日光市内にある築50~100年の古民家3棟を借りてリフォームし、民宿事業を立ち上げた。


日光インと名付けた民宿施設。


海外からのバックパッカーや観光客などが多く訪れ、リピーターも増えたが、何年か続けるうち「初期投資が大きく、ビジネス的に採算を取るのが難しい」ことがわかった。


そこで2013年5月から始めたのが「世界の朝ごはん」のサービス。ヒントとなったのが、日光インでの宿泊客との会話だった。


「外国人が皆コミュニケーションが上手かというと、そんなことはありません。私自身、建築やデザインの話に興味がある人となら話が弾むけれど、そうでない人の場合は話題に困るんですね。でも、食なら万国共通の話題となります。それに、食べ物そのものに、その国の文化や暮らし、考え方が凝縮しているということに気づいたんです」(木村氏)


3食の食事の中でも朝食を選んだのは、もっともシンプルで、国ごとの違いが如実に現れる食事だからだ。


「和食というとカツ丼やラーメンも含み範囲が広過ぎますが、朝食に限れば、伝統的なものとして挙げられるのはご飯に魚、みそ汁、納豆などですよね。種類が限られる分、文化の本質が現れる。他国でも同じことが言えるのではと考えました」(木村氏)


原宿から徒歩10分程度という立地を選んだのは、「街中は家賃が高い」というコスト面の事情もあったが、「ある程度落ち着いた雰囲気があり、世界を知ることに興味のある人が来てくれそう」(木村氏)


という理由もあった。


朝ごはんなんて食べないという人も多いが、なんか、いまは朝活ブームだそうだ。


一時は、木村氏自ら、寝ないで仕込みをしなければならない事態になったほどだったが、現在は新たに雇ったスタッフを含め10人で切り盛りできるようになった。(この記事の当時の話です。いまは原宿店もオープンでもっとたくさんスタッフいます。)


今は事務所を東京に移転しており、同店を始めるきっかけとなった日光インについては、サービスをストップしているという。宿泊施設はビジネス的に難しいということもあるが、木村氏自身が多忙なため。


「食事のリサーチや食材の仕入れ、ホームページの更新と、2カ月はあっという間に経ってしまいます」(木村氏)


本業はストップですが、副業の方で、もういまや万々歳で本当によかった、よかったです。


ボクが、2017年から体験し始めて、いままで体験した世界の朝ごはんは全部で21か国。


征服した世界の朝ごはん.jpg




これからもどんどん充実度満載の記事で、紹介していきます。







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BBC Proms JAPAN 2019 [国内クラシックコンサート・レビュー]

世界最大規模の夏のクラシック音楽祭である英国のBBC Promsを日本で開催しようというのは、誰の案だったのか、は知る由もないが、そのニュースを知ったときは、とにかく驚いた。


BBC Promsを海外で開催すること自体、2016年にオーストラリア、そして2017年、2019年にドバイですでに実現され、今回の日本が3か国目である。


英国のロイヤル・アルバート・ホールという巨大なコンサートホールで開催されるいわゆるプロムナード・コンサート(散歩やぷらぷらと歩きながら楽しめるコンサート)で、クラシックという敷居の高さを気にせずに、クラシックにあまり詳しくないファン層の人たちにもとにかく気取らないで、ざっくばらんに楽しんでもらおう!というのがPromsのコンセプトである。


自分も2016年に現地の本場で体験できたが、ロイヤル・アルバート・ホールのProms用の飾りつけは視覚的に結構インパクトがあって、カジュアルな場内の客層含め、あの雰囲気を、日本に持ってくる、というのは実際できるのだろうか?という疑問がまず頭に浮かんだ。


BBC Promsは英国のクラシック音楽祭。


彼ら独特のカラーがあるその音楽祭を、安直に日本にそのまま持ってくるだけで、それは成功するものなのか?そういう考えは当然自分の中にもあった。


特に、日本では、渋谷オーチャードホール、大阪シンフォニーホールがロケーションということを知って、それじゃ普通のクラシック・コンサートと何が違うの?ただ、登場するオーケストラがBBCスコティッシュ交響楽団というだけのことじゃないの?


やっぱり日本でPromsをやるなら、東京ドームあたりでやって、ビール、ポップコーン片手に、クラシック音楽を楽しむ、というのがPromsらしくていいんじゃないの?と思ったりもした。


でも東京ドームなら5万人の観客席。本場のロイヤル・アルバート・ホールでも6000人くらいだから、日本でクラシック・コンサートで初の試みをやるのに、5万人の集客はちと苦しいか。(笑)


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今回のBBC Proms JAPANは大和証券が特別協賛で、”大和証券プレゼンツ”となっている。
大和証券さんが起案者で主たるスポンサーなのだろう。


ぴあ、テレビ朝日、博報堂DYメディアパートナーズ、読売新聞社、BS朝日、Bunkamura(東京公演)、ザ・シンフォニーホール(大阪公演)の7つの企業団体から成るBBC Proms JAPAN 2019 実行委員会を設立して、その運営にあたる。


そのほか、
 
協賛 KDDI


協力 BBC、東急株式会社、HarrisonParrott、ブルーノート・ジャパン、ローランド株式会社、一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント 後援 ブリティッシュ・カウンシル、一般社団法人日英協会、スコットランド政府、NPO日本スコットランド協会、一般財団法人渋谷区観光協会


これだけの企業団体が、このBBC Proms JAPANのコンセプトに納得してくれて、それを実現するために立ち上がってくれたのだ。


ぶっちゃけた話がスポンサーとして投資してくれた、ということだ。


BBC Promsを運営しているBBCと直接交渉する必要があり、この音楽祭を日本に持ってくると簡単に言うけれど、それだけでもこれだけの企業体の結束、努力がなければけっして実現できなかったことだ。


指揮者のトーマス・ダウスゴー、BBCスコティッシュ交響楽団の遠征費、宿泊費、交通費そして出演料。6日間に渡るそれぞれに出演するソリスト達の出演料を始めとする同様の費用。そして広告費。これだけのアウト(支出)だけでも大変なやり繰りが必要と思われ、それに対しチケット収入のイン(収入)で全体として黒にするには、その見返りなのかはわからないが、随所にコストダウンしているな、と思われるところが散見された。


自分は渋谷オーチャードホールだったが、日本と英国の国旗が飾り付けられているのかな?とも想像したけれど、そのようなものはなし。ごく普通にシンプルな普通のコンサートのときと同じ変わらない風景だった。


そしてホワイエに展示されているパネルや物販関係もお金のかかってなさそうなシンプルなものばかり。


ふつうはコンサートプログラムといって、この音楽祭の演目や出演者のプロフィールなどを書いた総合プログラム冊子が配布されるものだが、これもなかった。


かなりのコストダウンを図っているものと思われた。(笑)
やっぱりアウトが大変なんですよ。


そんな苦労も垣間見えるが、やはりそこは大プロジェクト。


じつは「日英交流年 UK in Japan 2019-20 」の一環でもある「大和証券グループ presents BBC Proms JAPAN 2019」。英国文化・メディア・スポーツ・デジタル省大臣 ナイジェル・アダムズ氏が視察にいらっしゃったそうだ。


BBC Proms.jpg
(c)BBC Proms JAPAN Twitter



日本としてのBBC Proms JAPAN。


6日を要し、そのプログラムがとてもよく考えられていた。



Prom 1 ファースト・ナイト・オブ・ザ・プロムス
Prom 2 BBCプロムス・イン・大阪
Prom 3 ジャズ・フロム・アメリカ
Prom 4 ロシア・北欧の風
Prom 5 日本を代表する次世代のソリスト達
Prom 6 ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス



クラシック一辺倒に限らず、アメリカのジャズ、そしてロシア・北欧の音楽など、いろいろな切り口で組み立てられたプログラムで、BBC Proms JAPANが総合音楽祭であることを主張していて、自分はよく考えられているプログラムだと感心した。


当初は、ご多分に漏れず、ラストナイトに行こうと思ったが、予想以上の争奪戦。なんと一般発売日のスタートともにサイトにアクセスしたら、すでに完売ソールドアウトであった。


これは、ラストナイトは、少し表現が悪いが、他の日の公演とセットになって売る「抱き合わせ商法」のような扱いで、みんなセット券で買ってしまっていたんだな。だからラストナイト単券売りの日はほとんど残っていなかった、というのが真実だったのではないか、と考えた。


自分はそこで、他のPromの内容を再度吟味し、


Prom 5 「日本を代表する次世代のソリスト達」


を選択した。


いま思うととても賢明な選択だったと思う。
宮田大くん、三浦文彰くんを鑑賞したい、と思ったことがなによりも第1理由である。



では、当日の感想を時間経過順に述べていこう。


今回のBBC Proms JAPANでは、東京公演のほうでは、サテライト会場として、特別に渋谷109の前の広場のところに特設会場を造って、"Proms Plus Outdoors Concert"という無料の野外コンサートが行われた。


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時間割でいろいろなアーティスト達がセッションを繰り広げるのだが、自分が到着した時は、マリンバの塚越慎子さんとピアノの志村和音さんが、コンサートをおこなっていた。


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ジャンルはいろいろ。思い付きのジャム・セッションぽいところもあって楽しかった。銀河鉄道999も演奏してくれました。(笑)


マリンバの塚越さんを初めて、近くで生で拝見させてもらったが、ゴムまりのように弾ける元気いっぱいの明るい女性で微笑ましかった。


でもマリンバって、強烈だなぁ。


あの弾けるような音の躍動感。聴いているとこちらがどんどん乗っていってしまうキケンな楽器ですね。



そしていよいよ、渋谷オーチャードホールでBBC Proms JAPAN 2019。


DSC01741.JPG


自分はここの玄関フロントのところに、日本と英国の国旗が掲げられていると推測していたのだけれど、全然そのようなことはなく至って普通のオーチャードホールであった。


ホワイエ


BBC Proms JAPANのパネル。


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物販関係。


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大フェスティバルにしてはかなり地味目だと思うのですが、いかがでしょう?(笑)


自分は観客がラストナイトのときのように、国旗を振るようなことを想定して、両国の国旗が物販で売られているとも思ったのですが、そんなこともなし。(笑)


でも今日やるラストナイトではどうかな?



そしてホール内。
自分は3階席を選んだ。



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これは素晴らしかった。


いままでフロント、ホワイエと期待の大フェスティバルにしては、あまりに普通に地味なので、ちょっとがっかりというか気合抜けしてしまったところもあったのだけれど、このホールの飾りつけを見て、救われたというか嬉しくなりました。


本場のPromsのような感じが醸し出されていて、とてもいいと思います。


まず、本番のコンサートが始まる前に、指揮者のトーマス・ダウスゴー氏、宮田大氏、三浦文彰氏、そして女性アナウンサーでプレトークがあった。


ダウスゴー氏は、いかにも英国人らしいきちんとした紳士然としたところもありながら、かなり熱血漢っぽい感じ。そして宮田大くんは、やっぱり優等生だなぁ。とてもきちんとしていて、とても能弁な語り口。さすがです。逆に三浦文彰くんは、反対の路線というか、結構土の臭いがするとても素朴な感じで微笑ましかった。


宮田大くんは、今回演奏するエルガーのチェロ協奏曲を、このBBC Proms JAPANに合せて、トーマス・ダウスゴー指揮、BBCスコティッシュ交響楽団という同じメンバーでイギリス・スコットランドで現地録音をしてきたばかり。


日本コロンビアからリリースされます。(2019/10/31リリースですでにオンセール)


そのときに、イギリス人はきちんとしているところが日本人に似ている印象を持ったとか、あのとき嗜んだウィスキーの味が忘れられないとか・・・わかる~その気持ち。(笑)このコメントが自分には印象的でした。


そしてコンサート。


じつは、自分はProm 5なので、音楽祭終盤。だから前半を体験した人たちのレビューがどうしても目に入ってしまう。そうすると、BBCスコティッシュ交響楽団の下馬評が結構散々たるという感じで(笑)、これは参ったな~と頭を抱えてしまった。


かなりの人数の人が、BBCスコティッシュ響は、「弦が薄くて、管が不安定。」という評価なのだ。1人だったらわかるが、かなり複数人だったので、信憑性も高そうだ。


オーケストラというのは弦楽器が大半のパートを占めるのだから、その弦が薄くてスカスカだったら、これはオーケストラサウンドとしてかなり悲惨なものと思われた。


でも自分が体験したProm 5の日の演奏は、まったくそういうところは感じられなかった。管が不安定なところはいっさいなく安定した吹きっぷりだったし、弦楽器群はとても音色が厚くて安定していて、倍音成分ふくめた潤いの余韻が尾ひれについていた。


なによりもこの日の演奏は一貫して、高いアンサンブル能力、オーケストレーション能力が非常に高いオーケストラだと感じ、自分は「なんだ!全然いいじゃん!」といういい意味での拍子抜け、BBCスコティッシュ交響楽団は、一流のオーケストラと言っても遜色のない素晴らしいオーケストラだと確信した。


おそらくその日の出来具合の違いもあるのでしょう。
そして座席の差は大きいかも。


渋谷オーチャードホールは、クラシックの生音で勝負するホールとしては、ステージから観客席に音が飛んでこないことで有名なホールなのだが、自分はそこを慮って、3階席で勝負した。


これが大正解だった。


これだけ上階席でステージを俯瞰するような感じだと、ステージから上に上がってくるサウンドステージがバランスよく万遍なく聴こえてくるメリットがある。これが平土間の1階席で聴いていると、どうしてもステージの奥行きに行くにつれて、音の伝搬距離の差が出てきてしまい、位相差が出来てしまう。弦楽器、管楽器、打楽器と遠くなるにつれて、どうしてもその差が出来てしまう。


客席の一点として捉えたときのオーケストラとしての音のバランスが悪くなるのだ。


自分は確信犯的に、ここは絶対に上階席の方がいいと思っていた。これだけ上から俯瞰する感じだと、ステージの奥行きに行くほどの位相差は、あまり差がなくなる。


だから全体にバランスよく万遍なく聴こえるのだと予想した。


その分、ステージから遠くなるので、音像が緩く遠くなったり、腹に響いてくる音の実在感は犠牲になるが、それでも音の全体のバランスのほうを自分は選んだ。


結果、この日の演奏のサウンドにストレスのようなものがいっさいなく、この生音クラシックのコンサートが苦手なこのホールで、満足できたのはひとえに、座席選びだったと思っている。



前半の細川俊夫さんの「プレリューディオ」 オーケストラのための。


最初のこの曲で、自分はBBCスコティッシュ響の実力の高さをしっかりと把握することができた。
現代音楽に必要な繊細で透明感のある弦の美しさ、そしてその音色が安定していないといけない。
さらに空気を引き裂くような鋭さを持っていなくてはいけなく、それがきちんと具現化されていた。



2曲目の宮田大くんのエルガーのチェロ協奏曲。


この曲が自分の一番の楽しみであった。
それは先の述べたように、イギリス現地で同メンバーで録音してきたホカホカの話題であること。
そしてなによりも久しぶりに宮田大くんの生演奏に触れること。


大くんは変わんないね。・・・見かけが。(笑)
なんか自分が接していた時とほとんど変わんない。
いつまでも若くて、うらやましいです。


でも演奏表現力は観客に対する訴求力というか説得力が抜群にレヴェルが増したと思う。
自分の座席はステージから遠いけれど、大くんはとても大きく見えました。
チェロの音色も朗々と鳴っていた。
(チェロの音域って本当に人の声に近いというか、どうしても眠くなりますね。(笑))


エルガーのコンチェルトは、チェロ協奏曲としては超有名なドボルザークのコンチェルトと対照的で、非常にシンプルなオーケストレーションが特徴的ですね。エルガーが病床にいるときに書かれた作品ということで、やや短調的なほの暗い旋律が印象的です。ドボコンは有名なので、聴く機会も多いと思いますが、エルガーのほうは、なかなか普段、コンサートで聴く機会が少なくレアな曲なのではないでしょうか。


エルガーのチェロ協奏曲は、特にジャクリーヌ・デュ・プレが盛んに演奏しレコーディングも行っており、彼女が本作を世に知らしめた功績が大きい。


自分も彼女の音源を持っていますが、この日の大くんの演奏のほうがより現代的で洗練された今風のサウンドだと思うし、今回日本コロンビアからリリースされるアルバムも、デュ・プレの作品を超えるものであることは間違いないでしょう。



休憩(インターミッション)


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後半に入り、三浦文彰くんのブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。


三浦くんは、自分が定期会員だったミューザ川崎の東京交響楽団 名曲全集のコンサートにソリストとして出演したときに1回実演に接したことがあります。


本当に土の香りがするという感じがぴったりな男らしい将来のスター。


ブルッフのコンチェルトは、ヴァイオリニストにとっては、若い新人の頃に修行する曲として有名で、自分は若い頃は弾いていましたが、トータルとしてはあまり弾いたことがない曲だ、とプレトークで言っていた。


自分はこのブルッフのコンチェルトがとても好き。
哀愁があってロマン派的で、メロディーがとても美しい。
ヴァイオリンにすごく合っている曲だと思います。


三浦くんのブルッフは、どちらかというとこの曲が持つ派手でパフォーマンスたっぷりという路線とは違っていて、とても素朴で冷静に淡々と弾ききった、という印象が大きかった。


とても渋い男らしいブルッフであった。



そして最後にトーマス・ダウスゴー指揮、BBCスコティッシュ交響楽団によるラフマニノフの交響的舞曲。


これは素晴らしかったね。


巷に溢れていた同楽団への散々たる下馬評はなんだったんだ?という感じで、こんな素晴らしいパフォーマンスをするBBCスコティッシュ響を大いに見直した1曲であった。


コンチェルトだとどうしてもソリストに耳が行がちになりますが、メインディッシュはまさにオケそのものを堪能、評価できる。アンサンブル能力の高さ、オーケストラとして奏でているサウンドのボリュームと質感の高さ、緻密さ、極めて能力の高いオーケストラだということがこの曲ではっきりと認識できた。


このラフマニノフの交響的舞曲という曲は、自分はRCO Liveのディスクでオーディオでよく聴いていて、大好きな曲なのだが、ひさしぶりに生演奏で聴くと、やっぱりこの曲、オーディオでの聴きどころ、音的に美味しいところ、というポイントがあって、それを生で聴くと、やはり迫力が違うな、と感心しました。


ブラボーの一言です!


指揮者のトーマス・ダウスゴー氏であるが、非常に切れ味鋭くて、熱血漢の指揮ふりですね。正統派の指揮者だと思います。彼らからこれだけのサウンドを引き出していたのもじつはダウスゴー氏によるところが大きいのでしょう。


アンコールは、劇団員が立奏して踊りながら演奏するなどのパフォーマンスがあり、お祭りらしい華やかな雰囲気でフィナーレ。



つくづくこの日、Prom 5を選んでよかったと思います。


ちなみに、松本市音楽文化ホール(松本ハーモニーホール)のほうでもバスツアーを企画して東京に遠征して、この日のProm 5の公演を鑑賞するツアーを組まれていたようです。ツアー参加者のみなさんが楽しそうな笑顔で集合写真に写っていたのを拝見しました。


やっぱりProm 5だったんだね。(笑)



今日はラストナイトの日。


観客は日本、英国の国旗を振るというパフォーマンスはあるのでしょうか?


いろいろ音楽界で論評はあると思うが、自分はこのBBC Promsを日本で開催する、という今回のトライアルは見事に成功したのではないか?と思います。



BBC Proms JAPAN 2019


2019年11月3日(日・祝) 15:00 開演
Bunkamuraオーチャードホール


出演

管弦楽:BBCスコティッシュ交響楽団
指揮:トーマス・ダウスゴー
ヴァイオリン:三浦文彰
チェロ:宮田大


演奏曲目


細川俊夫:「プレリューディオ」 オーケストラのための

エルガー:チェロ協奏曲 ホ短調 Op.85(チェロ:宮田大)


休憩(インターミッション)


ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 Op.26(ヴァイオリン:三浦文彰)

ラフマニノフ:交響的舞曲 Op.45


アンコール

Sibelius:Andante Festivo
Unknown:Eightsome Reel








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神尾真由子さん [クラシック演奏家]

あの衝撃の2007年のチャイコフスキー・コンクールの優勝。


いまでこそ、国際コンクールで日本人演奏者が優勝したり、入賞したりすることはそれほど珍しくなくなってきたけれど、まだ10年前の2007年当時は大センセーショナルだった。


しかもコンクールの名門中の名門。チャイコフスキー・国際コンクール。


諏訪内晶子さん以来の大快挙、ということで、日本中が沸きに沸いたことを覚えています。
まさに自分はそのときのリアルタイム世代ど真ん中。


あれは興奮したなぁ。


いまの日本人優勝、入賞の衝撃度とはくらべものにならないほど大センセーショナルだった。


あのセンセーショナルな大事件の中に自分がリアルタイムでちゃんとその中にいた、というのは本当に人生の宝物でしょう。


神尾真由子さんとの出会いは、もちろんそこが起点だった。


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その後、BSだったと思うけれど、そのときのチャイコフスキー・コンクールの模様をTV特集したときに見ていて、そのとき自分は神尾さんが本選で弾いたシベリウスのコンチェルトに無性に嵌ってしまい、相当入れ込んで聴き込みました。(ピンクのドレスだったと思いました。)


シベリウスのコンチェルトはどちらかというと解釈が非常に難しくて、少なくとも一般受けするようなポピュラーな曲ではないが、自分はこのコンクールで神尾さんのシベリウスを聴いたことがこの曲に嵌るきっかけになって、それ以来自分はこの曲に対する印象が随分違ってきて、自分にとってこの曲がヴァイオリン協奏曲の勝負曲にまで昇りつめた、という出会いの経緯があるのだ。


神尾真由子さんのそのデビュー当時の魅力は、諏訪内晶子さんが日本古来の正統派の美人としたら、神尾さんは、どちらかというと、ちょっと小悪魔的なセクシーさがあって、男性にとってはドキドキと誘惑させられるような、そんなある意味ちょい悪的なセクシー美人のようなヴィジュアルだった。(男性って、じつはそういうタイプの方に弱かったりするんですよね。(笑))


それ以来、ずっと神尾さんのことはファンとしてずっとウォッチしてきたし、自分の記憶にある限り、実演にも4回くらいは馳せ参じているのではないか、と記憶しています。


ところが、ここ最近ずっと気にかかっていたことがあって、神尾真由子さんのことについて、きちんと自分の日記で語っていない、ということ。


これはかなり気まずい感じで、こりゃいかんな、とどうしようか日々悩んでいた。いわゆるヒラリー・ハーンのときと同じで、ファンでいて、CDディスコグラフィーも聴き込んでいて、演奏会にも何回も通っているにも関わらず、日記でちゃんと語っていない、ということ。


これはなんとかしないといけないな、とずっと自分の心の中で引っ掛かっていた課題だった。チャンス、きっかけを探っていた。


そんな風に思い悩んでいた時に、つい先日、藤岡幸夫さん&東京シティ・フィルの首席客演指揮者就任披露公演で、ソリストとして神尾真由子さんが登場した。


これを見て、久し振りに神尾さんが檜舞台で大活躍されているのを嬉しく拝見した。


藤岡さんも神尾さんと初共演ということで、ずいぶんとSNSの投稿で盛り上げてくれたので、それで自分も、よし!いまだ!時到来、ぜひ自分の日記で語ろう!と思ったのである。


自分には神尾真由子さんについて語れる資格は十分にある。

それだけの経験がある。


もちろん神尾さんの熱狂的大ファンである、うさぎ仮面さんには敵いませんが、ほどほどにご容赦を。(笑)


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神尾さんの実演を4回ほどじかに接してみて、自分が抱く印象は、非常にダイナミックな奏法で男性的なパワフルな奏者である、ということ。そういうスタイルがご自身の意識しない本能的なところで成立しているので、切れ味の鋭いボーイングに、奏でる音に力強さがあって、なんといっても歯切れがよい。


本当に男勝りの奏法。


聴いていて本当に気持ちがよくスカッとするのだ。


そのダイナミックな奏法は、もちろん演奏パフォーマンスにも現れていて、非常に動的スタイルな格好よさがある。


それがまず自分が神尾さんに抱く第1印象。


逆に優しい女性的なメローな曲もいささか男性的な感情表現になってしまう傾向にもあること。


でもそれは若い頃の若気の至りというか、自分がより女性的で柔らかな面持ちになってからの神尾さんの演奏を聴くと、そういうところも軽減され、より女性的なオーラも十分醸し出されるようになった、と思う。


そんな感じだろうか。


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いまでも忘れられないのは、2012年4月30日の軽井沢大賀ホールでおこなわれた大賀典雄メモリアル軽井沢大賀ホール 春の音楽祭に行ったときのこと。この日の自分が選んだプログラムは、前半が諏訪内晶子さん、後半が神尾真由子さん、という今では信じれられない贅沢なプログラム。


この日はテンションが上がって、軽井沢現地でSNS投稿でハシャイでいたら、「諏訪内に神尾。なんて贅沢な・・・羨ましすぎ!」と読者から冷やかされたのを覚えています。(笑)


神尾さんはチャイコフスキーのコンチェルトという、まさにヴァイオリン協奏曲の王道の曲を演奏された。井上道義さん&オーケストラ・アンサンブル金沢に、ヴァイオリン独奏:神尾真由子という組み合わせ。


これは格好良かったねぇ。


シビレルとは、まさにこのことを言うのだと思います。


やっぱりチャイコフスキーのコンチェルトは耳タコ名曲だけあって、絶対盛り上がるんですよ。


「神尾さんは胸元が大きく空いた、肩、背中を露出する 大胆なベージュのドレス。
 
神尾さんは諏訪内さんと正反対で、とても男性的な弾き方。両膝をしっかり曲げて体を左右に激しく揺らしながらかなり動きながら弾く傾向がある。


”静の優雅な諏訪内に対して動のダイナミックな神尾という感じ。”


このコンチェルト、ソリストにとって聴かせどころ満載で、また彼女の18番の曲でもあって、見事な演奏だった。


後半のグルーブ感、疾走感からのエンディングは背筋がぞくっとする素晴らしさ。 諏訪内さんの華麗なソナタを聴いた後にダイナミックな神尾さんのコンチェルトを聴くという順番は盛り上がり、という点でも正当な順番だと 思いました。」


と、このように当時の日記で書いていた。


自分が3年間、定期会員だったミューザ川崎の東京交響楽団での名曲全集でも、神尾さんはソリストとして登場した。2014年12月27日で、指揮者が秋山和慶さん。


このときの演目が残念ながら覚えていないのだけれど、昔よりもずっと角がとれたというか柔らかい表現で、神尾さんもより大人の女性らしくなったのかなぁとその当時思ったことを覚えています。


そのときのカーテンコールは撮影しました。(笑)


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神尾さんが経年ともにより女性的な柔らかさ、繊細な感情表現が滲み出てきたのも、自分の想像だが、やはり結婚が大きなきっかけであったのではないだろうか?


2013年に、ロシア人ピアニストのミロスラフ・クルティシェフさんと結婚し、2015年に第一子を出産。


いまはおそらく育児とともにソリスト生活も兼任する、という大変な時期だと思うが、自分が神尾さんのコンサートに行っていた時期と、この結婚、子供が生まれる時期とで、その動的ダイナミックな奏法からより女性らしさが醸し出される雰囲気が出てきたタイミングが合致するのだ。


風貌も、より柔和で優しさが滲み出てきて、温和な表情になった。
小悪魔的なセクシー美女から、優しい柔和な美人の表情に変わっていったと思う。


ピアニストの旦那さまと結婚した当時、日本のTV番組が長期密着取材をして、ロシアの自宅の中で、旦那さまピアノと神尾さんヴァイオリンで稽古をしたりする風景。結構キツメなアドヴァイス・コメントを旦那さまに投げかけるシーン、そしてピアノ旦那さまと神尾さんヴァイオリンで、ロシアのホールで夫婦でのヴァイオリン・ソナタのコンサートをやっていくシーンなど。。。(2011年に拠点をニューヨークに移して、結婚は2013年なので、アメリカでの話かもしれません。
自分の記憶では確かロシアだったような・・・)


確か録画していまでも残っていると思うけれど、神尾ファンとしてはちゃんと興味深く拝見していました。


ディスコグラフィーのほうは、意外やあまり録音の数は多くない。
2008年 Sony BMG Masterworksと専属契約をして、いままで5枚のアルバムをリリースしている。


自分は、その中で、PRIMO、パガニーニ:24のカプリース、チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲の3枚を持っています。


その中で、やはりお勧めなのはこれ。



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24のカプリース
神尾真由子



デビュー当時の小悪魔的でちょい悪的なセクシー美人とは、まさにこのジャケットのような感じでした。


最高でした!


パガニーニの24カプリースは、ヴァイオリニストにとっては、非常に難度の高い超絶技巧の集まりのような曲で、このアルバムでは、その神尾さんの最高のテクニックが堪能できる最高の作品だと思います。



2011年に拠点をニューヨークに移している。


使用楽器は、2001年8月、サントリーから1727年製ストラディヴァリウス(以前ヨーゼフ・ヨアヒムが所有、使用していたもの)を貸与されて弾き始めた。


2012年に、その約10年使用していた上記のストラディバリウスを返却、米国・ストラディバリ・ソサエティーから1735年製グァルネリ・デル・ジェスの貸与を受け、使用している。


2017年5月より宗次コレクションから1731年製ストラディヴァリウス“ルビノフ”を貸与。

 

そのときの写真です。


日本ヴァイオリンにて貸与式が行われ、宗次コレクションよりヴァイオリニスト 神尾真由子さんにストラディヴァリウス1731年製作"Rubinoff"が貸与されました。


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(c)日本ヴァイオリンFB


将来有望な奏者には、このように名器を貸与することは、至極当然で素晴らしいこと。でも貸与する、ということは、いつかは返却しないといけなく、それは協会側からするとなかなか言い出しにくいことでもありますね。


難しい問題です。


こういうヴァイオリンなどの名器は、やはり芸術的文化の根付いた価値観を理解できる国で、しっかり管理してほしいです。経営難とかで中国マネーのようなところに買い占められて、貸与られるアーティスト、選考基準も、その方の好みみたいになったら、もうこの世の終わりですね。


そういう意味で、日本ヴァイオリン、ぜひ芸術文化精神に乗っ取った正しい選考基準で今後も頑張ってほしいし、神尾真由子さんに貸与されるのは、まさに絶対的な適任者と言えると思います。


最近のニュースで、ブラインドテストで、「聴衆は、ストラディヴァリウスよりも現代のヴァイオリンを選んだ!」というのが賑わっていることもありましたが、これも単に聴衆の耳、音だけでなく、その弾きやすさ、演奏表現の豊かさといった面もずいぶん違うはずで、奏者の立場も参考にしてほしかったという意見もあります。聴衆だけでなく、奏者にとっても、やはりストラディヴァリウスは別格なのだと思います。


この日記を書いて、久しぶりに、また神尾真由子さんのコンサートに行こうと思いました。


来年2020年1月11日にサントリーホールで、沼尻竜典さん&東京都交響楽団で、ヴァイオリン独奏に神尾真由子さんというコンサートがあり、そのチケットをさっそく取りました。


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。


まさに女性的な曲ですね。


いまの神尾さんがどのようにこの曲をパフォーマンスするのか、とても楽しみであります。










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英国グラモフォン誌が選ぶ”レーベル・オブ・ザ・イヤー2019”にPENTATONE [クラシック雑感]

「グラモフォン」(Gramophone)は、ロンドンにおいて発行されているクラシック音楽、特に商業音源に関する月刊誌である。


メディア媒体としては、雑誌とウエブサイトがある。


「グラモンフォン」誌は毎年グラモフォン・アワードを主催していて、分野ごとの最優秀録音を選出、表彰しているのだ。「グラモンフォン」誌のウェブサイトには、”1923年以降のクラシック音楽に関する世界的権威”であると書かれていて、最近では、その表記が”世界最高のクラシック音楽評論”に変わっている。


毎年年間を通しての表彰のグラモフォン・アワードの他にも、毎月12の録音がグラモフォン・エディターズ・チョイス(現在はグラモフォン・チョイス)に選出されるような賞もある。現在はどうかわからないが、自分の知っていた時代は、年間のグラモフォン・アワードの選出方法は、数人のグラモフォンのエディター(編集者)による1次審査と、一般市民によるインターネット投票による2次審査で決めていると聞いたことがある。


グラモフォン・アワードは、いろいろな部門別に表彰されるのだ。


アーティスト・オブ・ザ・イヤー
アルバム・オブ・ザ・イヤー
レーベル・オブ・ザ・イヤー

などなど。


日本のレコード大賞で各部門別があるように、それのイギリスのクラシック版と考えていい。
それでグラモフォンの彼らが言うには、クラシック界の世界最高権威と言っている訳だ。(笑)


でも、この雑誌の年間のアワードに表彰されると、アーティストとしてのキャリアに箔がつく、というのも確かにあるかもしれない。自分も多少そう思っているのだけれど、巷の評判ではこのグラモフォンの評論というのは結構マニアックな選択・評論をするメディアで、ちょっと一般受けするような対象ではなく、かなり渋いところを狙う傾向にあるようだ。


ここのエディター達のメガネにかなうのは、なかなか大変そうだ。


自分がそう思うのも、過去にレーベル・オブ・ザ・イヤーにインディーズ・レーベルのChannel Classicsが選ばれたり、去年のアーティスト・オブ・ザ・イヤー2018には、レイチェル・ポジャーが受賞したりしている。


そんな年間のグラモフォン・アワードの”レーベル・オブ・ザ・イヤー2019”になんと我らがPENTATONEが受賞と相成った。


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思いっきり驚いてしまった。(笑)


インディーズ・レーベルの受賞自体は、Channel Classics以来の快挙だ。


インディーズ・レーベルに受賞させること自体、やはり彼らの評価基準というのは、独特のものさしというのがあるのかもしれない。


でもうれしい。

そうすると気になるのは、なにが受賞理由につながったかだ。
グラモフォン誌のエディター達のどこに心の琴線に触れたのかを知りたい。


グラモフォンのウエブサイトのレーベル・オブ・ザ・イヤー2019のページの投稿記事と、PENTATONEで紹介されているグラモフォンのエディターやPENTATONEのManaging DirectorやVice Presidentのコメントを和訳してみた。


そうすると受賞理由の骨子となるポイントが見えてきた。


PENTATONEというとどうしてもオーディオマニア御用達の技術主導型の高音質指向型レーベルというイメージが湧くかもしれないが、そこよりも今回の1番の受賞理由は、アーティストをとても大切にしている、アーティストの養成がうまいというところだった。


グラモフォンのエディターのジェイムズ・ジョリー氏によると


「PENTATONEは、アーティストに対して、必ず一定期間でのアルバムのレギュラー・リリースの姿勢を保証確保していて、アーティストに対しての擁護姿勢が完全であること。これはある意味、このレーベルの強みのひとつであると言える。」


そしてPENTATONEのManaging Directorのサイモン・M・エダー氏のコメント。


「我々がいままで抱えてきたたくさんの種類の音楽フォーマットを否定するものではなく、同時にこれらのフォーマットは共存していくものと考えている。CD、アナログ、ストリーミング、ダウンロード、ラジオ・・・我々はこれらのフォーマットをこれからも擁してくことになるだろう。


各々の伝送チャンネルにおいて、我々は、我々のアーティスト達や彼らの音楽が、最高に輝けるように戦略を立ててきた。


しかし最も重要なコミュニケーション・チャンネルがある。


それは我々にとって最も最愛のチャンネル。


それは我々のアーティスト達との対話である。


すべてはここから始まる。」


さらにPENTATONEのVice Presidentのレナード・ローレンジャー氏のコメント。


「我々のアーティストは、我々のレーベルの心臓部だ。彼らが我々がすることのすべての中心になる。このことが彼らの作り上げた作品に対する我々の大きな認識だ。その想いを我々は、アーティスト達と、そして我々の素晴らしいチームとともにいつも心の中で共有しているのだ。」



アラベラ・美歩・シュタインバッハー
アンネリーン・ヴァン・ワウエ
ジョナサン・モーザー
デニス・コジュヒン、
アリサ・ワイラースタイン
マグダレーナ・コジェナー
ウラデミール。ユウロフスキ
児玉麻里/児玉桃
山田和樹


そして


マレク・ヤノフスキ


(DECCAに移籍したけどユリア・フィッシャーもそうだった。)


ここに上げたスターたちは、PENTATONEを現在支えているスターたちだけれど、これはごく一部にしか過ぎない。いずれも若くて将来性有望なスターばかり。これだけの若きスターの名が連なった名簿はなかなか豪華なものだ。


そして、これらのスターたちは、必ず一定期間できちんと新アルバムを定期的にリリースする、そういうサポートがきちんと回っている。


今回のレーベルとしての受賞はそこを評価されたようだった。


PENTATONE=DSD/SACDというイメージがどうしても先行してしまうが、PENTATONEのManageing Diretorのコメントでは、いまは音楽業界の再編期に直面しているから、いろいろ考えていかないといけないと言っている。SACDだけではなく、Channel ClasicsのDSDダウンロードのNative DSD Musicにも音源を提供しているし、SpotifyやApple Muiscのストリーミングもやっているみたい。


SpotifyやApple Musicと言うと、フォーマット的にかなり落ちるし、PENTATONEの高音質のイメージが壊れそうなイメージだが、フォーマットは、あくまで伝送路の問題で、音源を売って利益を上げていくには、伝送路に拘っていてはいけなく、あらゆる伝送路で売り上げをあげて総合して利益をあげていくというやり方でないと今の時代生き残っていけないのでしょう。


PENTATONEのスターで楽しみなのは、最近日記でも盛んに取り上げている、彗星のごとく現れたクラリネット奏者 アンネリーン・ヴァン・ワウエ。


彼女のデビュー作「ベル・エポック」もさっそく英国のBBC Music Magazineのレビューに取り上げられて話題になっているようだ。


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それでは、


グラモフォンのウエブサイトのレーベル・オブ・ザ・イヤー2019のページの投稿記事



PENTATONEで紹介されているグラモフォンのエディターやPENTATONEのManaging DirectorやVice Presidentのコメント



の和訳をこの後に紹介しよう。



●グラモフォン・アワード ”レーベル・オブ・ザ・イヤー2019”の記事。(ジェームズ・ジョリー氏著)


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PENTATONEは、多くのレーベルがそうであるように、ミッション・ステートメントを持っている。その中には、このような誓約がある。”アーティストは、彼らすべてにおいてその多様性が尊重され、共通してひとつのことを行う。彼らは熱意と誠意をもって、最後の一滴までも絞って、創作性、スキル、そして仕事を完結させる決断力を持って音楽を作ること。”


いまの時代、このようなステートメントは、ほとんどのレーベルが主張していることだろう。


だが、今年のPENTATONEは、この高潔な感情項目に対して、明らかに十分と言えるほどのサポートをした。つい最近の9月頃に関して言えば、デニス・コジュヒンのグリーグ、メンデルスゾーンの小作品集のアルバムが我々グラモフォン誌の最優秀月間アルバム賞(グラモフォン エディターズ・チョイス)に選ばれた。


その評論の中で、マイケル・アッセイ氏はこのように認めている。
”ピアノ録音は、時たま心の琴線に引き寄せてくるものがある。・・・”


そしてPENTATONEが、アーティストに対して、必ず一定期間でのアルバムのレギュラー・リリースの姿勢を保証確保していて、アーティストに対しての擁護姿勢が完全であること。これはある意味、このレーベルの強みのひとつであると言える。


昨年の12月に、ヒューゴ・シェリレイ氏が、コジュヒンのことをこのように評した。”シュトラウス作品の気まずさ、独特の難しさを、ものともしない見事でありながら気まぐれなソリストである。彼はソリストとしては、いささか虚栄心が足りないと思われるが、彼の演奏は、そのシュトラウス作品の中の多くのゴージャスで叙情的な瞬間において、優しく誘惑的な趣きを持っていた。”


PENTATONEは、元フィリップスの役員メンバーのグループによって2002年に創立され、今尚、オランダのBaarnの街(ここはたくさんの国籍の人が住んでいる。)を本拠地としている。”高音質なサウンドに基づいた、素晴らしいが、決して派手ではない音楽の演奏力”という大きな哲学を育て続け、レーベルは成長し、一流のアーティスト集団の名簿を作り上げるようになった。(その中にはDGやDECCAからの移籍者もいる。)


現在、第2世代の役員メンバーにより(ここ数年、会社自体が大きなスリムダウンをして小さなチーム編成となった。)、レーベルは優れた形になり、より幅広く印象的なスタイルとして、我々の目(や耳)を捉えるようになった。


エディターズ・チョイス(グラモフォン編集者が選んだアルバム)


・Anna Lucia Richter のシューベルト歌曲集
・Tamara Stefanovich ”Influences”(バッハ、バルトーク、メシアンなどのキーボード音楽)
・ローレンス・フォスターのシューベルト・アルバム
・Andrew Manzeのモーツァルト・アルバム
・スイス・ロマンド管弦楽団のサン・サーンス&プーランク
・ジョナサン・モーザーのDutilleux and Lutosławski
・Melody Mooreのアメリカ歌曲集
・ウラディミール・ユロフスキのチャイコフスキーの白鳥の湖



●グラモフォン誌 出版・エディター マーテイン・クリングフォード氏より。


まず最初に、我々は、レーベル・オブ・ザ・イヤーを獲得するレーベルにどのようなことを望むのか?レパートリーに幅があること、そしてそのプログラムの作り方やアーティストが、革新的、クリエイテイブ、そして野心的であること。それらの条件を満たしたときに、チャンピオンになる。


そして、そのような彼らのアルバムは、レコーディング・クオリティの良さと同時に魅惑的なパッケージの素晴らしさの両側面を、我々に見事にプレゼンテーションしてくれないといけない。


PENTATONEは真にそのすべての条件を満たしている。



●グラモフォン誌 チーフ・エディター ジェイムス・ジョリー氏より。


PENTATONEは、元フィリップスの役員メンバー達のグループによって、2002年に創立され、たくさんの国籍の民族が住んでいるオランダのBaarnに本拠地を構えている。”高音質なサウンドに基づいた、素晴らしいが、決して派手ではない音楽の演奏力”という大きな哲学を育て続け、レーベルは成長し、一流のアーティスト集団の名簿を作り上げるようになった。


現在、第2世代の役員メンバーにより(ここ数年、会社自体が大きなスリムダウンをして小さなチーム編成となった。)、レーベルは優れた形になり、より幅広く印象的なスタイルとして、我々の目(や耳)を捉えるようになった。




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●PENTATONE マネージング・ディレクター サイモン・M・エダー氏より。


グラモフォン誌の”レーベル・オブ・ザ・イヤー2019”を受賞したことは、真にやりがいがある認識で我々の新しい道への到達点でもある。音楽マーケットが大きな変革期に直面してきている上で、我々はいろいろなエリアで、大胆なチャレンジをおこなってきた。古いルールは適用しない。時代遅れのレーベル・アプローチはおこなわない。


過去の時代においては、我々のレーベルは音楽産業界において権威的な立場にあったかもしれないが、その役割は、いまの時代に合った大改造、大変革の渦中にある。


我々の役割は、来るべく将来の形態に関わる形を維持するために、再編し、徐々に展開・発展させていく必要がある。


でもそれは、我々がいままで抱えてきたたくさんの種類の音楽フォーマットを否定するものではなく、同時にこれらのフォーマットは共存していくものと考えている。CD、アナログ、ストリーミング、ダウンロード、ラジオ・・・我々はこれらのフォーマットをこれからも擁してくことになるだろう。


各々の伝送チャンネルにおいて、我々は、我々のアーティスト達や彼らの音楽が、最高に輝けるように戦略を立ててきた。


しかし最も重要なコミュニケーション・チャンネルがある。


それは我々にとって最も最愛のチャンネル。


それは我々のアーティスト達との対話である。


すべてはここから始まる。


今回の賞は、我々がいままで成し得てきたことの名誉に対して、そして、今後我々の道を続けていく上でのモチベーションの両方に対しての賞賛の証だと思っている。



●PENTATONE  Vice President  レナード・ローレンジャー氏より。


私が3年前にレーベルに参加したとき、私の同僚と私は、自分たちが文字通り白紙状態の前にさらされているような感じがした。ところがじつに爽快なまでのいろいろな挑戦をしていくことで、レーベルの名を発展させ、その活動を国際的にも広めていくことができた。


初期の頃の成功のときに作り上げられたもの、そして探求されてきたテレトリー領域は、我々のコアな価値であると同時に、それらは計り知れない巨大なものとしてこれからも残っていく。


PENTATONEは、我々の時代に、決して妥協したりしないアプローチ、最高度の野心を持って、”シリアスで重要な録音をするための明白な場所”であるべきようこれからも努力する。


皮肉などの意味はいっさいなく、これが我々の仕事についてのすべてだ。


我々のアーティストは、我々のレーベルの心臓部だ。彼らが我々がすることのすべての中心になる。
このことが彼らの作り上げた作品に対する我々の大きな認識だ。


その想いを我々は、アーティスト達と、そして我々の素晴らしいチームとともにいつも心の中で共有しているのだ。









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世界の朝食を食べさせてくれるお店 ポルトガルの朝ごはん [グルメ]

ポルトガルといえば、カステラ、宣教師フランシスコ・ザビエル、種子島(キリスト教や鉄砲ですね)など、歴史の教科書に必ず出てくる日本にもお馴染みの国。日本との関わりが深いのだけれど、でも芸術の国々の絢爛豪華なヨーロッパの国々と比較すると、どこかこう地味で素朴というイメージではないだろうか。


自分はポルトガルには行ったことあります。


ベルギーに長期滞在しているとき、ポルトガルに出張しました。


ポルトガルのどこかは覚えていないのだけれど、販社(販売会社)があるところだから、たぶん首都のリスボンだったのだと思います。ベルギーの職務は交代制なので、自分が滞在するときに、前任者から引き継ぎをする訳ですが、その中の一環として出張で各国の販社で仕事をする、というミッションがあったのです。


その前任者の先輩は、ちょうどポルトガルで技術トラブルの問題が発生したので(我々は技術者として派遣されています。)ちょうどいい機会だから、引き継ぎの中でポルトガルに行こうということになりました。


記憶が曖昧なのだけれど(なにせ25年前ですので・・・)、そのとき日本から来た出張者か、他の国のラボにいた人だったか覚えていないのだけれど、若い人が同伴していました。


結局、先輩とその若い人、そして私の3人でポルトガルに出張したのです。


いい加減な性格のせいか、ポルトガル滞在中の仕事をしている場面はまったく覚えていないのだけれど(笑)、その後仕事から解放された後の自由時間に、3人でポルトガル・リスボンの街を散策したこと、そして3人で地元のレストランに入って、地元の夕食ディナーを取ったことははっきり覚えています。散策した夕暮れ時の街の風景なんか、いまでも完璧に脳裏に焼き付いているし、そこのレストランはスペイン料理系のような記憶があって、夕食では、パエリアとか魚料理を堪能したと思いました。


あと、もうひとつの記憶は、そのときは先輩と2人だけだったのだが、なんか洞窟を掘ったような場所の中に立ち飲みの酒屋があって、まるでイギリスのパブみたいな感じで、地元の人もたくさん立って飲んでいる中で、小さなグラスで、「これがポルトガルで有名なお酒だよ。」と言われて先輩と乾杯したことを覚えています。


それがなんの酒だったのか覚えていない。たぶんポルトガルの中でもっとも有名なポートワインだったのかもしれません。そのときはお昼どきで、若い人はいなくて、自分と先輩だけだったので、ひょっとしたら仕事中だったかも?(笑)


ベルギー滞在は自分にとってはじめての海外生活だったから、とにかくなにもかもが新鮮で、仕事の引継ぎでは先輩に怒られたことも多々あり、いい想い出。


あれからすでに25年経過してしまった訳だが、その先輩はいまはどのような人生を歩まれているのだろうか?年齢的には、自分との差を考えるともう定年のはずだが。。。(笑)


だからポルトガルというと自分にとってそういう甘酸っぱい想い出がたくさんある。


ポルトガルという国は、クラシックではそんなに有名な国ではないので、自分の後年の旅行範囲の中には入ってこずどうしてもご無沙汰という感じになってしまう。


ポルトガルの地理的な感覚はここ。


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ヨーロッパで最も西に位置する、ユーラシア大陸のさいはての国。15世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパからアフリカ、アジア、アメリカへ大規模な航海が行われたが、その中心がポルトガルであった。1543年にポルトガル船が種子島に漂着して以降、キリスト教や鉄砲をはじめ、ポルトガルのモノや文化が日本に伝来し、定着した。いま我々が普通に使っている単語なんかもじつはポルトガル語が由来であったりすることも多い。日本にとってポルトガルは、470年以上も交流が続く、遠くて身近な国なのだ。



ポルトガル共和国


首都:リスボン
最大の都市:リスボン(約50万人)
人口:約1027万人
面積:約9.2万平方キロメートル(日本の約4分の1)
民族:ポルトガル人(先住イベリア人、ケルト人、ゲルマン系などの混血)
公用語:ポルトガル語
通貨:ユーロ
政体:共和制、EU(欧州連合)加盟
宗教:ほとんどがカトリック教徒


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国旗があらわすもの


緑色は誠実と希望を、赤い色は新世界を発見するために冒険航海に出た勇気を表しており(諸説あり)、紋章には優れた航海技術を象徴する天球儀と他民族から奪い返した7つの城、王家を表す盾が描かれている。


協力)ポルトガル政府観光局、安森智子(写真)



こちらがポルトガルの首都リスボンの街並み。


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自分の記憶にある街の景観とはすこし違うけれど、まあこんな感じのところです。
リスボンは、坂の多い起伏に富んだ地形から、「7つの丘の街」と呼ばれている。

リスボン最大の魅力は、そのレトロな街並みが醸し出す、落ち着いた素朴な雰囲気。


石畳の敷かれた道をトラムやケーブルカーにゴトゴト揺られたり、カフェで読書にふけったり、昼間からバルでお酒を飲んだり・・・など、ゆっくりの旅にぴったり。


先輩と若い人と自分の3人で散策した時も、1番脳裏に焼き付いているのは、ものすごい坂が多いよな、ということであった。なんか坂道を昇ったり、下ったり、本当に起伏の大きい街、なんか息ゼイゼイで歩いていたような記憶がある。


街並み的にちょっと他国のヨーロッパの派手な建築美とは一線を画すような素朴な景観なのだ。


街の至るところでアズレージョと呼ばれる装飾タイルで飾られた美しい建物を見ることができる。


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プロサッカー選手のクリスチアーノ・ロナウドの故郷としても知られる、マデイラ島もポルトガル領だ。「大西洋の真珠」と呼ばれるこの島の先はもう、アフリカ大陸なのだ。


ポルトガルではどこのカフェでもショーケースにはお菓子やパンがぎっしり。
お菓子はパステル・デ・ナタ(エッグタルト)やケイジャーダ(チーズタルト)などが定番。
味も見た目も素朴なパンはポルトガルの食卓には欠かせない。


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ポルトガルの市場の様子。新鮮な食材を使った美味しい料理がならぶポルトガルの食卓が想像できます。


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こちらはお魚。

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いまネットで調べていたら、自分が先輩と立ち飲みで乾杯したのはこのお酒ではないかな?という情報が出てきました。


ポルトガルおすすめ観光名所:ジンジャーニャの立ち飲み屋。


情報元:TABI CHANNEL  街がかわいい!雑貨がかわいい!ポルトガル旅行で必見の観光名所20選



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なんか店内の雰囲気が記憶にそっくりだ。(どこが洞窟を掘ったところなんだ!(笑))


リスボン地方特産のさくらんぼ酒、ジンジャーニャ。
ロシオ広場周辺にあるジンジャーニャを専門に扱う老舗立ち飲み屋。

このお店、道路に面してカウンターだけしかない潔い仕様なのだ。


注文すると、このプラカップについでもらえる。


そう!まさにこんな感じのカップだった!


自分の記憶の中には小さなおちょこ版グラスという記憶があったのだけれど、まさにこんな感じだったのだ。


この店内の雰囲気といい、この小さなカップで、もうピンと来ました。
リスボン地方特産のさくらんぼ酒、ジンジャーニャだったんだね。


こんな小さなお店でたくさんの人が集まって、まさに”立ち飲み”しているのだ。

甘くてほろ苦いジンジャーニャだが、とても飲みやすく止まらなくなってしまう。

アルコール度数が20%前後と高いので、お酒に弱い人は気をつけたほうがいいらしい。


確かに自分の記憶では、小さなグラスなのに、かなりアルコール強いな~という感じの印象でした。


しかし、先輩も決して海外には強い人ではないし、初めて行くポルトガルで、よくこんな店の地理を突き止めて(当時はインターネットもなかった。)、ボクに紹介してくれたものです。これが有名なポルトガルのお酒と言ってボクに紹介してくれたから、ジンジャーニャのことを事前に調べていたんだね。


当時日本から遠く異国のポルトガルで、このプラカップでの乾杯は一生忘れらないです。



このTABI CHANNELのページでも紹介されているように、ポルトガルは街がかわいい!雑貨がかわいい!という感じで、まるでおとぎ話にでてくるような古風なかわいいな街、レトロなケーブルカーや市電、コルクでできた雑貨の数々、素材の味を活かしたポルトガル・・・てな感じであきらかに絢爛豪華なヨーロッパ風情とは一線を画す感じだ。なんかわかいい街というのが女性に人気でそうですね。



では、いつものように、ポルトガルの食事事情についてひととおり説明。


・トースター・ミスタ


ハムとチーズをはさんで焼いた、トーストサンドイッチ。ポルトガルの朝ごはんの定番です。
Mistaはミックスの意味。しぼりたてのオレンジジュースといっしょに食べるのがポルトガル風。


・パン


ポルトガルの食卓に欠かせないのがパン。ふわふわの生地ではなく、ずっしり重いものが好まれます。日本のパンの語源はポルトガルのパォン。種子島に漂着したポルトガル船によって、鉄砲とともに伝わりました。


・フェイジャオン


インゲンマメなどの豆類の総称ですが、豆を煮込んだ料理のこともフェイジャオンと呼びます。
豚肉や牛肉と一緒に煮込んだものは、フェジョアーダと呼び方が変わります。


・マルメラーダ


カリンに似た果物、マルメロを煮詰めてペースト状にし、砂糖を加えた後、型に入れて固めた、羊羹のようなお菓子です。英語のマーマレードの語源は、このマルメラーダに由来しています。


・サラダ


サラダは英語では、salad(サラド)ですが、日本ではサラダと発音するのは、ポルトガル語のsalada(サラダ)からきているようです。salは塩の意味。ポルトガルのサラダはドレッシングを使わず、塩とオリーブオイルでシンプルに味付けします。


・ヴィーニョ・ヴェルデ


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アルコール度数が低めの微発泡ワイン。ヴィーニョはワイン、ヴェルデは緑を意味します。
完熟前のブドウを使って醸造することで生まれる、爽やかな味わいが特徴です。


・ポートワイン


「ポルトガルの宝石」とも呼ばれる、世界三大酒精強化ワイン(ブランデーを添加したワイン)。
独特の甘みと深いコクがあり、食前酒や食後酒として世界中で親しまれています。

下戸の自分も、ポルトガルのお酒といえば、ポートワインというのは知っていました。(笑)


・パン・デ・ロー


ポルトガルの修道院で誕生した伝統菓子。教会へのお供え物や家族親戚の集まり、お祝い事には欠かせません。大航海時代に長崎に伝わったパン・デ・ローは、のちにカステラのルーツになりました。


・フロール・デ・サル


ポルトガル南部のアルガルベ地方にある国立公園内の塩田で、伝統的な製法を守りながら今も手作業で、収穫されている最高級の天然天日塩。フロール・デ・サルは塩の花の意味。



そして、これがポルトガルの朝ごはんのワンプレート。


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メインはハムとチーズをはさんでトーストしたサンドイッチの「トースタミスタ」。
ポルトガルの朝ごはんの定番である。


その後ろの豆料理は「Feijão(フェイジャオン)」。 インゲンマメなどの豆類の総称だが、豆を煮込んだ料理のこともフェイジャオンと呼ぶ。豚肉や牛肉と一緒に煮込んだものはフェジョアーダ (feijoada)と、呼び方が変わる。


その後ろにある赤いのは「Marmelada(マルメラーダ )」。カリンに似た果物、マルメロを煮詰めてペースト状にし、砂糖を加えた後、型に入れて固めた、羊羹のような食品である。


英語のマーマレード (marmalade) の語源はこのマルメラーダに由来している。

セミハードのチーズと一緒に食べるのがポルトガル流。


そして一番奥にあるのがサラダ。この”サラダ”という言葉もポルトガル語が語源だ。


さっそく食す。

サンドイッチ美味しい!!!
溶けたチーズとサクッとしたパンの食感。
確かにパンは日本みたいにふわふわではないね。ちょっと重みがあります。
でも焼き上がりが本当にサクっとしていてじつに爽快です。


本当に美味しいと思うのは、やっぱりハムととろ~りと溶けたチーズですね。
(チーズは糸が引くくらいとろ~りです。)

もう最高のコンビネーション。
このコンビは世界万国どこの国の人でも絶対舌の味覚の感覚、共通だと思う。

このサンドイッチ、かなり美味しいです。


豆料理もふつうに美味しい。(笑)
日本で食す豆の煮込み料理とそんなに変わらない。
煮込みの味付けとかもそんなに日本と変わらない。


その後ろの赤い正方形状のマルメラーダ。チーズと重ね合っていて、いっしょに食べるのがポルトガル風とか。赤いのは爽やかな果物の味がしますね。それがチーズとミックスした感じで美味しいです。


最後のサラダ。


これはかなりインパクト大きかったですよ。


なにが衝撃だったかというと、一口入れた途端、完璧に塩で味付けられているのがわかること。
塩で野菜類のサラダがこんなに美味しく感じるのは、結構ショックです。
塩で味付けられているサラダ、かなり美味しい。
しかも健康的。


そしてオイルみたいなものもかかっていて、たぶんオリーブオイルだろうな・・・と思っていましたがその通りでした。


ポルトガル流サラダは、塩とオリーブオイルだけ。
ドレッシングはいっさい使いません。


これは健康的で、こういう美味しいサラダの食べ方ってあるんだな、と思いました。
健康的な食事には縁がない(笑)自分は、かなり考えを改めさせられました。


今回はサイドメニューも頼んでみました。


パステル・デ・ナタ(エッグ・タルト)


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ポルトガルのおやつと言えばこれが定番らしい。
外側が固く焼き上がっていて、中が卵なのかな?
いわゆるタルト風のおやつであって、かなり美味しかったです。
特に中のとろりとした卵が最高に美味しかった。



そして、パン・デ・ロー。


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いわゆる日本のカステラのルーツであるポルトガル版ですね。
これはもうふつうにカステラでした。(笑)


でも日本のカステラより硬いかな?


日本の高級カステラは、もっと湿り気があって、ふわふわして高級な食感ですが、こちらはもっと硬くてそんなに高級感はありません。


ふつうの庶民のカステラです。


ポルトガルの朝ごはんは、いままで食べてきた世界の朝ごはんの中でも5本の指に入るほど美味しいし、日本人の舌の味覚に合いますね。いままでこれは日本人の舌では理解できないよな?というような朝ごはんもたくさんありました。敢えて言うならば、日本人に合うと思うのは、台湾の朝ごはんが最高に美味しい。そして中国かな。どうしても同じアジア系の朝ごはんが日本人には理解できるし合うと思ってきましたが、このポルトガルの朝ごはんは、日本人にも絶対合います!


ポルトガルには、ちょっと自分の仕事人生の中でセンチメンタルな想い出があるので、尚更そう感じたのかもしれません。








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スティングの総決算! [海外ロック]

まさに言うことなし!
スティングに関しては、もう思い残すことないです。
完全燃焼しました。


ポリス時代の名曲からソロ楽曲まで40年以上のキャリアの総決算であるニューアルバム「マイ・ソングス」を引き下げて、その日本凱旋ツアーとなった。


このアルバムすごくいいです。


昔の曲もセルフカバーのようになっていて、格好良く今風にアレンジされています。


スティングは来日すると、なぜかそのとめどもなく溢れるラーメン愛で話題になる。(笑)
前回の来日のときに、インスタグラムで山頭火でラーメン食べました的なショットを上げて話題になった。そしてユニバーサル・ミュージックでは、スティングの大好きなラーメン屋さんベスト3も発表した。


今回もその期待を裏切らなかった!

今回のツアーは福岡からスタートしたのだが、その福岡でまたラーメン・ショットをインスタグラムに上げたのだ。


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この日スティングが福岡で訪れたラーメン屋は、元祖唐辛子入り豚骨ラーメン屋の「鳳凛」。福岡で4店舗をかまえる鳳凛の春吉店だ。


スティングは今回の取材(ローリングストーンジャパン誌)のインタビューで、このようなことを答えている。


あなたにとって「日本」といえばラーメンですよね?


スティング:いつでも最高のラーメン店を求めて歩いている(笑)。それも、観光客が行くようなところじゃなくて地元のサラリーマンが通っているようなところがいいね。実は昨日も福岡で美味しいところを見つけたんだ。作業着を着た人たちが、美味そうに食べてる最高の店だった。これから東京、仙台、大阪と行く中で、そういうラーメン屋を見つけるのが本当に楽しみだよ!


いいな~。(笑)


自分も大のラーメン好き。自分の愛するスティングがラーメンに目がない大ファンと聞いて、すごいシンパシーを感じる。明日の15日の大阪公演がラストの公演。東京、仙台、大阪でお気に入りのラーメン屋さんを見つけることができたのだろうか?


さて、自分は東京公演の初日の10/9の公演に出向いた。
幕張メッセのHall 7,8を貸切っておこなう。


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嫌な予感がした。


正直に告白すると、自分は幕張メッセが昔から苦手だ。
とにかく東京都心からやたらと遠い。
東京駅で京葉線に乗り換えるときのあの信じられない延々と長く続く連絡通路。


そして海浜幕張についてから、幕張メッセまでこれまた延々と歩いて、そしてその幕張メッセ会場のバカでかいこと。


幕張メッセというのは、基本展示会場なのだ。


自分の仕事柄でいうならば、いまのCEATEC。自分の全盛期の世代の時は、エレクトロニクス・ショー、通称エレショーと呼ばれるコンシューマーのAV家電製品の日本最大の展示会がこの幕張メッセで行われるのだ。だから仕事でよく通った。


もうそのときから自分の幕張メッセ嫌い、苦手意識があった。とにかくバカでかい。それは当然だろう。ありとあらゆる家電メーカー全部がブースを設けて展示するのだから。


今回なぜ幕張メッセなのだろう?
東京ドームや武道館ではないのだろう?

という疑問があった。


自分の不安は、幕張メッセのような超遠いところで公演をやったら、終演後に自分の家に帰るまでの最終電車に間に合うのだろうか?という心配があった。


案の定、まず終演後にあまりにデカいので、どこが帰りの出口か迷った。みんなが歩いていく方向についていけばいいや、という気持ちで歩いていたら、散々長距離を歩いた挙句、なんと駐車場に出てしまった。(笑)


そっか!みんな車なんだ!

もう慌てて逆戻り。夜も遅く22時を回っていたのでかなり焦る。


ようやく警備員さんを見つけて、海浜幕張駅に歩いて帰りたいのだけれど・・・とホールからの出口を聞いて、駅まで小走り。そして長い電車の乗り継ぎを重ねて、ようやく最後の東横線に乗れたときは、最終の前でなんとかセーフ。


もう~!やっぱり幕張メッセは嫌いだ!


幕張メッセに関する疑念はまだまだ続く。


まず、この日はじつは朝からあまり体調が芳しくなく、眠くて体がなんとなく怠い感じだったのだ。今日はせっかく楽しみにしていたスティングのコンサートなんだけれど参ったな~、なんとか頑張ろうと思い会場に着いた。


しばらくすると物販が始まった。


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予想はしていたが、まったくもって並ぶ気がしません。(笑)
するとリハーサルが始まって、中からモノスゴい爆音が、漏れ聞こえてくる。


こりゃダメだ、死ぬ。


密閉された中でPAガンガン。PAのロックコンサートなんて超久しぶりなので、その迫力にかなり萎えた。ただでさえ今日は体調が悪かったので、年寄りには相当キツく感じそう。なんだよ!あれだけ熱く語ってたのに、なんで萎えてるんだ!ガンバレ!


爆音の難を逃れて、ちょっとオアシスへ。年寄りにはこういう雰囲気のほうが落ち着きます。


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さぁ、スタッフたちもこれから、闘いが始まります!興奮のあまり、観客にケガ人が出ないように・・・スタッフたちにも緊張が走ります。


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だんだん物々しくなってきましたよ!開場近し!


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開場イン。


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幕張メッセの展示会場をどうやってホール武装するのか、ステージ、そして照明、巨大電子スクリーン、そして膨大なPA機器を持ち込むのだが、自分の心配にもうひとつ重要なポイントがあった。


それは椅子だ!


展示会場をホール武装するから、当然こういう仮設イスになる。・・・ということは、コンサート始まったら、みんなオールスタンディングだ。2時間〜3時間ずっと立ちっぱ。腰が・・・


年寄りにとって一番恐れていた展開だ!(笑)


東京ドームだと外野席は、コンサートが始まっても、ずっと座ったまま鑑賞できるから、年寄りに優しいんだけどね。自分はコンサート中座ったまま鑑賞できるかどうか、そこをずっと心配していた。


もう覚悟はできた。



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これから起こること。


会場の照明がいっせいに落とされる・・・その瞬間大歓声。スティング登場。怒涛のロック・ショー。爆音に耳が壊れる。立ちっぱで腰が痛くなり、椅子にへたりこむ。でもだんだん自分のペースを掴み興奮度アップ。終わったときは、青春時代にトリップできて号泣、むせび泣く。このような予定です。(笑)


冒頭の会場の照明をいっせいに落とすのは、もうこれはロック・ショーの常套手段です!
もうこれで会場のみんなは大興奮。これから始まる感が一気に高まる。


ついに怒涛のロック・ショー開始!


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自分は心体の体調不良もこれで一気にどこかに吹っ飛んで行ってしまい、一気興奮ボルテージMAX!


ところが幕張メッセに抱いていた不安の最後の罠がやってきた。


それはステージからの音波、衝撃波がすごいこと。もうビンビンに体全体にぶつかってくる感じで痛くて痛くてしょうがない。特にドラムスやベースの超低音波が強烈。そのドンドンという振動が床から足に伝わってきて心臓を直撃する。もう感動したいのだけれど、その衝撃波が痛くて相当参りました。


この体全体にぶつかってくる音波、衝撃波、これを2時間から3時間はキツイな。


東京ドームや武道館ではこんなことはいっさいなかった。
やっぱり幕張メッセの展示会場では狭すぎなんだよ。

ここでロック・コンサートをやるには無理があります。



この日のスティングのステージ衣装とステージパフォーマンス。
Photo by 土居正則!


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オープニングは、ポリス時代の孤独のメッセージ、そしてアンコールのトリは生ギター1本でFragile。


全19曲、ポリスの曲が9曲、ソロ時代の曲が10曲。2時間のコンサート。


堂々たるパフォーマンス。とても68歳とは思えない素晴らしい声量にシャウト、ロック唱法。
そしてこれでもか、これでもか、と畳みかけてくる名曲たち。


もう十分に溜飲下がりましたよ。
本当に来てよかった。


自分はポリス時代の映像ビデオ作品はもう数えきれないくらい擦り切れるほど観てきて若い頃のスティングのステージパフォーマンスをよく知っているから、そしてこれはポール・マッカートニーにも言えることなのだけれど、もうこの歳のベテランになると、コンサートのドライブの仕方がわかっているというか、余裕があるんだよね。若い頃は本当にがむしゃらに自分のできるパフォーマンスの限界ギリギリで勝負していたところがあるのだけれど、いまは本当に余裕がある。100%の力の内の80%くらいの力で余裕を持ってコンサートをドライブしているというか、自分にはそういう余裕感みたいなものを感じました。


そしてここで観客がドッと湧くというようなツボの捉え方ももう熟知していて、もういまの68歳のスティングにとっては、完全に自分の手の内コントロール下で余裕でやっているという感じがする。


すべてはシナリオ通りというか・・・。


自分の中ではスティングはやっぱりポリス時代が圧倒的なシェアなのだけれど、ソロ時代は、正直2作目のNothing Like The Sunあたりくらいしかフォローしていなかった。


でもそれは、自分の仕事が忙しくなってプライベートな趣味に音楽どころではなくなった余裕のなさもあるのだけれど、もうひとつはスティングが、ロックや彼仕様のジャズ・ロックの音楽性に飽きてきて、クラシックやもっと違った音楽性にトライしていたようなところもあって、ずっとそういう期間が長期間あり、ロックからすごく距離を置いていた時代があったと思うのだ。


アーティストとして自分の音楽性を広げるという点では、それもあくまで正しい選択なのだけれど、やっぱり古くからのファンというものは、いつまでも自分がもっとも入れ込んでいた時期の姿、音楽性に愛着がある訳で、いろいろなジャンルに挑戦するスティングに不満とまではいかないまでも、どうしてもついていけない部分もあったのではないだろうか?


前作からロックに復帰してくれて、今回のアルバムでは自分のキャリアの総決算のロックアルバム。


やっぱりスティングにはロックが一番似合う!


この日のセットリスト。


01.Message In A Bottle (POLICE)

02.If I Ever Lose My Faith in You

03.Englishman In New York

04.If You Love Somebody Set Them Free

05.Every Little Thing She Does Is Magic (POLICE)

06.Brand New Day

07.Whenever I Say Your Name

08.Field of Gold

09.If You Can't Find Love (Sting&Shaggy)

10.Shape Of My Heart

11.Wrapped Around Your Finger (POLICE)

12.Walking on the Moon (POLICE)

13.So Lonely (POLICE)

14.Desert Rose

15.Every Breath You Take (POLICE)


Encore:1


16:King Of Pain (POLICE)

17.Roxanne (POLICE)

18.Driven To Tears (POLICE)


Encore:2


19.Fragile



やっぱりポリス時代の曲が始まると大歓声だよね。ポール・マッカートニーがビートルズの曲をやるときの大歓声と同じように。


コンサート本編の最後は、「見つめていたい」でした。
これはもちろん盛り上がったねぇ。


スティングのソロ・コンサートには過去2回(東京ドームと武道館)行ったけれど、この見つめていたいの最後のエンディングのリピートして盛り上げるやり方に、必ず脳天から衝撃が走って、失禁してしまったのだけれど、今回はもうよく手の内がわかっていたからそういうことはありませんでした。(笑)


今回がキャリアの総決算という位置づけだったけれど、スティングは新しい新境地へと今後も前へ進むだろう。


でも自分が彼のコンサートに足を運ぶことは今回が最後かな?


いや、ファンというのはやっぱりそのときそのときで、やっぱりどうしても通っちゃうもの。
まっそれでいいんじゃない?


あまり堅苦しく美しく形決めをしなくても。。。







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関西風お好み焼きと広島風お好み焼き [グルメ]

オーディオを趣味にしていると、いいメリットというのは、全国にオーディオ友人ができて、オーディオオフ地方遠征ができること。


そうすることで、その地の名産物を食べれることだ。
あらかじめ自分で調べていく必要もないし、精度も必要ない。


その地元に住んでいる友人にすべて任せれば、苦労することなく、その地の最高のものが食べられる。

これがオーディオをやっていてよかったな、と思うことです。


最近は予算体力もなく、地方遠征もできなくなってしまったし、そして毎日自分勝手なつぶやきや日記の投稿を繰り返しているが、お世話になった地方のオーディオ仲間のみなさんにはいつも心の中では感謝しています。


今回大阪に行ったとき、やっぱりお好み焼きを食べた。
2日目で新大阪駅構内の御堂筋線に行く方向にあったお好み焼きさんが目につき、そのまま吸い寄せられるように入った。


そのとき、ふと思ったこと。

関西風お好み焼きと広島風お好み焼きの違いを自分の日記で語ってみたいと思ったこと。


自分は両方とも経験したことがある。


関西風お好み焼きは、大阪オーディオオフのときにたくさんの大阪のオーディオ友人の仲間たちに連れて行ってもらった。日記を調べたら2014年。いまから5年前。つい最近のことのようだよ。


広島風お好み焼きは、広島オーディオオフのときに、ひでたろうさんに連れて行ってもらった。
こちらが2016年。3年前だ。本当にときが経つのは早い。


だから自分はその違いを知っているし、語れるのだ。


大阪オーディオオフのときに、連れて行ってもらったお好み焼き屋さん。At The 21。
まだ元気でやっているのだろうか?


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そしてそのときに食した関西風お好み焼き。


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東京からお客さんが来てくれたということで、大阪地元の人だけが知っているお好み焼きでも特に美味しいと思われる穴場的スポットのお店だったと思う。お店へは車で行ったし、車でないとアクセス不能のようなロケーションのところにお店があったように記憶している。


見た目通り、とにかくボリュームがあった。食べ応えがあって本当に美味しかった。
これが本場のお好み焼きかぁという感じで感動した覚えがある。


関西風お好み焼きは材料をすべて混ぜてから焼く焼き方。生地にキャベツなど、すべてを混ぜ込み、鉄板の上に置いて、上から豚肉を置き、ある程度火が通ったらひっくり返し、全体に均一に火が通るように焼いていく。関西風お好み焼きはふっくらとした焼き上がりが特徴。ふっくら感をさらに増すために、山芋を生地に練り込むこともある。粉もん文化が広がる関西では、他にもたくさんの種類のお好み焼きがある。


一方、広島風お好み焼きは、オーディオオフ広島遠征のときに体験できた。
ホストのひでたろうさんの自宅の近くに、ひでたろうさんが普段通い詰めている馴染みのお店がある。屋台風のお店だ。ここも広島県民だけが知っていて美味しいと絶賛する地域密着型のお好み焼きを体験することができたのだ。


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そしてそのときに食した広島風お好み焼き。


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これもウマかったねぇ。ひでたろう邸の豪快なALTECサウンドを全身に浴びた後に食す空腹時のお好み焼きはまさに絶品だった。ビールとものすごく合った。


関西風、広島風とどちらがいい?


とは簡単には比較できないね、自分には。


広島風お好み焼きは、まず生地を丸くクレープ状に焼き、その上に、キャベツ、もやし、豚バラなどの基本の具材を重ねて焼いていく。広島風お好み焼きの特徴は、具材の中に麺があるということ。その後、ひっくり返して、生地と鉄板の間に挟んだキャベツが蒸され、キャベツの甘さが引き出されていく。はじめは具材で高さがあったお好み焼きも、火が通っていくと段々とボリュームがおさえられていき、食べやすい形になっていくという感じだ。


確かに麺を挟むのが特徴ですね。写真のように。


ひでたろうさんにそのとき関西風と広島風の違いを尋ねたが、そのとき具を混ぜるのが関西風だとのこと。あと空気の入れ方も微妙に違う。広島の方からすると、お好み焼きは広島が元祖で、関西のが、あくま で「関西風」。「広島風」などと言ったら広島市民に怒られてしまうとのことでした。(笑)


広島でお好み焼きと言えば広島風お好み焼き、関西でお好み焼きと言えば関西風お好み焼きが当たり前な訳で、わざわざ広島風、関西風と付けてメニューに書いていない店が当たり前なのだ。



ここで関西風と広島風の違いをより専門的に解説してみよう。


(1)生地の違い。

広島風お好み焼きの場合、水に溶いてさらりとした感触でゆるめに作られている。一方、関西風お好み焼きの場合は、ドロリとした感触で、広島風お好み焼きと比べると硬めの生地。生地とキャベツが絡まるためにも固さが必要で、火を通すとふんわりとした食感を生み出してくれる。


これは既述の写真でもその違いがよくわかるだろう。


(2)キャベツの違い。


メインの具材ともいるキャベツは、切り方の違いが大きな特徴となっている。広島風お好み焼きに使われるのは、細く長く切った千切りのキャベツ。焼いている最中にはてんこ盛りのキャベツも火を通せばしんなりとなり、食べる頃にはかさが減ってちょうど良い量になる。関西風お好み焼きの場合は、キャベツの幅を3cmくらいに切るのが主流。


(3)麺の有無。


関西風お好み焼きでは、あえてトッピングとして注文しなければ麺は付いてこない。一方、広島風お好み焼きは、何も言わずとも麺がお好み焼きに入っているのが基本である。麺の有無も、関西風お好み焼きと広島風お好み焼きの大きな違いになる。


(4)焼き方の違い。


広島風お好み焼きは、生地・キャベツ・具材をひとつずつ重ねて焼いていく、重ね焼きのスタイル。一方、関西風お好み焼きの場合は、焼く前に生地とキャベツを混ぜて焼く、混ぜ込みスタイルが基本。関西風お好み焼きは鉄板に広げて焼き、焦げ目が付いたらひっくり返し、再度表に返し、ソースを塗って完成。広島風お好み焼きの場合は、生地から具材を一つひとつ重ねて焼く。具材をいくつも重ねていくので、関西風お好み焼きより広島風お好み焼きの方が、厚みがあるものが多い。


(5)ソースの違い。


関西風お好み焼きでは、辛口のソースが使われることが多く、ソースの種類は主にイカリソースやオリバーソース。一方、広島風お好み焼きでは甘口のソースが主流。ご当地ソースでお土産品にもなっている、オタフクソースやカープソースが多く使われる。



(6)マヨネーズを使うのは関西風だけ?


お好み焼きのおいしさを引き立ててくれるのは、最後にかけるソースとマヨネーズ。しかし、マヨネーズを使うのは関西地方だけで、広島風お好み焼きでは使わないというのが圧倒的な声だ。


情報引用元:食べ歩きグルメブログ グルコック「お好み焼きの種類?関西風と広島風のお好み焼きの違いとは?」




こうやって書かれていることを読めば、そう!まさにそう!という感じで合点がいくことばかりだ。
また上記の6つの項目の違いは、上の写真でもその違いがはっきり認識することができるだろう。


自分がじかに体験してみて、そしてひでたろうさんに直接その違いを聞いて、自分のモノになったのは、関西風は全部混ぜてから焼くこと、広島風は重ね焼きであること。そして広島風は必ず麺が入ること。


ここのポイントだったな、結局。
簡単に言っちゃうと。


何回も言いますが、関西風、広島風、どちらが好き?とは簡単には言い切れないです。ちなみに、先日の新大阪駅で食べたときは、お好み焼きにご飯、味噌汁セットというのが平日のランチタイムにはついていた。


そうかぁ、やっぱりお好み焼きをおかずにご飯を食べるというのはありなんだな、と思いました。






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豊臣大坂城と徳川大坂城 [雑感]

実際間近で観る大阪城は、やっぱり天下の日本一のお城だと思いました。
(天守閣のことを言っています。)


城としての美しさがあると同時に、荘厳、威厳あるお姿というか、格好よさがありますね。日本一の美城として有名な白鷺城こと姫路城もぜひ現地に行ってじかに見てみたいのだが、そういう美しさの次元に留まるのではなく、もっと勇敢な武士道精神を表現した男らしい格好よさ、そして天下人という頂点を達観した英雄感のオーラが大阪城にはありますね。


やっぱり天下人のお城、太閤はんのお城という名の通り、天下のお城なんだと思います。


大阪城は、上京したての頃の若い頃、1回大阪に行って観たことがあったのだが、記憶が薄っすらとしか残っていなくて、また当時写真を撮影する趣味もなかったため、ぜひもう1回チャレンジしてみたいと思っていた。


今回いずみホールを体験するのが一番の目的だったのだが、大阪城がある大阪城公園は、そのすぐ目の前にあるので驚いてしまいました。(笑)


大阪城の”阪”という字は、じつは昔は”坂”と書き、大坂城と書くのが常であった。この表記については、近代以降「大坂」を「大阪」と表記するように改まったため、現在は「大阪城」と表記することが多い。


大坂城と言えば、豊臣秀吉が建てたお城と誰もが思うかもしれないが、大坂城の歴史からすると豊臣時代(豊臣秀吉)に造られた大坂城、徳川時代(徳川秀忠)に造られた大坂城と2つ存在するのだ。


豊臣大坂城と徳川大坂城は、まったく別モノなのである。


秀吉の死後に、関ヶ原の戦い、そして大坂冬の陣、夏の陣で豊臣家が滅亡すると、大坂城は、初め家康の外孫松平忠明に与えられて、忠明に課せられた任務はまずは大坂城下の復興であった。


ところが2代将軍徳川秀忠によって、豊臣色を払拭する大坂城修築工事が開始されたのだ。幕府直轄の城である徳川大坂城の城主は徳川将軍家の歴代将軍自身であり、譜代大名から選ばれる大坂城代が預かった。


江戸時代は、度重なる火災、落雷などで天守閣の焼失を始め、大半の建物は焼失、修復を繰り返した。



天守閣に限って言及すれば、結局、大坂城天守閣が再建されたのは、いままで3回。


秀吉時代の初代天守は天正13年(1585)から慶長20年(1615)まで・・・31年


徳川時代の2代天守は寛永3年(1626)から寛永5年(1665)まで・・・40年


・・・そして時を経て


3代目のいまの天守閣は、昭和6年(1931)から・・・最長記録更新中。


今回自分が観てきたこの3代目天守閣は、大阪夏の陣図屏風(大阪天守閣蔵、重要文化財)に描かれた豊臣時代の天守の外観に基づいて復興されたものなのだ。


よかったぁ!自分はてっきりいまの天守閣は、徳川大坂城の天守だと誤解していたので、いまこうやって調べたところ、豊臣天守閣だったことが判明してほっと胸をなでおろしました。


そりゃそうだよね。昭和に天下の大坂城を復興再建するのに、豊臣天守の意匠を使うのは当然のことだと思います。


大坂城は豊臣秀吉のお城です!


この3代目天守(復興天守と呼ばれている)は、当時としては珍しい鉄骨鉄筋コンクリート造りで、第二次大戦の空襲にも耐えて現在に至り、平成9年(1997)には国の登録文化財に指定された。


せっかくだからここで、豊臣大坂城天守と徳川大坂城天守についての違いを書いてみよう。(引用元:Wikipedia)


豊臣大坂城天守



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大坂冬の陣図屏風に描かれた豊臣大坂城天守



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大坂夏の陣図屏風に描かれた豊臣大坂城天守
いまの3代目天守(復興天守)は、このときの意匠を参考にしている。


大阪夏の陣のときの落城で焼失。


天守は、複合式もしくは連結式望楼型5重6階地下2階であったと考えられており、外観は、黒漆塗りの下見板張りで、漆喰壁部分も灰色の暗色を用いて、金具や、瓦(金箔瓦)などに施された金を目立たせたと考えられている。一説には、壁板に金の彫刻を施していたというものもある。


なお、5階には、黄金の茶室があったといわれている。

最上階は、30人ほど入ると関白の服に触れるほどであったとルイス・フロイスの「日本史」にある。


大坂夏の陣図と冬の陣図では天守の姿が大きく異なっているため、夏の陣のものは再建または改築されたものであるといわれている。冬の陣より夏の陣のときのほう荘厳な天守だったので、いまの3代目復興天守は、夏の陣のときを参考にしたのだと思われる。



徳川大坂城天守




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徳川大坂城天守(願生寺指図を元にしている。)


徳川大坂城の天守は江戸城の本丸・初代天守の配置関係と同配置に建てられたと見られている。建物は独立式層塔型5重5階地下1階で、江戸城天守(初代)を細身にしたような外観があり、白漆喰塗籠の壁面だったとみられている。最上重屋根は銅瓦(銅板で造られた本瓦型の金属瓦)葺で、以下は本瓦葺だったという。


高さは天守台を含めて58.32メートルあったとみられている。このことから江戸城の初代天守の縮小移築との説もある。


これが今回大阪城公園の大阪城復興天守の中に入った時に、展示されていたパネル。
天守閣の中は、博物館のようになっていて、当然豊臣大坂城と徳川大坂城の違いについての説明展示がある。


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これを見ると徳川大坂城は、基本は江戸城をベースとしていたところがあるので、巨大な天守(約58m)だったのがわかる。それと比較して、豊臣大坂城の天守(約39m)のなんと小さいことか!


自分はこのパネルを見たときは正直ショックでした。(笑)


図を見てわかるように、徳川大坂城は、豊臣大坂城よりも地表が高い所にある。徳川大坂城は、全体に高さ約1メートルから10メートルの盛り土をした上に、より高く石垣を積んだので、豊臣大坂城の遺構は地中に埋もれることになった。また天守など建物も構造を踏襲せずに独自のものに造り替えることになった。


徳川氏の大坂城は豊臣氏の大坂城の石垣と堀を破却して、完全に大坂城を作り替えたのである。


だから、現在の大阪城公園にある地表に見ることのできる大坂城の遺構は全部徳川大坂城のものなのだ。豊臣時代の遺構は地下に埋まっている・・・


ということは、現在の復興天守閣の天守台も徳川大坂城のものである。
天守台は徳川大坂城で、その上の天守閣は豊臣大坂城のものを建立した、ということになる。


いまの復興天守閣の中は、博物館のようになっていて、そこで自分が1番ズキ~ンと心射貫れたのは、豊臣時代の大坂城の全建物の縮小プラモデル。天守閣を始め、本丸、二の丸、三の丸や、とにかくすべて。ものすごい広くて大きな建物群でこれは圧巻で素晴らしかった。


この博物館は、3F,4Fはカメラ撮影禁止になっていて、たぶん4Fだったと思うのだけれど、無性にカメラに収めたい衝動に駆られた。一瞬だったら撮っても大丈夫なような感じだったし、たぶん出来たと思うけれど、どこかで良心の呵責が・・・(笑)


いまものすごく後悔しています。撮っておけばよかったと。。。
それだけこの縮小プラモデルは自分の心をガシっと捉えました。


それではいよいよ自分が体験してきた3代目復興天守閣の荘厳なお姿を披露します。
どこがベストアングルか、というのは、もうすぐにわかるようになっている。


大阪城公園を順路で進んでいけば、天守閣が見えてくると、おぉぉ~ここだ!というのがピンとわかるのです。写真にそれなりに心得、拘りがある人ならば。。。


そしてそこには大抵観光客カメラマンがたくさんたむろっている。

観光雑誌などで使われている有名アングル、スポットも大体この中にあると思います。


では、これが大阪城3代目復興天守閣だ!


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大阪城公園を順路で歩いていくと最初に出くわす撮影スポット。
あっここだ!と思いました。雑誌でよく見るアングルです。


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ここが天守閣を最高のアングルで撮れるスポットですね。
そのように公園が設計されています。
その前がこのように広場になっているのです。


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休日です。天守閣の中に入るには当然長蛇の観光客の列に並ばないといけません。
そこに並びながら撮ったショット。


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天守台の麓からのアングル。


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これは西の丸庭園から撮影したアングル。たぶん珍しいショットだと思います。西の丸庭園からは、天守閣には行けないのですが、この広い庭園を散策していたら、ふっと振り向いたらこのような方向から天守閣が臨めるとは思いもよらず相当心臓がドキッとしました。


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さて、せっかく来たのだから、当然天守閣の中に入るつもりでした。
中に入るとミュージアムショップのお土産屋さんもありました。


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天守閣の中は、上階へはこのように当然エレベーターを使います。
スミマセン、思いっきりイヤミのつもりで言っています。(笑)

先の大阪サミットで、某首相の失言について皮肉っているつもりです。
もちろん階段でも行けます。5Fまでエレベータで昇り、最上階の8Fまでは階段です。


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天守閣の中はこのように博物館になっています。豊臣(秀吉)時代の歴史説明パネル、貴重な屏風や資料、実際使用していた武具などの展示など大変興味深いものばかり。時間を忘れました。


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これが天守閣に装飾されている金のシャチホコなどの装飾具。圧巻でした。


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これはかなり自分を魅了、惹きつけました。
豊臣秀吉はじめその勇敢な武将たちがかぶっていた兜。

手前から黒田官兵衛、後藤又兵衛、加藤清正、ひとつおいて豊臣秀吉。
当時の人間の頭は小さかったんだね。(笑)


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そして展望台になっている天守閣最上階へ。
階段で昇っていくとこんな感じです。


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外に出てみると、防護の網が張っている。


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ここから大阪の街を四方から眺めて観ます。

ここが天守閣を撮影する最高のスポットの広場になっている方面。
こんな広い広場だったんですね。


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高層ビルが立ち並んでいる。大阪は都会なんだなぁ。
手前に見える緑色のドーム式の屋根が大阪城ホールです。


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そして他の2方面。
西の丸庭園など大阪城公園は緑も多く、本当に広いです。


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これで大阪城天守閣を巡るメイン・ミッションはコンプリートです。

ほか、ちょっと大阪城公園を散策してみようと思いました。


あなたも戦国武将になれる!インスタ映えスポットなのでしょうか?(笑)
特に外人さんに人気でした。


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どうしても行っておきたかったのが、大阪城公園内にある豊臣秀吉を祀っている豊國神社。

秀吉像がそびえ立つ!


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ここではみなさん、秀吉に倣って、出世、開運を祈願するそうです。
・・・もうそういうのは、疲れるので、自分の場合、もういいです。(笑)

平穏な未来、小さな幸せを祈願してきました。



そして広大な緑の地平線が広がる西の丸庭園へ。


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ここには、国際会議などで使われる大阪迎賓館があることで有名ですね。


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この建物が大阪迎賓館です。


写真を撮影しているときは、この建物が迎賓館だとは知らずに撮っていたので(笑)、もっと真正面のショットが欲しかったですね。


国際会議(1995年のAPEC'95)などや結婚式場はもちろん2016年から予約制高級レストランとなったことで納涼会や企業の周年パーティ、忘年会、新年会などを愉しむことができるようです。なんといっても周りは、約6万5千平方メートルの広大な緑豊かな敷地内にありますから、四季折々の自然と開放的な空間そのもの。



広大な緑の敷地を歩いていると、ふっと後ろを振り向くと、なんと天守閣が!(笑)
さきほど紹介した、まさかここから天守閣が見えるとは!という驚きでした。

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これで大坂城ミッション、すべて終了。
いやぁ、やっぱり自分は日本史大好きなんですね。
こうやってあの日を振り返ってこの日記を調べながら書いているだけでもうドキドキ、ワクワク。

そして城マニアと言えるほど、全然詳しくないのだけれど、日本の城が大好き、ということを実感。


つぎなるターゲットは、もう決まっています。
日本一美しい白鷺城の姫路城です!


このときに、まだ14時。
開演の19:00まで5時間もある。
いずみホールはすぐ近く。


どうしようか、かなり困りました。
そこで大阪城公園入口のスターバックスへ。
この日は暑かったから涼をとる目的もありました。


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ここはいいですね!


自分はスターバックスにはあまりいい印象を持っていなくて、自分から好んで入るところではない。というのは、スターバックスと言ったら、もう東京では渋谷のスクランブル交差点のあのお店をすぐに思い出し、狭くて、汚くていつも女子高校生や若い人でごちゃごちゃに混みあっているという印象。


そんなイメージだったから、ここの広くて店内が綺麗で、天国のような場所は雲泥の違いだと思いました。冷房もガンガン効いているし。若い人が本、パソコンやiPadを持ち込んで、みんな勉強場所として使っているんだよね。こんな綺麗な環境だったらさぞかし効率いいと思いました。


ボクの向かいに座っているお兄さんは、電気技師資格の参考書持ち込んで長時間勉強していました。


自分は最初、iPodで音楽を聴きながら、ジュース飲んで時間を潰していたんだけれど、やっぱり5時間は・・・(笑)


最近よく思うのは、イヤフォン型のインナータイプで音楽を大音量で聴いていると難聴になる可能性が大きいということですね。最近歳のせいか、イヤフォンを外すと、軽い耳鳴りみたいな後遺症があって、それが鎮まるまで2時間ぐらいかかる。これは耳悪くするな~とつとに思います。


特にiPodではポップスやロックを聴くことが多いですから。

商売道具の耳は大切にしないとですね。

音楽はやっぱりスピーカーで聴きましょう!


開演は19:00なので、耳を鎮めるために、2時間前にはiPodをやめました。

その後の2時間はヒマでヒマで苦痛でした。(笑)



ようやく開演時間近くになって店を出る。


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大阪城公園入り口には、大坂城ホールという16000人も収容できるドーム式の多目的アリーナがありました。自分がここで音楽を聴くことはまずないだろうな・・・たぶん。(笑)







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体験!いずみホール [コンサートホール&オペラハウス]

最近は、大阪にもどんどん新しいホールが建設されていっているが、自分にとって、大阪を代表するホールといえば、シンフォニーホールとこのいずみホール。


なかなか大阪に行けることもないので、最新ホールは大阪の友人のみなさんに任せた、という気持ちが幾分にあるのだが、このシンフォニーホールといずみホールだけは、どうしても自分が抑えておきたかった。


シンフォニーホールは過去に3回訪問している。
(飯森範親&日本センチュリー、アラベラ・美歩・シュタインバッハー&NDR、エレーヌ・グリモー)


そのとき必ずセットでいずみホールを体験しよう、と試みるのだが、コンサートカレンダー的にどうしてもいい公演がないのだ。無理をして行こうと思えばコンサートもない訳ではないのだが、自分の意にそぐわぬコンサートに行っても満足感があまり得られないと思うし、ホール体験記もテンションが低くなってしまう。


今回は、もういずみホールを体験することだけを主眼において大阪行きを決めた。


コンテンツも専属オーケストラのいずみシンフォニエッタ大阪を選ぶのが筋だとは思ったが、これも自分のスケジュールと合わず、結局、ハーゲン・クァルテットの弦楽四重奏を聴くことにした。


これであれば、万事自分の満足のいく体験記になりそうだと感じた。


ところが折しも台風18号が接近して、なんと公演日の10/4には、進路が大阪上陸のような気配をみせた。これは心中穏やかではなかった。その週は毎日台風の進路に憂鬱になっていたりした。


つくづくいずみホール体験するには壁が立ちはだかるな、とまで感じてしまった。
幸いにも台風は北側の日本海側に抜け、4日には温帯低気圧に変わっていった。


やれやれ、である。


いずみホールは、大阪環状線の大阪城公園駅が一番アクセスが近い。


今回の大阪行きの目的には、いずみホールを体験することと、大阪城を体験することの2つがあり、なんといずみホールのすぐ手前が大阪城公園なのだ。想定外で1日にしてすべての目標を達成することができてしまった。(コンサート開演までの時間もかなり持て余した。)


いずみホールは、もう大阪ではコンサートホールのパイオニア的な存在で、歴史あるホールなので、もうみなさんにとっては既知の事実かもしれないが、あくまで自分のために調べて、自分のためにこの日記に改めて書き留めておきたいと思う。


いずみホール


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いずみホールは住友生命保険相互会社の60周年記念事業の一環として、1990年4月にオープン。


理想の音場の原点をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地「ウィーン楽友協会大ホール」に求めた、シューボックス型で821席のコンサートホール。天井や壁のデザインをはじめ、床、椅子、さらに8基のシャンデリアなどの緻密に計算された音響効果により、「楽器の集合体」に包み込まれるような空間を実現した。


残響時間はクラシックの室内楽にふさわしい1.8秒~2秒。明るくやわらかな音色が特長の、フランス・ケーニッヒ社製のパイプオルガン、ベートーヴェンと同時代の1820年代のナネッテ・シュトライヒャー製フォルテピアノなど、他のホールでは味わうことのできない特色ある楽器を備えている。


また、ホール独自の企画を主催公演として年間30公演程度開催している。


1990年から2018年まで、故礒山雅が音楽ディレクターを務めた。


ホールを運営する一般財団法人住友生命福祉文化財団は、昭和35年10月に住友生命保険相互会社の寄付により財団法人住友生命社会福祉事業団として設立、平成25年4月1日より一般財団法人住友生命福祉文化財団に移行、社会の福祉および文化の振興に貢献すべく事業を展開している。(いずみホール公式HPより)




自分の大阪に住んでいるオーディオの友人たちも一様にいずみホールの音響の素晴らしさを絶賛しており、「大阪屈指を誇る音響」、「おそらく大阪で1番音響が素晴らしいホールではないか?」そういう武勇伝をずっと長い間聞かされてきたので、ホールマニアとしては、どうしてもこのホールを体験しないといけないだろう、という使命感みたいなものがあった。


要は日本のコンサートホールを語るのであれば、このホールはどうしても訪れないといけない。ここを体験しなくて、偉そうに語ってはいけない、そういう無言の圧力プレッシャーがあったことは確かである。


自分がまだ訪問する前に、いずみホールにずっと抱いていたイメージは、821席という非常にコンパクトな容積で、しかもシューボックス。これは音響が素晴らしいのは間違いないよな。しかも内装空間がヨーロッパの古いホールのような美しさがあり、その壁面は拡散体で覆われている。もう素晴らしい音響の条件がすべて揃っているようなイメージだった。


そしてなによりも、いずみホールは、ウィーン楽友協会大ホールを模して造られた日本で最初のシューボックス・ホールであるということ。(厳密に言えば、洗足学園音楽大学の前田ホールが、ウィーン楽友協会を模した日本で最初のシューボックスホールなのだが、内装空間の美しさなど、断然いずみホールの方が上だし、こちらのほうが実際商用ベースのホールですよね。)


こういう本格的なヨーロッパ・テイストの内装空間を持ったシューボックス・ホールの日本での最初のさきがけのホール、という認識だった。


いずみホールの音響設計はYAMAHAが担当している。


いずみホールは、日本のコンサートホールビジネスの始まりの時期に創設された歴史あるホールで、


1986年に東のサントリーホール、1990年に西のいずみホール、そして1994年に岐阜のサマランカホールの3ホールが姉妹ホールとして提携し、情報交換や共同企画、事業協力、人材育成などについて協力するレリーフなどを交換したこともあったようだ。



いずみホールはオープンするにあたり、音楽学者礒山雅氏を音楽アドバイザーとして、特定のテーマをかかげ、演奏家、聴衆とともに音楽を探求し、創り、また楽しむという主張を打ち出していた。


礒山雅氏のかかげる企画の柱は、


(1)音楽の原点への旅
(2)音楽の未来への旅
(3)マイ・ディア・アマデウス


の三つである。中でも特色あるのが“音楽の原点への旅”のシリーズ。ベートーヴェン時代のピアノ“ナネッテ・シュトライヒャー”、“ナーゲル”のチェンバロなどという吊器を揃え、古楽器によるバロック音楽の新しい探求の旅を目指している。

“音楽の未来への旅”はわが国の作曲家、音楽家を中心として新しい音楽を創り出すというアトリエとしての活動である。三番目の“マイ・ディア・アマデウス”はモーツァルトの全作品を気楽に楽しむことを狙った企画である。


これらの企画のコンセプトの特色がホールのオープニング記念コンサートにそのまま反映された。


いずみホールのオープニング・ガラ・コンサートは礒山雅氏自らの司会、鈴木雅明氏のオルガン、有田正広氏のフラウト・トラベルソ(バロックフルート)、小林道夫氏のフォルテピアノとチェンバロ、吉野直子さんのハープ、仲道郁代さんのピアノ、岡坊美子さんのソプラノ、それにヤナーチェク弦楽四重奏団、大阪フィルハーモニー交響楽団、最後は指揮者なしで「ハフナー《を演奏したプラハ室内管弦楽団などで4時間を越える多彩なプログラムであった。


このホールの音響については、担当されたYAMAHAの川上福司氏の詳細な記事がオープニングの総合プログラムに紹介されている。


この開館記念の総合プログラムは音楽ファンにとってもの凄い読みごたえの内容だそうで、定価2,500円、ぜひ一読をお薦めされている冊子で、サントリーホールの黒本と同じように、いま一生懸命中古市場で探しています。(笑)


客席数821席、室容積約10,000m3、室幅21m、室の高さ15.5mの直方形という基本条件だけで、このホールの響きは高いレベルにあるといってよい。


室内楽から小編成のアンサンブルまでを余裕を持って受け止めるだけの空間が約束されており、また、大型ホールで苦慮する初期反射音についても特別な仕掛けに悩む必要はない。現実的な問題として客席数の約1/3をしめる通路前方席の音響をどう考えられたのかが気になった。音響設計の課題としては、むしろ拡散の程度とその周波数範囲をどう設定するかが最大の課題であろう。


また、響きのバランスも考えれば難しい課題である。


ところで、このような直方形のホールで一番悩むのはむしろ建築家ではないだろうか? 壁、天井とも拡散体で埋めつくされた空間を見てそんなことを思ったのである。


コンサートホールの運営では貸し館事業と自主事業とのバランスが現実面の大きな課題である。しかし、ホールの品格は自主企画のコンセプトと内容に懸かってくることは明らかである。わが国もやっと欧米諸国に誇れるホールをもつにいたったものの、専用の楽団のフランチャイズが始まったのは最近であり、ホールと一体となって独自の音楽を創り出すまでには長い道程が必要であろう。(いずみホール、オープン時の永田音響設計ニュースより)



ホールの品格は、自主企画のコンセプトと内容に懸かってくる。。。


そういう意味でも礒山雅氏(2018年にご逝去)の存在は、このいずみホールにとっては大変大きな存在だったのだと推測する。



前置きはこのくらいにして、さっそくホールの体験記である。
もう開館前は、心臓がバクバクで大変でした。(笑)


エントランス


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チケットオフィス。赤色がかなり映えていてかなりお洒落な色使いです。


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そしてホワイエ。


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赤色の絨毯が敷き詰められていて、非常にシックな感じの空間。室内楽ホールもしくは小編成のオーケストラ専用のホールに見合ったとてもコンパクトである、というコンセプトがこのホワイエにも反映されていると思いました。


レセプショニストの女性のみなさんは、赤いジャケットがユニフォームのようでした。とても素敵です。


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クローク側を臨む。


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そしてクローク(やはりとてもコンパクトなのが可愛い感じがします。)


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売店。


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2階に上がる階段からホワイエを臨む。


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インターミッション用のドリンクコーナー。
ここはかなり素敵な空間でした。雰囲気あります!
そして思ったより空間スペースが割かれているな、と思いました。


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そしていよいよホールに突入。


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これは美しい!


思わず息を飲んでしまった。いつものことなのだけれど、自分にとって初めてのコンサートホールに入った瞬間、自分の目の前に一面に広がるその空間を見たときは、一瞬息が止まります。


自分が逝ってしまう瞬間と言っていい。


全体的にブラウンを基色とした国会議事堂の衆議院会議場に近いビクトリア調の調度な感じですね。
その内装空間の美しさはあまりに驚いてしまい圧巻であった。


まさにヨーロッパの古いコンサートホールが持つ古色蒼然とした佇まい、というのがここにある、という感じ。こういう内装空間を持つホールって日本にはあまりないですよね。



ステージ側から見たホール空間。


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最初に驚いたのは、正面センターに上階席が存在しないこと。
こういうホール構造はあまり体験したことがないかも。唖然としてしまいました。
いわゆる両側面側に申し訳なさ程度に座席がある程度で、基本は1階席中心のホールなんですね。
1階席は前方は平土間ですが、センターあたりからスロープがついています。

そして奥行きが思ったほどなく普通のシューボックスより浅めの感じ。


本当にコンパクトな空間という印象。


ということは、まず思ったのは、上階席がほとんど存在しないということは、観客席の人が音を吸うことがほとんどないので、ホール観客席上部で、ダイレクトに壁に反射して反射音が高次反射するような音の濃い空間なのだろうな、ということ。ちなみにホールの四隅はラウンドさせています。



ホール側面側。





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ご覧のように申し訳なさ程度に客席が存在する。


でも見てほしい。ドアの部分がとても装飾性のあるデザインの素晴らしさで、これがきちんとした拡散性の凹凸を造っていますね。ウィーン楽友協会はロココ調のデザインだけれど、ここはちょっと雰囲気が違う。


でも昨今の最新型ホールの設計の傾向に見られる無機質な凹凸の作り方ではなく、このようなヨーロッパ・テイストな自然な美しさの装飾が彫られていて、それがきちんと拡散性の役割を果たしている、というのはまさに内装空間のデザインを損なうことなく音響が素晴らしいという両立を果たしていますね。


ドアの両側の赤いカーテンがまた全体の色の配色バランスで鍵を握っていて、とてもお洒落な空間を造っている要因です。でもこれは、また同時に吸音の効果も狙っていて、シューボックスが持つ最大の問題の定在波の問題の解決のひとつの策なのでしょう。


赤いカーテンの両サイドに縦にスリットが入ったデフューザー(拡散体)の柱がある一定間隔に配 置され立っているのがわかりますか?これもこのホールの壁の音の拡散の大切な役割を果たし ているのです。



天井


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ここにもきちんと音の拡散の仕掛けがしっかりと施されていた。


格子状のデザイン。これはアムステルダム・コンセルトヘボウがまさにそのようなデザインである。
そしてポリヒムニアのスタジオの天井もそうなっている。それは彼らがホームグラウンドのコンセルトヘボウの天井を真似たからにすぎないのだが。。。


ここのホールの天井は、さらにその格子状の中に三角錐の凹凸拡散体が施されているのだ。いずみホールの荘厳な内装空間の美しさからすると、この天井のデザインはちょっと武骨な感じがしないでもない。(笑)でも普通の観客は天井を見たりしないからね。(笑)


完璧な音響対策。



椅子と床


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これは岐阜サマランカホールと全く同じ形状タイプの椅子。観客が座る部分、お尻と背中の当たる部分だけクッションで座ったら隠れるようになっていて対吸音対策。その縁は木がむき出しになっていて、反射重視となっている。


客席の床を見てほしい。大理石(?)と思われるツルンツルンの固い床であった。
自分がホールに入った瞬間まずオッと思ったのはこの床の造りだった。吸音ゼロの全反射オンリーの床。ホールが全方位面で反射に囲まれる構造の役割をこの床も担っているのだと思いました。


でもステージの上は中が空洞の木のような感じでした。
ステージ上の発音体の大きな鳴りに対して、その振動がきちんと返ってくるような感じですね。



電子掲示板


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これもちょっと自分は初体験。(他のホールではあるのかもしれませんが、自分は初体験。)
ステージ後方に休憩時間(インターミッション)の時間がきちんと表示される。



いずみホールのホール空間は、内装空間がとても美しいホールで、そこにはヨーロッパの古いホールにあるような自然の芸術的な彫刻がなされ、それが同時に拡散体となるような仕組みが施されていた。


そこには現代の最新型ホールの内装設計の無機質な凹凸拡散体の造り方とはあきらかに違う造形美、芸術性があって心を和ませてくれる。自分はあまりに空間が美しかったので、休憩時のインターミッションではトイレに行く時間も惜しみ、ずっとその空間を眺めていた。またいつ大阪に来れるかわからないからである。(岐阜サマランカホールでもそうだった。)


色使いがブラウン系の調度で、全体的に暗めの照明。これが返って聴衆の音を聴く精神状態を静謐で深いものにしていることは間違いないと思う。この美しい内装空間で音楽を聴いていると、特別な感情に陥ってしまう。


ウィーン楽友協会のコンセプトを模して造られたと言われている、この内装空間の美しさの果たしている役割はかなり大きいと思う。


日本にこういうホールはあまり見かけない。


そして音響だが、これは予てからの噂に違わぬじつに素晴らしい音響体験であった。


「豊かな響きに明晰で引き締まった音像。」


控えめな容積で、シューボックスでこれだけの拡散体に囲まれている構造であれば、もう響きが豊かなのはもう結果として分かり切っていたことであった。驚いたのは、響きが豊か過ぎると各楽器のパーツの音が混濁してしまい響きに埋没気味になって音像が膨らむ感じになってしまうのだが、弦楽四重奏で聴く音響は、じつに見事な明晰な音であった。


不思議だったのは、ホールの壁が見掛け木目調に見えるので、木のホール独特の暖色系な音質だと推測していたのだが、硬質な透明感のある音で、まるで石造りのホールで聴いているようなクリアな音であった。


各弦楽の解像感の高さというか弦の聴こえ方のばらけ具合が非常にシャープネスな音で、音が立っている感覚だった。自分はこのとき、このいずみホールの音響を体験するのに、まず弦楽四重奏を選んだことは偶然とはいえ、結果として大正解だったと思う。


ここでは室内楽だけではなく、小編成のオーケストラも演奏される。

実際、専属オーケストラのいずみシンフォニエッタ大阪や関西フィルなどこのホールをホームにしている。


12型,14型,16型・・・どれくらいの規模の編成で普段やっているのかわからないが、これだけ慎ましやかな容積で、これだけ響きが豊かであると飽和してしまうんじゃないか、という心配もしてしまう。


一度聴いてみたいものだと思う。


いずれにせよ、ウィーン楽友協会のコンセプトがベースにあるこのいずみホールの最大の魅力は、この美しい内装空間と素晴らしい音響の視覚と聴覚の両方を同時に刺激する豊かな感覚なのだと思う。


こういう芸術性の高い空間で音楽を聴いていると一種独特な雰囲気、アドレナリンが湧くことは間違いない。


最近の新しいホールの設計企画でこのような内装空間を設計することはもう難しいのではないだろうか?


新しい時代にはその時代に適した新しいホールの内装空間というのがある。

そういう意味でもいずみホールは、大阪のとても貴重な国家財産なのだと思います。



さて、ハーゲン・クァルテットの演奏。


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ここの座席から。


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弦楽四重奏の王者に相応しい堂々とした演奏であった。


ハイドン、バルトーク、そしてシューベルトの弦楽四重奏を演奏してくれたが、自分は特にハイドンがよかったと思う。音響ありきの鑑賞の仕方で、申し訳ないと思うが、ハイドンが一番このホールの音響の素晴らしさを体感させてくれたからだ。ホール音響は一番最初の出音ですべてわかってしまう。それ以降いかに長時間聴いていようが、その印象が変わることはほぼない。そういう意味でハイドンは素晴らしかった。


コンサートの目玉としては、バルトークや特にシューベルトのロザムンデが一番の聴きどころなのだろう、と思う。ロザムンデは、逆に弦の弱音表現が素晴らしく印象的で、それを4人の完璧なまでのアンサンブルで仕立て上げていたところに素晴らしさを感じた。ある意味完全無欠で、非の打ち所がないようなまでの冷血漢的なところもあったような演奏だったと思う。もっと温度感のある暖かみ、呼吸感のある演奏も選択肢としてはあったと思う。



ハーゲン・クァルテット演奏会
2019年10月4日(金)19:00~ いずみホール


ハイドン 弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 op.76-3「皇帝」
バルトーク 弦楽四重奏曲 第3番 BB93


休憩(インターミッション)


シューベルト 弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 op.29-1 D804 「ロザムンデ」


~アンコール

ハイドン 弦楽四重奏曲 第76番 ニ短調「五度」Hob Ⅲ:76,op.76-2
第4楽章 Vivace assai







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ついに赤ホッピー [グルメ]

自分の性格からすると、ひとつのことを知ると徹底的に知りたくなる極めるタイプなので、ホッピー(黒、白)を体験できたら当然、幻のホッピー、赤ホッピーを飲んでみたくなる。


赤ホッピーと呼ばれる「55ホッピー」は、厳選麦芽100%のプレミアムホッピーである。

赤ホッピー「ホッピー55」は、ホッピー誕生55周年を記念して作られたプレミアムなホッピー。
この赤ホッピーもお店ではなかなか出会うことが出来ない、ちょっとレアなホッピーなのだ。


麦芽使用率100%、海洋深層水を一部使用、さらに従来のホッピーの倍の醸造時間をかけてホッピーの製造技術を駆使して作られている。その味はホッピー好きがこのホッピーを飲んでファンになることも多いくらい美味しいと評判らしい。


こんなレアなホッピー、どうやれば飲める機会に預かれるのだろう?

飲んでみたいなぁ。。。


ネットで調べてみた。

そうするといとも簡単に赤ホッピーが飲めるお店が見つかった。(笑)


レアなので、そんなに数はないけれど、赤ホッピーを扱っているお店は数店あった。

これはもう行くっきゃない!

もう即決である。


もちろんみんな関東圏のお店なのだけれど、その中で自分の家に一番近い中目黒のお店をチョイス。


もつ焼き勝利はなれ 中目黒店
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13212136/


もつ専門店のお店だ。

名店「あぶり清水」出身店主こだわりの煮込みは、生でも食べられる新鮮なもつを使用した「究極のもつ煮込み」。特に、中目黒店限定の「ドカ盛り」は凄いらしい。(笑)また新鮮な上州豚を使用した「ホルモン刺」。そしてもつ専門店自慢の「もつ鍋」。


まさにもつ料理にこだわったもつ専門店。

これはいいなぁ。もつ大好き!
もう即決である。


東横線の中目黒駅で下車したら徒歩7分くらいで簡単に見つかる。


もつ焼き勝利はなれ 中目黒店


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ビルが塗装工事中なのか、全面黒幕で覆われていて、お店の部分だけこうやって空いている状態。

中目黒に来たのは、じつに久しぶり。


ここには芸能人御用達で有名な焼き肉店「叙々苑」の中目黒店がある。
昔来たことがある。


開店前に着いたので、ここら辺をいろいろ散策したら、じつに呑兵衛の街!いろいろな酒場がありますなぁ。この近辺、不思議ともつ専門店がかなり多いと思いました。


酒場の街なんだけれど、どことなくお洒落なお店も多くて、都会的で洗練された雰囲気もあって、中目黒はじつにいい街だと思いました。


さて、さっそく開店1番、さっそくお店に入る。
1番乗り。


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店主とても若い。奥さんと思われる方と2人でやっているお店のようである。
お店の中はとても綺麗で、かなりの小スペースのこじんまりとしたお店だった。


自分はカウンターに陣取り、初めて来た客なので、店主と話が弾んだ。
とても性格のいい粋な店主。


横浜ベースターズファンとのことで、いろいろ話が弾み、自分は赤ホッピーが飲みたくて、このお店に来た、と告白した。

店主は出身は関東外なので、ホッピーってこちらに来て初めて知ったお酒なんですよね、と言っていた。自分はつい最近知った初心者にも関わらず、ホッピーは関東圏が消費8割の東京下町酒場のお酒なんです、と偉そうに教えてあげた。(笑)


さっそく赤ホッピーを注文。
氷を入れてきたので、スミマセン、氷抜きで、と催促。


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幻のレアな赤ホッピー。


ここのお店は3冷の作法がきちんとできている。
ホッピーもグラスもキンキンに冷えていた。


焼酎はグラスの中に入っていた。

さっそく赤ホッピーを注いで出来上がり!


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赤ホッピーを飲んでみた感想。


これは完璧なビールですな。(笑)

黒や白のホッピーは、あくまでビール”テイスト”なお味。
なんとなくビールっぽいんだけれど、炭酸清涼ジュースを飲んでいるような飲みやすさ、お酒に弱い方向けのお酒という感じがしたのだけれど、赤ホッピーはもうこれは完全にビール。


考えてみれば、厳選麦芽100%なんだから、もう明らかにビールそのものだろう。
でもビールと言っても、国産ビールと違って、ヨーロッパのビールのような、ちょっとフルーティーな味がするオシャレなテイストだと感じました。


とても爽やかな感触、肌触りと言うか、かなり美味しいです。
オシャレで高級なビールという感じでしょうかね。


さっそく赤ホッピー片手に、このお店の看板の上州豚を使用した「ホルモン刺」をオーダー。
もうひとり酒場放浪記状態のできあがり。(笑)


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この豚串、焼き鳥串はじつに美味しゅうございました。
肉汁ジューシーで香ばしい豚串、焼き鳥串。塩、タレの両方でいただきました。


酒の肴としては、この他にも、もっとも看板であるもつ煮込みもオーダーしましたよ。
もちろん目黒店限定の「ドカ盛り」で。(笑)


これは確かに凄かった。
絵的にあまりに汚いので、写真を掲載することははばかれるので、やめておきます。
でもこんな美味しいもつ煮込みを食べたのは初めてかも。

新鮮で歯ごたえのあるもつに、香ばしい味噌仕立ての濃厚なお味。
まさにこれぞ、究極のもつ煮込み!


今回は、赤ホッピーを飲みに来たのだけれど、夕ご飯も食べていなかったので、食も大いに注文した。寒い時期にはまだ早いけれど、もつ鍋もオーダー。


これは2人前からになるけれど、なかなかのお味でした。
もつ鍋なんていつ以来だろう?
じつに久しぶり。


もつ鍋は自分はいままで醤油仕立てベースが多かったんだけれど、ここは塩仕立てのもつ鍋。
もつはとても脂こってりの味で、その他、にらや他の野菜と食べるとじつに美味しいもつ鍋でした。
塩味もなかなかいけます。

もうこれだけでお腹一杯。


店主は締めにさらになにかいかがですか?と来るが、もうさすがに無理。


飲みのほうをちょっと頼む。

ここでメニューを見てみると、ホッピーのところに「下町ッピー」というのがある。
店主に聞いてみた。


自分は酒飲みではないので、そのときに店主から説明されたことを1回ではよく理解できなかった。
家に帰ってからあとで、ネットで調べてみてようやく理解できた。


下町ッピーというのは、下町ハイボールを白ホッピーで割ったお酒のことをいうのだ。


ではその下町ハイボールとは何なのか?


「下町ハイボール」の基本形は、酒場ごとに違いがある「謎のエキス」と焼酎を炭酸水で割って、レモンスライスを浮かべて飲む・・・といったもの。酒場によっては、炭酸水を入れる順番にこだわったり、その濃さを自分で選ぶことができる。


この「謎のエキス」とは何なのか?(笑)


「謎のエキス」は店独自のエキスであると言われており、そのミステリアスさが呑兵衛たちの心をくすぐる面があった。でも最近は、このエキスは市販されていて一般の人でも購入することができるようになったらしい。「謎のエキス」の中で一番有名なのは、東京都台東区にある「天羽飲料製造有限会社」が作っている「天羽の梅」というエキスで、他にも数社が同様の「下町ハイボール」のエキスを販売している。


自分が店主に聞いたとき、このような説明を受けた(もっと簡素な内容でですが)と思われるが、自分にはそのとき理解できなかった。


そのとき店主は、その焼酎のびんを実際見せてくれて、これに「謎のエキス」を入れるんですよ、というようなことを言っていたと今では思うのだ。


同じ東京の下町のローカルドリンクである「ホッピー」は、基本は関東圏の居酒屋が全体の8割の消費率だが、でも一般消費用として全国的にも浸透している。でもこの「下町ハイボール」は関東地区の酒場以外ではほとんど見かけることがない、と言われている。


ある意味、大変ローカルな飲み物なのだ。


つまり、このお店の下町ッピーというのは、焼酎に「謎のエキス」を入れて、それを白ホッピーで割ったお酒ということなのだ。(白ホッピーです。黒ホッピーはあり得ません。)



これが下町ッピー。


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グラスには、すでに焼酎と「謎のエキス」が入っている。
だからすでにもうこんなに量があるのだ。
また焼酎はふつう無色だと思うがこうやって色がついているということは、それが「謎のエキス」による ものなのだろう。その横が白ホッピー。(このお店はすぐに氷を入れてしまうので、2回目はさすがに断りづらく、仕方なく許容。)


白ホッピーでトクトク割ると、こんな感じで出来上がり。


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下町ッピーのお味は、酒飲みではない自分には、ふつうの焼酎の白ホッピー割りとそんなに大きく変わった味とは思えなかった。その「謎のエキス」の隠し味がわかる次元には、自分にはとても到らなかった。


差がわからなかった。


でもふつうに焼酎の白ホッピー割りで美味しかった。

この下町ッピーの存在を知って、改めて、下町ハイボールという超東京ローカルなお酒のことを知って勉強になりました。今回、赤ホッピーとこの下町ッピーを飲んだんだけれど、それでも下戸の自分には十分酔っぱらってしまった状態、中目黒から自分ちまで千鳥足で帰ったことは言うまでもありません。(笑)





まだお店に入る前の夕暮れ時、店の近くの目黒川に出会う。


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ここが桜の季節で有名な目黒川の桜なんだな。
今度、桜の季節に、ぜひ目黒川の桜を観に行こうとこのとき誓いました。










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ホッピー・デビュー [グルメ]

酒場放浪記を見ていると、「吉田類」も「おんな」のほうも、ホッピーが凄い出現率で登場する。
特に女性陣はホッピーが大好きです。


ホッピー?

なんだろう、それ?


自分はもともと酒呑みではないので、全く存在を知らなかった。
ビール、日本酒、ワイン、焼酎、そして紹興酒、ここら辺は、いくら下戸でも飲んだことあるし、自分の定番は、やはりビール、日本酒、ワインの3神酒。


ホッピーってなんか、名前が可愛らしいし、テレビの画面通して見る分には、なんかジュースみたいな感じでアルコール度数も弱そうで飲みやすそうだ。


無性にホッピーを飲んでみたくなった。

さっそく、オラが街のいつもの行きつけの居酒屋さんをネットで調べて、そのドリンク・メニューを調べる。


ホッピー、あった!!!

これはもう即実行!


その前にホッピーとはなんぞや?ということで、ネットの力を借りて説明してみよう。


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ホッピーは、ホッピービバレッジ株式会社が造っているお酒。


以前は赤提灯がかかった場末の飲み屋で多く見かける飲み物であり、 庶民の飲み物というイメージが強かった。だが、最近では大手の居酒屋や、洒落た飲食店でも見かけるようになった。


若者や女性が飲んでいるケースも多い。


石渡美奈社長の改革に起因しており、特にブランディングに力を入れたところが大きい。
彼女は創業者である石渡秀氏の孫にあたり、その手腕が評価され、メディアでひっぱりだこの人物だ。



ホッピーとはお酒にミックスするために作られた専用のドリンクのこと。ウィスキーにソーダをミックスするように、アルコール度数の強いお酒に混ぜて飲む。


ホッピー自体のアルコール度数は、0.8%と超弱い。
(1%を超えるとアルコールになってしまうのだが、それ以下なので清涼飲料水扱い。未成年でも飲めます。)


ずばり、ホッピーは焼酎に割って飲むお酒。いわゆる焼酎割りである。
居酒屋のメニューに書いてあるのは、”ホッピーセット”。

このセットを頼むと、ホッピーと焼酎が出てくる。

ホッピーは瓶に入っている。焼酎は最初は別だ。
グラスに入っている焼酎に、瓶のホッピーをトクトクと注いで出来上がり。


ホッピーには、黒(黒ホッピー)と白(白ホッピー)がある。


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焼酎のことを”なか”と呼ぶ。ホッピーのことを”そと”と呼ぶ。

焼酎だけをお代わりしたいときは、「ナカおかわりください。」
それを割るホッピーをお代わりしたいときは、「ソトおかわりください。」


ボトルを開けてグラスに注ぐと、見た目はビールにそっくりである。
(お味は、あとで自分の体験記で述べよう。)

焼酎とホッピーの混ぜ具合は、焼酎:ホッピー=1:5が黄金比である。


焼酎は、アルコール度数25%もあるそうなので、これくらいの比率が美味しくいただけるコツらしい。

自分は焼酎がこんなにアルコール度数が高いとは思わず、大失敗をしてしまったのだが、これもあとで。。。


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上の写真は、ホッピー専用のグラス。ホッピーというラベルが印字されている。
そのグラスのほうの下の方に星印が見えるだろう。
下の星印が、ここまで焼酎入れれば1:5になりますよ、という意味らしい。
さすがホッピー専用グラスだけある。(笑)



ホッピーが誕生したのは昭和23年、戦後の混乱期に焼酎と割ることで「うまくて安い酒」として評判になり定着。戦後ビールが高嶺の花だったころ、ビールの代替品として登場した。1948年から現在まで約70年間飲まれ続けるロングセラー商品。焼酎で割る飲み方は当時自然発生的に生まれたそうだ。


ホッピーの消費の主要エリアは東京・神奈川・埼玉の一都二県で8割を占める。
すごいローカルなお酒だったんですね。(笑)
どうりで知らないと思いました。


首都圏を地盤とした販売を行っていて、そのため東京を中心に大衆居酒屋でホッピーが扱われることが多い。またお酒の置いてあるスーパーなどでも一般向けのホッピーを購入できる。オンラインでも購入することができ、現在は全国でもホッピーが飲める場所が広がりつつあるそうだ。



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ホッピーは一般販売用と業務用とがある。
左の2本が一般販売用で、1番左がビールテイストの白ホッピーで、隣が黒ビール風のホッピーブラック。その隣は居酒屋などのお店用のホッピー。お店用のホッピーは黒も白もこの同じ瓶で出てきます。一番右は通称、赤ホッピーと呼ばれる「55ホッピー」という厳選麦芽100%のプレミアムホッピーである。


業務用ホッピーは360ml。
一般販売用ホッピーは330ml。



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赤ホッピーと呼ばれるこの「ホッピー55」は、ホッピー誕生55周年を記念して作られたプレミアムなホッピー。この赤ホッピーもお店ではなかなか出会うことが出来ない、ちょっとレアなホッピーである。麦芽使用率100%、海洋深層水を一部使用、さらに従来のホッピーの倍の醸造時間をかけてホッピーの製造技術を駆使して作られた。


その味はホッピー好きがこのホッピーを飲んでファンになることも多いくらい美味しいと評判らしい。

こんなレアなホッピー、どうやれば飲める機会に預かることができるのだろう?(笑)
飲んでみたいわ。


ホッピーを造っているホッピービバレッジの推奨のホッピーの飲み方。”3冷”


ホッピーを美味しく飲むには、3冷が条件。

ホッピーと焼酎を冷蔵庫、グラスを冷凍庫でよく冷やして、氷は入れずにホッピーを贅沢に一本注いで作ること!

氷を入れちゃうと、薄まってダメらしいです。


ホッピー、焼酎、グラスをキンキンに冷やすとのことですが、この3冷ホッピーを飲むことはなかなか難しいらしいです。これはそのお店の管理次第によるところが多いらしく、その3冷の条件に出会えることもなかなか難しいとか。


ホッピーセットを注文すると、マドラー(攪拌棒)が付いてくるが、これを使ってグルグルかき回してしまうとホッピーの風味と炭酸が飛んでしまいます。


そうなんですか・・・(^^;;。知らずに思いっきりかき混ぜていました。(笑)
やっぱりそうしちゃうよね。


ホッピーを勢いよく注いで焼酎と混ぜることで、風味と爽快感を残してビールのような泡のある美味しいホッピーが作れます・・・とのことです。


ホッピーをつくっているホッピービバレッジの工場は調布にあるのだそうだ。(ホッピービバレッジの会社自体は赤坂にある。)調布工場の設備は、ビール工場のそれと同じなんだそう。
もちろん、規模は大手ビールメーカーさんの10分の1以下ですが。
違っているのはアルコールの含量だけ。
なので、ホッピービバレッジさんでは地ビールも製造しているのだが、ホッピーと同じ設備でつくっているのだそうだ。


ホッピーは上述した調布工場で、毎日20万本つくられている。
もちろん自社工場による自社生産だ。
赤坂にある企業がなぜ調布という地域を選んだのか?

そこにもおいしいホッピーをつくりたいとの想いとこだわりがあった。


「調布の町にはホッピーづくりに適した豊富な地下水が流れています。
ですから、あの辺りには美味しくきれいな水が欠かせない、
深大寺そばや、大手ビール工場があるんですよ」


調べてみると、今でも調布市というのは、市民が利用する水道水の約3分の2が地下水だという。
そのうまい地下水からホッピーはつくられているのだ。


実は、ホッピーはガラス瓶に入った商品以外流通していない。
缶やペットボトル入りがないのだ。


「一番の理由は「味」です。創業者のこだわりである、選び抜かれた天然素材からつくられたホッピーの繊細なおいしさや香りを、少しも損なわずお客様に楽しんでいただくには、 無臭のガラス瓶が、一番適しているのです。また、ビンはリサイクルでき環境に優しいですから」(石渡氏)


う~ん、ホッピーとは、まさに東京ローカルなお酒だったんですね。


ホッピービバレッジは創業100周年を迎え、このホッピーを全国展開させるつもりはないのか?との質問に石渡美奈社長は、このように答えている。


「いえ。本社があり創業の地である赤坂、また工場がある調布の地に根ざした飲み物で在りたいと思っています。私どもが考えている会社の未来像は、小さくてもきらりと光り続ける組織です。その実現のためには、地域に密着し、地元のお客様から必要とされる企業として、さらなる成長をする必要があると考えています。」


残念ながら、ホッピーは東京周辺でないと飲めないようだ。(笑)


東京下町居酒屋だけに存在する地域密着型、庶民派のお酒なのだ。


以上のホッピー知識、下記からの引用です。


・こだわりの企業を見る。~小さなガラス瓶に込められた大きな思い。ホッピービバレッジ株式会社
http://www.kodawari-story.com/movie/hoppy-happy.html


・東京下町居酒屋の味、「ホッピー」の飲み方・作り方
https://matcha-jp.com/jp/891


・お酒が弱い人にもおすすめ。「ホッピー」が魅力的でヤバイ
https://matome.naver.jp/odai/2139521703416383501


・ホッピーの飲み方と初めてでも美味しいホッピーの作り方
https://hoppy-hoppy.com/hoppy-nomikata



ここからが自分のホッピー初体験談だ。

いつもの行けつけの居酒屋に入って、ホッピーセットを注文する。
氷は入れないでね、と催促。(笑)


最初に黒ホッピーのほうを頼んだ。
こんな感じで出てきた。


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う~ん、さすがに3冷の作法は、この店には難しかったようだ。
グラスもホッピー専用グラスではなかったし。
焼酎は、このように別グラスで提供された。


さっそく焼酎を、全部グラスの中に入れて、それをホッピーで割る。
ホッピーをグラスに注ぐときに、「ピッホー、ピッホー」と鳴いているように聞こえると仰っていましたが、自分にはそう聞こえませんでした。スミマセン。(笑)


なんせ、焼酎を全部入れて、その後、グラスに並々になるようにホッピーで割ったので、これは黄金比1:5なのかどうかも定かでありません。いい加減な性格ですみません。


そして、マドラー(攪拌棒)がついているから、どうしてもかき回してしまうよね。
作法を知りませんでした。

これで出来上がり。


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ホッピーを初めて飲んだ感想。

仰る通り、炭酸清涼飲料のビールテイストな感じであることは間違いない。
美味しいです。非常に飲みやすい。お酒の弱い人向けの優しいお酒ですね。
お酒というより、炭酸ジュースみたいな感じですね。しかも黒ビールの味がする・・・

自分は焼酎はあまり飲んだことがないので、焼酎の味というのをよく知らないのだが、焼酎はあまり前に出てこないでホッピーのビールっぽい感じが前に出てくるようなそんなお味です。


お酒を飲んでいるという感じが全くせず、炭酸ジュースを飲んでいる感じなので、もうグイグイ行ってしまいました。これが後で、大失敗を呼び起こすのですが、そのときはまったく露知らず。


そして白ホッピーも頼みました。


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白も同じような感じですね。黒のほうが、黒ビールっぽい麦芽風味やコクが強いというか。やっぱり白がスタンダードなのだろうけど。


自分は黒のほうが好みですね。


まったく酒を飲んでいるという感覚がないし、全く酔わないので、もう何杯もお代わりしました。
ナカおかわりください、ソトおかわりください、ってな感じで。(笑)


そしてホッピー片手に、ノンノン流ひとり酒場放浪記状態。(笑)


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なんか3時間くらい粘っていたと記憶しますが、終盤から急に酔いが回ってきてSOS状態。
世界がグルグル回る感じで、こりゃやばいな、と思い、急いでお勘定をして家路に急ぐ。

千鳥足でやっとこさ家に着いたら、もうベッドにバタンキュー。


久し振りにベロベロ酔い。しばらく酔っぱらって別世界をトリップしていました。(笑)
意識が戻ったのは、いつぐらいだろうか。


下戸だから自分の限界をよく知っているから、普段の飲み会でも自分のペースで飲む大人の飲み方を身に着けているので、さほど酔わないのですが、今回は参ったという感じ。


原因は焼酎ですね。


焼酎はアルコール度数25%とかなり強烈。ホッピーは0.8%。
焼酎割りのホッピーを飲んでいると酒というよりは炭酸ジュースを飲んでいる感じで、飲みやすいのでグイグイ行ってしまったのが知らず知らず焼酎を摂取してしまったところにあるのでしょう。


翌朝起きて、会社で仕事しているときも、なんかまだ眠いというか体が怠いという感じで酔いが抜けきれなかったです。焼酎恐るべしです。(でもそのままその日の会社の飲み会でも痛飲しました。(笑))


ホッピーは確かに飲みやすいお酒ですが、自分の酒飲み体質に合わせて、焼酎:ホッピーの比率を調節したほうがいいでしょう。


自分はいい加減にやってましたから。







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眠り病 [雑感]

昨日1日はいったいどうしてしまったのだろう?

前の晩、夜の0時に就寝という自分には珍しい規則正しい時間に眠くなり、そのまま寝て、翌朝8時に起床。


そこから顔を洗って、朝ごはんを食べたら、また無性に眠くなって、起きているのがつらいので、ベッドに横になったら、そのまま15時まで眠りこけてしまった。


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ネットサーフィンをしながら、ちょっと早いけど、お腹がすいたので、早めの晩ご飯でも食べようと思い、晩ご飯を食べたら、また無性に眠くなってきた。。。


なんなんだ、今日は?

と思いながら、仕方がないのでベッドで横になっていると、そのまま夜の21時半までぐっすり眠りこけてしまった。


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さすがに眼がぱっちり開いてきたが、なんか寝てばっかりで1日損をした気分。


そこから吉田類さんの酒場放浪記を見る。

類さん相変わらず飲ん兵衛さんだなぁ、飲み方がうまいなぁと感心しながら、つぎに歴史学者 磯田道史さんの明智光秀(来年の大河ドラマ)の特集番組を見る。


終わったら、夜中の0時。


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なんと!また眠くなってきた。(笑)


こりゃなんかおかしいぞ!

と思いながら、当初はあまりに眠すぎたので、今晩は徹夜するぞ、と思ったのだが、睡魔に勝てず、朝方の6時まで熟睡。


今日からまた会社生活。

いま早朝オフィスだが、また眠くなってきた・・・(笑)


普段、早く就寝できない夜更かし人間なので、大体夜中の2時頃に寝て、朝6時に起きて、会社に行く、という毎日。睡眠負債が蓄積されていたんだろうか?それがどっとやってきたんだろうか?


でも人間寝だめはできないと言われている。


今日1日就業時間内に眠くならないように祈りたい。(笑)


しかし寝るということは、こんなに気持ちのいいこととは!
精神的なストレスがあるときは、寝るに限る!
起きたら頭スカッとして、イヤなこともどこかにぶっ飛びます。




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アンネリーン・ヴァン・ワウエ、日本の雑誌でインタビュー [クラシック演奏家]

ベルギー出身の新星クラリネット奏者、アンネリーン・ヴァン・ワウエが日本の雑誌にインタビューで登場だ。アーティストとしてのひと通りの経歴は把握したが、やはり謎めいている部分が多くよくわからない、というのが実直な感想だ。だからインタビューだとその人柄や考え方がリアルに伝わってくるからとてもありがたい。


でもみんな反応早いな~。(笑)


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日本の雑誌でインタビューが実現する、ということは、来日した?いやそういうことはあるまい。
としたら、現地ベルギーまで出張して取材した?


すごい行動力だな、と思い、どのようなシチュエーションでインタビューが実現したのか、雑誌を入手したらまずそれを確認したいと思っていた。


彼女にインタビューをした雑誌は、管楽器専門月刊誌「パイパーズ」。


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へぇ~、管楽器専門の雑誌ってあるんですね。これは興味深い。
自分はいままで知らなかったです。

写真も豊富で、管楽器奏者へのインタビュー記事や取材、コラムなど、管楽器のことなら何でも来い的なアプローチで管楽器ファンにとって堪らない内容だと思う。


オーナーは(株)杉原書店さんだ。


さっそく彼女のインタビュー記事へ。


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まず、取材したシチュエーションの書いてある箇所を探した。


(聴き手)編集部:Skypeによるインタビュー


とクレジットされているではないか!


もう自分は思いっきり反応。(笑)

ついさきごろ自分の会社でのやりとりにSkypeのことが出てきたからだ。

会社での自分の仕事柄、TV会議や電話会議を頻繁に使う必要性があり、そのとき、Microsoftが提供するSkypeというインターネットTV電話会議モジュールの存在を知った。相変わらず旧式の方法でやっていた自分に「ノンノンさん、いまはもうSkypeを使いましょ!」と言われた。(笑)


うちの会社メールは、最近IBMからMicrosoftに鞍替えしたので、メール機能に予定表はもちろん会議室予約機能もセットでリンクされていて、会議室予約するときに、Skype機能も入っていて、会議室でSkypeでインターネットTV電話会議できるようになっているのだ。


ヘッドセット(ヘッドフォンとマイクのセット)を使っておこない、単にTV電話会議だけではなく、参加者が各自のPC端末の資料データなどをシェアして閲覧できる。


実使用経験者によると、概ねは大丈夫とも言えるが、時折、音が歪み、酷くなると画像や音声が中断するなど不安定要素も多いようだ。P2P通信をつかった技術で、2000年半ばごろにはすでに世に出ていた技術で今更新しいとは言えなさそうだ。

Microsoftのメールを使っているから出会った機能と言っていいだろう。


Skypeを使うには当然、自分と相手と同じ環境になくてはならず、PC端末にSkypeモジュールをダウンロードしないといけない。


アンネリーン・ヴァン・ワウエはSkype機能を普段も使っていたのかな?

それともこのインタビューのために彼女に同環境を整えさせたのかな?


いずれにせよ、このインタビュー手法はちょっと自分をドキっとさせた。


インタビュー記事を見ると、見開き5ページに渡り、かなり文字数のボリュームもある。
文字数多いので、これはどうやって文字起こしをやったのかな?と自然と余計な事を考えてしまう。

ふつうのインタビューだとICレコーダで録音して、後でテープ起こしをする、という作業だと思うが、Skypeを使ってのインタビューだと、あくまで自分の予想だが、Skypeの機能の中に録音機能ってあるんじゃないかな?そのままPCのHDDに録音すればいい。これでICレコーダの必要もない。


それを後で文字起こししてもいいし、音声→文字言語自動変換機能もひょっとしたらあるんじゃない。(笑)それくらいのニーズはインターネットTV電話会議システムなら予想できる必要アイテムだ。

だって会議の後には、必ず議事録というものを書かないといけないのは会社人の常識だからです。

インタビューだから、できれば相手の姿もふくめお互いを見たい訳で、PCにカメラを設置する必要がある。(昔のソニーVAIOには、液晶画面のセンター上部にカメラが内蔵されていました。)


記事に掲載されている写真は、アンネリーン・ヴァン・ワウエから提供された数枚の写真を使う、というやり方だ。

あとは文字、写真の構成をきちんとやれば、これでもう立派なインタビュー記事が完成してしまう。


来日の時のスケジュールを抑えるとか、逆に出張費もかからない遠距離の外国人演奏家のインタビュー記事が手軽にできてしまうひとつの方法なのではないだろうか?


でも、でも、でも・・・やっぱり本物のリアルなインタビューのほうがいいよね~。(笑)
専任のプロのカメラマンによる被写体の撮影で、写真が芸術のような美しい出来栄えだし、やっぱりF2F(face to face)でインタビューしたほうが情感もわくし、いい意味での思わぬアクシデントな展開もあるかもしれない。


出来上がった記事も、質感良さそう。

まっこういうインタビュー方式もあるんだな、ということを知ったということです。


インタビュー記事の内容を書いてしまうと、営業妨害でアウトなので、ネタバレはしません。

でも宣伝のため、ほんのちょっと教えちゃおう!


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自分が彼女の存在を知った時は、彼女の名前の邦訳はアンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェだった。
でもこれじゃあまりに読みづらくてダメだろうと思って、きっと業界がもっとわかりやすいニックネームをつけてくれる、と思っていた。


この記事の編集部は、もっと読みやすい、アンネリーン・ヴァン・ワウエと邦訳していた。
これはグーですね。まだ読みづらいけれど、ずっと改善しました。


・クラリネットを選んだ理由

子供の頃は家でずっと歌を歌っていた。音楽でなにかをやりたいと思い、いろいろな楽器を探すうえで、人間の声に一番近いクラリネットを選んだ。


・ザビーネ・マイヤーに学んだ3つの大事なこと。

彼女はいろいろな先人に師事したのだが、その中でも1番長く、そして深くクラリネットのことを教えてくれた師匠はザビーネ・マイヤーだと言っている。音に対する考え方、様々な音楽の様式感に対する深い知識、ソロイストとしてのあるべき姿など。


・古典クラリネットの世界はまさに”パラレル・ワールド”


彼女はモダンだけではなく古典クラリネットも演奏する。そして勉強している。

モーツァルトのコンチェルトを献呈されたアントン・シュドラー、そしてブラームスにクラリネットの室内楽曲のすべてを書かせたリヒャルト・ミュールフェルト。


この2人が彼女にとって絶対的存在。

古典クラリネットを吹くときは、もうひとつの「パラレル・ワールド」が実現したみたいに感じる。



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・ヨガとパフォーマンスは全く同じもの!

彼女はヨガをやる。ヨガから学んだことは、「パフォーマンスとはパフォーマーの身体的な状態そのもの。」


・(インタビュー中、チョコレートを食べている彼女にツッコミを入れる。)やっぱりベルギー人なんですね。

体型を維持するために普段は食べないけれど、・・・ね!(笑)やっぱり血なのかな?チョコレートの国の人だから。(笑)


→この部分の記載で、Skypeインタビューにはお互いの姿が見えるカメラが設置されていることを悟る。


・PENTATONEから発売された今回のアルバム「ベル・エポック」について教えてください。

フランスものをただ集めただけでなく、1890~1910年のベル・エポック時代の作品に絞って録音しました。アールヌーボーに触発されて作ろうと思ったアルバムです。初期のアールヌーボーの運動でベルギーは象徴的な場所でしたから。あの時代の建築物や芸術のすべてが私は大好きで、同じ時代の作品を集めてアルバムを作ろうと思ったのです。



これくらいにしておく。


これでも100%の内容で、20%書いているかどうか、だ。

実際のインタビュー記事はもっともっと内容が濃く、彼女のクラリネット奏者としての方向性、考え方、そして人間性などとても興味深く引き出すことに成功した見事な記事だといえる。


もうこうなったら、生演奏で実際クラリネットを吹いているところを見てみたい。


誰か、日本に呼んでください!(笑)


このインタビュー記事を全文読みたければ、パイパーズを買いにリアル書店やネット書店にいますぐゴー!だ。



管楽器専門月刊誌 パイパーズのサイト











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いま酒場放浪記がマイブーム。 [グルメ]

酒場という聖地へ、
酒を求め、
肴を求めさまよう


いいな~、ここ1年思いっきり嵌っている番組。
自分は下戸なんだけれど、この番組大好き。


必ず録画して、毎日何回も繰り返して見てる。何回同じものを見ても飽きないんだよね。


もともとは、酒場おんなの美女たちが、酒場でグイグイ1人飲みする「おんな酒場放浪記」のほうが先に大ファンになってしまいハマりまくって観ていたのだが、やっぱり本家の吉田類さんのほうも見なきゃダメでしょ、ということで、吉田類さんの本家のほうも見たら、やっぱり吉田類さん、本物の飲ん兵衛!


酒の飲み方というのがわかっている、というか、飲み方がサマになっているんだよね。
カッコイイというかさすがだわ~っといっぺんに男ぼれ。


酒場詩人を名乗っているだけあって、出てくる酒の肴についてのコメントも深みがあって、やっぱり全体から醸し出している雰囲気が飲ん兵衛のオーラたっぷりで、酒場おんなたちのほうが素人に見えてしまうほど。


酒場放浪記は、東京の下町人情溢れる酒場の雰囲気がいかんなく現れていて、もう堪んなくいい!


ただ1杯やって、酒の肴をつまんで、お店の店主、そしてご常連さんとちょっと話するだけの本当にユル~イ番組なんだけどいいわ~。(笑)


この番組を見ているだけで普段の世知辛い世間の喧騒をどこかに追いやってくれる。
心のオアシスですね。


下町の酒場の雰囲気も、日本人でよかったわ~と思います。


出てくる酒の肴もホントにウマそう。
夜中にこれはテロでしょ?という感じで、お腹グ~。まさか夜中に食べちゃいかんでしょということで、絶え間なく湧き出る食欲との闘いなんだよね、この番組を見ているときは。。。


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この番組を見るようになって、はじめて知ったのがホッピー。
ビール、日本酒、焼酎などは当然飲んだことあるけれど、ホッピーってないんだよね。
番組では、すごい出現率で、ホッピーが登場する。


一度チャレンジしてみたいです。


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吉田類さん


いかにも見た目も飲ん兵衛そのもの(笑)。酒場放浪記という番組は、まさに吉田類さんのためにある番組だと思ってしまう。でもただの飲ん兵衛さんじゃないんだよね。じつは若い時は絵を描いていたという画家さんだったのだ。


画家の勉強のためにパリに10年も住んでいた経験もある。
芸術家なんだよね。本当はとても繊細で芸術肌の心の持ち主の方なんだと思います。

高知出身。小学生の頃に絵や俳句を習っていたというから、やっぱり芸術肌。


ニューヨークやヨーロッパを放浪しながら絵を勉強していて、シュールアートの画家としてパリで10年間暮らしていたそうだ。そして30歳代の時に日本に帰国してイラストレーターに転身。


1990年代から酒場や旅に対する執筆を始めた。酒場ライターや酒場詩人という肩書である。
人生いろいろあったけど、天職に辿り着いた!という感じですね。


1949年生まれの現在70歳。独身・一人暮らし。

公園で見つけた野良猫に「からし」という名を付けて飼い始め、17年間を一緒に過ごしていた。からしが死んだ後、虚脱感から立ち直るのに約5年を要したという。


いいわ~。(笑)


まさに自分の将来の姿はここにあるかも。自分の将来の姿かもしれん。(笑)



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「吉田類の酒場放浪記」は毎週月曜日の夜9時からBS-TBSで放映されている。(番組が始まったのは2003年から。)

おやじたちの月9と呼ばれているらしい。(笑)

日本中の酒飲み父ちゃんから愛されている。


そんな中、2014年1月30日の週刊文春で、

「吉田類の下戸疑惑」

なる特集が組まれたこともある。(笑)


ご本人もこんなことをツィートしている。
人生これくらいユル~イほうがいいね。


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女優さんの吉田羊さんも大のお酒好きで、名前が似ているので親子かと思われている方もいるかもですので、この際言っておきますが、まったく関係ありません。


でも吉田羊さんは吉田類さんの大ファンだそうで、つい最近ぴったんこカンカンで下町酒場で、念願の共演が実現できました。(ボクは、それを偶然見ていました。)


自分の気の向くままに、その場で出会った人たちとお酒を笑顔で飲み交わしている。
一度きりの人生なんだから吉田類さんのような生き方は素敵だなと思いますね。


自分は下戸で、職場の飲み会や、友人たちとの飲み会以外に、あまり酒場に出入りしたことがない人生だっただけに、この番組を見るようになってから、急に下町酒場の人情溢れる暖かさにほっこり気分。


酒が飲める人って、人生の大きな楽しみを持っていると言っていい。
うらやましいです。

自分は人生損している気分です。



酒場放浪記にハマりだしたきっかけだったのが、「おんな酒場放浪記」


酒場おんなたち。

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やっぱり自分は女性が大好きなので、嵌りだしたのはこっちの番組からだった。
美女たちが、酒場でグイグイ1人飲みするその絵柄は、かなり衝撃だった。
なんかただ見ているだけで目の保養になった。


「おんな酒場放浪記」は「吉田類の酒場放浪記」のスピンオフ番組である。
いまは毎週金曜日の夜11時から同じくBS-TBSで放映されている。


「おんな酒場放浪記」は、酒場おんな3人で、15分1本撮りを4本放映する60分番組という構成。
吉田類さんの本家のほうもそうだが、新作は最初の1本のみで、残りの3本は過去放映の再放送だ。

訪れる酒場は、吉田類さんが過去に訪れたお店を再訪する。


この酒場おんなたちの中で大ファンになってしまったのが、倉本康子さん。


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倉本康子さん


倉本さんは天真爛漫そのもので本当に笑うことが好き。なんか見ていてこちらまでが楽しくなるような屈託のない明るい性格で、本当に素晴らしいです。倉本さん見たさで、この「おんな酒場放浪記」を見るようになったと言ってもいいです。


倉本担当分が終わってしまうと楽しみが減ってガッカリみたいな・・・。


ファッションモデルがご職業ですね。スタイル抜群で、毎回出演するときのファッションも素晴らしいです。


「おんな酒場放浪記」のオープニングは、酒場通りみたいなところをスタイル抜群の女性が歩く後ろ姿、というシーンなのだが、これは吉祥寺のいせや総本店の様子で、その後ゆっくり夜の街を歩く倉本康子さんの後ろ姿なのだそうだ。



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囲碁棋士の万波奈穂さんもチャーミングだ。


こんな美貌の女性たちが、酒場ではグイグイと行ってしまう大酒豪たち、というそのギャップがなんとも堪んないのだ。(笑)その絵柄にノックアウトされてしまったところがある。


女性たちは、みんなホッピーが好きなんだよね。(笑)

ホッピー飲んでみたいです。


女性たちがグイグイいっちゃっているところを見ると、つくづく自分も飲めるようになりたいな~と思うのです。


酒場おんなはこのような陣営で臨んでいます。


現在


倉本康子(ファッションモデル、2012年4月7日~ )
寺澤ひろみ(ハーモニカ奏者、2014年10月11日~ )
弓木春奈(気象予報士、2019年1月18日~)


過去


古賀絵里子(写真家、2012年4月7日 ~ 2014年3月22日)
栗原友(料理家、2012年5月5日 ~ 2014年5月3日)
万波奈穂(女流囲碁棋士、2014年5月31日 ~ 2018年4月18日)


写真家の古賀絵里子さんも、じつはファンだったのだが、結婚され、京都に活動の中心を持っていかれたそうなので、出演できなくなったのが真相のようです。


特別番組も組まれることもある。


今年の3月に、海外ロケを敢行!


吉田類・倉本康子のフランス大紀行~美食と芸術を訪ねて~

フランス・パリを中心にフランスを周遊する1本3時間の番組を2週間に分けて放送。
(2本ともバッチリ録画しました。)


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これは最高に素晴らしかったです。吉田類さんは絵の勉強でパリに10年住んでいたので、その懐かしさを回顧したり、ワインの産地、ブルゴーニュを巡ったり、モンサンミッシェル、バスク、ノルマンディなどを巡る。酒と食と芸術と・・・


これはもう海外好きには堪りませんね。もう何回繰り返して見たことか!
何回観ても、新たな発見があってまったく飽きないです。


無性にフランスに行きたくなりました。


特に自分が1番魅力的に感じたのは、リヨンのブションという大衆食堂の文化。

当時貴族などが食べなかった内臓、モツ系を一般大衆向けに料理した一般大衆向けの食べ物。
日本の居酒屋でいうもつ煮のような感じなんだが、うまそう~。(^^;;


まさに東京での下町酒場人情的なものが、このブション文化と相通ずるところがあって、めちゃめちゃいいです。

このブション料理って東京にもお店あるみたいなので、近いうち取材してみたいです。


今後も、もっともっといろいろな海外ロケやってほしいです。


お酒が飲めない体質なんだけれど、こういう文化に心の安らぎ、癒しを感じるようになり、もう酒場放浪記、リピートして毎日見ています。(笑)











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B&W 800 歴代シリーズの聴き比べをしました。 [オーディオ]

都内某所のオーディオショップで、そんな興味深いイヴェントがあった。定員6名で抽選制。これは面白そうだな、と思い、ダメ元で申し込んでみたらすぐに確約の回答。さぞかし激混みの争奪戦なのだろうと思ったのだが、当日お店に行ってみると、なんと自分含めて2名しかいなかった。(笑)


店長さんも、いやぁこれは面白い企画だから、たくさん申し込みがあると思ったんですけどねぇ。
なんか予想外でがっかりですね。(苦笑)


店長さんの話だと、もともと中古でB&Wの800シリーズが、偶然とはいえ、過去一式のシリーズが集まってしまったのだそうだ。


Nautilus→D→Diamond(いわばD2)→そしてD3のB&Wの歴代シリーズが全部集まってしまった。


しかもこのデモの日の1週間後にSignature800も入荷予定だそうで、ついに800リーズ、全コンプリートすることになったそうだ。


年代的には言うと、Nautilus(2001年)→D(2005年)→Diamond(2010年)→D3(2015年)。


こうしてみると、B&Wは、5年間隔で新型SPの発表をしてきたことになる。
そうすると来年の2020年は、順当にいけば、ついにD3の後継バージョンが出る年だ。(本当?)


せっかく歴代シリーズが全部集まったんだから、じゃあ、同一ソースで同じときに聴き比べをしてみたら面白いんじゃないか? B&Wの技術の進化が実際その場、その瞬間で確認できるんだから、これは絶対面白いに決まっている!そんなことを体験したことのあるオーディオマニアって案外いないんじゃない?


そのショップの視聴ルームでのデモとなった。
正味1時間のデモ。そんなに時間がない。


800シリーズが全部って、どのように視聴ルームに格納されて、どうやって比較デモするのかな?とまず不思議に思ってしまった。


1時間も早くお店に着いてしまい、店内の展示品を見ながら時間をつぶす。
心はドキドキ。


そして2名で、視聴ルームに通されたら、こんな感じになっていた・・・(笑)


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カッ、カッコイイ!

そして美しすぎる!


壮観ですね。感動しました。


もうこれはオーディオマニアの方の間では有名な話ですが、B&WのSPって、真横から見ると男性の性器なんです。そして真上から見ると女性の性器なんです。そのように意図されてデザインされているんです。


数あるブランドのSPの中でも、まさにプロのスタジオでのモニターSPとしての王道の道を歩んできた。まさに堂々たる美しいフォルムです。


自分はオーディオマニアになってから、ずいぶんSP遍歴がありますが、でもずっとB&W一筋の人生を歩んでいました。その中でも800シリーズは最高峰。


送り手の駆動系含めたシステムはこんな感じ。


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エソのトラポに、プリ、パワーはマッキン。

デモソフトは4枚のCD。


(1)サラブライトマンの女性ボーカル。
(2)ベートーヴェン 9番第2楽章。
(3)Jazz Bigband系。
(4)宇多田ヒカル 女性ボーカル。


デモのやり方は、1世代づつ駆動系につなげて聴いて、終わったら、次の世代のSPにつなぎ替えて・・・その繰り返し。そうやって聴き比べをしていく。


B&WのSPは、底面にキャスターがついているからコロコロと床を転がして、交換していく訳だ。


こんな感じ。
最初はNautilus。写真では映っていないが、この左側に送り手側の駆動系がある。


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では順番に、印象を書いていってみよう。


●B&W Nautilus 800


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B&Wの最初のSPであるNautilus。そのフラグシップがこのNautilus800。これの塗装バージョン違いでSignature800というのがある。


Signatureの中はNautilusと同じで、塗装が違うだけである。


B&WのSPはなにをターゲット基準に新開発されてきたか、というと、”どんどん鳴らしやすくなるように!”というところだと言える。新型になればなるほど、簡単に鳴ってしまう、というところがミソだ。


この1番最初の頃のNautilusは、いかに鳴らすのが難しかったか!
簡単には鳴らないSPだった。


それこそオーディオマニアの腕の見せ所が試される。逆を言えば、いまの最新型のSPは誰もが苦労せずに簡単に鳴らせてしまう、簡単に鳴ってしまう・・・そんなところに特徴がある。骨のあるマニアの方は、最近のSPは簡単に鳴っちゃうから、すぐにいい音が出ちゃうから面白くないんだよね、という。苦労のし甲斐がない。なかなか鳴らないSPをいかに鳴らすように苦労するから、面白みがある訳であって・・・そんな時代のSPだった。Nautilusって。


でもクラシックのレーベル・スタジオは、いまだにこのNautilusが多い。プロは一度決めた自分のものさし、基準は簡単には変えない。どんなに新型が出ようが、スタジオはNautilusのままだ。でも最近はアビーロード・スタジオもD3にしちゃったし、そんなこだわりもなくなったのかも。


今回のデモのパワーはマッキンのMC462は、このNautilusを鳴らすには、ちょっと非力かもしれない、と店長さんは言っていた。ちょっと、無理がある。その後のシリーズは問題なく鳴らせるのだけれど、このNautilusはちょっと厳しいかな?


SPを鳴らすには、やっぱりパワーアンプが大きな影響力を及ぼす。
単にW数が大きければいいという問題ではなく、パワーからSPへ押し出す瞬発力の力があるアンプほど、SPを鳴らす能力がある。じゃあその瞬発力って具体的に、定量的に数字があるの?と言われれば、う~む、難しい問題。


ふつうはパワーアンプは、商品のグレードや価格帯などのランクで、判断しているところが多いのではないだろうか?


のちの新型バージョンと比較すると、Nautilusの特徴は、ツィーター(高域)がアルミドーム・ツイーターであること。そして、ウーハー(低域)がめちゃめちゃ固いことですね。後の新型になるほどウーハーが柔らかく、低域にスピード感と軽さが出ますね。このNautilusの頃の低域は、固いときはまともな満足な低音はでないのだけれど、こなれてくると、どっと押し寄せてくるような低域が出ますね。

でもちょっと重くて緩いかも?低域のリズムを取るのが難しいSPですね。自分はSignatureで相当この低域に苦労しています。いまでもですが。。。


デモソフトの最初のサラブライトマンをかけたら、予想以上によく鳴っていたので驚いてしまいました。ショップのデモや地方遠征のオフの時は、自分と同じSPでよく鳴っているのを聴かされると、青ざめますよね。


ヤバイという感じで。(笑)


でもその後のクラシックのベートーヴェンを再生したら、自分のところの鳴りとあまり変わらなくホッとしたりしました。

そのときに思ったこと。オーディオのこと考えるの久しぶりだったので、思い出しました。こういうデモの場合は、やっぱりポップスやジャズなどの女性ボーカルは絶対有利だと思うことです。
クラシックは不利ですね。同じものさしでは比較できませんね。


音の捉え方が違いますね。ポップスやジャズはオンマイク録音の音像型の録音。クラシックはオフマイク録音で、ホール全体を捉える音場型の録音。やっぱりポップスやジャズのほうが音の芯が厚く、定位感があって音がすごく良く感じる。デモ向きですね。時系列的にその後にすぐにクラシックをかけると、音が遠くて薄い感じがする。解像感や定位感も劣る感じがしてしまう。ワンポイントが基本だからある意味当然と言えば当然なのですが。ちょっと聴き劣りするような感覚になってしまう。


でも自分は普段オーディオでは、クラシックばかり聴いているから、そのことがわからないんですよね。その基準の中で暮らしているからわからない。その慣れた環境の中でいい録音とか、言って評価している。こういうデモのときに他ジャンルと比較して久しぶりに気づくという感じです。


これは単純にはどちらがいいとか、断言できないと思います。
クラシックの音の評価の基準はそれ独自に存在しますから。単純に他ジャンルとは比較できません。
評価基準と頭の切り替えが必要ですね。自分のオーディオ音楽脳は完全なクラシック脳です。


昔、オーディオの地方遠征で、クラシックの録音はよくない、と仰った御仁がいらっしゃったのを思い出しました。(笑)


今回のこのショップのNautilus800は、パワーが非力と言ってましたが、よく鳴っていたと思います。Nautilus/Signatureは自分のSPなので、想い入れが強く詳細に語りましたが、この後の新型シリーズは、自分の知らない世界のSPなので、印象だけサッと流していきます。



●B&W 800D


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前の世代のNautilusとの大きな違いは、ツィーターがアルミドームからダイアモンド・ツィーターに変わったこと。ネットワーク特性も18オクターブから6オクターブに切り方が変わった。位相特性も大きく改善していますね。


やっぱりサラブライドマンを聴いたときにはっきりと違うと感じたのは、音の拡がりや音場感が豊かに感じることですね。ベートーヴェンを再生した時も背景の空間の広さに結構差があるような気がします。でも自分が想像した思ったほど大きな違いではなかったですが、はっきり聴感上わかります。ダイアモンド・ツィーターの影響力は大きいと思いますね。


拡がりだけでなく当然ながら音の濃密度(情報量)も若干増えることと、これはオーケストラものを聴くとわかったのですが、各パートの分離度がよくなって混濁が少なくなりますね。Nautilusとの差はそれなりにあるかも?



●B&W 800Diamond


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言うところのD2と呼ばれている。その前のDとの大きな違いは、ウーハー。マグネットフェライトからネオジームへ変更。あくまで自分の駄耳での聴感上の印象ですが、この800全シリーズの中で、一番音がよくなったと感じたのは、このDiamond(D2)のときに切り替えたときでした。やっぱり低音が軽くなりましたね。低域にキレとスピードがあります。


ジャズなどでもベースのリズムが軽やかにリズムを刻むような感じで、音楽的に軽快な要素が強くなった。洗練された音ですね。前の世代のぐわっとくる量感的な低音がお好きな方はちょっと不満かもしれないけれど。ミッドレンジ(中域)、ツィーター(高域)もいい感じ。空間の拡がりや前後の感覚、オーケストラや声楽のパートの分離もよくなっていて、情報量が多くなったような印象ですね。洗練されたいい音ですね。自分はこのDiamondが好きですね。



●B&W 800D3


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Nautilus→D→Diamond(D2)までは、もう外観上のデザインを変えず、なんとかやってきたのだけれど、やはりこれ以上は限界。さらなる改善を図るには、もう大幅にデザインを変えるしかない。で、こういうデザインに。


もうあらゆる大幅な改善があるんだけれど、いままであまり変わっていなかったミッドレンジが、ケプラーから新型に変更。(名称忘れた。)世間巷では、みんなこのD3大絶賛してますよね。「スピーカーの存在が消えた!」とか・・・でも自分にはそこまでの衝撃はなかったです。(笑)


このミッドレンジの変更で音の立ち上がりは元より、ケプラー時代にあった音の立下り時のわさわさ感がなくなったとか・・・。


音のヌケ感がよくて、音の拡がりや濃密度(情報量)はさらに磨きをかけた感じで、みんなが大絶賛するのがよくわかる感じ。でも自分の駄耳では、D2のときのショックほどの衝撃がなかった。あまりそんな大きな差を感じなかったです。


自分にとって、オーディオというのは単に音がよければ最高。。。そんな単純なものではないです。
自分のオーディオ哲学に、”オーディオはインテリアである。”というのがあります。

オーディオは格好良くないといけない。


自分のリビングルームに置いて、音を聴くのはもちろんのこと、ずっとそれを眺めて生活していく訳ですから、そのデザインが、自分のお気に入りで格好良くなければ、自分の空間に自分の嗜好のもとにフィットしていないと、かなり苦痛だと思うのです。


そういう意味でデザインが自分にとって音以上に最優先かもしれない。
男性にとっての車に憧れるのと同じですね。格好よさ、フォルムの美しさがないとダメです。


そういう定義からすると、自分が気に入っていた以前のデザインを踏襲しつつ、音的にも衝撃的だったDiamond(D2)が自分の理想なのかな、と思いました。


800全シリーズを同一ソースで同じときに聴き比べて、その技術の進歩はかなりはっきりと聴感上わかります。技術の進歩はすごいと思います。


その進歩はなにか、と言えば、新しくなればなるほど、簡単に鳴りやすくなり、誰もが簡単にいい音が出せるようになったこと。そしてスピード、切れのある低域、空間の拡がり、情報量の多さ、3D的に空間表現が豊かになっていくということだと思います。


でも、自分はもうそんなにSPを買い替えるほどオーディオに投資するつもりは毛頭ないです。
音楽や旅行のほうにお金をかけたいです。(笑)











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8年ぶり 昔の彼女に再会したような・・・ [ジャズ]

自分のJazzライフを語る上で、外すことができないakikoライブに8年ぶりに行ってきた。


それこそ東京のライブハウスに連日通いまくり、湯水のようにお金を使いまくっていた時代の永遠のスター。

まったく後悔していない。


音楽に関して、人間ってのは、そのようにお金を投資しまくること自体、とても必要な儀式のようなものだ。音楽が好き、ということは、CDやレコードを蒐集し、ライブに行きまくること・・・。
それが生きがいの代償だ。


黒人の音楽をルーツにもつコテコテのジャズというよりは、もっとソフィスティケートされたポップスに近い感じの”akiko”という独自のブランドの音楽を築き上げてきた。


歌い方がとても格好良かった。


アルバムでは、ブラジル音楽を特集したVida以来、ご無沙汰になる。


でもSNSではフォローして、つねに近影をチェックしていた。
昔ライブに行きまくって拝見していた頃は、小っちゃな女の子というイメージがピッタリだったのだが、最近はとても女性らしい大柄なイメージに変化したように思えた。


そして昔は、コンサートには必ずMCが入り、天然気味のほんわかなお人柄だったが、いまはどうなのか?

ぜひ8年ぶりにakikoライブに行こう!と狙っていたのだ。


ニューアルバムが発売になった。



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Spectrum

akiko×林正樹




作曲家/ピアニストの林正樹氏とのコラボアルバムで、大半が書下ろしのオリジナルだ。

アナログや配信はいっさいせず、CDだけの発売だそうだ。


自分は最初聴いたとき、かなり戸惑った。


これはakikoの音楽じゃない!とまで思った。


彼女のブレスの発声は、吐き出すようにリズムを刻んだような格好よさがあって、それが独特の格好よさを醸し出しているのだが、このアルバムでは、しっとり静かに歌い上げるという感じで、いままでのakikoの作品にはない新境地だと思った。


伴奏がピアノだけ、というのもあるし、ジャズのスタンダードナンバーではなく、大半がオリジナル、というところにも起因すると思った。


とにかく自分が知っているいままでのakikoではなかった。
この作品を自分なりに浄化してakikoのイメージに織重ねるまでには時間がかかった。



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(c)akiko jazz official fanpage


このニューアルバム発売に合わせて、全国ツアーをしようという流れの一環。
東京公演は、原美術館でおこなわれた。


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原美術館は、現代美術の専門舘ですね。1979年に開館した。
東京都品川区北品川の閑静な住宅街に佇む。


この北品川の住宅街は、はじめて歩いてみたんだが、植樹が進んでいて緑が多く、とても閑静な高級住宅街という感じで、その中に紛れ込むように佇んでいて、非常にわかりずらい。人っ子一人歩いていないような静かなところなので、迷いに迷って、原美術館を探し出すまですごい時間がかかってしまった。


年間3-4回の展覧会を開催するほか、講演会や音楽・パフォーマンスなどの各種イベント、ワークショップなども実施している。


最初、なんで美術館でライブなの?と思ったのだが、きちんとそういう音楽ホールや中庭があるのだ。単に美術館というだけではなく総合施設という装い。少し早めに行って、原美術館を鑑賞しようと思った。


現代美術といういかにも現代アートの感性。
建物は、歴史のある古さが同居していて、独特の雰囲気だ。


akikoさんはこの原美術館が大のお気に入りで大好きなのだそうだ。
前回もこの原美術館でライブをやったそうな。。。


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こんなレトロな公衆電話まであって、思わずノスタルジーな昭和の雰囲気が(笑)。


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そしていよいよ音楽ホール開館。
こんなところ。


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思っていたより狭くて、これだけステージが近いとakikoさんとの距離が近くて、照れちゃうなとか思ってしまいました。(笑)しかもこの狭さだとPAを使うジャズライブだと音が飽和して耳が痛いんではないか、と予想したが、もう全然そんなことなし。PAの設定が上手で、サチることとは無縁のじつに素晴らしいサウンドバランスでした。また原則ピアノだけですからね。



自分が職業柄まず目についたのはこれ。


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多面体(正12面体)の無指向型スピーカー。
sonihouseのものだそうだ。


この無指向型を使うのは、なかなかやるな~と思ってしまった。
ステージの後ろと、客席背後の左右にそれぞれひとつずつの合計3つのスピーカーによるサラウンドだった。


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じつは当日は晴天だったら、中庭で野外ライブの予定だったので、このように音が無指向の方向性で発散されるスピーカーのほうが都合がいいからだろう。



今回のニューアルバムではピアノとボーカルというシンプルな構成なのだが、もうひとつ隠し味があって、ステージにセッティングされたこれ。


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アルバムを聴いていると、ところどころにじつに隠し味的に通奏低音のようなものが鳴っていたりしていて、じつは家ではその正体が理解できていなかった。あれ?家が揺れている?という感じで、なんだろう?とずっと思っていた。またあきらかな電子音の効果音的なものも付加されている。


これが正体だった。


Fumitake Tamura氏が、外見はパソコンに向かってメールを打っているみたい(笑)だけなのだが、ピアノの音に効果音をつけたり、独特の電子音の効果音を付加して、世界観を豊かにする。




音楽ホールの入り口はこんなドリンクバーがある。


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でもこの日は休業状態で、中庭のほうで、akikoさん提供のBOTTEGAのスパークリングワインをWASARAのワイングラスで楽しむという粋なプレゼントがあった。この入り口から中庭が広がっているのだ。


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まさにグラインドボーン音楽祭状態。(笑)



本当は、この日は、この中庭で野外ライブの予定だったのだ。
akikoさんもずっとそれを楽しみにしていたのに~!と言っていて、本当に残念。
あいにくこの日は雨模様で室内のホールの方で。



さっ、いよいよコンサートの話に移ろう!


客層は圧倒的に女性ファン!
80~90%が若いファッショナブルな女性。


こうしてみるとakikoファン層は、しっかりと若い女性の心を掴んでいるんだな、と思いました。


はじめに、akikoさんが

Test,Test,One,Two,One,Two・・・Test,Test,One,Two,One,Two・・・


と歌い出した。自分は猛烈に反応。(笑)


当時の曲から歌い出してくれると、一気に自分は青春にカムバック。


でもやはりコンサートは、今回のニューアルバムを中心に構成された。
ピアノ+電子効果音が紡ぎ出す世界は幻想的で、しっとりと歌い上げる。
akikoの新しい世界は、自分はこのコンサートを体験して、はじめてようやく自分のモノにできたような気がする。


いま、こうやってライブが終わって、日記を書いていて、ずっとオーディオで繰り返して聴いているのだが、いいアルバムだなぁとしみじみ。



実物で観るakikoさんは、やはり予想をした通り、自分の青春時代から比較すると、ずっと体格も大きくなり、ぐっと大人の女性に変わっていた。若い頃にはなかった大人の女性としての妖艶な美しさがあった。


ぐっと魅力的な女性に変貌していた。


そしてMCも、心なしか大人の雰囲気だったような気がする。
それは観客席と近い距離感というのもあるし、ピアノだけのしっとり雰囲気ということもあって、落ち着いた大人の雰囲気だった。


若い頃は結構茶目っ気たっぷりのやんちゃな感じだったのだが、いまは結構大人的な真面目な話もきちんとする・・・、でも笑いもきちんとあって、終始和やかな感じ。あのほんわかな人柄は変わってませんでしたね。


ぐっと大人の女性の雰囲気だった。



昔の彼女に再会したような・・・時代を感じつつも、なんとも懐かしいような、変わっていないような・・・。




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(c)akiko jazz official fanpage
終演後、原美術館の中庭で、本日のBOTTEGAのスパークリングワインと。



残念なことに、原美術館は来年閉館してしまう。
どうしても中庭での野外ライブをやりたかった。



来年の閉館前にリベンジの野外ライブをやりたい!というリベンジ宣言も出ました。(笑)







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ジャズ発祥の地 アメリカ・ニューオリンズのクレオール文化の朝ごはん [グルメ]

アメリカ南部のルイジアナ州の最大の都市ニューオリンズ。


バルコニーが特徴的な歴史ある建物が並び、ジャズ発祥の地として知られている。
ルイジアナ州にはジャズの他にもクレオールやケイジャンといった独特の文化がある。


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原宿店のほうで、8月19日(月)から9月1日(日)までの期間限定で、伝統的なクレオール料理の朝ごはん「グリアード・アンド・グリッツ」を提供してくれるそうだ。


いわば期間限定の特別バージョン。

これは、もう、さっそく体験してきた。

アメリカのルイジアナ州の地理的な感覚はここ。


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そして、そのルイジアナ州の中の最大の都市、ニューオリンズはここになる。


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アメリカ南部に位置するルイジアナ州。


メキシコ湾に面しミシシッピ川が注ぎ込む州の南半分は沼地や湿地が多く、州全体が肥沃なメキシコ湾大平原に含まれている。18世紀にはプランテーション(大規模農業)がはじまり、世界各地から移住してきた移民により「クレオール」や「ケイジャン」といった複数の民族の文化が融和した食や音楽、アートなどが生まれた。


ルイジアナ州最大の町ニューオーリンズはジャズ発祥の地として知られている。



アメリカ合衆国 ルイジアナ州
U.S. state of Louisiana


州都:バトンルージュ  
最大の都市:ニューオーリンズ
人口:約453万人 
面積:約13.5万平方キロメートル
言語:言語:英語(91.3%)、スペイン語(3.3%)、フランス語(2.8%)、その他(2.6%)

 


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エイブリー島

エイブリー島は、ニューオーリンズより225kmほど離れた、海抜50m、総面積8.9 km2、最大部で幅は約4kmほどの、湿地帯に囲まれたミステリアスで美しい場所。世界195カ国以上、25カ国の言語で発売されているすべてのTABASCO・Brandの製品がここで製造されている。




ルイジアナ州の州民の構成はおおよそ60パーセントが白人、ヒスパニック系が5パーセント、残りの35パーセントはアフリカ系アメリカ人とされており、アメリカのなかでも黒人の比率が非常に高い州のひとつ。


アメリカの中で様々な人種が多く集まることで有名なニューヨーク州と比較した場合、白人の比率は同じ程度だが、黒人の割合は倍以上の開きがある。


また、アメリカ全国で増え続けるヒスパニック系の割合よりも黒人の方が多いことから、ルイジアナ州は黒人が多い州と言える。


この背景には、もともとルイジアナ州は奴隷制度の中心だったことがある。

ルイジアナ州では古くから白人と黒人の文化が入り交じっていたことから、独特の文化が生まれた。


フランス、スペイン、アフリカの文化を融合させた「クレオール文化」はルイジアナ州で生まれ、広く浸透し、いまではルイジアナ州を象徴する文化である。


クレオール文化には食、音楽、言語など生活に密着したものが含まれている。


なかでも有名な「ジャズミュージック」は奴隷だった人たちがアフリカの音楽を変化させたことが始まりとされている。また、世界的ジャズミュージシャンとして知られるようになるルイ・アームストロングが生まれたのもルイジアナ州である。



他にもルイジアナ州に定住した「ケイジャン」と呼ばれるフランス人子孫たちによってフランスの文化も残り続けており、ルイジアナ州の道路標識には英語に加えてフランス語表記が残っている箇所もある。事実、ルイジアナ州ではフランス語を耳にする機会が多いため、同じ南部の州のなかでもユニークな存在と言える。


ルイジアナ州の特徴を知る上で、奴隷制度の歴史やクレオール文化は欠かせないだろう。



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「クレオール」というのは、作家・思想家のエドゥアール・グリッサンの打ち出したコンセプトで、言語、文化などの様々な人間社会的な要素の混交現象のこと。つまりいろいろな複数の文化が混じり合う事の呼称なんだな。


アメリカにおける「クレオール」とは、ルイジアナ地方に入植したフランス人とスペイン人、およびその子孫のことと言われている。ラテン系ヨーロッパの文化に、黒人やカリビアンがもたらしたエッセンスが溶け込み、アメリカの中でも特異な文化を形成してきた。



「ケイジャン」というのもほぼ似たような意味で、祖先が北米東部のアカディア地方に入植したフランス人の直系で、イギリス人によってアカディアから追放されたのち、最終的に主にアメリカ合衆国ルイジアナ州南部に永住した人々のことを指す。



ただでさえ、人種のるつぼで「人種のサラダボール」と呼ばれるアメリカの中でも、このルイジアナ州というところは、「クレオール」や「ケイジャン」という複数の言語、文化が混じり合って、じつに特有の文化を形成していて、文学、音楽、料理などに大きな影響を与えてきた。


文学では、フランスとスペイン、アフリカ系からカリブまで、異文化が混在するニューオーリンズは多くの作家に創作のインスピレーションを与え、作品の舞台となってきた。


音楽では、19世紀末のニューオーリンズには、黒人の労働歌や世界の民謡、カリプソなど多様な音楽があふれていたそうだ。そしてヨーロッパ音楽の教養を身につけたクレオールが媒介役となり、ジャズが生まれたと言われている。


料理は、これから紹介するのでお楽しみに。


我々のような音楽ファンにとって注目すべきは、やはりルイジアナ州のニューオリンズは、ジャズ発祥の地ということだ。

せっかくなのだから、そのジャズのルーツとなった歴史をここで紹介してみたいと思う。




ジャズの発祥の地は、なぜニューオリンズだったのか?


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・無職だからありあわせの楽器を弾くことにした。


ジャズ発祥の地は、アメリカ南部の港町ルイジアナ州・ニューオーリンズ。


南部の黒人奴隷たちは南北戦争を経て、1863年に自由を手に入れた。しかし自由になったのはいいのだが、食べていくためには自分で稼がなければならない。


当時のニューオーリンズは、アメリカ政府公認の娼館がある唯一の歓楽都市であった。奴隷解放によって仕事を求めた黒人たちは、ダンスホールや酒場などのBGMとして歌ったり、楽器演奏をして生活することにした。これが「ジャズ」の始まりである。


無職なのに、高価な楽器はどこで調達したのか?


その理由は簡単。南北戦争後ということもあり、南軍の軍楽隊のものがニューオーリンズにあふれ、二束三文で売られていたから。ジャズの楽器が、ピアノやドラム、トランペットやサックスなのも、元はと言えば軍隊のマーチングなどに使われていた楽器を流用していたからである。




・ジャズのアドリブ(即興)の源流は?


当時、音楽の教育をしっかり受けている黒人は、ほとんどいない。そのため大多数の黒人は、楽譜を読むことができなかった。当時人気のあったトランペット奏者でさえ、そうだったといわれている。


そこで、初期のジャズメンたちは酒場などの営業が終わった早朝に、作曲家やピアニストの演奏を耳コピして曲を覚えていったのだ。


何回も演奏しているうちに、うろ覚えの部分がそれぞれのパートのフレーズで補完され、どんどん違う音楽になっていく。

演奏者のアドリブ次第で同じ曲でも様々なアレンジがされるため、このジャズの自由さの源流は、初期の演奏者たちが譜面を読めなかったことに由来しているのかもしれない。


またニューオーリンズは、様々な人種が何世代もつながることで、多様な文化を形成していた。それは音楽にも作用し、子供の頃から耳に馴染んでいたアフリカの宗教音楽を始め、スペインのハバネラ、フランスの民謡、時にはクラシックまで多種多様な音楽を取り込み、独自のリズムを作りだしていったのだ。



・元祖キング バディ・ボールデン


最初のジャズ王として知られているのは、コルネット奏者のバディ・ボールデンである。演奏者は彼の前にもいるが、今日のニューオーリンズの標準のバンド編成となる、コルネット、クラリネット、トロンボーン、ギター、ベース、ドラムで正式に活動したのは彼が初めてである。


ボールデンが最初にジャズを演奏したとされるのが1891年。黒人が音楽家として名を残すまで、1863年の奴隷解放から30年近くが必要であった。


ボールデンのバンドは公園やピクニック、ダンス、カーニバルなど、主に野外で稼いでいたそうだ。というのもボールデンのコルネットの音がとにかく大きくてうるさかったからだとか。当時は演奏技術よりも、より長く演奏でき、より大きな音を出せることが重要視されていたようである。


ボールデンの人気はものすごく、記録によれば数千人の女性に囲まれて黄色い声を浴びていたのだという。1890年のアメリカの国勢調査によると、この年のニューオーリンズの人口が242,039人ということなので、女性だけで数千人は大げさかもしれない。ではあるが、アイドル的な存在であったことに違いはないだろう。


残念なことに、レコード時代よりも前に活躍していた人なので、音源は残っていない。ボールデンはその人気にも関わらず、報酬は金よりも酒だったそうで、長く貧乏生活をしたあと、後年は発狂し、20年近く病院に収容されたまま、1931年に約70年の人生の幕を閉じた。



・ニューオーリンズ・ジャズがアメリカ全土へ


華々しく栄えたニューオーリンズの発展にも陰りが見えてくる。きっかけは、歓楽街ストーリーヴィルの閉鎖である。1917年、アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、軍規の乱れを気にした海軍長官によって、強制的に閉鎖されていった。


これにより職を失ったジャズミュージシャンたちは、新たな活躍の場を求めて北上していくことになる。ここから、ニューオーリンズのジャズがアメリカ全土に広がっていくこととなったのである。




以上の情報の引用元、こちらのサイトになります。

TABI LABO【ジャズを知る】発祥の地は、なぜニューオリンズだったのか?



そして、この記事の内容は、さらに下記の著書から抜粋、引用のようです。
ジャズの歴史を紐解きたいのならこちらでしょう!


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「生きているジャズ史」著:油井正一(リートミュージック立東舎文庫)



う~ん、ジャズのルーツは黒人の音楽、これは知っていたが、ジャズ特有のアドリブ、すなわち即興ってどこから来ているのか、というのがじつは当時の演奏者が譜面を読めなくて、耳コピで曲を覚え、さらに演奏の度に自由に作り上げていったところに由来していたとは、じつに興味深過ぎますね。



音楽好きのための寄り道はこれくらいにして、ようやく本目的のクレオール料理の朝ごはんに移りたいと思う。


クレオール料理


フランスやスペイン、イタリアの人たちの文化と、アフリカや先住民の文化が、ルイジアナ州で融合して生まれたクレオール料理。ケイジャン料理もカナダから移住してきたフランス人にルーツがあり、どちらの食文化にもフランス料理のミルポワにルーツを持つタマネギ、セロリ、ピーマンを炒めた「トリニティ」がよく使われ、ジャンバラヤやガンボといった共通する料理が存在するが、クレオール料理はイタリアやスペインの影響によりトマトが使われるという違いがある。



これがクレオール料理の朝ごはん「グリアード・アンド・グリッツ」


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牛肉を煮込んで作る「グリアード」を、トウモロコシ粉とチェダーチーズで作る「チーズグリッツ」にかけて食べるルイジアナで人気の朝ごはんメニュー。ルイジアナ州の名産品であるタバスコソースが入っている。


グリッツはアメリカ南部の人たちのソウルフード的な主食で、トウモロコシを挽いた粉で作ったつぶつぶした食感が残ったお粥。牛肉をトリニティなどと煮込んだシチューのグリアードをグリッツにかけて食べるグリアード・アンド・グリッツはアメリカ南部の朝ごはん。


まさに、クレオール料理のソウルフードだ。



写真で見た通りの味がします。(笑)
あらかじめ見たときに頭で想像した味と、一寸の違いもなかった。
まったくその通りの味がします。


下地のトウモロコシを挽いた粉で作ったお粥の「グリッツ」は、そう言われなければ、ポテトをすりつぶした食感と思ってしまう感じで、まさにそういう感触。それに美味感を添えているのが、上にかかっている「グリアード」。まさにトマト風味の牛肉シチューってな感じですごく美味しい。


簡単に言えば、「ポテトのすりつぶしに、トマト風味の牛肉シチューが上にかかっている。」というような感じで、めちゃうま!です。なんと言っても食べ応えがある。(クレオール料理だからトマトなんです。)


これは日本人の舌の感覚によくマッチしていると思います。
いかにも南米風の食べ物ってな感じです。


「ポテトに牛肉シチュー」は、あまりに日本的な比喩でちょっと失礼かもしれませんが(笑)、日本人にわかりやすく、と考えるとそう表現するのが一番近いし、わかってもらいやすいと思います。


店員さんのお勧めで、写真に映っているタバスコを振りかけて食べます。
店員さん言うには、赤いほうが、とても合うという事で、赤を振りかけました。


このタバスコ、先に説明したニューオリンズ近郊のエイブリー島の名産品です。
タバスコってふだん滅多に食さないけれど、確かにこんな味だったなぁ・・・。(笑)



9月1日までの短期間の特別限定メニューで、原宿店だけですので、ぜひチャレンジしてみてください。


今年も暑い夏。キンキンに冷えたビールをグイっと飲み、野外フェスティバルでジャズを楽しむ!

今の季節なら、そんな風に久し振りにジャズに接してみたいものです。


まったくそんな雰囲気じゃ全然ないけれど(笑)、ジャズといえば、8年振りに、akikoライブに行ってきます。










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世界の朝食を食べさせてくれるお店 ノルウエーの朝ごはん [グルメ]

ノルウエーは残念ながら、自分は訪れた経験がなくて、未知の国。でもいろいろ聞こえてくる話では、美しい自然環境に恵まれ、国民の生活水準が極めて高く、幸福度ナンバーワンの国。その代わり物価も高い、というようないまの日本とは正反対な国のようだ。


今回の世界の朝ごはんは、そんなノルウエーの朝ごはんを体験する。
観光シーズンとしては、いまが最高のとき。そんなこともあって、今回はノルウエーなのだと思う。


ノルウエーの地理感覚は、北欧の国でこんな感じ。


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スカンジナヴィア半島の西側に位置する南北に細長い国、ノルウエー。


西部は美しい氷河地形、フイヨルドの海岸線が続き、北極圏内にある北部は、夏は一日中日が沈まない白夜、冬は日の昇らない厳しい寒さに包まれるなど、荒々しくも雄大な自然に育まれている。石油などの豊かな天然資源に恵まれているノルウエーは北欧で、唯一、EUに加盟しておらず、物価の高さも有名であるが、その分平均年収も高く、世界でも有数の裕福な国として知られている。


ノルウエー王国


首都:オスロ
最大の都市:オスロ(約67万人)
人口:約533万人
面積:約39万平方キロメートル(日本とほぼ同じ)
民族:ノルウエー人、サーメ人、その他。
公用語:ノルウエー語、サーメ語
通貨:ノルウエー・クローネ
政体:立憲君主制
宗教:キリスト教福音ルーテル派、その他。



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国旗が表すもの


北欧の国と地域の旗に見られる図柄「スカンジナビア十字」。
デンマークの国旗がベースになっており、青はノルウエーの海を表している。


協力


ノルウエー商工会議所、Aqua Azuri株式会社
Jeanett Thomsen,FUGLEN COFFEE ROASTERS



ノルウエーはとにかく、その自然環境の豊かさ、街の景観がずば抜けている。
フイヨルド、オーロラ、そして世界遺産のベルゲンのブリッゲン地区とかまさにおとぎ話のような美しさ。まずはネット上の情報だけれど、それで仮想トリップしてみたいと思う。


そう思ったのも、まずは写真で見なければ、いかに美しい国であるか、ということが実感できないと思うからである。


フイヨルド


ノルウエーといったら、なんと言ってもフイヨルド。

フイヨルドはノルウエー語で「入り江」という意味で、氷河による浸食作用によって形成された複雑な地形の湾や入り江のことである。フィヨルドは氷河が海側に移動する際に底の部分がU字型に削り取られ、その部分に後から海水が入り込んでできた地形である。そのためフィヨルドはノルウェーなど高緯度帯で見られることが多い。


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このように代表的なフイヨルドとして下の5つのフイヨルドがある。


ソグネフイヨルド
ガイランゲルフイヨルド
ハダンゲルフイヨルド
リーセフイヨルド
ノールフイヨルド



とにかく、その写真を観てほしい。


ガイランフィヨルド


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そして世界最大規模のフイヨルドで、一番人気なのが、このソグネフイヨルド。


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海岸線から深く入り込んだ入江の全長は204km。周囲には標高1,700mを超える山々が連なり、最深部の水深が1,308mにも及ぶ世界最大スケールのフィヨルド。山岳鉄道やフェリーを乗り継ぐ変化に富んだ旅が楽しめることから、一番の人気を誇っている。




上の5つのフイヨルドは、絶対その写真を観てほしい。


以下のリンクにそのフイヨルド特集、この5つのフイヨルドの写真が収めらているので、ぜひ観てほしいと思います。壮観です。こんな自然のパラダイスがあるとは!


北欧トラベルガイド
フイヨルド特集2019






オーロラ


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ノルウェー観光のもう一つの楽しみが、オーロラ。オーロラのベストシーズンは、9月~3月。オーロラ観賞のベストシーズンとはいえ、夜に長時間待つことになるらしい。中には旅行期間中に見られないこともある。9月の夜はかなり冷えるので、防寒対策が必要だそうだ。カナダのオーロラツアーも有名だけれど、オーロラって意外とツライ観光なんだよね。




ベルゲンのブルッゲン地区


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ノルウェーの人気観光スポットとして常に上位にランキングされるのがここ、ノルウエー第2の都市のベルゲンのブリッゲン地区。三角屋根のキュートな木造建築が並ぶ、レトロな街並みで知られている。世界遺産にも登録されている、このブリッゲン地区は、この町一番の見どころ。海岸沿いにカラフルな木造建築が並ぶ様子は、まるでおとぎ話の挿絵のようである。色とりどりの建物が水面に映るのも素敵なのだそうだ。かつてハンザ商人たちが使用していたこれらの建物は、今では可愛らしいショップや工房、レストランに様変わりである。



カール・ヨハンス通り


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カール・ヨハンス通りは、首都オスロのメインストリート。オスロ中央駅からノルウェー王宮の間まで約2キロメートル。おしゃれなお店やアンティークショップが並んでいる。かなり雰囲気あってお洒落です。ショップ巡りに疲れたら、カフェで休憩できる。ノルウェーは隠れたコーヒー王国でもあるのだ。



グリーグの家



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ノルウェーの有名な作曲家エドヴァルド・グリーグが64歳で亡くなるまでの、晩年の22年間の人生を、ニーナ夫人とともに過ごした家が博物館になっている。緑豊かな木立ちに囲まれた白い館は、創作意欲を引き出すのに最適な土地であった。




アーケシュフース城砦


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アナと雪の女王のモデルになったお城がノルウェーにある。 オスロフィヨルドの岩盤の上に築かれたアーケシュフース城は、オスロを防御する目的で建設され、現在も軍事基地として使われている。




ムンク美術館


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ムンク美術館は、ムンクからオスロ市に寄贈された絵画やスケッチなどを収蔵している。1963年にムンクの生誕100周年を記念してオープンした美術館である。ムンクと言ったら、このムンクの叫びだよね~。




ブリクスダール氷河


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ヨーロッパ最大の氷河「ヨステエダール」から分岐した氷河は、ダイナミックな氷の世界を体感できる人気のスポット。なによりも氷河を観れること自体、貴重な経験だ。



もっとたくさんあるのだが、大変なので、これくらいにしておく。


上の情報の引用元は以下のリンク先になります。


ノルウエーのおすすめ観光地20選!



一度は行きたい!北欧ノルウェー観光スポット13選!




ノルウエーは、国土の多くが農耕に適さないこともあり、食文化の柱は海産物である。特に第2の都市、ベルゲンなどがある西部は海に面しているため、毎日穫れたての新鮮な魚介類が市場に並ぶのだ。


また多様なベリーが自生しているノルウエー。ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリーなどに加えて、リンゴンベリー(コケモモ)やクラウドベリーなど日本ではあまり見かけないものも現地ではお馴染みの食材である。



豊富な水産物


古くから漁業王国として知られているノルウエー。国土の半分以上がフイヨルドに接しており、山から溶け出す雪が冷たく澄んだ海に混じることで、魚が育つのに適した塩分濃度になるそう。水産物の消費量も世界トップレベルである。



ポーレッグ


ノルウエーの朝ごはんに欠かせないのが、穀物がたっぷり詰まった茶色いパンとさまざまな種類のポーレッグ。ポーレッグとは、パンにのせる具材の総称で日本の”ご飯のお供”ならぬ”パンのお供”である。チューブに入った魚の卵のペーストやサバのトマト煮、スモークサーモンなどノルウエーならではのものから、ハムやチーズ、野菜まで、パンにのせて食べる具材は、すべてポーレッグ。スーパーマーケットではポーレッグのコーナーが広く設けられている。



コーヒー文化


ノルウエーにとってコーヒーは欠かせないもののひとつ。一人当たりの消費量は、日本の3倍近く、年間900杯以上も飲まれている。近年は湯煎りで酸味があるブラックコーヒーも好まれている。



ブラウンチーズ


ノルウエーの国民食と呼ばれるのがブラウンチーズ。山羊乳もしくは牛乳のホエー(乳清)と生クリームを煮詰めて作るのが特徴で、キャラメルのような独特な味わいである。パンやクネッケブロー、ワッフルなどにのせて食べる。



サフト


サフトは果実や植物から作られる濃縮シロップのこと。
ベリー類やオレンジを使ったものなど種類はさまざまで、水で割って飲むのが一般的である。



ノルウエーワッフル


ノルウエー人はワッフルが大好き。ハート型に焼けるワッフルメーカーが各家庭にある。
柔らかくてしっとりしたパンケーキのような食感で、ブラウンチーズやジャムなどと合せるのが定番の食べ方である。



クネッケブロー


ライ麦などの穀物を豊富に含んだ薄くて硬いパン。
ブラウンチーズやジャム、野菜などのポーレッグをのせて食べる。
日持ちすることもあり、ノルウエーのお土産の定番である。



保存食


夏が短く、冬が長いノルウエーでは、魚介類や肉類、ベリーなどを保存し、厳しい冬を乗り越えてきた。中でも干しダラは代表的な保存食。干したタラがずらりと並ぶ光景は、ノルウエー西部の漁村の風物詩である。



アクアビット


スカンジナビア諸国で一般的なジャガイモを使った蒸留酒。ラテン語の「命の水」が語源になったそう。ハープやスパイスを加えてあり、樽熟成させるのがノルウエーのアクアビットの特徴。そのため琥珀色をしている。




そんなノルウエーの朝ごはん。


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ライ麦パンとクネッケブローと呼ばれる穀物を豊富に含んだクリスピーなパンに、ノルウェーの国民食とも言えるキャラメルのような味のブラウンチーズ、キャヴィアと呼ばれるたらこのペースト、穴の空いたヤールスバーグ(チーズ)、サバのトマト煮、スモークサーモン、ディルの入ったスクランブルエッグをのせて食べるポーレッグと呼ばれるノルウエーの朝ごはん。


ポーレッグがのったパンであるが、ふつうに美味しい。国民食であるブラウンチーズは、確かにキャラメルのような味である。でもパンをずっと食べていると、唾液が全部吸収されるような感じで、口の中の水分がなくなるような感じで、かなりパサパサで苦しく、水を飲みながら、流し込んでいるという感じでもあった。サバのトマト煮であるが、なにかサバ缶(サバの缶詰)を食べているような感じでもあった。(笑)スモークサーモンやスクランブルエッグはそのイメージ通りでとても美味しかった。



今回は、サイドメニューとして、ノルウェーらしい「バカラオのスープ」を頼んだ。漁業大国として知られるノルウェー。水産物の消費量も世界トップレベルで、長い冬に備える保存食とて塩漬けにしたタラを干したバカラオがよく食べられている。


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タラの塩分や魚のエキスが十分に効いた感じのスープで、他のスープの具材とともに、これは美味しいと感じました。


パンにポーレッグをのせて食べるノルウエーの朝ごはんは、日本の朝ごはんの食卓がパン文化の人に合いそうな感じがする。



ノルウエーは高緯度なので、夏が短く、冬が長い。いくら豊かな国とは言え、住みたいとは思わないが(ぼくは春夏秋冬と四季のバランスが整っている日本が大好きです。)、いまの最高の季節にぜひ旅行に行ってみたいとは思う素晴らしい観光国だと思います。



ノルウエーの朝ごはんは、8月~9月までやっています。






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PENTATONEの新譜:クラリネット奏者 アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェ デビュー! [ディスク・レビュー]

これは思わずジャケット買いしてしまうだろう!(笑)その瞳にす~っと吸い込まれるように魅了されるそのシルエット。まさに、いつしかカラヤンの前に颯爽と現れたザビーネ・マイヤーの再来のような衝撃だ。

何者なのだろう?

このたび、PENTATONEレーベルと長期契約を締結し、このレーベルからデビューしたクラリネット奏者である。この情報を掴んだときは、まだ日本のサイトに十分な情報が掲載されていなかったので、騒然な騒ぎになってしまったが、それも落ち着いてきて、どうやら素性が判明したようだ。


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クラリネット奏者アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェ。
ベルギー出身である。


最難関のコンクールとして知られるミュンヘン国際音楽コンクールで優勝(2012年)後、英BBC選出の“新生代アーティスト” やボルレッティ=ブイトーニ財団アワード2018を受賞するなど、今最も期待される新進気鋭のクラリネット奏者なのだそうだ。


ザビーネ・マイヤー、ヴェンツェル・フックス、アレッサンドロ・カルボナーレ、パスカル・モラゲスといった錚々たるクラリネット奏者に師事してきたヴァウヴェは、2017年夏のBBCプロムスのデビュー後、2018年にはロイヤル・アルバート・ホールやカドガン・ホールにてトーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団との共演でモーツァルトのクラリネット協奏曲を披露するなど、イギリスを中心に全ヨーロッパで注目を集めている俊英である。

ベルギー出身で、イギリス中心に活躍している、というのが素晴らしい!
間違いなく自分の人生に関与してくる運命のスターだ。(笑)


現在は、ベルギー・ブリュッセルに在住で、アントワープ王立音楽院やムジカ・ムンディ音楽学校で教鞭を取っているようだ。


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現在は、クラリネットのソリストとして華々しくデビューしたが、今後は、ザビーネ・マイヤーのように、どこかのオーケストラの木管セクションのクラリネット奏者としてもキャリアを広げつつ、アルバムはソリストとして出していくという二束のわらじの選択肢になっていくのだろう。

自分は木管楽器ではオーボエが1番大好きなのであるが、名だたるオーボエ奏者も、みんなそうだ。オーケストラの首席奏者として活躍しながら、ソロのアルバムも出す、というような路線。
まさに木管奏者の王道の道ですね。

ソリストとしてのみの道だと、やはり音楽家としての音楽性の素養を磨いていくには不十分。
オーケストラの奏者としての経験を積むのは絶対必要ですね。

どこのオーケストラに所属することになるのか、いまから楽しみである。

でも現在、ベルギーの音楽学校に勤務していることから、職業としての専任音楽家としてどこまでやれるか、の判断はありますね。

2012年のミュンヘン国際コンクールで優勝して、音楽家として生きていく道筋を立てて、その後の5年間、いろいろな名クラリネット奏者に師事をして、満を持して2017年夏のBBCプロムスでデビューということだから、本当につい最近出てきた奏者なんだね。

そして今年2019年にPENTATONEと長期契約して、アルバムのほうでもデビューだ。

ご覧のような美人でフォトジニックな奏者で、音楽的才能も抜群。あとはこれから何十年もかけて、自分をどう成長させていくか。。。まさにこれからの奏者だ。

PENTATONEはじつにいい仕事、NICE JOBをしたと思うよ。

敢えて、難を言わせてもらうならば、名前が難しすぎて読みづらい、ということだろうか?(笑)ベルギー人はみんなこのような名前だからね。スターの要件のひとつとして、誰からも名前を簡潔に呼びやすい、というのがあります。それがちょっと心配です。

その後、たぶん略した愛称ニックネームみたいなものが、みんなが作ってくれると思うよ。


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今回PENTATONEからアルバム・デビューするにあたって、アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェ本人、そしてPENTATONEのVice President レナード・ローレンジャー氏がライナー・ノーツにこのような寄稿をおこなっている。


●ライナーノーツのアンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェのコメントからの引用。

いま、PENTATONEレーベルのアーティスト・ファミリーの仲間入りができたことは、とても熱狂的に感じています。

私の芸術的なパーソナリティのすべての側面を映しだした今回のレコーディング・アルバムは、私の心の奥深くに大切に思っている音楽を表現するための第2の声を見つけることができたようなものだと思っています。PENTATONEと私の目的は、極めて優れたクオリティ、そして音楽の激しい感情を素直に解釈することでした。

私は、まもなくこの作品をリスナーにシェアすることに少しスリリングな気持ちを抱いています。

レナード・ローレンジャー氏とそのハイクオリティーでカリスマな彼のチームといっしょに仕事ができたことは、最も感動した経験だったし、これからもきっとそうでしょう。私のファースト・ソロ・アルバム、”ベル・エポック”のリリース、そしてこれからまたコラボしていく作品のリリースをとても楽しみにしております。


●PENTATONE Vice President レナード・ローレンジャー氏のコメントからの引用

私は、ここ数年のアンネリエンのキャリアをずっと追ってきて、ますます彼女への関心が深まる感じであった。そしてとうとう我がレーベルのファミリーに加わってくれて、とても興奮している。彼女は、並外れた芸術性、音楽的才能、そして演奏技術を兼ね備えており、レパートリーやインストゥルメンタルが持ちうる可能性の領域に対して絶え間ない好奇心と欲望に満ち満ちている。

我々は、彼女が今後、素晴らしい活躍、発展をしていくことを心から望んでいる。


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木管はオーボエが1番大好きなのであるが、クラリネットも好き。
でもオーボエ奏者ほどの熱の入れ方ではなく、自分が過去の日記のディスクレビューで、どれだけクラリネット奏者を取り上げいたのかというと自分の記憶では、ザビーネ・マイヤーとBISのマルティン・フレストくらいなものだった。

とくにマルティン・フレストは、とてもユニークなクラリネット奏者で、彼自身オーケストラに所属せず、クラリネットを吹きながら、ダンスで踊ることもできる、という一風変わった奏者なのだ。

いわゆるクロスオーバー的エンターテナーという立ち位置で、クラシックに限らずいろいろなジャンルの名曲をクラリネットでフィーチャリングした小作品集が得意なのだが、単に演奏するだけでなく、本当に歌って踊れるユニークなエンターテナーでもあるのだ。

アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェもそういうクロスオーバー路線を狙っていくという可能性もありますね。でも、やっぱりせっかくコンクール優勝で、名奏者に師事でクラシック路線でデビューしたのだから、自分はまずクラシックの王道路線でがんばって欲しい。クロスオーバーはその後でもいいし、やろうと思えば、いつでもやれると思うから。


クラリネットの音色というのは、とにかく耳に優しい。同じ木管楽器でもフルートやオーボエと比較しても、クラリネットは丸みの帯びたソフトな質感で、ほんわかしていて、聴いていてとても癒される。


アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェが実際どのようなクラリネットの吹き方をするのか、その演奏姿をぜひ観てみたいと思い、YouTubeで探してみたらあった。

今回のデビューを祝して、PENTATONEが彼女のプロモ・ビデオを作っているのだが、これはあまりに幻想的にイメージを作りすぎで、顔もよく見えないし、演奏している姿も見えない。これはあまり役に立たないと思う。格好良く造りすぎですね。(笑)

気持ちはわかるけれど、もっと実質的のほうがいいです。

YouTubeには、それ以外にも彼女の演奏姿があるコンサートはたくさんアップされていた。
BBCプロムス2017やモーツァルトのクラリネット協奏曲も上がっていたので、しっかり観てみた。

美人で背筋がピンとしていて、クラリネットを吹く姿はじつに正統派スタイル。
素晴らしかった。


そして最後に、ようやくこの日記の本命であるディスク・レビューである。 



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ベル・エポック

クラリネット作品集 

アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェ
アレクサンドル・ブロック&リール国立管弦楽団

http://urx3.nu/XVx0


デビュー・アルバムのタイトルは、「ベル・エポック」。

ドビュッシーの第1狂詩曲、世界初録音であるパリを拠点に活躍するマンフレート・トロヤーン(1949-)のラプソディ、イェーレ・タジンズ(1979-)編曲によるピエルネの「カンツォネッタ」とヴィドールの「序奏とロンド」、そしてルチアーノ・ベリオ(1925-2003)編曲のブラームスの「クラリネット・ソナタ第1番」である。

共演するオーケストラは、アレクサンドル・ブロック指揮のリール国立管弦楽団。


アルバムタイトルのベル・エポック(Belle Epoque、仏:「良き時代」)とは、19世紀末から第一次世界大戦勃発までのパリが繁栄した華やかな時代、及びその文化を回顧して用いられる言葉なのである。単にフランス国内の現象としてではなく、同時代のヨーロッパ文化の総体と合わせて論じられることも多い。

このパリがもっとも繁栄した華やかな時代「ベル・エポック」をタイトルに持ってくるというのは、このアルバムで選ばれた作曲家にきちんと現れているのだ。


クロード・ドビュッシー(フランスの作曲家)
マンフレート・トロヤーン(パリを拠点とする作曲家)
ガブリエル・ピエルネ(フランスの作曲家、指揮者)
シャルル=マリー・ヴィドール(フランスのオルガン奏者、作曲家)

このようにブラームスを除く曲は、すべてフランスの作曲家による作品。
そこにこのアルバムがフランス・パリへのオマージュであることが意図されたものであることがわかる。


なぜ、彼女がこのようなパリ・オマージュの作品をデビュー作品に持ってきたのか、その意図は、もっと厳密にライナーノーツを読めば書かれているかもしれない。少なくともベルギーという国は、多国言語を母国語とする国で、下がフランス語圏、上がオランダ語圏、そして右端がドイツ語圏、そして共通語に英語というようなマルチリンガルな国。

首都のブリュッセルは、地域別に言えばオランダ語圏なのだが、使われている公用語は、フランス語だ。自分が住んでいたときも、レストランのメニューはほとんどフランス語だった。

彼女が現在住んでいるのはブリュッセルでフランス語圏であるし、勤務している音楽学校での研究テーマなのか未明だが、そこからのパリ・オマージュがあってもなんら別に不思議でもない。



さて、さっそく聴いてみた印象。

冒頭のドビュッシーは、じつに彼らしい色彩感のある印象派の曲らしいテイストで、クラリネットの旋律がとても美しい。

2曲目のマンフレート・トロヤーンは現在パリを拠点に活躍する作曲家とのことであるが現代音楽ですね。全体としては前衛的なアプローチなのだけれど、楽章によって美しいクラリネットの旋律が垣間見れるなどの隠し味があって、粋な感じがするお洒落な構成の曲。いつも思うのだが、現代音楽って、隙間の美学というか、空間をうまく利用していて、とても録音がよく聴こえるのはいつも不思議です。この2曲目は、とりわけ録音がよく聴こえます。


3曲目のピエルネは、なんと可愛らしい曲なんだろう、というくらい美しいメロディ。
自分は最初に聴いたときに、その可愛らしさに一瞬にして心奪われた。クラリネットを主旋律に持ってきた編曲ヴァージョンであるが、これはじつに可愛い女性的な曲です。

4曲目のブラームスのソナタ。これがこのアルバムのメイン・ディッシュですね。これもクラリネットを主旋律に持ってくる編曲ヴァージョン。この曲はメイン・ディッシュらしい堂々とした如何にもブラームスらしい大曲。このアルバムは、どちらかというとクラリネットが主体でオーケストラの音が控えめな感じのバランスなのだけれど、この曲だけは、オーケストラの音もしっかり聴こえてきます。ロマン派らしい我々に馴染みやすい名曲である。


最後の5曲目のヴィドール。これもクラリネットとオーケストラとの掛け合いがとても美しくて可愛い感じがする曲。とても女性的で美しい曲ですね。


全体的に柔らかくて優しい質感のする女性らしいテイストに仕上がっている。2曲目の現代音楽以外は、とてもメロディラインが美しい曲ばかりで、クラリネットの音の主旋律が、どの曲もじつに効果的に、その美しさの骨格を作り上げていると言っていい。

「ベル・エポック=パリが繁栄した華やかな時代」というタイトルにふさわしい収録曲も、そのようなセンスのする曲ばかりであった。


サウンドの録音評であるが、いつものPENTATONEサウンドと変わらず期待を裏切らない出来栄えだった。

柔らかい質感、広い音場感ですね。クラリネットのあの耳に優しい、丸みを帯びたソフトな質感は万遍なく捉えられ、じつに美しく再現されている。

ただ、クラリネットがいくぶんメインにフィーチャリングされている感があって、オーケストラがあまり目立たない感じするのだが、4曲目のブラームスではオーケストラも大活躍であった。

録音スタッフは、録音プロデューサー&バランス・エンジニアにエルド・グロード氏。(プロデューサーに昇格!。。笑笑)録音エンジニアに、フランソワ・ゲイバート氏、編集に、ローラン・ジュリウス氏。

ポリヒムニアも、若い世代をどんどん育成していくべく、新しい人材にどんどんチャレンジさせていますね。こういう新しいスターのアルバム制作では、絶好のチャンスです。


アンネリエン・ヴァン・ヴァウヴェの公式HPもあります。リンクを貼っておきます。

http://www.annelienvanwauwe.com/?fbclid=IwAR10IfraiHm3VbDWN3iCYoVJ78vyY8JMn61HcI1aBXL_c3c8zrV0VVxaFRM


新しい時代のスターの誕生は、いつになっても、とてもフレッシュな気持ちになれるし、彼女も、今後PENTATONEを引っ張っていく主力スターとなっていくことを心から願っています。








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アラベラさんの新しいパートナー [国内クラシックコンサート・レビュー]

もちろん今回の日本公演限定の話だと思う。(笑)アラベラさんには、ヴァイオリン・リサイタルの場合は、10年に渡りパートナーをいっしょに組んできたロベルト・クーレックという相方がいる。レコーディング録音はもちろん、5年前の2014年12月のヴァイオリン・リサイタルのときも、このロベルト・クーレックを引き連れて、この同じトッパンホールでのリサイタルであった。

このときの自分の印象は、感動しつつも、アラベラさんのヴァイオリンとロベルトのピアノとのバランスの悪さに、このような感想を日記に書いていた。

ロベルトのピアノは主張しすぎで、要はピアノがドラマティックに弾こうともったいつけたり、ヴァイオリンが隠れてしまうほど強く弾いたりして、雰囲気を壊すような感じでバランスが異常に悪い。

要は気負い過ぎという感じがあって、鍵盤から事あるごとに、ダイナミックに空中に手を跳ね上げる様な仕草をするのはいいのだが、その度にミスタッチがすごく多くて、打鍵が乱暴で音が暴力的。ペダルもバコバコ踏み過ぎという感がある。

この優雅な大曲のイメージからすると、彼は盛り上げたかったのだろうが、空回りという感じで気負い過ぎの感が否めなく、ヴァイオリンの優雅な旋律とまったくバランスが取れていなくて、自分にとって違和感だった。


かなりクソみそである。(笑)
いまの自分では絶対書けないレビューだ。

録音を聴くとそんなに悪い印象はないのだが、こと生リサイタルでは相性が悪かった。

そんなある意味トラウマでもあったアラベラさんのヴァイオリン・リサイタルでもあったのだが、今回の5年振りの公演は、パートナーのピアニストとして、若いデビューしたての日本人男性ピアニストをアサインしてきた。

入江一雄氏(以降入江くん) 

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なかなかのハンサムで、アラベラさんと並んでも美男美女のカップルで、とてもフレッシュなコンビのような印象であった。

とてもいい企画アイデアだと思った。入江くんはこのリサイタルがきっかけになって一気にブレイクして羽ばたいてくれるといいなと思ったぐらいである。それくらい第1印象の人触りは良かった。

そういう経緯があるので、今回のリサイタルは、ある意味入江くんの健闘ぶりが楽しみだったという自分なりの都合があったのだ。


入江くんのプロフィールは、

熊本県生まれ。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て同大学・同大学院を首席で卒業・修了。第77回日本音楽コンクールピアノ部門第1位、第1回コインブラ・ワールド・ピアノ・ミーティング(ポルトガル)第5位入賞、他受賞多数。

幅広いレパートリーの中でもライフワークとしているプロコフィエフのピアノ・ソナタ全曲演奏会を成功させる等のソロ活動に加え、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、芸大フィルハーモニア管弦楽団などの国内主要オーケストラと共演。

東京芸大シンフォニーオーケストラ・ドイツ公演(Young Euro Classic)ではソリストとして同行し、ベルリン・コンツェルトハウスにて細川俊夫作曲《沈黙の海》を協演した。

また、室内楽にも熱心に取り組んでおり、近年ではNHK交響楽団コンサートマスター篠崎史紀から絶大な支持を受け多数共演。国内はもとより、モスクワ、ロンドン、ベルリンなど海外でも演奏している。

2012・13年度公益財団法人ロームミュージックファンデーション、15年度文化庁(新進芸術家海外研修制度)より助成を受け、チャイコフスキー記念ロシア国立モスクワ音楽院研究科に在籍し、エリソ・ヴィルサラーゼに師事。16年夏に修了、ディプロマ取得。17年度より東京芸術大学にて教鞭をとる。


このようにデビューしたてというよりは、藝大、そしてモスクワ音楽院にてみっちりキャリアを積んできている実力派で、2011年ころからずっと活躍してきているようなので、単に自分が存じ上げていなかった、ということだけなのかもしれない。


もちろんいままで1回も実演に接したことはないのだけれど、その外見のスマートさから、きっとダンディズムのような穏やかで洒落た打鍵で、でも静かなる闘志を潜むというようなタイプではないかな、と想像していた。

今回の実際の実演での印象は、それは遠からず間違っていなかったという印象で、つねにアラベラさんを表に立てるということに貫徹していて、一歩引いた感じで弾いていて、自己主張するタイプではなかった。今回は入江くんに注目しようと最初から決めていたので、入江くんを良く見ていたのだが、その指捌き、卓越した技術、その安定感のある打鍵はしっかりした基本が根底にあり、安心して観ていられた。

なによりもアラベラさんのヴァイオリンとのバランスが、リサイタルとしては適切な配分率で、アラベラさんを立てるタイプでパートナーとしては申し分なかった。


曲が終わるごとのステージ上での挨拶にしても、アラベラさんから3歩下がってその影を踏まず、という奥ゆかしさで(笑)、大人しい人柄の良さが滲み出ていた。アラベラさんから手をつなぐように誘われて、カーテンコールするのも、どこかぎこちなさが残るところが初々しくて見ていて微笑ましかった。


このリサイタルをきっかけに大いに羽ばたいてほしい逸材だと思う。


今回のヴァイオリン・リサイタルは前回と同じトッパンホール。
チケットは完売のソールドアウト。

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入江くんの指捌きを観たかったので、この左寄りの座席を取った。
反面、アラベラさんは後頭部からのシルエットになってしまうのだが、仕方がない。

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入江くんに注目しようと思いつつも、いざ始まってしまうと、やっぱり主役は、アラベラさんのヴァイオリンであることは間違いない。

最初のバッハのソナタ。「フルート・ソナタ」として知られる曲で、ヴァイオリン・パートがすべて単音で書かれた端正な歌を聴かせてくれるものとして期待したが、予想より、そして思っていたほどの盛り上がりもなく淡々とその表面をなぞっていくだけのような淡泊さがあり、自分にとってはやや物足りなさを感じた。

そういう聴衆に対してもっと来てほしい!という欲望は、2曲目のベートーヴェンのソナタ「クロイツェル」で満足できるものとなった。もうヴァイオリン・ソナタの分野では名曲中の名曲、王道ソナタの最高峰ですね。

確固たる裏付けされた技術、ピアノとの連係プレーとそのバランス、フレージングやアーテキュレーションも教科書的な模範のような折り目正しい演奏という印象で、自分の想いはいくぶん成し遂げられたかな、という気分にはなった。



後半の3曲目のペルトのフラトレスで、会場の空気が一気にがら変した。

その切り裂いたような鋭利な空気感、そして陰影感、堀の深さなど、聴衆に訴えかけてくるもの、訴求力があまりにリアルすぎる。

今回のリサイタルの最高パフォーマンス、圧巻だったのは、間違いなく最後のプロコフィエフのソナタだと思うけれど、自分は敢えてこの3曲目のペルトを1番に挙げたい。

不勉強ながら初めて聴く曲だったが、まさに”瞑想”という言葉がぴったりのその旋律とその沈黙がなにかを語っている感のある隙間の美学。

いっぺんに自分を魅了した。これは素晴らしいなぁ~という感じ。アラベラさんの超絶技巧も冴えに冴えわたっていた。

この曲で会場は一気に雰囲気が変わりましたね。


そしてラストのプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ。もうこれは文句なしのこの日の最高のパフォーマンスで聴衆をグイグイ引き込んでいった。この曲もヴァイオリン・ソナタの名曲中の名曲だから、よく聴く機会が多いが、その中でもベストNo.1と言っていいほどの素晴らしいパフォーマンスだったのではないか。


まさに神がかっていた!という感じ。


じつは5年前にもアラベラさんのヴァイオリン・リサイタルでプロコフィエフのソナタを聴いているのだが、記憶が薄く、あまり印象に残っていないのだが、この日の演奏はじつに素晴らしく、名演として一生記憶に刻み込まれることだろう、という凄さであった。

アラベラさんは、一見もすれば”美人のお嬢さんヴァイオリニスト”というレッテルを貼られて見れられることも多いと思うが、そのじつは音楽家、演奏家としてじつに懐の奥の深さ、表現力が豊かで、幾重にも年輪を重ねてきた芸術家である。


そういうことが証明されたような今宵のパフォーマンスであったと思う。


ずっと彼女を聴いてきたファンとしては、あれから5年という歳月は、じつに彼女を大きく成長させてきた。

それが一見してわかるような5年前とは別人のような演奏であった。

すべてにおいて満足のいく今回のヴァイオリン・リサイタルであった。


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(c)アラベラさんFB


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(c)トッパンホールTwitter




アラベラ・美歩・シュタインバッハー ヴァイオリン・リサイタル
2019/7/17(水)19:00~ トッパンホール

J.S.バッハ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調 BWV1020

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 Op.47 <<クロイツェル>>

インターミッション

ペルト:フラトレス

プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ニ長調 Op.94a


アンコール

マスネ:タイスの瞑想曲







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ユリア・フィッシャー, ドレスデン・フィル [国内クラシックコンサート・レビュー]

ユリア・フィッシャーをはじめてコンサートで拝見したのは、3年前の2016年の東京オペラシティとトッパンホールでのヴァイオリン・リサイタルのときであった。

PENTATONEの初代女王としてずっとオーディオで愛聴してきたので、それは感無量であった。そのとき、ユリアをぜひコンチェルトでも拝見したいと思っていて、必ず近い将来実現できるのではないか、という確信みたいなものがあって、今年見事祈願成就することができた。ミヒャイル・ザンデルリンク&ドレスデンフィルとともに日本を縦断するツアーである。

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オーディオで聴くユリア・フィッシャーの魅力は、やはり女性ヴァイオリニストとは思えないパワフルな演奏というところだと思う。非常に力強いボーイングで、男性ヴァイオリニストにけっして引けを取らないくらい音色に力強さがあって、そして瞬発力がある。聴いていて切れ味があって爽快なのだ。そしてかなりの技巧派テクニシャン。

そういうユリアの技巧、力強さみたいな魅力は、ヴァイオリン・リサイタルよりもコンチェルトのほうが、より発揮できるのではないか、という自分なりの予想があって、ぜひコンチェルトで拝見したいなぁとずっと恋焦がれていたので、本当に今回の公演は楽しみにしていた。

さらに演目は、ブラームスのヴァイオリン協奏曲。
ヴァイオリン・コンチェルトの中でも、自分がもっとも好きな演目のひとつ。
ブラームスらしい秋のシーズンに相応しい哀愁漂う非常に美しい優雅な旋律が特徴的で、全体として美しい造形をもつヴァイオリン・コンチェルトの傑作中の傑作。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲といえば、注目は第1楽章のカデンツァ。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲の場合は、作曲にあたってアドバイスし、初演もした名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムのカデンツァが演奏されることがほとんどで、滅多に演奏されないがクライスラーの美しいカデンツァもある。

いまから8年前のNHKホールでN響と共演したリサさまことリサ・バティアシュヴェリのブラームス・コンチェルトの実演に接したとき、この珍しいクライスラーのカデンツァを聴いたことがある。

このブラームスのカデンツァのこと、すっかり忘れており、ホールに到着して座席に着席したときに急に思い出し、しっかりカデンツァの予習をしておけばよかったと後悔しました。(笑)たぶんおそらくヨーゼフ・ヨアヒムのカデンツァだったと思います。


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はじめて拝見するユリア・フィッシャーのブラームスのコンチェルト。
黒いドレスに身を包んだユリアは美しかった。

ユリアの演奏のフォームというかスタイルは、とても正統派スタイル。パフォーマンスなどの魅せる側面がまったくなく、非常に教科書的な、ある意味ちょっと地味でもあるフォーム。弓をもつ右肘はやや下げ気味で、全体のフォームが非常にコンパクトにまとまっている感じがして、そしてボーイングはやはり瞬発力があってとても力強かった。

ユリアのブラームスは、それは素晴らしかった。
本来の持ち味である力強さと瞬発力の切れ味もさることながら、優雅に歌わせる部分は歌わせ、颯爽と走る部分は走る、そういった緩急を見事にコントロールしていたように思えた。オーケストラとの語らいもとても密だったように思う。

ブラームスのコンチェルトとしては名演だったと思いました。

ただユリアの演奏は、とても正確無比な演奏というか、激情ドラマ型じゃないんだよね。
たぶん当日の自分の体調コンディションもあったかもしれないが、緩急もあり、魅せる部分も十分の素晴らしいパフォーマンスだったけれど、自分の感情の中で、抑揚する、天にも昇る興奮度合が自分が期待していた程でもなく、ある決められた範囲の中で納まっていたというか。。。

これは自分の体調不良もあったかな?
すこし妄想しすぎていたかも?

でも素晴らしい公演だったことは間違いないです。
ユリアのコンチェルトを堪能できて、そして期待を裏切ることのない見事なパフォーマンスでした。

アンコールのパガニーニの奇想曲は、これは素晴らしかった。
パガニーニらしい演奏するのが難解そうな曲で、アクロバティックな奏法が冴えわたり、かなり衝撃であった。

ブラボー!

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後半は、ブラームスの交響曲第1番。まさにブラームス王道の曲ですね。
じつに久し振りに聴きました。

ドレスデンフィルは、想像以上に発音能力に長けていて、低音がしっかりと出ていて、ブラ1に必須な重厚な音が出ていたように思う。最初の出だしから、こちらの期待をがしっと鷲掴みし、見事最後まで破たんするところもなく突っ走っていった。弦楽器群の音の厚み、和声感のあるハーモニーの美しさ、そして女性奏者中心で成り立っている木管群の音色の嫋やかさなど、自分が想像していた以上に素晴らしい演奏力を持ったオーケストラであると感じた。

機能性抜群の大オーケストラというほどのグレード規模ではないと思うが、ブラームス1番の大曲をここまで堂々と演奏しきったその力量は十分に評価したい。

指揮者のミヒャエル・ザンデルリング。任期最後ということで、このドレスデン・フィルのシェフとして来日するのは今回が最後だと思われる。

じつはミヒャエル・ザンデルリンクは、8年前の2011年にベルリン現地で、ベルリン・コンツェルトハウスの大ホールで、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を指揮したコンサートを体験させてもらっているのだ。懐かしすぎて記憶も薄っすらであるが、今回の勇姿を再度拝見できて光栄だと思う。

相変わらず、スマートで自然な流れの持っていき方の指揮振りは見事であった。

アンコールのブラームスのハンガリー舞曲。もうアンコールの定番中の定番であるが、華麗に決めてくれた。

ユリアのコンチェルトを観てみたい、というところから足を運んだコンサートであったが、全般に自分の想いを遂げることができた十分に満足のいく公演だったと思う。


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(c)ジャパン・アーツTwitter





富士通コンサートシリーズ
ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

2019/7/3(水)19:00~ サントリーホール大ホール

指揮:ミヒャエル・ザンデルリンク
ヴァイオリン独奏:ユリア・フィッシャー
管弦楽:ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77

ソリスト・アンコール:パガニーニ:24の奇想曲 第2番

ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68

アンコール:ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番









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ホール音響、欧州で議論、ワインヤードかシューボックスか。 [音響設計]

きっかけになったのは、ドイツ・ハンブルクで2年前に完成した新ホール、エルプフィルハーモニーでの演奏会。今年1月に、人気テノール歌手のヨナス・カウフマンがマーラーの交響曲「大地の歌」を歌った際、観客席から「聴こえない。」のやじを受け、カウフマンが怒って演奏中に途中退場した事件。

公演後、カウフマンは地元メディアにこのホールの音響を批判。
「次に公演する際には、(靴箱型の)ライスハレでやる。」

この事件は、クラシック界ではかなりセンセーショナルな事件で、それまで腫れ物に触る扱いだったエルプフィルハーモニーが、この事件を機会にかなり窮地に追い込まれているのが現状なのだ。(腫れ物に触る扱いだったからこそ、その反動が来たという感じ。)

また、この事件に相乗りするような形で、女性のフリーランスライターが、この新ホールの音響、じつは現地であまり芳しくないというようなニュアンスの投稿をして、これがさらに話題になって輪をかけて日本のファンは騒然。

なんか新ホールの門出にいちゃもんをつけられ、一気に風向きが変わってしまった、という感じなのだ。

自分は、このホールに行ってみたいとはまったく思ってなくて、NDRのチケットはいつも完売で取れないし、転売サイトで高額チケットを買ってまで行くようなホールだとは思っていない。限られた年間予算をやり繰りする上では、もっと優先度のあるホールがいっぱいあって、正直自分にとってこのホールの優先度は低いのだ。

でもこのニュース、風評は正直心傷むというか、自分もすっかりこのカウフマン事件と女性フリーランスの記事を信じ込んでしまって、「エルプフィルハーモニーは音響が芳しくない。」という固定観念ができつつあった。

SNSの投稿でも感想をいくつか拝見したが、やはり自分の耳で確認しない限り、説得力がないというか心に響いてこない。

そのようなとき、2019年6月3日の朝日新聞に、「ホール音響、欧州で議論」というとても気を惹くタイトルで記事が特集されていて、その内容を読んだら、思わず、な~んだ!という感じになってしまった。

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ぜひ、この記事、とても興味深いので、最初から最後まで1字1句逃さないで読んでほしい。

この記事を読むと、カウフマンが歌っていた時に、「聴こえない」とヤジを受けたのは、ステージの後方席、つまりP席からだったようだ。

自分はこの事実を知ったとき、そんなの当たり前じゃね?と笑ってしまった。

クラシック・コンサートにゴアと呼ばれるがごとく通っている身において、どこの世界に歌手、つまり歌い手が歌う公演で、P席に観客を入れるだろうか?

自分は、少なくとも東京の場合、ワインヤードはサントリーホールとミューザ川崎であるが、ここでオーケストラと歌手、あるいは歌手とピアノのみのリサイタルのときに、P席に観客を入れているところなど見たことがない。(笑)

ご存知のように、人間の声、そしてピアノの音というのは、とても指向性が狭い特性(音の広がる角度というか範囲のこと)のものなので、ステージで歌手が歌う場合は、前方があたりまえ、よくて側方のみです。後ろには絶対客は入れません。P席は空席のままにします。

それが常識というものです。 (下の写真は、ミューザ川崎でのグルベローヴァさまの日本でのラストリサイタルのとき。このようにP席には観客はいっさい入れません。)


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でもこの事件を記事で読むと、P席に人を入れているみたいなのだ。そしてヤジはそのP席から飛んできている。

そりゃ聴こえないのはあたりまえでしょ。(笑)カウフマンの後ろから眺めていて、しかも大地の歌なのだから、オーケストラ付き。オーケストラの音でマスキングされるハンデもある。

これは、こういう歌が入るコンサートにP席に観客を入れるエルプフィルハーモニーの興行主がすべて悪いんじゃねぇ?と思う訳です。

そしてカウフマンも背後から聴こえないというヤジを受けたから怒って、今度からはシューボックスのライスハレでやる、と言っている訳だ。そこで、歌ものは声の指向性の狭さから、ワインヤードよりもシューボックスのほうが適正なのではないか?でもいまのコンサートホールの流れからして、たくさんのお客さんが入り1回の公演でたくさんの収入を一気に儲けることのできるワインヤードのほうの流れの主流。 そういう議論がいま欧州で巻き起こっているというのだ。

このカウフマン事件がきっかけで、いま建設中のロンドンの新ホールにも飛び火しているらしい。
はたしてワインヤードのままでいいのか?それともシューボックスなのか?いままだ未定という。

さらに笑えるのが、この記事にも書いてあるが、同じこのエルプフィルハーモニーで、同じ大地の歌をゲルギエフが手兵のミュンヘンフィルを使って、カウフマン事件の反省から、歌手をオケの後ろ、ステージ後方に左奥に配置することで、ステージ後方の聴衆の「死角」を減らし、金管楽器を後方右側に分けて音量のバランスを取った。

聴衆の不満はいっさいなかったそうだ。

ゲルギーは自慢げに「名ホールはヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスと同じ。音響技術を使いこなす指揮者が必要だ」と語ったそうだ。

だから、そんなことしなくてもP席に観客を入れなきゃそれで済むことなのですから。(笑)

日本じゃ至極あたりまえのこんな常識もクラシックの本場ヨーロッパではあまり通じていないのだろうか?いやハンブルクだけの現象なのか・・・

こういう背景から、いま欧州でホール音響の議論、次世代は、はたしてワインヤードなのか、シューボックスなのか、という記事を朝日新聞は書いた、ということらしいのだ。

この記事を読んで自分はすべてがすっ~とすっきりした気分になった。
この内容、つまりカウフマン事件の真相をきちんと理解している人って、いったいどれくらいいるのだろう?

それにも増して、自分が遺憾に思ったのは、フリーランスライターがそのカウフマン事件に便乗して、エルプフィルハーモニーの音響が芳しくない、という記事を書いて投稿したことだ。彼女はどれだけ、事の真相を理解しているのだろうか?

正直その投稿を読んだとき、書かれている文章に素養として技術的なバックグランドがあまり感じられなく、読んでいて、自分には響いてこないというか真実味があまり感じられないよな~と思ったものだ。でも実際いろいろな人が言っている、そういう噂がある、というニュアンスな文章だったので実際自分が聴いて体験したわけでもないわけだから、やはりそういうものなのかな~と信じるしかなかったというところだ。




これは長い自分のホール音響鑑賞の経験から最近ひしひしと学んだことなのだけれど、ホール音響を誉めることは全然ウェルカムなことなのだが、その反対の音響を貶すということは、あまり文章にしてSNSや公式雑誌で広めたりしてはいけないことなのではないか?と思うのだ。

コンサートホールの音響というのは、いわゆるすでに建ててしまっている建物な訳で、もう変えることができないのだから、それに対して悪評などを世間に広めたりしたら、それこそ風評被害もいいところで、そのホールのレジデンス・オーケストラや興行主は、そういう風評被害で迷惑を被るどころか、いろいろツライ想いをしないといけない。しかも変えることができない訳だから、それを一生かけて背負っていかないといけない。

それってやっぱりやっちゃいけないことだと思うのだ。少なくともフリーランスや職業ライターのようなその書いた文章に社会的責任をもつべき人たちは、そのようなことを書いてはいけない、と思う。

でもあそこのホールはいいけど、こっちのホールは全然ダメというのは、人間だったら、そしてホール愛好家だったらどうしても言いたくなるよね。それが人情というものだ。自分も以前はもう悪いと思ったら、ガンガン言っていたので、その気持ちがよくわかる。

でも最近粛々とそのことを想うようになったので、自分の中でコントロールするようにしている。
百歩譲って、海外のホールは言っちゃっていいでしょ。でも国内のホールはやめたほうがいい。


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エルプフィルハーモニーは、その内装空間からして、確かに一見奇抜な感じを受けるが、自分はワインヤードの音響技術の基本がきちんと敷かれている非常に基本に忠実なホールではないかと思う。観客席を流線型ではあるけれど、きちんとブロック単位で分けていてその段差壁を反射音生成のために使うようになっているし。


そしてその反射壁やいたるところの壁も、ご覧のようなホワイトスキンと呼ばれる反射音の拡散の仕掛けが作られている。反射音をホール内に均一密度分布で拡散させるためだ。

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天井の造りも、ちょっといままでのワインヤードのホールとは違って特徴的であるけれど、そんなに基本から外れていない。その効果作用は十分に想像はできる。

自分がこのホールの内装空間を観たときに一瞬感じる、想像しうる音響空間は、かなり容積が大きいホールのように思えてしまうことだ。容積が大きいことは直接音と反射音の到来関係に大きな要因を施します。

ホール音響、つまり建物の中に音声が伝搬する現象は、直接音と初期反射音と残響音(2次、3次以降の高次反射音)の3つから成り立っていて、聴衆の耳、聴こえ方に一番大きな影響を与えるのは、初期反射音だと思っています。

ホール音響は初期反射音がキーになります。

残響音は、もっと粒子の細かい余韻とかそのような聴感覚を支配するもの。

人間の耳に一番影響を及ぼし聴こえてくるのは、この直接音(実音)に対して、響き成分である初期反射音が、どのような量で、どのようなタイミングで重畳されるか、人はこの響きの音色を聴いて、いい音響と思うのだと思います。

だから響きである初期反射音の実態が大事なのです。

実音である直接音に対して、初期反射音がどのようなタイミングで到来して重畳するのか、これはホールの容積で決まってきます。ホール容積が小さいと、直接音に対して響きがすぐに被る感じになるし、ホール容積が大きいと、それだけ伝搬距離が長くなるので、初期反射音は遅れて聴こえて、響きが分離して聴こえるようになって、そうすると立体感や空間感を感じるようになります。

この直接音と初期反射音との到来時間には、音響学上のきまりがあって、下のような関係と言われている。容積があまりに大きすぎると反射音が遅れすぎて、逆にエコー(ロングパスエコー)となって障害になってしまう。

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建築音響学、ホール音響っていろいろ奥が深い学問であるけれど、キーになるところは、ここなのではないのかな、と素人ながらに想っている訳です。

さらにもうふたつ加えるとすれば、ひとつは人間の耳に入射する反射音の角度によって、人間が感じる音の拡がりというのがずいぶん違った印象になるそうなので、その聴衆の席のポイントでいかに音の拡がりを感じるような反射音の入射角になるようにホール形状を考えるのか、ということ。人間の耳は上からの反射音を左右の耳で聴くと同時で時間差がなくあまり拡がりを感じないそうですが、側方からの反射音には左右で時間差があり、拡がりや立体的に聴こえたりして強烈に反応するそうです。

そして、空間、容積が広くなれば残響時間が長くなること。これが大原則なんじゃないかな。ホール音響をよくする、のためになにをやるか、ということに関して言えば。。。

ホールの形状、壁、天井の材質、床の振動、いろいろな要素があるけれど、突き詰めるとそこなのではないのかな、と素人は思います。(いままでホール実体験と独学による)

エルプフィルハーモニーの内装空間を見ると、あまりに広大な容積に見えるので、直接音と初期反射音の関係は分離気味で空間感や立体感のある聴こえ方。でも容積広大なので、聴衆席に届くまでの伝搬距離が長くて音のエネルギーが減衰してしまい、音のエネルギー感は薄いような気がするんですよね。あくまでステージから離れた場合の座席です。

写真で見る分にはそんな印象ですが、やはり実際聴いてみないとダメでしょう。百聞一見にしかずです。とにかく自分がこの内装空間を見て、マイナスな印象に感じるのは、あまりに広大なキャンパスに見えてしまうことです。

カウフマン事件ですっかりダークイメージがついてしまったエルプフィルハーモニーの音響ですが、原因は歌もののコンサートのときに、P席に人を入れていたことが問題な訳で、本質的な音響に問題があるとは自分は思っていません。

エルプフィルハーモニーの名誉のためにそこのところをこの日記で断言しておきたかった。。。

内装空間の写真を見る限り、上のような音響印象を抱きますし、決して悪いとは思えないからです。でもこの部分は聴こえないとかのデッドスポットはあったりするかな?(笑)それはどこのホールでも絶対あることです。避けられないこと。

カウフマン事件により問題提起された、次世代のコンサートホールはワインヤードなのか、シューボックスなのか。

昨晩、NHK BSプレミアムシアターで、「最高の音響を求めて」という番組が放映されていました。
さっそく録画して見ました。

かなりホール音響マニア向けに出来ていて最高に面白かった。
録画していなかった人はダビングして差し上げます。それだけ興味をそそる最高の番組でした。

番組タイトルのワインヤードなのか、シューボックスなのか、の議論の決着、その理由づけまで深く掘り下げてはいなかったけれど、ひとつの問題提起はしていた。

日本が誇る音響設計家 豊田泰久氏は大活躍で番組に出演していました。
まさに世界を駆け巡って大活躍しているんだね。

ロシアにまた新しいコンサートホールがオープンしたようだ。
モスクワ ザリャジエ コンサートホール(2018年9月オープン)

ワレリー・ゲルギエフがプロジェクト建設顧問で、音響設計は豊田泰久氏。
共にザリャジエ公園に新しいフィルハーモニーホールの建設現場を訪問した様子が映し出されていた。赤の広場の隣のモスクワ中心部に位置し、ホールには1,500人の観客が収容される。

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http://accentus.com/4294


チェロ奏者 アナスタシア コベキナが、3つのホールでバッハの無伴奏チェロソナタを録音して、響きを比較した。ベルリン・コンツェルトハウス、ベルリン・イエス・キリスト教会、ベルリン・フィルハーモニーホール。

「場所によって弾き方も変わります。ホールの響きに合わせて調整するのです」


あと、面白かったのは、ベルリン・コンツェルトハウスホールにて、指揮台の後ろ、そしてオケの各パートの場所にマイクと映像カメラをセッティングして、オーケストラが演奏しているときに各奏者の目線と、各奏者がそのときどのように聴こえているのか、を実験する内容。これはオケの団員さんでないと絶対わからない経験。指揮者の後ろがある意味、我々聴衆に一番近い聴こえ方だけれど、それでも限定されている感じ。そして各奏者のところではずいぶんと限定された聴こえ方
なんだな、と思いました。


長年かけてようやくリニューアルされたベルリン国立歌劇場。その骨子は屋根、天井を高くして、音を透過しかつ反射させる格子状の素材をドーム状に組んで、残響時間を1.1秒から1.6秒へ改善した。やっぱり残響時間を長くすること、つまり容積を大きくする=天井を高くすることなんだよね。

実際のホール設計、音響シュミレーションの現場も取材で見せてくれました。
いまコンピュータ・シュミレーションの3次元CADは凄いもんだね。

ホールのプロポーション・寸法・容積に応じて、パソコン画面上で建物がクルクルと回る感じで、サッと反射音パターンが描画される。もう文明の利器だと思いました。

でもどうしても模型を作らないといけない場合があり、それはコンピュータシュミレーションだけではどうしても細かいチェックができないところがあって、そういう場合は模型を作って検証するしかないようだ。

面白かったけれど、この番組のタイトルのワインヤードか、シューボックスか、という結論は出していなかった。

ここは私が結論を出しておきます。(笑)

べつにシューボックスを否定する訳ではないが、やはりそこには収容人数のキャパの問題があり、シューボックスは現代のニーズに合わないと思う。

最近のクライアント側の要望は、圧倒的にワインヤードが多いそうだ。

シューボックスの音響的な利点を出すためには横幅の制限があるので、大きくするには客席を縦に広げるかバルコニーを深くするかになる。でもバルコニーの下は音響的に難しいし、妥協しなければならないことがたくさん出てくる。そうするとどの客席からもステージが近いというワインヤード・スタイルの利点が出てくる。

でも単にそういう技術的な観点だけではなく、もっと違う意味合いで、ワインヤードの最大のメリットは、親密感とか親近感というのがある。 シューボックスだと ほとんどの席がステージを向いているので他のお客さんは基本的に背中や後頭部が見えるだけで顔は見えない。

それに対してワインヤードでは他のお客さんもエキサイトしている顔が見える。

そういう意味で、親密感。

確かにワインヤードって昔からステージとの一体感が売りな訳で、そういう意味で他のお客の顔が見える、というのは、その波及効果だと思います。

あと、大人数を収容できるのは、1回のコンサートで大きな利益を一気に上げられるメリットもあって、いまのコンサート収益ビジネスのニーズに合っていますね。時代はワインヤードの方向なんだと思います。

でもオーディオマニア的には、やっぱりシューボックスの音響がいいですね。オーディオルームはもちろんシューボックスが基本です。

また日本のホール事情は、ワインヤードと言ってもまだ少なくて、大半はシューボックスか多目的ホールが圧倒的です。

特に多目的が多いかな。

クラシック音楽専用ホールはある意味憧れの存在ですが、ホールを維持していくというのは本当に大変なこと。

いくらハコが立派でもコンテンツが充実していないと赤字経営。クラシックのコンテンツだけでフル回転するのは、やはり大変なことなのだと思います。会議コンファレンスやPAライブ会場など、多目的に利用できるホールでないと、経営を常時回していけないというか、ホールを維持していくのは大変なことなのだと思います。










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ウイングス・オーヴァー・アメリカ [海外ロック]

ポール・マッカートニーが、自分の過去のライブアルバム4枚をリイシューするというニュースが飛び込んできた。


リリースされるのは1976年発表の「ウイングス・オーヴァー・アメリカ」、1988年発表の「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」、1993年発表の「ポール・イズ・ライヴ~ニュー・ワールド・ツアー・ライヴ!!」、そして2007年にロサンゼルスのアメーバ・レコードでわずか900人の観客を前に行ったライヴを収録した「アメーバ・ギグ」。


この中で結構ショッキングなニュースだったのが、その最初のアルバムである「ウィングス・オーヴァー・アメリカ」について語っているインタビューだ。


ポール・マッカートニー、「ウィングス・オーヴァー・アメリカ」について語ったインタビュー

https://www.universal-music.co.jp/paul-mccartney/you-gave-me-the-answer/

(以下、抜粋)

ポール:あのツアーで、初めて再びビートルズ時代の曲を演奏するようになったんだ。だから、あのツアーの前のツアーはウイングスの曲ばかりで構成されていたということになる。ウイングスが本物のウイングスになって、あのツアーで全てが弾けた感じだね。それまではとにかく、ビートルズのトリビュート・バンドではなく、ウイングスをバンドとして確立させることに全力を注いでいた。でもウイングスとして何曲かヒット曲も出て、「バンド・オン・ザ・ラン」が大ヒットして、それらのヒット曲をレパートリーに入れて演奏していたら、“そろそろ、ビートルズの曲をやってもいいな!”という気持ちになったんだ。そしてそれが可能になってある意味、ホッとした。というのは、僕はいつもお客さんが何を聴きたいのかということを意識していたから。僕のお客さんは狭い範囲の人たちではなくて、幅広い年齢層の人たちから成っている。だから昔ヒットした曲を聴きたいと思っている人がいる可能性もある。だから「ヘイ・ジュード」をやらないとがっかりする人もいると思う。当時は、そういう曲をあの時点まで全然やらなかったから、少し気楽に構えて、お客さんが聴きに来たような曲をやるのもいいなと思ったんだ。


ポール:そう、そこから今やっているようなレパートリーになっていった。つまり、かなり多くのビートルズの曲を取り入れて、ウイングスとか、ソロの曲とかを取り入れたレパートリー。あの頃から、ビートルズの曲をやることを自分に許した。ウイングスとして確立させることは不可能だとすら思っていた時期もあったんだ。ビートルズに頼ってしまったら、ウイングスとしてのアイデンティティを確立することができないと信じていた。でも75~76年頃にはウイングスとして確立できたから、その二つを足せば成功への公式が出来上がると思ったわけ!

それと、あの時点でバンドがいい感じだったということもある。ウイングスとしても数年間は試練の日々だと思っていた。ビートルズもそうだったし。僕たちは、有名になる前にハンブルクで演奏したり、リヴァプール周辺のクラブで演奏するような下積みを経験してきたから。ビートルズがレコードを出す前、僕たちは地元でのみ知られている存在だった。たくさん演奏して技術を磨いて来たから、ウイングスに関してもそうしないといけないと思っていた。でも「ウイングス・オーヴァー・アメリカ」の頃、ワールド・ツアーをやる頃には、そのような時代は終わりに近づいていて、僕たちもウイングスが何か、わかるようになっていた。



自分のロック人生を決めた1枚を選べ、と言われたら、間違いなくこの1枚を選ぶ。
だからこのリイシューはとてもうれしい。 


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ウィングス・オーヴァー・アメリカ
(Wings Over America)

http://u0u0.net/XBuX



自分のロック人生を決定付けたのは間違いなくポール。それもウィングスだった。
それもこのアルバムが、ウィングスとのはじめての出会いだったのだ。

当時は、ウィングス USAライブと言っていた。
LPについている帯もこんな感じであった。 

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ウィングスを知ってファンになってから、ビートルズの存在を知って、ビートルズにも嵌るようになっていった。


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そう!まさにこのシルエット。

ウィングス時代のポールと言ったら、このステージ衣装にこのリッケンバッカーのベース。
まさにUSAライブのときのショットだ。

ウィングス時代のポールはとても音楽のバリエーションが豊かなミュージシャンで、単なるロックだけではなく、アコースティックギターを抱えての演奏、ピアノの前での演奏などいまのポールのライブの原型となるスタイルがこのウィングス時代にその基礎ができあがったものと言える。

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自分が当時のポールに求めていたもの、そして当時の音楽雑誌などのメディアがウィングスに求めていたものは、あきらかにポスト・ビートルズ的なものだった。そのように書かれていたことをはっきり覚えている。

自分は、ウィングスからビートルズを知ったけれど、そうやってビートルズの偉業を知れば知るほど、尚更いまのポールに憧れる想いが強くなるというか、ポール・マッカートニー&ウィングスを聴くことで、その背後にビートルズの幻影を見ているような想いがあったように思う。

それは、まさにこのUSAライブでウィングスがビートルズの曲を演奏してくれるから、尚更そう感じたのだ。

ところがこのインタビューを読んで、じつはウィングスがビートルズの曲を演奏するようになったのは、このUSAライブからだったという事実。

そしてそれまで頑なにウィングスがビートルズの曲を演奏することを拒んでいたという事実。

そしてその背景にあるポールの想い。

1976年の中学生のときにこのアルバムでウィングスを知って、以来43年ぶりに知った真実ということになる。

そりゃショックというか衝撃だよ。(笑)

自分は当時からウィングスがビートルズの曲を演奏するのは、当たり前と当時からずっと思っていたからね。それが逆に他のロックバンドでは絶対成し得ないウィングスの背後にある特別のオーラでもあると確信していたから。

でもやっぱりポールは男だね。そういうビートルズ時代のオーラにおんぶに抱っこのビートルズ・トリビュート・バンドにはなりたくなかった、まずウィングスとして自立したかった、というコメントにポールのバンドマンとしての男の意地みたいなものを感じて、今更だけど惚れ直しました。

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このアルバムが、自分のロック人生において決定的な1枚になった大きな理由に、ロックアルバムのライブ録音に対する考え方があった。クラシックの場合、スタジオで録音する場合もあるが、いまでは、コンサートホールを貸しきって、観客を入れずにセッション録音でアルバムを作ることが大半だ。でも中には、お客を入れて演奏したものをそのまま録音するライブ録音もある。

でも大抵の場合はセッション録音ではないだろうか?

ロックの場合は、アルバムを作るときは、スタジオ録音が原則だ。
ロックは少人数だからね。ロックのアルバムは、それこそオーバーダビングなど、何重にもテイクをとって、それを重ねに重ね、サウンドクリエーションの加工操作をして完璧なサウンドを作り上げる。

だからロックのアルバムって完璧なサウンドなのだ。ある意味ライブ感よりも完成度重視のところがある。

そういう風潮をロック史上で作り始めたのがビートルズの中後期の作品なのだと思う。
彼らは初期にライブ活動をやめて以来、その活動をスタジオでの録音作業に全力を注いだ。
まさに当時の録音技術のすべてを注ぎ込んで実験的な作品を世に残していった。

コンセプトアルバムという発想も彼らが作り上げたものだ。

なぜ、ウィングスのUSAライブが、自分にとって画期的だったか、というとそれはロックのライブ録音の素晴らしさを認識させてくれたからだ。

それまでは自分はウィングスを知らなかったし、彼らの曲も聴いたことがなかった。
このUSAライブで初めて彼らの曲を聴いて、その曲に馴染んで大ファンになった。

当然、じゃあオリジナルのアルバムも揃えてみたい、聴いてみたいと思うのは、人間の性であろう。

もちろんウィングスのオリジナル・アルバムも揃えました。
ヴィーナス・アンド・マースやスピード・オヴ・サウンドとか、バンド・オン・ザ・ランとかね。ウィングスのアナログレコードのアルバムは全部買いましたよ。

子供時代の少ないお小遣いを貯めて。

でも聴いたら全然感動しないんだよね。なんか人工的なサウンドで、生気がない、ライブ感がない、自分に訴えてくるものが全然ない。

なんだよ!これじゃUSAライブのほうが全然いい!

と思ってしまいました。

ウィングスを聴くなら、もう断然USAライブがいい!

という結論に達してしまった。

USAライブは、それまでのウィングスの有名なヒット曲を全部集めているような選曲だったから、USAライブを聴いていれば、ウィングスを完璧に堪能できるという腹があった。

たぶん聴いた順番がライブ録音のほうを先に聴いて、あとでオリジナル・アルバムを聴いたからこういう感想になったのだと思う。

このときに自分はロックはライブ・アルバムがとても魅力的!という考え方を持つようになった。


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クラシックの場合、セッション録音のアルバムとコンサートホールでの実際の生演奏って、そんなにサウンド的に大きな違いを感じることはないだろう。その自宅でのオーディオでの鳴らし方にも大きく寄りますが。。。(笑)

でもロックの場合、オーバーダビングで作られているアルバムのサウンドを、そのまま実際の生演奏のライブで実現するということは確実に不可能なのだ。結論として、ロックの場合、演奏技術やサウンドパフォーマンスとしては、ライブのほうが確実に落ちる。

アルバムで聴いていたときはすごくいいのに、実際のライブを聴くと、ずいぶん下手くそだよなぁ、とか、なんかがっかりだよなぁ、というのはロックの世界では当たり前のことなのだ。

自分はロック少年の時代、ずっとそのことをライブはハンディキャップがある、このアルバムを聴くとすごいイイ演奏だけれど、はたしてこれを実際のライブで実現できるのかな?とかいつもそんなことを考えながら、アルバムとライブのギャップについて考える癖がついていた。

社会人になって、クラシック専門に聴くように軸足を移してからは、そういったギャップをほとんど意識しない、考えないようになった。

やっぱり根本的にクラシックとロックではその領域では造りが違うのだと思う。

でもロックではライブになると、その演奏パフォーマンスはガクンと落ちてしまうけれど、その生気のあるサウンド、臨場感、ライブ感はもう断然普通のスタジオ録音のアルバムよりライブアルバムのほうがいいのだ。

やっぱり大観衆の大歓声の中で歌っている、その盛り上がる瞬間、大歓声が上がる瞬間とか、もう断然ライブアルバムのほうがいい。

そのコンサート会場にいるような感覚を疑似体験できる。

ひと言で言えば聴いていて興奮するのだ。

以来、ロックはライブ・アルバム!という考え方を自分は持つようになった。

セッション録音でもライブ録音でも、つねに観客は静寂、たまに咳き込み、拍手があるくらいの違いしかないクラシックとは、そこに大きな違いが有るように思えた。

そういうきっかけを作ってくれたのが、このウィングスのUSAライブなのだ。
このアルバムが全てのきっかけだった。

ポリスがシンクロニシティーの後に、ライブ・アルバムを出すという噂があったとき、自分が心ときめいたのも、ライブはやっぱり聴いていて燃える!という発想があったから。またポリスほどのテクニシャンのバンドであれば、ライブでもそんなにがっかりすることはないだろう、という考えもあった。逆に演奏がうまいと言われているけれど、実際どれほどのライブパフォーマンスなのか、を知りたいという想いもあった。


ウィングスのUSAライブは、当時の映像素材が残っていて、「ロックショウ(Rock Show)」というタイトルで映画になっていて、そのパッケージソフトもBlu-rayとして販売されています。 


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ロックショウ(Rock Show)

http://u0u0.net/0TUg


自分はその事実をずっと知らず、つい2~3年前に知ってもうびっくり!
慌ててBDを買って観ました。

もう涙なくしては観れなかったです。

自分の中学生時代。

当時動く動画コンテンツというものもなかった時代。

LPを聴きながら、音楽雑誌の写真を眺めながらそのライブパフォーマンスを頭の中で想像するしか方法がなかった時代。

そんな40年ぶりにその空想していたライブ映像をいま目の前で観れているわけです。

ライブの音は、まさにレコードそのもの。子供の頃に聴いた音は、何年たって大人になっても頭の中に刻み込まれているものだから、絶対忘れないし、一度耳にしたらピンときます。




ウィングスUSAライブのセットリスト。


CD1
1. ヴィーナス・アンド・マース~ロック・ショー~ジェット
2. レット・ミー・ロール・イット
3. 遥か昔のエジプト精神
4. メディシン・ジャー
5. メイビー・アイム・アメイズド
6. コール・ミー・バック・アゲイン
7. レディ・マドンナ
8. ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
9. 007死ぬのは奴らだ
10. ピカソの遺言
11. リチャード・コーリー
12. ブルーバード
13. 夢の人
14. ブラックバード
15. イエスタデイ

CD2
1. 幸せのアンサー
2. 磁石屋とチタン男
3. ゴー・ナウ
4. マイ・ラヴ
5. あの娘におせっかい
6. 幸せのノック
7. やすらぎの時
8. 心のラヴ・ソング
9. 愛の証し
10. ワイン・カラーの少女
11. バンド・オン・ザ・ラン
12. ハイ・ハイ・ハイ
13. ソイリー



このセットリストを見た一瞬で、もうすべての曲のメロディーラインが自然と頭に浮かぶくらい完璧だ。

このUSAライブから、ビートルズの曲をやるようになったというけれど、こうやってみると、ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード、ブラックバード、イエスタディーの3曲しか入っていない。まだポールの心の中に抵抗感があったんだね。(笑)

でもこうやって眺めてみると、本当にウィングス時代の名曲のオンパレードという感じでじつに壮観です。ポール・マッカートニーのその類稀なメロディメーカーとしての才能に本当に驚愕、畏怖の念しかないです。これにさらにビートルズ時代の膨大な作品群が加わるんですから。

もうポールは、クラシック界のバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの作曲家たちと比較しても決して1歩も引けを取ることのない堂々と肩を並べるべき20世紀の大作曲家である、と言ってもいいのではないだろうか・・・。








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首の骨が1番大事。 [雑感]

洗濯物を洗濯機に出し入れするときに腰を痛めてしまった。1週間前なのだが、日々過ごすうちに症状も軽く良くなってきたのだが、昨日固い椅子に座りながら1日中読書をしていたら、悪化してしまった。

翌日朝起きたら、腰が重くて危険水域にある感じで、ベッドから動けない。

これは会社休んで整形外科でマッサージして治してもらおうと思い出掛けた。

久し振りの整形外科だが、普通に治癒場所の腰に電気パッドをあてて、電気を流し、そしてマッサージしてそれを何回か通院すれば治るのかな、と思っていたのだ。

以前肩痛でこの病院の通ったときもそんな感じだった。
今回それが腰に代わるだけだと思っていた。

そうしたら、先生から説明があった。

以前と比べて、治療方針が変わったとのこと。

治癒箇所だけ電気治療、マッサージをするだけだと、じつは返って体に悪いということが、医学界で判明したのだそうだ。

人間の体というのは、骨格の仕組みをはじめ、すべて繋がっていて、それを一か所だけ施術したらバランスが悪くなり、逆効果。

人間の体の骨って全体につながっているからね。

人間を支えている骨格の仕組みの中で1番大事なのは、首の骨。

ここがすべてを司る司令塔。


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腰とか、足とか、いろいろなところに不具合ができたら、その影響って首の骨にちゃんと影響が出てくるものらしい。

まず首の骨を正確に施術して、それから全体のバランス、矯正を取りながら、全体の骨格の仕組みを補正していくのが昨今の整形外科の方針なのだそうだ。

だから腰の電気治療やマッサージももちろんしたけれど、同時に首や足、手など全体の屈伸、マッサージを体全体におこなった。

そうすることで、体の全体の骨格が正しく矯正される。

医学的なもっと本格的な説明だったので、専門的な説明は記憶が曖昧でできないけれど、腰をやられるとかの症状は、骨の各々のつなぎ目がおかしくなったりとかが原因だから、首の骨を中心に全体のバランスを取って治していくらしい。

施術前と後で体の柔らかさの違いを計るのだが、まだ初回の1回目なのにすごく柔らかくなっていて驚いた。

前はすごく体が硬かった。

こういう骨格の補正をすると睡眠が抜群によくなるらしい。

自分は歳をとっていてジジイだから朝早起きだと思っていたら、それが原因というより、骨のつなぎめの正常化、全体の骨の矯正バランスが悪いことのほうが睡眠障害の原因らしい。

その証拠に今日1回施術するだけで、帰宅後ベッドに横になっていたらそのままストンと寝落ちして、そのまま深い眠りに。(笑)

こりゃ効果抜群だわ。

でも15回は通えとのこと。トホホ。

でも整体施術はお勧めです。

体が楽になると同時に、睡眠改善に繋がります。

人間って歳を取ると、体全体の骨のつなぎにガタが来るもんだからね。

あっあと、腰とか、体の一部に破損があった場合は、自然治癒ではなく、整体施術で、全体のバランスを正しくしてもらったほうがいいです。自然治癒だと全体バランスが正しくないまま、ずっと生きていくことになるからね。

今回賢くなりました。(笑)







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世界の朝食を食べさせてくれるお店 ベトナムの朝ごはん [グルメ]

ベトナムは東南アジアの東端に位置する南北に細長い国。

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こんなに南北にびろ~んと長ひょろい国なのだ。

中国に古くから占領され、19世紀後半から約60年に渡りフランスの植民地になった。
そうした影響は、食文化にも色濃く現れ、美食の国として知られている。

北部は政治・文化の中心で古都の風情を残す首都ハノイ、南部にはベトナム最大の商業都市で「東洋のパリ」と呼ばれるホーチミンがある。ベトナム人の平均年齢はなんと28歳!若さに溢れた活気のある国なのだ。


自分のような50歳代の年代だとベトナムといえば、絶対忘れられないのがベトナム戦争。
いまの世代でベトナム戦争といって、どれくらいの人が分かるだろうな~。

ベトナム戦争は、アメリカ合衆国を盟主とする資本主義・自由主義陣営と、ソビエト社会主義共和国連邦を盟主とする共産主義・社会主義陣営との間に、第二次世界大戦後に生じた対立(いわゆる冷戦)を背景とした代理戦争であった。

つまり東(社会主義)と西(資本主義)とのメンツをかけた戦いをベトナムを舞台におこなった。

この長ひょろいベトナムは、昔は北部の北ベトナム、南部の南ベトナムとに分断されていて、北ベトナムを社会主義のソ連が、南ベトナムを資本主義のアメリカが支援していた。北ベトナムの首都はハノイだが、南ベトナムの首都は当時は、ホーチミンではなくサイゴンと言っていた。

ある意味、現在の北朝鮮と韓国の関係に近い。

まさに泥沼化で、30年にも及び、そのベトナム戦争の写真を、この日記に載せようと思い、ネットで検索したが、まさに地獄絵。残忍極まりないその残虐さと熱帯地域での不潔さが、あまりに地獄図でとても食べ物の日記に載せる写真ではないよな、と思い断念。

ベトナム戦争を巡っては、世界各国で大規模な反戦運動が発生し、社会にも大きな影響を与えた。アメリカ国内にもベトナム戦争に反対する反戦運動は大きく盛り上がっていた。

戦法に化学兵器を使うこともあって、容赦ないその残忍さに熱帯雨林地区のベトナムは、地獄、廃墟と化していく。

結局、1975年4月30日に南ベトナムのサイゴン陥落、無条件降伏で、アメリカは敗北した。

つねに世界のリーダーたる立場を自負していたアメリカの敗北は、アメリカ自身に決して忘れ得ない屈辱感を与えた。

ベトナム人の犠牲者は軍民合わせて120万~170万人という推計がある。


このまさに地獄絵であったベトナム戦争時の模様を撮影した写真展もさかんに開かれている。



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沢田教一さんの 「安全への逃避」
展示物撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8


この有名なこの写真、「安全への逃避」とタイトルをつけられた。沢田教一さん(UPI通信)が撮影したベトナム戦争の戦火を逃れるため河を泳ぎ渡る母親と子供の写真。この写真は、ピューリッツァ賞を受けている。

この写真展で、当時の母親はすでに他界していたが、子供たちは、生存しており、その子供たちと写真家の沢田教一さんとこの写真の前で当時のことを語り合うという番組を偶然自分は拝見した。

沢田さんは、この家族を助けようと思い、近づいたところの偶然のワンショットだったらしい。子供たちは、母親はすごい腕力で、この子供たち数人を抱き寄せて泳いでいくのは、本当にいざという時の母親の力は神業のようなもので、沖にいるカメラマンの沢田さんを見たとき初め、兵隊だと思い、たぶん殺されると思ったらしい。

陸に上がって、沢田さんに助けられ、暖をとって飲み物、食べ物を与えられ、自分たちが助かったということを思ったとか。

写真の静止画が訴える力、静止画の美学というのは、まさにこのことをいうのであろう。


1975年4月30日に南ベトナムのサイゴン陥落したとき、自分は小学生で、そのときの模様をオヤジと一緒にテレビに釘付けになるように見ていたのをはっきり覚えている。

いまでも鮮明に頭の中に刻み込まれているその絵柄は、サイゴン市内につぎつぎと北ベトナムの戦車が入り込んできて、南ベトナムの市民でごった返している、そんな図だ。はっきり覚えている。

ネットで探してみたけれど、ドンピシャの写真はなかったけれど、敢えて近いといえばこんな感じ。

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だから自分からするとベトナムといえば、もう地獄絵のベトナム戦争の印象が強烈なのだ。
北ベトナムが勝利したことで、いまのベトナムは社会主義国家になった。

サイゴンはホーチミンになって、いまはベトナム最大の商業都市に変貌した。

このベトナム戦争の悲劇は、よく映画化もされた。

子供の頃、大学の時だったかな、シルベスター・スタローン主演のランボー。大好きだったな。ランボーはまさにベトナム戦争帰りの軍人だ。ところが祖国の英雄だったはずのベトナム戦士も、戦争が終わってみて母国に帰国してみれば、誰も称賛してくれるどころか、自分たちを社会に受け入れてくれる受け皿もなく、俺たちは結局母国に見捨てられた使い捨てに過ぎないんだ、と泣きわめくシーンがあって、子供心に胸をぐっとえぐられる悲しみと涙したのを覚えている。(初作のランボーです。)

それ以降、ランボーはそのような軍人崩れの経歴が活かされるミッションで自分での生きていく道を見つけていく。

ランボーは、自分の青春時代で忘れられない映画のひとつです。


楽しい明るい朝ごはんの日記のはずだが、ベトナムがテーマでは、自分との接点はどうしてもそこになってしまう。仕方がない。


ベトナム社会主義共和国

首都:ハノイ
最大都市:ホーチミン(約824万人)
人口:約9,370万人
面積:約33万平方キロメートル(日本は約38万平方キロメートル)
民族:キン族(約86%)、他に53の少数民族
公用語:ベトナム語
通貨:ドン
政体:社会主義共和国
宗教:仏教(約80%)、キリスト教(9%)、カオダイ教ほか。 


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国旗があらわすもの。
赤は革命で流された尊い血を、黄色の星の五本の光はそれぞれの労働者、農民、兵士、青年、知識人の5階層の団結を表している。


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首都はハノイ。ホーチミンという都市名の方が知られている、ベトナム革命を指導した建国の父、ホー・チ・ミンさんの思想を胸に北ベトナムが南ベトナムを攻略したため、ベトナムの首都はハノイになった。また、この時からサイゴンという都市名はホーチミンに変わりました。

「ベトナム5大都市」

北部:ハノイ、ハイフォン
中部:ダナン
南部:ホーチミン、カントー


南北で別々の国であったため、構成される民族と性格に大きな違いがある。ハノイは中国系の顔が多く、ホーチミンはクメール系の顔が目立つと言われている。また、ハノイには冬があり、ホーチミンは年中常夏であるため、冬に向けて蓄えるしっかりもののハノイと、楽観主義者が集まるホーチミンと言われているらしい。


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公用語はベトナム語。声調が6つもあるため、話すことがとても難しい言語とされている。観光客向けのホテルやレストランでは英語が通じるが、タクシーは英語が通じない。(笑)ハノイの年輩者にはフランス語やロシア語が通じる事もある。

時差は日本より2時間遅れ。

電圧は220V、周波数は50Hz。日本の電化製品は基本的にそのまま使えるが、精密機器は変圧器使用が安心。プラグは日本と同じAタイプ。

ビザは入国時点で15日以内の滞在に限り査証は不要。ただし、ベトナムを出国した日から30日以内に再入国する場合は査証が必要となる。

Wi-Fi環境であるがベトナムはWi-Fi天国。路上カフェにも屋台にもWi-Fiがあり驚かされる。パスワードは必須ですので、お店の人に聞くことが必要。



まだ朝ごはんの話はしません。(笑)
まずベトナム料理と言ったら、どんなものか語ってみましょう!

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ベトナムと聞いて思い浮かべる料理は、フォーや生春巻きなどヘルシーなメニューでしょう!やっぱり。熱い国に行くと夏バテのように食欲が減ってしまうという方もいらっしゃいますが、ベトナムの料理はさっぱりしているので、心配ない。

フォーや生春巻きって超有名ですが、自分はちゃんと食べたことないんですよね。
いつかガッツリと食べたいです。

・フォーの種類

お馴染みのフォー以外にも驚くほど多種多様な麺料理がベトナムには存在する。省の数だけ種類があると言われるほど。ご当地麺を試めす価値あり。

・バイン・ミー

ベトナム式サンドイッチ。フランスパンにパテやハム、たまご等を挟む。パテやパクチーが苦手な人は、自分好みの具をオーダーするほうがいい。

・バイン・セオ

ベトナム風お好み焼き。パリッと焼かれた卵色の薄い皮の中に、モヤシや豚肉、海老などの炒め物が入っている。野菜やライスペーパーに巻いてタレを付けて召し上がれ。場所によっては、バイン・コトと呼ばれるベトナム風たこ焼もある。


品質&衛生管理がしっかりしている日本と、ベトナムのレストランや屋台だと、雲泥の差がある。衛生面だけでなく、普段食べ慣れていない食事をすることでお腹がびっくりしてしまう事も。特に身近なミネラルウォーターも日本とは異なりカルシウムやマグネシウムを多く含む硬水である。

油は使いまわされているし、野菜も馴染みのないハーブ系が多く、旅の疲れや食べ過ぎからお腹を壊してしまう方もいるので、お腹が弱い方は特に要注意である。ホーチミンやハノイ、ダナン等都市部の氷でお腹を壊す方は少ないですが、田舎へ旅行する場合は氷も注意が必要。

(原典:知っておきたいベトナム基本情報!もっとベトナムを楽しもう!LINEトラベルjp旅行ガイド)






・朝ごはんは外で。

台湾と同じで、朝ごはんは外で食べることが多いベトナムの人々。仕事や学校が朝早くから始まるので、路上に面した食堂や屋台は、朝の6時頃から通勤、通学前の人々で賑わう。フォーやバインミーも朝ごはんの定番。


・チェー

甘く煮た豆や芋、寒天やフルーツなどを合わせて食べる、ベトナムの国民的スィーツ。元は仏教行事などで遠方から来た客をもてなすための甘味だったそう。中身のバリエーションも豊富で、温かいものと冷たいものがある。


・シンチャオ

ベトナムでの挨拶は、朝昼晩問わず「シンチャオ」。ベトナム語もまた中国語の影響を受けており、チンは漢字で書くと「慎」。慎んでという意味を含んだ丁寧な表現である。


・香味野菜

ベトナムでは香り強い香味野菜を生のまま、麺や春巻きといっしょによく食べる。加熱してしまうとその香りが少なくなってしまうためである。暑いベトナムでは香味野菜の刺激が食欲を増進する。

・コーヒー

ベトナムはブラジルに次いで世界第2位のコーヒー生産量を誇る。フレンチローストの豆をアルミのフィルターでドリップするのがベトナムスタイル。フランスのカフェオレを作る際に冷蔵庫がなかったため、常温保存のコンデンスミルクを使ったのがベトナムコーヒーのルーツである。


・ベトナム料理

全体的に辛みの少ないマイルドな味付けが特徴のベトナム料理。地域によって味付けが異なり、北部(ハノイなど)は塩っぱい味を、南部(ホーチミンなど)は甘辛く濃い味を好む傾向にある。


・フランスの影響

バゲットやコーヒー、プリンなど、フランスの食文化の影響で日常に定着したものも。バゲットに中華風の具を挟んだバインミーは、中国とフランスの文化がミックスしたベトナムならではの食べ物である。


・ヌクマム

ヌクマムは小魚と塩を漬けこみ発酵させた魚醤で、ベトナム料理には欠かせない調味料。炒め物や煮込み料理に使ったり、唐辛子やニンニク、ライムの絞り汁などを加えてつけだれにしたりする。


・米食文化

米を年に2~3回収穫できるベトナムの主食はもちろんお米。平麺のフォーや丸麺のブン、もち米を炊いたソイや生春巻きにも使われているライスペーパーなど、いろいろな形でお米を食べている。


・蓮

蓮はベトナムの国花。泥の中から生え、綺麗な花を咲かせる凛とした姿は、困難を乗り越えながら強く生きるベトナムの人々の象徴である。蓮茶は古くから美容や健康に良いお茶として親しまれてきた。

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街中で見かけるソイ・ガーの屋台。人気店の前では行列ができる。ソイ・ガーというのは鶏のだしで炊いたおこわのこと。そのおこわの上にボリュームのある鶏肉とその他にも腸詰やハムなど好きな具材を注文して乗せてもらうことも可能。



今回のワンプレートのベトナムの朝ごはんはこの「ソイ・ガー」だった。「ソイ」は味をつけて炊いたもち米、「ガー」は鶏肉の意味。おこわの上に鶏肉をのせ、ベトナムで定番の2種類の春巻き(揚げ・生)と魚醤「ヌクマム」ベースのたれ、パクチーなどの香味野菜とともにワンプレートにしています。

これがベトナムの朝ごはん

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このソイ・ガーはまさに最高!

日本人の味覚にぴったり合う感じ。もち米についている味は、ちょっと日本の薄くて甘い醤油のような感じで(だからソイなのか?)、とても香ばしくて美味しい。それに鶏肉がかなりのボリューム感で、とにかく食べ応えがあって美味しい。

ソイ・ガー・・・こんな美味しいものが本場のベトナムではそこら中に屋台で出ているなら、これはぜひ食べないといけない1品ですね。

春巻きも美味しいですね。生春巻きはパクチーなどの香味野菜が結構鼻につ~んとくる強烈な味ですが、美味しいです。揚げのほうの春巻きも美味しい。

ワンプレートの上にある小皿が魚醤「ヌクマム」ベースのたれ、です。
春巻きは、これにつけて食べます。

自分が経験した世界の朝ごはんの中でも台湾の朝ごはんに次いで2番手といえるほどの美味しさ。日本人の味覚に合います。

ただ、ワンプレートにこんもりと盛られている香味野菜は結構キツイものがありますなぁ。(笑)
とにかく野菜は生であることが大切なことですから、パクチーなど結構キツかったです。


でもソイ・ガー美味しい!ほんとに。

このベトナムの朝ごはん、7月までやっています。









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人生やっていく上で楽になる4つの大事なこと。 [雑感]

いま人生が辛い人はこの4つのことを覚えておくとよいらしい。
ツィッターで偶然知って、とてもよい良い内容なので紹介しておこう。


(1)誠意のない人間を相手にしない。時間の無駄。

(2)嫌われてもOK。全人類に好かれるとか無理。

(3)他人は変えられない。変えらるのは己のみ。

(4)明日を良くするも悪くするも全ては己次第。


明るい未来は君の手の中。必要なのは掴み取る意志とちょっと勇気だけ。



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(2)は、自分が近年の差し迫った環境の中で人生やっていく上で一番心掛けていることです。

まさにその通りです。

みんなに好かれようとして自分がクヨクヨ悩んで八方美人で苦労するのは、人生時間の無駄です。自分を嫌いな人をいかに好きにさせようという努力ほど効率の悪いことはありません。そんなことやるくらいなら自分を好きでいてくれる人をもっと楽しませようと努力したほうがよっぽど人生効率的です。

自分もちょっと前までは八方美人的な心配ばかりしてこのことで随分神経すり減らしていましたが、このことを悟り、楽になりました。

周りをあまり気にし過ぎて相手に合せすぎても、それだけの効果って意外とないものです。
「これが、自分です!」という自分の素の姿をさらけ出したほうがいいです。

それで去っていく人は、去る者は追わず。。。です。


(3)は、他人にあまりに期待しちゃいけないってことですな。これは自分も反省点あります。

(4)は、ここまでの境地に達したら、ほとんど仙人ではないでしょうか?(笑)
俗世界に住む人間にとってなかなか難しい境地です。


(1)は、たとえば通勤中の満員電車でイラっとするときに会っても、絶対ムキになって怒らないことです。そんなところで、いつ人生の落とし穴に巻き込まれて、いままでの自分の人生の大事なものをすべて失ってしまうことにもなりかねません。失いたくないから、最近自分は、他人との争いごとになりそうだったら、スゴスゴと引き下がってしまうようにしています。(笑)


でも頭にくることってあるんだよね。(笑)

そういう怒りをどうやって自分で処理できるかなんですね。

もちろんこんな狭い見地だけではなく、もっと広い意味でも、世の中はいろんな人がいるので、適宜見極めが必要で、(1)の判断はとても大切でしょう。

いま人生辛い人は、絶対上の4つのどこかで無理しているかも?


自分の経験から、(2)の考え方は絶対お薦めです。









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スティングはいまも格好良い!(ソロ時代) [海外ロック]

ポリスのシンクロニシティーの頃の洋楽ロックのひとつのトレンドは、MTVという番組が結構新しいトレンドとして流行したことだった。

ロックのアーティストは、自分のシングルカットの曲に対して、それぞれプロモビデオを作って、それを宣伝材料に使うのだ。MTVはそのビデオクリップのランキングを特集する番組だった。

懐かしすぎる。大学時代でしたね。よく友人の下宿先に泊めてもらって一緒に観ていました。

シンクロニシティーは、そんなポリスのビデオクリップの中でも頂点となる出来栄えだった。MTV時代全盛の賜物だった。

ポリスのビデオクリップ集は確か市販ビデオ化もされていたはず。

見つめてみたい、Synchronicity Ⅱ、Wrapped Around Your Fingerの3曲はよく見ることができたのだが、King Of Painのビデオクリップは、なかなか拝見できなく、市販ビデオの中にも入っておらず、ずっと恋焦がれていたが、つい最近ようやくSNSで拝見することができた。

SNSって本当にスゴイ!



それ以前の若い頃の作品のビデオクリップもあることはあるのだが、かなりクオリティが芸術的ではなく、とりあえず作りました的なお粗末なものだった。高校教師では、学校の教室で歌っていたり、あとスキー場で3人が滑りながら撮っているビデオもありました。


シンクロニシティーの大成功の後、バンドは休止状態。もともと終盤は仲が最悪だったこともあり、また、もうやることはやってしまった感もあって、特にスティングは再開する気はなさそうだった。

自分は、大学3年、4年生だったけれど、ポリスのニューアルバムをすごい懇願していた。
同じポリスファンの同期生と、いつも教室や食堂で熱く語り合っていた。

その当時、次に出るのはライブ・アルバムという噂があって、友人とともに待ち望んでいた。

そのときに新しい曲を発表するということで、リリースされたのが高校教師'86だった。

オリジナルの高校教師のセルフカバーだ。
これは稀に見る駄作であった。(笑)

とくにビデオクリップがポリスの終焉を暗示するかのような過去のメモリアルを表現するような感じで、これを観た瞬間、ポリスは終わったな、と確信しました。

スチュアート・コープランドはビデオ作成に関与していなかった(落馬で足を骨折。このため、「高校教師'86」のドラムはすべて打ち込みとなっている)が、商品がリリースされた後に抗議していました。(ポリスはまだ終わってない!って)

以上長くなりましたが、これが自分の子供時代、学生時代のポリスに関するメモリアル。



その後、社会人になってから不思議と、体質的にロックは聴かなくなった。
ずいぶんブランク期間が入った。

そこから再びポリスが自分の目の前に現れたのは、前職を退職して、いまの会社に転職した2007年。まさにあの頃から20年後。

「ポリスが再結成する。」

というのだ。

これは猛烈に興奮したな。
アルバムは出さないけれど、全世界ツアーはやるという。
その中に日本も含まれていたのだ。

もちろんそのための一時的な再結成であって、ずっと続けるわけではない。

もう死ぬ気になってチケット取りました。
はじめて、ポリスのステージを生で観れる!@東京ドーム。

あの感動は忘れられなかったです。
涙しました。いままでの愛が報われた感じがしました。

近くにギタリストのチャーがいました。
たくさんの業界人がかけつけていたみたい。


スチュアート・コープランドは、白い手袋を履いて、ドラムスをやっていました。
手の皮が剥けるからね。でも手袋履きながらは、ビジュアル的に超格好悪かったです。(笑)

全盛期のときは、手に黒いテープを貼って、手を保護していました。



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全盛期のポリス (1983年)


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再結成時のポリス(笑)(2007年)


シンクロニシティーの後、当然のなりゆきでスティングはソロに転向。
ここから、スティングのソロ時代に突入する。

自分は、スティングのソロになってからは、結局、最初のアルバムの「ブルータートルの夢」、そしてつぎの「Nothing Like The Sun」の2枚までしかフォローしなかった。

それ以降は、社会人の荒波、仕事のことで音楽どころではなかったし、大きなブランク期間に入ってしまった。

スティングはソロになってからは、やはりジャズ色が強く、独特のスティング・ワールドともいえる格好いい音楽を提供してくれた。

ブルータートルの夢では、Set Them Free (If You Love Somebody,Set Them Free)が素晴らしかった。ポリス時代の見つめていたいが、相手を束縛する歌であるのに対して、Set Them Freeは、逆に相手を解放してあげなさい、という逆のアプローチの歌。(スティング本人のコメント)

ブランフォード・マルサリスなど蒼々たるジャズ・ミュージシャンを引き連れ、ポリス時代とはかなり趣が違う大人の音楽になった。

この曲のMTVのビデオクリップも格好良かったな。
これもゴドレー&クレームによる作品です。この2人はセンスあります。

つぎの作品の「Nothing Like The Sun」は、その後にリリースされた作品を聴いていないけれど、ソロ時代の作品の中で最高傑作だと思います。

名曲中の名曲、Englishman In New York、そしてFragile、ビールのCMタイアップ曲にもなったWe'll Be Togetherなどまさに名曲目白押し。

いまもiPodで朝夕通勤でヘビーローテーションで再生しています。

ジャケットも最高に格好いいです。


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スティングはソロになってからは、ぐっと大人の雰囲気になりましたね。
若い頃のやんちゃな感じではなく、歳相応のダンディな大人の雰囲気で、自分のシルエットに相応の大人の音楽をやるようになった。

自分もいまでもポリスの曲をiPodで再生しますが、やはり自分も歳なんだよね。
ロックは結構キツイと感じるようになって、スティング時代のソロの曲のほうが、体に染み入ってきやすい、というか体を思いっきり委ねられる心地よさがある。



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スティングのコンサートは、2回行きました。
社会人になって上京したばかりの東京ドームと、ずっとその後のブランクがあった後の日本武道館。

若い頃の東京ドームは、まだ学生時代のポリスの余韻が熱かった頃だから、もう超興奮。

いまでも鮮明に覚えているのは、見つめていたいをアンコールに持ってくるのが、スティングのコンサートの常なのですが、これがいかにもアンコールっぽくモダンにアレンジされていて、最後のリピート部分は、正直脳天から雷を受けるような大衝撃でした。

あのときの一瞬で、自分は失禁しました。

あの瞬間が忘れられなく、十数年後の2回目のコンサート体験でも、やはり同じ場面で失禁。(笑)

スティングはライブの盛り上げ上手、千両役者です。

ポール・マッカートニーが、ライブでビートルズの曲をやると、場内が大歓声になるのと同じように、スティングがライブでポリスの曲をやると、当然大歓声になります。



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スティングは大人になってずっとダンディな感じにイメチェンしましたが、ちょっと気になるのは、頭髪がどんどん寂しくなっていくこと。ポリスの頃から、左右のこめかみのところがライトバック、レフトバックってな感じで、これは歳とると禿げ上がるな~と若い頃思っていましたが、ポリス再結成時の頃には、もうほとんど髪がなくなっている状態で、これは仕方がないのかな、と諦めていました。

でも最近それがおかしいのだ。

ちょっと不自然に髪の毛が豊かになっている。
自分は、スティングは植毛していると思うんですよね。(笑)


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使用後
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あくまで私の推測です。でもずっとSNSでスティングの近影を見てきた自分としては、あきらかにその最近の不自然さが引っかかります。でもいまがいいならそれでいいです。


2016年にプロモーションのため6年ぶりとなる来日を果たしたスティングだが、好きな日本のラーメンランキングのトップ3を発表している。

スティングは自身のInstagramにラーメンを食べる写真を公開していた。(らーめん山頭火です。)そのキャプションには「今週は東京へのファンタスティックな旅をしてたんだ。テレビ出演と僕のお気にいりのラーメン店を訪れたのを楽しんだよ。ありがとう、ジャパン!」と記されている。

これを見て、今度の新曲は、スープを「煮詰めていたい」という曲をポリス名義でリリースしてほしい、と思いました。(スミマセン、他人の盗作です(笑))

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所属レーベルであるユニバーサル・ミュージックはスティングの好きな日本のラーメンランキングのトップ3を発表している。

ランキングは以下の通り。

1. らーめん山頭火
2. 麺匠 竹虎
3. 博多一風堂


ちょっと自分の好みと違うけれど、ラーメンが好きでいてくれるのは嬉しいです。


日本食好きだそうで、焼き鳥や鉄板焼きといったオーソドックスな和食からキットカット日本酒味まで、好き嫌いはないらしい。若々しさを保っているスティングは、インタヴューで「健康の秘訣」をよく聞かれる。運動、歌うこと、など答えていたが、食事をしっかり摂っていることも大きい。


そんなスティングだが、ポリス時代からソロにかけてのセルフカバーのニューアルバムをリリースしたばかりだ。

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My Songs

Sting

http://urx2.nu/dxwW


これがめちゃめちゃ素晴らしい!今風のアレンジで、ちょっと即興っぽいところも入れたりして、スゴく格好良くなっている。経験上、オリジナルよりカバーのほうがいいもんなんだよね。さっそくiPod行きで、通勤で聴いています。

Set Them Free、Englishman In New Yorkがすごく格好良くなっている。

あとBrand New Day。

この曲は、自分は2回目の武道館公演のときに、ライブではじめて聴いていい曲だな、と思い、でもいままで知らない曲だったので、たぶん自分がフォローしなくなってからヒットした曲なんだろうな、と思いました。

Brand New Dayは、調べてみたら、1999年にリリースしたアルバムでした。

なにせ、ソロ時代は最初の2枚しかフォローしていませんので。
2枚目のNothing Like The Sunは、自分が社会人になった1987年のリリースで、それから現在までスティングは、さらに10枚ものアルバムをリリースしているんですよね。

10枚もフォローしていなくて、本当にスティングのことを語れるのだろうか?というお叱りも受けそうだが、大丈夫!

このセルフカバーの1枚に、スティングのすべてが入っていて、彼がやってきたことの総決算という位置づけのアルバムなのだ。この1枚を聴く限り、ソロ時代を10枚も聴いていないハンディをまったく感じない。

やっぱり自分はポリス時代からよく知っている熱狂ファンだったから、その貯金で暮らしているようなものだ。

このアルバムの全作品を一通り全部聴くと、メロディメーカーとしての才能、衰えていないことがわかる。

上の3曲の他にも、Shape Of My HeartとかFragileとか。。。不思議とソロ時代の曲がいいな、と思ってしまうのは、自分が歳だからなんだよね。

そういう体質になってしまった。

ポリス時代の曲も全部モダン・アレンジで素敵です。

ぜひ買うべし!


最後に、ポリス時代、ソロ時代のディスコグラフィーの簡単な紹介をしてお終いにしよう。 


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Outlandos D'amour

POLICE

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ポリスのデビューアルバム。シングルカットされたロクサーヌが有名だが、じつはポリスのライブ・コンサートを構築する曲で、コンサート本編の最後はCan't Stand Loosing You、そしてアンコールの一番最後は、So Lonelyといったように、ライブの肝心要の締めどころは、このアルバムから持ってくるとても重要なポジションのアルバムでした。 


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Regatta De Blanc 白いレガッタ

POLICE

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自分的にはポリスの最高傑作はこのアルバムだと思う。ホワイト・レゲエの色濃く、高い音楽性、完成度の高い演奏など、彼らの特徴が一番よく出ている。全体的にアコースティックっぽいというか、純粋にベース、ギター、ドラムスだけのとてもシンプルなサウンド。シングルカットされた孤独のメッセージはポリスの代表曲です。 


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Zenyatta Mondatta

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ホワイト・レゲエより、もっとよりポップで軽い感じの曲調、サウンドになった。いかにも人気が出やすい感じ。日本ではこのアルバムは有名ですね。ドゥドゥドゥ・デ・ダダダがとても有名。この曲の日本語歌詞バージョンも出た。作詞は湯川れいこさん。シングルカットは高校教師が有名。このアルバムを引き連れて、日本に来日しましたね。 


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Ghost In The Maschine

POLICE

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これまでの路線、趣がガラッと変わってちょっとバンドの音楽性の方向性を変えた意欲作。シンセサイザーやフォーンセクションなども導入して、スリーピースのバンドの音というより、かなり人工的な分厚いサウンドになってしまった。自分はこれを初めて聴いたとき、これをライブで実現するのはどうやってやるのかな?と思ってしまいました。でも曲自体は、かなり名曲が多いです。シングルカットはマジックが有名ですが、自分は1曲目のマテリアル・ワールドが好きでした。 


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Synchronicity

POLICE

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ロック史上で、これだけジャケットが格好良いアルバムは、いままで見たことがない。スティングが哲学者のカール・ユングの本からインスピレーションを得て、シンクロニシティー(同時性)という造語をした。この単語は辞書に載っていないです。前作でサウンドをイメチェンしたけれど、このアルバムで、またもとのスリーピースのバンドの音に先祖がえりという感じです。ちょっとサイケディリックな感じの曲調、サウンドでいかにも哲学的です。A面とB面で、曲の趣が違い、A面は激しい曲、B面は静かで美しい曲を集めた。A面、B面があるアナログレコードならではですね。アンディ・サマーズのアイデアらしいです。 


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Police Live

POLICE

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シンクロニシティーの後、あと残されたミッションは、ライブ盤を出すだけ、という噂が常にあって、大学の同期の友人と1984年にずっとその話で盛り上がり、待ち焦がれていたのに、実際出てきたのは1995年だった。2枚組みで、1枚目は若い頃のライブを集めたもので、2枚目はシンクロニシティーコンサート。iPodに入れていてよく聴いています。やっぱりロックはライブがいいです。あの大歓声の声が聴こえると血が燃えたぎるし、本来ロックって割れんばかりの大歓声の中での演
奏・・・そういうものではないのかなぁと思います。 



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Dream Of The Blue Turtles ブルータートルの夢

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スティングのソロ第1弾。これはポリスの事実上の活動停止発表のあとに待ちに待ったという感じだったので、本当に感動しました。スティングの音楽素養のバックグラウンドにあるジャズのセンスが滲み出ていて、ジャズ・ロックというような独特の音楽観を持ったアルバム。結構ポリスとかなり違って大人の雰囲気なので驚きましたし格好良かったです。 


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Nothing Like The Sun

Sting

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間違いなくスティングのソロ時代の最高傑作ですね。エリック・クラプトン、マーク・ノップラー、ギル・エヴァンス等の豪華ゲストを迎えて製作されたソロ第2弾。Englishman In New YorkやFragile、そしてWe'll Be Togetherなど本当にアルバムのすべての曲が珠玉の名曲です。 


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Bring On The Night

Sting

http://urx2.nu/EfIv


スティングがソロになって、いわゆるジャズ・ミュージシャンを引き連れて、ジャズ・ロックを演奏するライブの模様を収めたもの。ロックのライブはやっぱりスタジオ録音と違って、いいもんですね。これは映画にもなって、そのサントラのような位置づけだった。この映画、きちんと映画館で観ました。スティングのライブとしては、最高傑作かもしれない。ジャケットもいいし。


これで、もうスティングに関してはすべて書き尽くしましたし、思い残すことはありません。
自分のいままでのロック人生のすべてを語ったつもり。

ロックの分野で、この歳からまた新しいアーティスト、新しい曲を開拓するということは、自分の場合ないような気がします。










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スティングはあの頃は本当に格好良かった!(ポリス時代) [海外ロック]

人間にとって自分の中にもっとも音楽的素養を構築する時期というのは子供の頃、学生のときに夢中になって聴いていた音楽なのではないだろうか?情緒多感な子供時代、学生時代、自分の音楽人生を徹底的に支配していたのは洋楽ロックであった。

いますっかり専門になっているクラシックも、子供時代に当時親がぜひ聴いて教養を磨きなさい、といって、買ってくれたLPレコードがたくさんあって聴いていた。その中にはカラヤン&ベルリンフィルのLPもある。

でもそれは義務で聴いていたもので、自分の意思ではなかったし本命ではなかった。

自分の学生時代というのは、日本の音楽界は歌謡曲、フォークソング、(そして演歌も)の全盛時代だったが、自分はどうしても好きになれなかった。そのアンチテーゼという位置づけで洋楽ロックに夢中になった。

自分の進むべき道は、これだ!と確信した。

当時は洋楽ロックは、ひとつのブランドというか、自分は日本のアイドルの歌謡曲、フォークソングを始めとする芸能界を聴いている友達とは、ちょっと一線を画すんだぞ、という感じで、洋楽ロックを聴くこと自体が格好いいことというか、ひとつのアイデンティティーみたいな感じで自分は他人とは違う、ということを示したかった反骨精神真っ盛りだったマセたガキだったのかもしれない。


洋楽ロックといっても、当時はいまのようにメディアも発達していなかったし、日本にプロモートされるバンドなんて世界でメジャーどころしかなかった。

自分は、いま55歳だが、自分と同世代の人なら、当時流行っていたバンドって言ったらみんな、懐かしい~といった共通認識のバンドたちではないだろうか?

いまリバイバルで大流行しているクイーンだって、自分は直球ど真ん中のリアルタイム世代(中学生、高校生のとき)。クイーン人気は、世界中のどこよりも日本で先行したバンドだったので、ずいぶん夢中になって聴いた。(映画ボヘミアン・ラプソディのフレディー・マーキュリーは似ていないです。(笑))

ロックと言っても自分は、ブリティッシュ・ロック専門だった。アメリカのロックはあの分厚すぎるサウンド、バンドのルックスと平和過ぎるところが体質的に受けつけなかった。アメリカのロックは、「産業ロック」といって馬鹿にしていたようなところがあった。

ブリティッシュ・ロックのほうが、ファッション、尖っているイメージで、自分の反骨精神を満たしてくれた。アフリカ飢餓救済のチャリティ・コンサートもアメリカのUSA for AfricaよりもイギリスのLive AIDのほうが好きだった。

ロックじゃないけど、カーペンターズも自分の青春時代を大きく支配したアーティスト。
イーグルスの「ホテルカルフォニア」も一世を風靡しましたなぁ。

いまもiPodで聴いています。自分が朝夕通勤で聴いているのは、こんな子供時代に聴いた音楽ばかり。

いまのようなネットで情報氾濫の時代と違って、当時は自分の身の回りにこういう洋楽ロックの情報はほとんど皆無で、湯川れいこさんのミュージックライフで、その写真、記事を観て、すごい興奮するという感じだった。時々TVで深夜に特集されたときなんぞは、もう大変!

どちらかというと当時の洋楽は映像メディアは追い付いていなくて、ひたすらレコード鑑賞で堪能して、その音楽を聴きながら、自分の頭の中でステージ姿を妄想するというかそんな感じだったような記憶がある。いまの情報氾濫の時代と比較して、当時のほうが自分の中のスターのカリスマ性を磨くというか、自分の精神性を高めるには、返って情報がなかった時代のほうが幸せだったように想うこともある。

自分のロック人生にとって、当時話題になったバンドは、大体聴いていて、とくに子供時代の数少ないお小遣いをためて、LPレコードを買うのが本当に楽しみだった。お小遣いで足りない分はそのレコードを持っている友達のところでカセットテープにダビングしてもらうのだ。

LPがCDになって普及し始めたのは、自分の社会人1年生のときだったから、自分のロック人生は、ぜんぶアナログレコード世代。だから子供の頃に買ったLPレコード約100枚は、いまも大切に保管してある宝物。

これらのレコードがもう日の目を見ることもないだろうと思っていたが、まさかのアナログブームだ。世の中なんて、本当にわからない。

いろいろなロックバンドを、たくさん聴いたけれど、一番自分のロック人生に影響を与えたのは、ポール・マッカートニーとスティングの2人、と断言していい。

ロック人生の前半がポールで、後半がスティング。

ポールについては、ウィングスに最初に夢中になって、その後にビートルズを知って、思いっきり嵌った。自分はジョン派よりもポール派です。

ポールは、いままで日記で熱く語ってきたので、今度はスティングの番なのだ。

どうしても熱く語らないといけない。


スティングといえば、自分はやはりポリスなのだ。
ポリスほど夢中になったロックバンドはなかったかもしれない。

ポリスが最高潮だった1983年のシンクロニシティーのとき。

彼らは、こんなに格好良かった!!!

男が男に惚れる、とはこのことだ。
もう自分は学生だったが、こんなに憧れたロックスターはいなかった。

                                                                                                                                                     
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3人編成というのがめちゃめちゃ格好良かった。

ポリスがきっかけで、トリオ、3人編成というのを強く意識するようになった。
そしてギター、ベース、ドラムスという最小単位の3人編成なのに、その抜群の演奏のうまさ。
ロッキングオンの渋谷陽一氏曰く、「めちゃめちゃ演奏がうまい優等生バンド」。

そしてその卓越した音楽性。

当時のメディアで言われていたキャッチフレーズ。

「史上最強のロックバンド」
「ロック史上最強のトリオ」

まさにそうだった。



自分がポリスを聴きだしたのは、2枚目の「白いレガッタ(Regatta De Blanc)」から。(中学3年か高校1年)あの孤独のメッセージからだ。ポリスは5枚しかアルバムを残さなかったが、その中で、よくポリスの最高傑作はどれなのか、という問いに最高のベストセラーだったシンクロニシティーをあげる人が多いが別にそのことに異論はない。でも自分はポリスの基本というか、ホワイト・レゲエと呼ばれたロックにレゲエを融合させる、その独特のテイストがよく現れていて、ポリスの本質の作風、サウンドって、じつは、この2枚目の白いレガッタが最高傑作なのではないか、という意見なのだ。

ポリスの曲は、1曲も漏らさず、どれも完璧に知っているが、ディスコグラフィーについては、スティングのソロ時代も含めて、あとで語ろう。

ポリスがデビューしたのは、パンク、ニューウェイブの嵐が吹き荒れている時代だった。

パンクロックは自分にとって衝撃だった。セックス・ピストルズやクラッシュがシーンを賑わせていたが、それ以外にもストラングラーズ、ダムド、ジャムetc。

ロックの発信源、点火はいつもロンドン、ブリティッシュロックだと自分は当時思っていた。

ポール・ウェラーのジャムも格好良かった。3人編成として自分のロック人生で外せないバンドだ。ジャム解散後のスタイル・カウンシルもすごく嵌った。ジャムとは正反対のお洒落な雰囲気で、かなりイケていた。


パンクロックへの風当たりは冷たかったものだ。汚くて粗末な服装をして、世の中への悪態をついている。音楽のレベル、とりわけ楽器演奏の技量はお粗末で、ギターは3コードくらいしか弾けない。思いつきだけでバンドをやっている。どれも一発屋で低能…等々。

セックス・ピストルズがアメリカツアー中に内部崩壊するようなかたちで解散し、パンクロックはまたたくまに下火になっていく。

ニューウェイブの幕開けである。

方法論として演奏テクニックをあえて無視したバンドは別として、例えば、粗末な演奏技能しか備えていないバンドは自然淘汰される結果となり、その後もポピュラー音楽史に名を刻んでいくのは、実はニューウェイブとは言えないほどの長い実戦経験を積んできているXTCやトーキング・ヘッズ、クラッシュのようなバンドだった。


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ポリスもこの時代にシーンに躍り出たのだった。
彼らはメジャーのA&Mレコーズと契約する。

そんなパンク・ニューウェーブの中のひとつのバンドとしてデビューしたのだが、じつはそのときポリスの3人は、みんなすでに30歳代の経験豊かな歳をとったニューウェイブの衣をまとったベテランバンドだったのだ。

ベース、ボーカルのスティング、ギターのアンディ・サマーズ、ドラムスのスチュアート・コープランド。この3人を売り出していく上で、3人の髪の毛をみんなブロンドに染めた。3人のルックスのよいブロンド・ロッカーたち、という線で売り出していく。

絵的にも実力的にも本当に個性的な3人だが、過去にも3人編成のロックバンドってたくさん存在するが、やはりポリスはルックス的にフォトジニックな3人だった、というのが結構大切な要素だったかも。

デビューアルバムは、それほどのインパクトはなかったが、パンクやパッと出のニューウェイブのバンドにありがちな、勢いだけで単純な反骨メッセージをわめいているのとは異なり、しっかりとした技量を備えた上で、いままでのバンドにはない新しいサウンド指向を持っていた。

やっぱり高い演奏技術、そして高い音楽性の才能がもともと備わっていた3人だからこそ、デビューこそパンクブームの隠れ蓑に隠れていたけれど、徐々に頭角を現してきた、といえるバンドだった。


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ポリスサウンドで結構特徴的なのがスチュアート・コープランドのドラムス。レコードを聴いていてもわかるが、ポリスの映像素材を見ると、正確なリズムに乾いた抜けるようなスネア、シンバルやハットの使い方など、じつにハイテクニシャンだよなぁ、ということがはっきりわかる。じつにうまいドラマーで、ポリスサウンドの正確なリズムを刻んでいた。

アンディ・サマーズは3人の中で、一番年上でミュージシャンとしての経歴が長い。
彼のギターは、とても多彩な技術を持ったギタリストで、ポリスサウンドのメロディラインの旋律の部分は、彼のギターテクニックによるところが多かった。ポリス最大のヒット曲「見つめていたい」は、アンディに言わせると、最初のスティングからもらったときのこの曲はクソだったそうだ。(笑)そこにアンディのギターのメロディラインが加わり、見違えるような名曲になったとか。

そしてスティング。卓越なるメロディメーカーとしての才能もさることながら、やはり声が最大の魅力だと思う。ハスキーでセクシーな声、一度聴いたら絶対忘れられない声。そしてその声の発声の仕方がすごくロックっぽい格好良さ。

一種独特のカリスマがあって、いままでに聴いたことのないロッカーの声だった。またステージパフォーマンスも格好良かった。ルックスもいいし、なんか同じ同姓の男として男の憧れるすべてを持っているような感じなんだよね。

スティングの音楽嗜好の根底には常にジャズがある。ポリス結成前は、ジャズのベーシストをやっていたからね。

ポリス解散して、ソロに転向していくと、そのジャズ色が濃くなって、ポップスとジャズの融合のような一種独特のスティングの音楽観を築いていた。

ポリスを結成したのはスチュアート・コープランドだ。彼がスティングを誘ってバンド結成となった。スチュアートはポリスのスポークスマン的なところもあった。

でもソングライターで、シンガーのスティングがどうしても中心のスターになる。

そこにどうしても個性・感情のぶつかりあいがあって、晩年バンド内の雰囲気はもう最悪の状態だったようだ。要はスティングとスチュアート・コープランドの仲が悪かったのだ。その間を埋めるような緩衝材、クッションになっていたのが、アンディ・サマーズだった。

最大のヒットとなったシンクロニシティーでのレコーディングでは、メンバー間の関係が最悪のときで、お互いメンバーの顔を合わせることなく、別々にテイクをとって、それをミックスしたとか。

そのシンクロニシティーが、空前絶後の大ヒットとなって、全米のビルボードチャートのアルバム部門で、17週連続(4か月間)、1位を独占。シングルカットの「見つめていたい」も8週間(2か月)1位を独占した、まさにロック界の頂点に立った。

その年のグラミー賞で最優秀ロック・グループ賞と見つめていたいの年間最優秀シングル曲賞だったような記憶がある。その年は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」が世界的な大ブレークした年だったから、ポリスは大善戦だった。


1983年、忘れもしない自分が大学1年生のときだったな。

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当然、このアルバム発売に乗じて、全米をはじめとする全世界ツアーをおこなった。俗に言う「シンクロニシティー・コンサート」。

これはじつは日本にも来る予定で、当時北海道にいた自分は、東京まで遠征するつもりだった。
でもチケット発売前に中止になってしまった。はい、泣きました。

シンクロニシティー・コンサートの全米ツアーはまさに熱狂の渦だった。
なんせアルバムは、全米チャートを独占・独走していたからね。

このツアーの中で最大のメモリアル・コンサートとなったのが、ニューヨーク・シェアスタジアムでのコンサートだった。野球場なのだが、ここは、昔ビートルズがコンサートをおこなったところで有名で、まさにビートルズの再来と騒がれて、この聖地に凱旋してコンサートをやることが、この全米ツアーの最大の頂点、盛り上がりとなった。

自分は、このときの熱狂の様子を、ミュージックライフの特集記事で読んだ。もう何回も何回も擦り切れるように読み返した。コンサートが終わった後、楽屋に戻った3人がシャンペンで乾杯するところを、球場のスコアのところの電子掲示板で映して、それにまた観客が大歓声になるとか。

シンクロニシティー・コンサートは、ビデオ化された。
ゴドレー&クレームによる作品で、自分の中では、ロックのライブ・コンサートのビデオでは最高傑作だと思っている。そのカメラワークがじつにセンスがよくて、すごい興奮する。

このライブは、カナダのモントリオール、ケベック州で撮られたもので、それも複数のコンサートをミックスして作っているものだった。

VHSとレーザーディスクの両方を買いました。

自分としては、どうしても最大の頂点だったニューヨーク・シェアスタジアムでのライブ動画を観てみたいとずっと懇願している。

Youtubeにあがっていないか、調べてみたい。

もしそのときの動画素材があるなら、市販化してほしいです。



自分がロックに夢中だったときの不幸なできごとは、家庭用ビデオ機器がまだ一般家庭に普及していない頃の話だったことだろう。だから、こういうライブコンサートのありようを動く動画として楽しめなかった。確かに市販化されたシンクロニシティー・コンサートのビデオが販売されたときは、東芝のVHSデッキを親に買ってもらって、それで毎晩観ていた。

自分が就職で、東京に来て、まずやったことは、都内の中古ビデオ屋さんで、ポリスのライブ・コンサートのVHSが出ていないか探しまくったことだ。もちろん市販されているシンクロニシティー・コンサート以外のもの。

北海道にはそういう中古ビデオ屋さんが少ないし、皆無だったからね。

まずロック雑誌の中古ビデオ店のソフト在庫情報で、そのポリスのライブ・ソフトを売っている店を探し出して店を突き止める訳だ。新宿の中古屋さんを本当にしらみつぶしに歩いて探していたなぁ。

いまで言えば、海賊版だと思うのだが、数本見つかって大事にコレクションした。
それはシンクロニシティーより以前の若い頃のツアー・コンサートの様子のもので、大体なものを全部揃えていると思う。市販化されたシンクロニシティー・コンサート以外の別バージョン(別会場)のVHSも見つかった。

3人のステージ衣装が市販ビデオとは違っていた。でもその中の観客の様子の画面が、なぜか市販ビデオの方に挿入されていたりするのだ。そこで、自分は市販ビデオは、複数会場のミックスということがわかったのだ。



一番ステージ・パフォーマンスが格好いいと思ったのは、やはりシンクロニシティのとき。
市販ビデオ以外に、どのような感じだったのかを無性に知りたかった。

特に格好いいと思っていたのは、3人が着ていた当時のステージ衣装。
これには複数のバージョンがあって、それを全部確認したいと思っていた。

当時はSNSなんぞなかったので、それを確認できるのは、ミュージックライフやFMレコパルに掲載されている写真しかなかったのだ。

ところが最近、FBやInstagramでポリスをフォローしていると、その当時のシンクロニシティー・コンサートのときのいろいろなコンサート会場での写真が流れてくるのだ。

もちろんいろいろなステージ衣装のバリエーションがある。

うぉぉぉおおお~。もう興奮状態。(笑)

SNSの時代って本当に、便利だよね~。
学生の当時、雑誌でしか入手できなかったことが、こんなに簡単に手に入るとは!

もう夢中でコレクションしました。(笑)
いまや自分の写真コレクションの中で超お宝です。

これをこの日記で紹介します。
貴重な写真です。

シンクロニシティー・コンサートのときのステージ衣装は大きく3タイプあったという自分の理解。
これ以外はおそらくない。この3タイプをローテーションで回して着ていたに違いない。


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白のジャケットに赤パンツ。アンディはその反対。
これが最も基本になった衣装で、一番有名な衣装。
自分もこの衣装が一番好きである。シンクロニシティー・コンサートといえば、まず思い出すのはこの衣装である。ニューヨーク・シェアスタジアムでの衣装もこれだった。


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市販ビデオを撮るために特別に作られた衣装。この写真ではスティングは黒のアンダーシャツを着ているが、市販ビデオでは着ていない。上の白のジャケットでは、やはり映像化するには、ちょっと地味だと判断してこのようなギンギラの衣装をデザインしたのだろうけれど、じつは自分はあまり好きではない。

上の白のジャケット、赤パンツが一番好きだ。


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黄色のジャケットは、1作前のGHOST IN THE MASCHINEのライブの時に作ったもの。
それをシンクロニシティー・コンサートのときも使いまわしたもの。
前作ライブのときと違うのは、アンダーシャツがシンクロニシティーしていることだ。(笑)

自分はこれは好きである。

スティング格好いいな~♪


こういうショットを集めたいのは、ちょっとコア層というか病的でしょうか・・・?(笑) 








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オードリー・ヘプバーンの心理サイコなサスペンス [映画・ドキュメンタリー]

オードリー・ヘプバーンがハリウッドで活躍したのは、1950~1960年代がピークで、女優業としてのキャリアは年齢と共に減っていき、後半生はユニセフでの仕事に捧げた。

その全盛時代は、グラマーとは正反対のスリムなボディと、性別を超越した、文字通り”妖精”のような魅力で映画界に独自の地位を築いていった。

そして単に女優というだけではなく、彼女のファッション、ヘアスタイルなどが流行になっていくなどのファッションアイコンとしてのトレンドの発信源だった。


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彼女の作品は、まだ3作品しか観ていない、あとから参入の新しいファンであるが、その作品を観る限り、概ね上のようなイメージがピッタリくるような感じだった。

それが彼女の最大の魅力的なポイントだし、当然のことだと思った。

わずか10年間しか活躍しなかった中で、彼女が出演した映画というのは、じつはそんなに多くないのだ。こうなったら、とことん極めてみたいと思い、彼女の映画作品を全部制覇してみたいと、ここに誓ってみる。

そしてその全作品の感想記を書いてみたいのだ。

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今回観た作品の中で、”銀幕の妖精”というようないままでのイメージをまったく覆すようなとても印象的な作品に出会った。

心理サイコ的なサスペンス映画で、オードリーは全盲の女性を演じるのだが、そこでの彼女は、従来のキュートで可愛いというだけの女優ではなく、心理俳優と言ってもいいほどの全く違った一面を見せてくれるのだ。

正直自分の心の中でも、オードリー・ヘプバーンは、所詮ファッション・トレンドの女優さんという認識は間違いなくあって、そんなイメージとは程遠い正反対で、じつに心にぐっと深く浸みこんでくる見事な心理役者ぶりを見せてくれたので嬉しくなった。オードリーもこのような演技ができるんだ!という驚き。

じつに怖い映画でした。相当ヘビーでした。
下手なホラー映画よりずっと怖い映画でした。

くわしくは、あとで。。。



まず、今回観た映画を順番に感想を。


・パリの恋人 

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ミュージカル作品。古本屋に勤める彼女。彼女に一目を置いていた写真家が、大物編集長に推薦して、ついにファッション雑誌のモデルを頼まれる事に。そしてパリで華々しくデビューする。

パリを舞台に繰り広げられる、古本屋の娘オードリーと写真家との恋ロマンス、そしてファッションショーのデビュー、そんなミュージカル映画だ。

やっぱりオードリー映画の王道「変身物語」はここでも健在だ。

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凱旋門やオペラ座ガルニエ、シャンゼリゼ通り、ノートルダム大聖堂など、パリの名所が目白押しで登場する。

ノートルダム大聖堂はいま見るとやっぱり心傷んだね。

アメリカ人から見た「パリ」のお上りさん的な感覚や描写がとても面白い。

ミュージカルだから、歌う。オードリーは吹き替えなしの本人の歌声だ。「マイフェアレディ」では吹き替えになってしまい、本人もとても悔しい想いをしたらしいが、みごとに雪辱。

オードリーの素の歌声、はたして?・・・と観る前はちょっと心配したが、全然よかったですよ。

酒場のバーで、オードリーが、男性2人と踊るシーンがあるのだが、これが圧巻!
上下の黒のピッタリした服に身を包んでのダンスなのだが、これが最高に俊敏で絵になって格好いい。

オードリーっていったい何頭身あるんだ?というくらい頭が小さく、足が長い長身のスレンダー。

子供の頃、ずっとバレエを習っていたそうなので、こういうダンスはお手の物で最高にカッコイイ。
素地がある感じ。背が高すぎたのが、バレエの道を諦めた理由だそうで、それで女優の道に進んだ。

ふつうの女優さんではできない芸当ですね。

この場面はすごい印象に残りました。

もうひとつお相手の写真家の男性の路上での即興ダンス。ミュージカルらしい場面なのだが、これがまた格好良い。傘を使って、いろいろアクロバティックなダンスをやるのだが、この時代ってCGなんかない時代だよなぁ~?というくらい傘の空中芸など、もうびっくり。あまりのセンスの良さに、私は思わず吹き出して笑ってしまい拍手してしまいました。(笑)

1967年のミュージカル映画ですが、この時代の映画って本当に古き良き時代というか、じ~んとくるいいものを持っている。

お互いの愛を語る場面での「ス・ワンダフル」。

もう名曲中の名曲ですね。ジャズのスタンダードナンバーとして女性ジャズ歌手がよくカバーしている名曲です。

いい映画には、必ずいい音楽が存在します。

唯一うん?と思ったのは、オードリーと男性写真家があまりに年が離れすぎているところでしょうか?(笑)

オードリー映画の中で、この「パリの恋人」を最高傑作という人は多いです。



・シャレード 

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まさにこれはヒッチコック映画だよな~と思わせるようなスリリングなサスペンス映画。 誰が味方で誰が敵なのか、こいつが犯人、と思いきや、殺されちゃうし、あいつが犯人と思いきや、はたまた殺されちゃうし、一番オードリーに近いあの方が、じつは犯人なの?そのときの裏切られたような恐怖感、でも最後はえ~まさか、一番の見方だと思っていたあの方が犯人・・・最後はやられた~!かっこうよすぎる!というようなまさにヒッチコックの映画でした。(笑)

扱うテーマは怖いサスペンスで、二転三転の展開だけど、洒落た会話の数々で、会話のテンポやリズムが良くて、全体の雰囲気はコメディーっぽい。そこにオードリーの雰囲気がぴったり嵌って、ミステリー・コメディという作風ですね。

オードリー・ヘプバーンが名コメディエンヌぶりを発揮、といったところでしょうか。


ジバンシィがすべて担当したオードリーの衣装が彼女の魅力をさらにいきいきとさせていて、この映画を決して怖くて暗くならないように華やかな雰囲気にしていたと思います。

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シャレードは、ヘンリー・マンシーニが音楽を担当している。

やっぱりマンシーニはいい。この「シャレード」もいつもiPodで朝の通勤で聴いている自分のスタンダード曲です。今回この映画を観てみようと思ったのも、普段聴いているマンシーニの「シャレード」だから、というところから来ていました。



・暗くなるまで待って 

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いよいよその問題作。(笑)

自分のブログのコメントに、オードリー・ヘプバーンの映画を観るなら、ぜひ「暗くなるまで待って」を観てみてください!というリコメンドがあって、観てみようと思ったもの。

1966年にフレデリック・ノットが書き下ろし、ブロードウェイで初演され、1967年に映画化、大ヒットを飛ばしたサスペンス劇の傑作。

ロンドンのアパートの1室で繰り広げられる、スリリングな密室のミステリーである。

舞台設定がアパートの1室で済んでしまい、すべてそこで展開される物語なので、とても低予算で、映画だけでなく、ふつうの舞台にも向いていて、よく上演されるベストセラー作品のようです。


自分はいままで知らなかったです。

日本でも今年の春、2019年2月に福岡で舞台化されたみたい。


オードリー・ヘプバーンが本格的に活動していた時期の最後の作品(1967年公開)だそうだ。
最後の作品にて、いままでファッションアイコン的なイメージの存在から、一気に心理俳優へ、という女優としての脱皮進化。

オードリーは全盲の女性を演じている。

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すべてはこの人形から始まった。

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この人形を奪うために、怪しい悪党3人組が、全盲のオードリーの家を訪れ、彼女が目が見えないことをいいことに、言葉巧みに騙そうと演技をして、あれこれ手を尽くしていくのだ。

まさにそこは奇妙な心理戦。

観ていて、本当に心臓がき~んと痛くなってくるのだ。

やがて、彼らの言動に不信を抱いたオードリーは、いつものお世話係の少女の協力を得て、男たちの正体を次々と暴いていく。

まさに心理戦。観ていてドキドキ。

半分を過ぎたあたりからは加速度的に緊張感が増し、手に汗握る展開となってくる。

最大の見どころは終盤。

真っ暗になった部屋は盲目のヒロインの世界と恐怖感を、観る側に疑似体験させる。


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もう超こわ~い!ってな感じでホラー映画顔負け。
めちゃめちゃ怖いです。

自分の心臓の痛みはこのラストで思いっきりピークに。

オードリー死なないで!って祈りました。


この心理戦、そして衝撃のラスト。

本当にコワイ映画です。

観終わった後、冷や汗たっぷりでした。

これは自分は本当に傑作サスペンスだと思います。

アパートの1室だけの設定ですべてが実現できてしまい、これだけの心理戦、観ている者をドキドキさせ夢中にさせることのできる脚本シナリオ。

傑作中の傑作だと思います。

舞台の大ベストセラーになっている、ということも理解できます。

この全盲のヒロインを演じたオードリーは、本当に新境地を開拓。
でもこれが最後の作品だったんですね。

なんかこの日記を書いているだけで、これを見終わった時の興奮が蘇ってきました。(笑)

オードリー・ヘプバーンといえば、「ローマの休日」、「ティファニーで朝食を」、「マイフェアレディ」・・・など名作が多々ありますが、ボクはオードリーの最高傑作は、この「暗くなるまで待って」だとここに確信しました。









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