電子商取引 EC(E-Commerce)は全然新しい技術じゃない [オーディオ]
全然新しい技術じゃないです。はっきり言って進歩はしているだろうけれど、すでに枯れた技術です、ハイ。
みなさんがネットで買い物するとき、たとえばアマゾンとか、いわゆるネットショッピングするとき、俗にいう”ポチる”というやつですね。
あれはもうすでにEC(E-Commerce)、電子商取引のシステムが出来上がっているから、そういうことができるのです。
インターネット側のサーバーにそういうシステムがあるのです。
ネットから拾ってきた図ですけど、こんな感じ。
この図は異業種だからピンとこないけれど、これを音楽配信用にmodifyしているだけです。
課金するには、
顧客管理DB
コンテンツDB(ID,コンテンツ)
暗号鍵DB
課金DB
コンテンツDB(ID,コンテンツ)
暗号鍵DB
課金DB
この要素を組み込めばいい。
と言いましたが、ここで言っている各々のDBの要素は、どの業種のネットショッピングのECでも必ず必要になるものです。
どのインターネットショッピングのサイトでも、
カスタマーID(ふつうはメールアドレス?)、パスワードとか、クレジットカード登録とかPayPalとか、そしてインターネット上で通信するにはセキュリティ上、絶対暗号化、認証は必要になります。
音楽配信の場合は、コンテンツはデジタル電子データなので、購入したらネット上でそのままユーザ宅にネットを通してダウンロード、あるいは音楽ならストリーミングできるだけで、アマゾンのような物販だったら、注文をこのサーバー群で受けたら、そこで課金処理をおこなった後、倉庫に連絡通信が行って、ユーザ宅にその商品が宅配されるだけの違いです。
だから課金決済するところのサーバー群は同じ発想です。
だからいまじゃ当たり前のコンコンチキの技術なんですね。
自分が1995年頃にこのECを知ったとき、すげえ〜そんなことができるんだ!と慄きましたが、今のご時世誰もが当たり前に自宅でネットショッピングで体験している技術なのです。
全然そんなすごいことを言っているわけではありません。
だからサブスクリプションで定額の少額決済をしたり、再生回数をカウントしたり、権利者に契約で決められたパーセンテージで利益分配するとかそういう音楽配信特有のことをちょっとmodifyするだけだと思うんですよね。
購入履歴を分析することによるデーターマイニング技術も、いまや当たり前のコンコンチキ技術ですね。
アマゾンでも、うっとしいと思うくらい余計なリコメンドしてきますね。(笑)
だからこういうサーバーソフトというかDB集合体のパッケージ商品って今のこの世の中、どこからでも出していると思うんですよね。(商品名思いつきませんが・・・)
だれでもすぐにEC:電子商取引が始めれます、という感じで。
だからお金出して、パトレオンから提供してもらって、いちいち管理料、手数料を売り上げから、差し引かれるくらいだったら、自分で作っちゃったほうが早いです。
日本人の技術力は凄いです。
サーバー管理はソフトウエア開発ですね。おそらく。
じゃあお前がやれ!と言われれば、できませんが・・・(笑)
アーティストの公式HPに、こういうEC機能を組み込むことは、そんなに敷居の高いことじゃないと思います。
パトレオンの宣伝に慄いてはいけません。
ところで、ノンノンさん、いったい誰に言ってんだ?と言われるかもしれませんが。(笑)
世界の朝食を食べさせてくれるお店 ロシアの朝ごはん [グルメ]
広くて清潔感あふれる綺麗なお店だった原宿店がまさかの閉店。お客さんも結構入っていて繁盛していると思っていたんだけれど、やっぱり原宿は家賃が高くて経営を圧迫していたのかな?大のお気に入りのお店であっただけに本当に残念です。
代わりに吉祥寺店がオープンした。
世界の朝ごはんをサーブするコンセプト・レストラン「WORLD BREAKFAST ALLDAY」は外苑前本店と、この吉祥寺店の2店舗での経営体制になる。
そういう端境期のときに、まさかのコロナ不況。
ご多分に漏れず、相当ダメージを被っているに違いない。
コロナ不況で潰れないでね。
コロナ不況で潰れないでね。
その新店オープンの吉祥寺店を体験してきた。
(もちろん外出自粛要請の今週末ではなく、数日前です。)
(もちろん外出自粛要請の今週末ではなく、数日前です。)
吉祥寺は、いつも東京都で住みたいベスト10のつねに1位、2位のトップを争っている大人気の街だ。吉祥寺にお店を出すというのは、そういう意味でも人気の街のアンテナに敏感でナイスな判断だな、と思いました。
でも自分は不思議と吉祥寺にはあまり縁がないんだよね。東京に住むようになって、30年以上になるけれど、吉祥寺に行ったことはほんの数回しかないし、吉祥寺という街をよく知らない。自分の頭の中にどんな街なのかイメージできない。
今回吉祥寺店がオープンしたことで、”吉祥寺の街を散策する”日記を企画したのだけれど、あえなくコロナ騒動で不発。いつ実現できるかどうか。
京王井の頭線で吉祥寺で下車して、店まで行く道すがら、吉祥寺の街並みを見ながら歩いたのだけれど、う~む、そんなに素敵な街の景観という感じでもなく、ふつうのそこら辺にあるふつうの街という感じで、一見しただけでは自分にはこの街の魅力というのがわかりませんでした。
事前に吉祥寺ウォーカーの雑誌を買って、吉祥寺の魅力のスポットを勉強したんだけれど、まぁ要は雑貨がかわいいお店がたくさんあって、そして女性に人気が出そうなグルメスポットな街、そして井の頭公園という感じだろうか。
自分の感性にビビッとくるような鮮烈な衝撃がないんだよね。コロナが終息したら、じっくりと吉祥寺の魅力について勉強して、たっぷりと散策して日記で語ってみたいと思います。
吉祥寺店は、吉祥寺駅から徒歩5分くらいのところにある。
なんとセブンイレブンの横にゲートがある。
なんとセブンイレブンの横にゲートがある。
なんかちょっと裏地という感じでやや寂しい雰囲気がありました。
自分はあまり立地がよくないと思いますね。カフェレストランの条件に必須な明るい開放的なイメージがなく、なんか暗い閉塞感がある。
自分はあまり立地がよくないと思いますね。カフェレストランの条件に必須な明るい開放的なイメージがなく、なんか暗い閉塞感がある。
店内
こういう丸いテーブルスタイルだと、自分のようなお一人様だとけっこう厳しいものがあります。(笑)
う~む。総評としてそれなりにいままでの継承スタイルを残していて、それなりに雰囲気があっていいと思うけれど、やっぱりどこか閉塞感があって、やや暗い感じがしてしまうのは、やはり原宿店があまりに素晴らしすぎたからだろうか・・・
ほかにいい場所がなかったのかな?
確かに家賃は高くはなさそうでいいと思うけれど。。。
確かに家賃は高くはなさそうでいいと思うけれど。。。
自分的にはもうちょこっと明るい開放感のイメージが欲しいです。
でもそんなわがまま文句ばかり言ってもいけません。
世界の朝ごはん、吉祥寺店はオープン時にメディアのWEBサイトでも紹介されていて、とても話題になっていました。
Casa BRUTUSのウェブサイト
吉祥寺のスィートスポットになって、名観光場所になればいいですね。
こういう店内の雰囲気の方がかえって、吉祥寺の雑貨店っぽい感じが出ていいかもしれませんね。スミマセン、自分は吉祥寺よく知らないもんで。
吉祥寺は自分の住んでいる街から遠いし、今後、世界の朝ごはんを食べに行くレストランとしては、やはり最初の頃に戻って外苑前の本店ということになるかなぁ?
あそこも狭いからね。肩を寄せ合ってぎゅうぎゅうだから、いまのコロナ情勢ではノー”密”に反する場所のように思えてしまう。
う~ん、困った。
コロナは自分の人生のすべての楽しみをつぎつぎと奪っていく。
コロナは自分の人生のすべての楽しみをつぎつぎと奪っていく。
今回の世界の朝ごはんはロシアの朝ごはん。
コロナ騒動で、一度はあきらめた。
でもほとぼりがさめたその瞬間に急ぎ足で体験してきた。
これで、この連載スタート以来23か国目の世界の朝ごはんだ。
記録が途切れなくてよかった。
でもほとぼりがさめたその瞬間に急ぎ足で体験してきた。
これで、この連載スタート以来23か国目の世界の朝ごはんだ。
記録が途切れなくてよかった。
世界の朝ごはんを紹介するときは、いつも自分の経験談にもとづいて、その国についての自分の思い入れなどを紹介するのだが、残念ながらロシアは未体験の国だ。
クラシックの世界ではロシアはとても歴史の深い重要な国なんですよね。
ロシア出身の作曲家と思いつくだけでも、
ロシア出身の作曲家と思いつくだけでも、
チャイコフスキー
リムスキー=コルサコフ
スクリャービン
ラフマニノフ
ストラヴィンスキー
ラフマニノフ
ムソグルスキー
ボロディン
プロコフィエフ
ハチャトリアン
ショスタコーヴィチ
リムスキー=コルサコフ
スクリャービン
ラフマニノフ
ストラヴィンスキー
ラフマニノフ
ムソグルスキー
ボロディン
プロコフィエフ
ハチャトリアン
ショスタコーヴィチ
これだけいるのだ。
もうクラシックファンだったら絶対避けては通れない大作曲家たちばかりだろう。
もうクラシックファンだったら絶対避けては通れない大作曲家たちばかりだろう。
そしてロシア出身の指揮者だったら
ヴァレリー・ゲルギエフ
キリル・ペトレンコ
トゥガン・ソヒエフ
ウラディーミル・ユロフスキ
エフゲニー・ムラヴィンスキー
ミハイル・プレトニョフ
ドミトリー・キタエンコ
ウラディーミル・アシュケナージ
キリル・ペトレンコ
トゥガン・ソヒエフ
ウラディーミル・ユロフスキ
エフゲニー・ムラヴィンスキー
ミハイル・プレトニョフ
ドミトリー・キタエンコ
ウラディーミル・アシュケナージ
そしてロシア出身の演奏家ならリヒテル、マツエフなどこれまた数えきれないほどいる。
まさにロシアはクラシック大国で、とても深い歴史を抱えてきているのだ。
自分には冷戦時代のソ連の社会主義の圧政のイメージがどうしても大きいが、クラシックというジャンルではとても伝統的な芸術文化を育んできた精神豊かな国なのだ。
ロシアはぜひクラシック音楽鑑賞旅行に行ってみたいと思っている国の候補で、ホールマニア、ホール愛好者である自分にとって、モスクワ音楽院ホール、ボリショイ劇場、マリンスキー劇場、そしてつい最近オープンしたモスクワ ザリャジエ コンサートホール(2018年9月オープン)など魅力的なホールばかり。
特にモスクワ音楽院ホールは、あのチャイコフスキー国際コンクールが開催される会場で有名ですね。これらのホールはぜひ訪問してみたいです。
ロシアの地理感覚は、ここ。(これはいくらなんでもみんな知っているよね。(笑))
でもここで、じつはロシアの観光ポイントはどこ?と言われると、これだけの広大な国だから意外と、むむむ?って思ってしまうのだが、ここである。
やっぱり首都モスクワと、「北のベニス」と称せられたサンクトペテルブルクが1番の観光ポイントだろう。モスクワとサンクトペテルブルクには壮大な歴史と文化が色濃く残っている。
モスクワのシンボルである世界遺産「クレムリン」、世界三大美術館「エルミタージュ美術館」、琥珀の間で有名な「エカテリーナ宮殿」など、まさにロシア文化の象徴ですね。上の図のいわゆる「黄金の環」とよばれるリングで結ばれる街々がロシア芸術が集中している街だそうだ。
これらのロシア観光に関する情報、写真は、
より引用しています。
ロシアといえばクレムリン。
「城塞」を意味し、ロシアの多くの都市にあるが、その中で最も最大かつ有名なモスクワのクレムリン。ロシアの政治、軍事の中心として繁栄してきた姿を見ることができる。見どころは、武器庫、ダイヤモンド庫。ロシアの歴史を物語る宝物の数々を展示。
このモスクワのクレムリン内にはロシア大統領官邸もあるのだ!
一番有名なモスクワのクレムリンの見取り図
このクレムリンの外側に有名な赤の広場がある。
赤の広場の「赤」とは色のことではなく、ロシアの古い言葉で「美しい」という意味。クレムリン城壁の東側、国立歴史博物館やワシリー寺院に囲まれた、7万3000平方メートルの広場。旧ソ連時代には、メーデーや革命記念祭のパレードなどが行われた。右にあるのは聖ワシリー寺院。民衆に尊敬され、イワン雷帝にも多大な影響を与えたワシリー修道僧にちなんで名づけられた。
聖ワシリー寺院
ボクはロシアの赤の広場というと、かならず頭にイメージするのが、この聖ワシリー寺院の姿です。自分のカメラで撮影してみたいものです。
レーニン廟
レーニン廟はユネスコの世界遺産に登録されている。レーニンは第一次世界大戦とロシア革命の時期のロシアで、第2次ロシア革命の指導者となった人物。廟の下には1920年代半ばから腐食防止加工がなされたまるで眠っているかのようなレーニンの遺体が安置されている。
自分はロシアでもっとも芸術文化が栄えて美しい芸術都市は、サンクトペテルブルクだと思っているんですよね。ロシアで一番美しいという理解です。ゲルギエフのマリンスキー劇場は、このサンクトペテルブルクにありますね。
ロシア連邦の北西部、ネバ川の河口に位置し、バルト海のフィンランド湾に臨む港湾都市。モスクワに次ぐ工業・学術・文化の中心地。
サンクトペテルブルクは、現在では大国ロシアの歴史を伝える一大観光名所となっている。
このサンクトペテルブルクといえば、エルミタージュ美術館ではないだろうか?
行ってみたい~~~!!!
行ってみたい~~~!!!
世界三大美術館ってご存じですか?
・ルーブル美術館(フランス・パリ)
・メトロポリタン美術館(アメリカ・ニューヨーク)
・エルミタージュ美術館(ロシア・サンクトペテルブルク)
・プラド美術館(スペイン・マドリード)
・メトロポリタン美術館(アメリカ・ニューヨーク)
・エルミタージュ美術館(ロシア・サンクトペテルブルク)
・プラド美術館(スペイン・マドリード)
諸説ある世界三大美術館だが、おおむねこの4つの美術館が挙げられる傾向にあるそうだ。どの説でもルーブル美術館は確実に世界三大美術館の一つとして数えられているものの、他の3つの美術館は説によって入れ替わりがあるということのようだ。
サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館は、そんな世界三大美術館のうちのひとつに挙げられる美術館なのだ。
エルミタージュ美術館
美しい~!
世界三大美術館のひとつと称されるエルミタージュ美術館。
世界でも名高い美術品ばかりをコレクションした美術館である。
世界でも名高い美術品ばかりをコレクションした美術館である。
その内部に納められている作品数は、なんと約300万点!1作品を1分ずつ鑑賞しても、すべて鑑賞するのに5年以上かかるほどの量。次々と現れる名画と、延々と続く豪華な部屋に圧倒されること間違いなし。
行ってみたい~~!
サンクトベテルブルク郊外にもどうしても行っておかないといけない美術館がある。
エカテリーナ宮殿
このエカテリーナ宮殿でもっとも有名なのがこの琥珀の間。
美しい~!
琥珀の装飾パレルは冬宮から移転され、エカテリーナ2世の時代に450kgの琥珀を用いた豪華な部屋が完成した。第二次世界大戦時ドイツ軍に持ち去られたため、琥珀の間は失われていたが、1979年から始まった復元作業により、2003年に琥珀の間は完全に復元された。
なんかこの美術館も世界三大美術館に入れたい感じがしますね。
とにかく行ってみよう!ロシア!である。
ここからロシアの食文化の情報です。
Copyrighted by WORLD BREAKFAST ALLDAY
Photo by WORLD BREAKFAST ALLDAY
Photo by WORLD BREAKFAST ALLDAY
ロシア連邦
ロシアは世界で最も大きな国(日本の45倍、米国の2倍近く)。
ヨーロッパに近い西側に大都市や農業地帯が集中しています。
宮廷文化が華開いたロマノフ王朝、社会主義国家のソビエト連邦の時代を経て現在のロシア連邦になりました。
ロシア国旗
寒冷地
国土の多くが寒冷地で、収穫できる作物と時期が限られていることもあり、料理には穀物や乳製品、ジャガイモなどが多く使われます。ロシアはマヨネーズの消費量が世界一。寒冷地ゆえ、カロリーの高い食品が好まれます。
保存食
ロシア料理のルーツにあるのは、厳しい気候風土で暮らしてきた農民の食文化。長い冬を乗り越えるため、様々な野菜をピクルスにしたり、果物をジャムにして保存し、スープや煮込み料理、料理の付け合わせに多用します。
食生活の均質化
ソ連の時代になると、個人のレストランはほとんど姿を消し、国中に外食用の国営食堂が建設されました。どこの食堂も国が決めた同じレシピで料理が提供されたことにより、現在でもロシアではどの地域も同じ料理が食べられています。
ルノイク
ルノイクは個人が野菜や果物、肉などを販売する民間の市場。共産時代から存在し、国営商店とは異なるルートで様々な食材が揃うことから、当時も今も市民の台所として親しまれています。
マースレニッツァ
厳しい冬を送り、春を迎えるスラブのお祭り。毎年2月下旬に1週間かけて祝います。(今年は2月24日~3月1日)冬を象徴する人形を燃やし、太陽を象徴する食べ物として丸い形のブルヌイをたくさん食べます。
ブルヌイ
ブルヌイはクレープとパンケーキの中間のような料理。生地はもっちりしていて、スメタナやイクラ、サーモン、ジャム(ヴァレーニエ)など、いろいろな具をのせたり包んで食べます。
スメタナ
スメタナはサワークリームに似た、ロシア料理には欠かせない乳製品。ポルシチやシチー(キャベツのスープ)からブリヌイ、ヴァレニキ(水餃子)まで、ロシアの食卓であらゆる料理に使用されています。
イクラ
イクラは魚の卵という意味のロシア語。ロシアでは日本でいうイクラを「赤いイクラ」、キャビアのことを「黒いイクラ」と呼びます。日本ではお米と一緒に食べますが、ロシアでは「赤いイクラ」をパンやブルヌイに乗せて食べます。
カーシャ
カーシャはソバの実やオーツ麦、米などを水や牛乳で煮たお粥。朝ごはんによく食べます。ソバのカーシャがポピュラーで、朝ごはん以外にも料理の付け合わせとしても食べられています。
トヴァローク
バターやスメタナなどをつくる際に生じる固形物で、カッテージチーズに似ています。低脂肪、低カロリーでありながら、栄養が豊富に含まれており、甘くして食べる場合もあれば、塩っぱくして食べることも。
ヴァレーニエ
果物を砂糖で煮たもの。ジャムに似ていますが、果肉を煮崩さず、果実の形がそのまま残っているのが特徴です。夏の時期に森やダーチャ(別荘)で採れた果実はヴァレーニエにして長期保存します。ちなみにロシアンティーといえば紅茶にジャムを入れるイメージがありますがロシアではヴァレーニエをスプーンで舐めながら飲むことはあっても、紅茶に入れて飲むことはありません。
シルニキ
シルニキはトヴァロークに小麦粉、卵、砂糖などを混ぜて焼き上げたパンケーキ。スメタナやヴァレーニエなどを添えて食べます。週末の朝ごはんの定番でもあります。
ボルシチ
世界三大スープのボルシチ。ビーツが入った赤いボルシチが一般的ですが、ボルシチとは具たくさんのスープのことなので、ビーツが入っていない白いボルシチや緑のボルシチがあります。
スビテン
ロシアでは冬の時期によく飲まれるのがスビテン。水とはちみつにスパイスやハーブを加えた飲み物で、その歴史は古く、コーヒーや紅茶が伝わる前から、ロシアで親しまれているホットドリンクである。
紅茶とジャム
ロシア人は紅茶をよく飲みます。ロシアンティーといえば紅茶にジャムを入れるイメージがありますが、ロシアではジャムをスプーンで舐めながら飲むことはあっても、紅茶に入れて飲むことはありません。
モルス
クランベリーやコケモモなどの酸味のあるベリーを砂糖と水で煮だしてつくるジュースで、ロシアのレストランやカフェには必ずといっていいほどある定番ドリンクです。
ウォッカ
瓶ごと冷蔵庫で冷やしたものをショットグラスに注ぎ、ストレートで飲むのが一般的です。大酒飲みが多いイメージもあるロシアですが、最近では健康志向などから飲酒を控える人が増えているとの統計も。
ここから、ようやくロシアの朝ごはんの自分の体験談。
今回どうしても体験したかったものがあった。
それはボルシチ。
「世界三大スープ」ってご存じですか?
世の中ってなんでも三大〇〇〇って好きですね。(笑)
実は世界を代表するスープは3つには絞りきれず、今では4大スープとして紹介されていることが多いとか。
・ブイヤベース(フランス)
・ボルシチ(ロシア)
・トムヤンクン(タイ)
・フカヒレスープ(中国)
・ボルシチ(ロシア)
・トムヤンクン(タイ)
・フカヒレスープ(中国)
世界三大スープなのに、4つのスープがあがっていますが、これはそれぞれを組み合わせて世界三大スープとする声があるためなんだそうです。
トムヤンクン大好き!
タイ料理を初めて食べたとき、このトムヤンクンに相当ハマりました。タピオカといっしょにね。今流行っているあんな真っ黒の気持ち悪いのではなく、白いココナッツミルクに透明のタピオカが入っているそういうタイ料理のデザートです。
日本人からすると、自分の大好きな味噌汁、味噌スープも入れて五大スープにしてほしい。(笑)
この4つのスープの中で、唯一経験していないものがあり、それがロシアのボルシチ。
だから楽しみにしていたのだ。
ここからは私の実体験した私が撮影した写真です。
ボルシチ!
念願のはじめてのボルシチを食した感想。
こんなもんか・・・(笑)
こんなもんか・・・(笑)
まっもちろん美味しいですが、そんな衝撃というほどでもなく。
野菜をふんだんに使った甘みのあるスープ。
第一食感は、甘い!ですね。
第一食感は、甘い!ですね。
玉ねぎやニンジン、キャベツなど沢山の具材を炒めて、赤く甘みのあるスープに仕上がっている。素材の甘さがじんわりと身体に浸透していく、ほっとするようなスープです。
このようなワンプレート用の小皿ではなく、本場のロシアでの大皿で食してみたいです。
野菜たっぷりで。
野菜たっぷりで。
ボルシチは、ロシア料理と思われていますが、実はウクライナの伝統料理。ウクライナから徐々に東欧、そしてヨーロッパにまで広がったようです。
そして今回のメインであるロシアの朝ごはんのワンプレート。
私の写真です。
ロシアの朝ごはんのメインであるブリヌイはクレープとパンケーキの中間のような料理。生地はもっちりしていて、スメタナ (サワークリームに似たロシア料理に欠かせない乳製品)やイクラ、サーモン、ジャム(ヴァレーニエ)など、いろいろな具をのせたり包んで食べる。
お皿の目の前にあるのがブルヌイ。ロシアの朝ごはんの主食です。
左のブルヌイの上にスメタナ(サワークリームっみたいなもの)、右のブルヌイの上にイクラが乗っています。
第1食感、すご~いモッチリ~!
美味しいです。このもっちりした食感はたまらなく美味しいですね。すごい食べ応えがあります。本当にクレープとパンケーキの中間という感じで、あういうちょっとした甘みがついているような感じです。生地としては無味ではないです。でも味の大きなアクセントは、その上に乗っているスメタナやイクラですね。
これが主食なんですね。
その右上の灰色の蕎麦のお粥「カーシャ」。
これは微妙ですな。(笑)
もちろん全然不味くはないですが、いわゆる蕎麦ですから、基本はそういう味がします。
でもそれが美味しいか、というと・・・
これは微妙ですな。(笑)
もちろん全然不味くはないですが、いわゆる蕎麦ですから、基本はそういう味がします。
でもそれが美味しいか、というと・・・
真ん中上の紫色&赤いサラダはビーツのサラダ。
これはまたかなり微妙ですな。(笑)
ビーツは赤い色と独特の甘みが特徴の根菜。赤いボルシチにも使われている。
日本ではあまり食べない野菜ですが、ロシアではよく食べられている野菜とのことなんだが、そういうことか。どうも違和感というか、いままで食したことのない感じの味覚と食感なので、かなり微妙な味でございました。(笑)
日本ではあまり食べない野菜ですが、ロシアではよく食べられている野菜とのことなんだが、そういうことか。どうも違和感というか、いままで食したことのない感じの味覚と食感なので、かなり微妙な味でございました。(笑)
左上がトヴァローク。
バターやスメタナなどをつくる際に生じる固形物で、カッテージチーズに似ている。
これは美味しかったですね。日本人の味覚に合います。
ロシアの朝ごはんは、やっぱり主食のブルヌイが美味しいですね。
寒い厳冬の食事という感じがします。
寒い厳冬の食事という感じがします。
あー一度はロシアに行ってみたいですね。
この世界の朝ごはんを提供してくれるコンセプト・レストラン「WORLD BREAKFAST ALLDAY」の世界の朝ごはんの10か国のレシピが本になったそうです。
おうちで作る世界の朝ごはん(笑)
ぜひ、これで自分のおうちで世界の朝ごはんを作ってみよう!
ずっと自分の日記で特集してきた世界の朝ごはんシリーズ。
コロナ不況なんかに負けるなよ~!
潰れないで、なんとか持ちこたえてくれよ~!
これで潰れちゃったら、自分のいままでの苦労が全部水の泡だ・・・。
児玉麻里さんのベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集 [ディスク・レビュー]
児玉麻里さんは、ベートーヴェンという作曲家をテーマにそのピアニスト人生を捧げてきた、とても計画的な演奏家人生を送ってきたのであろう。
自分たちのようなエンドユーザーには、その作品がリリースされたときに、初めてそのことに気づくのだが、作品を創作して世に送り出す立場からすると、もう何年も前から計画的に考えていないとこのようなことは実現不可能のように思える。
児玉麻里さんのベートーヴェン愛については前回の弦楽四重奏曲のピアノ編曲版でのご本人の寄稿を紹介した。
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集では、2003年から2013年にかけての11年間かけて、そしてベートーヴェンの弦楽四重奏曲のピアノ編曲版、そしてベートーヴェン ピアノ協奏曲全集を2006年から2019年にかけての13年かけて完成させた。
まさに”ベートーヴェンにピアニスト人生を捧ぐ”である。
さっそく聴かせていただいた。
児玉麻里さんのベートーヴェン ピアノ協奏曲全集。
ベートーヴェン生誕250周年記念イヤーへの大きなプレゼントである。
児玉麻里さんのベートーヴェン ピアノ協奏曲全集。
ベートーヴェン生誕250周年記念イヤーへの大きなプレゼントである。
ピアノ協奏曲全集(第0~5番)、ロンド、三重協奏曲、他
児玉麻里、ケント・ナガノ&ベルリン・ドイツ交響楽団、
コーリャ・ブラッハー、ヨハネス・モーザー(4SACD)
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は、それこそマーラー音源と同じにように、自分にとっては18番のマイテレトリーで、たくさんのピアニストの音源を持っているのだが、今回の児玉麻里さんの録音は、その最高位に位置する録音のよさ。さすが最新録音。やっぱり新しい録音はいいな、と思いました。
オーディオ・ファイルには堪らない素晴らしいプレゼントになりました。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をSACDで、というのは、なかなかありませんよ。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をSACDで、というのは、なかなかありませんよ。
これはキングインターナショナルによる日本独自企画の限定盤のようなんですね。
SACDで実現できた、というのもそれが大きい理由でした。
ベルリン・クラシックスから提供のハイレゾ・マスターを用いて、キング関口台スタジオにて、SACDマスタリングを施した、とのこと。
SACDサラウンドではなく、SACD2.0ステレオになります。
旦那さまのケント・ナガノ氏とベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)との共演による作品。2006年、2013年、2019年と大きく3回に渡って、ベルリン・イエス・キリスト教会、テレデックス・スタジオ・ベルリン、ベルリン・シーメンスヴィラの3箇所で録音された。
第1番~第5番だけではなく、本作品には、第0番、ピアノと管弦楽のためのロンド、エロイカ変奏曲、ピアノ・ヴァイオリン・チェロと管弦楽のための三重協奏曲が入っている。
第0番というのは、ベートーヴェンの処女協奏曲で、番号が振り割れられていない、珠玉の聖典集の仲間入りを果たすことのできなかった作品である。作曲開始の年齢は13歳から14歳と言われている。
児玉麻里さん曰く「自筆譜を手にしたときの衝撃は計り知れません。ベートーヴェンが触れたインクを目にすることができたのですから。」
この手稿譜はベルリン州立図書館に所蔵されており、オーケストラ譜が記載されていないため、未完成作品として扱われている。ただ最初の二楽章に関しては短い加筆譜とともに、どの楽器が弾くべきか、という簡潔な指示がされており、二十世紀初頭にはこうした指示書きをベースとしたスコアも出版されているそうだ。
しかし研究が進み、若きベートーヴェンへの理解が深まると同時に、いままで通説とされてきた解釈が必ずしも作曲者本人の意図ではないのではないか、という見解が児玉麻里さんとケント・ナガノ氏の間にも生まれてきた。
お二人の目的は、世間一般に広く浸透している、しかつめらしい活力の氾濫とも呼べる巨匠のイメージを払拭し、ハイドンやモーツァルトに通ずる「生きる喜び」に溢れた少年の姿を描くことだったという。
録音年月日を見ると、通常の第1番~第5番までは、2013年にはすでに録音は終わっていたようなんですね。だから通常のベートーヴェン・コンチェルトとしてリリースするならもう少し早い時期に出来たはずなのだけれど、この第0番の発見、そしてこの自筆譜のお二人による共同作業による研究でどのように音として再現するか、という準備に時間がかかったのだと思います。
この第0番の録音は最新の2019年に行われています。
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第0番を聴けるのは、このディスクが初めてだと思います。
自分がこの第0番を聴いた印象。
これはベートーヴェンじゃない!(笑)
とても綺麗で美しい曲で、まるでモーツァルトみたいな作品だと思いました。
ベートーヴェンらしくない。あのベートーヴェン独特の様式感、様式美とは全然違う世界。
とても綺麗で美しい曲で、まるでモーツァルトみたいな作品だと思いました。
ベートーヴェンらしくない。あのベートーヴェン独特の様式感、様式美とは全然違う世界。
やっぱり13歳~14歳頃に作曲した曲だから、自分の書法というのを模索していた時期の曲なんだな、と思いました。
ケント・ナガノ&児玉麻里による共同研究の末の成果、しかと拝受しました。
今回の自分にとって、さらなる新しい発見は、ピアノ・ヴァイオリン・チェロのトリオ・コンチェルト。これは素晴らしいと思いました。聴いていて鳥肌が立ちました。とくにチェロが、あのヨハネス・モーザーで驚き。これを録ったのは、2006年の頃だから、まだPENTATONEの契約アーティストになる前。相変わらずスピーディーで切れ味鋭い、その男性的なチェロの音色にノックアウト。
第1番~第5番は、やはり安定したベートーヴェンによる巨匠の筆致という感でじつに素晴らしい。
これぞ、まさにベートーヴェンの風格がする曲ですね。第4番、第5番「皇帝」がやはり完成度も高く、人気が高い。とくに第5番「皇帝」が最高傑作と呼ばれているのではないだろうか。
自分は、じつは第4番派なのである。
第4番を愛して止まないファンである。
第4番を愛して止まないファンである。
児玉麻里さんのベートーヴェンを知り尽くした、深い深いベートーヴェン愛によるピアノと、ケント・ナガノ氏&DSOによる堅実で重厚なサウンドが相俟ってじつに素晴らしい作品となっておりました。
今回、この全集を作るうえでお二人がどのようなアプローチをしたのかがYouTubeで紹介されております。ベルリン・イエス・キリスト教会でのセッションのときの様子と、そのときにおこなわれたインタビューの模様がYoueTubeになっています。
内容を抜粋すると、
(ケント・ナガノ氏)
ヨーロッパの音楽の歴史を旅するかのように、その発展が生き生きと目の前に広げられます。音楽構造、様式、和声の再定義と方向転換、音楽の歴史に敏感になることは、指揮者にとって一般的に極めて重要なことです。
総譜は残されていませんが、それは、楽譜に残されている作品が未完成のままか、また不明な理由から失われてしまったからです。
しかし重要なことが現れています。演奏される音符はすべてベートーヴェンの筆によるもので、これらを通して、彼の職人技は完全に発達していったことがわかります。そしてその数年後に天才が芽生えます。
しかし音楽構造、様式、和声を完全に掌握しているという意味で、12歳、14歳の男の子がこれだけの才能を持つと思うと、非常に印象的です。
録音技術は、当時の楽器の移行の時期にあったことを念頭に置きました。楽器の指示には、チェンバロとフォルテピアノが選択肢として挙げられていますが、楽譜の強弱法の記載を見るとベートーヴェンはフォルテピアノをイメージしていたことがわかります。
その為、当時の一般的な演奏方法にしたがってオーケストラの中にフォルテピアノを置き、蓋を外し、より透き通った音響を目指して、現代のスタンウェイのコンサート用グランドピアノよりもフォルテピアノの響きに近づけました。
そうすることにより、麻里さんはより繊細な演奏を実現することができ、オーケストラの伴奏はより軽やかで透き通った響きになりました。その理由から、指揮者はアンサンブル全体の前ではなく横に立ちます。
共に生きた歴史、ソリストが妻であることにより、これには一切問題がありませんでした。しかし、この録音および公演プロジェクトのユニークなところは、当時の音の世界と美学に配慮しようとした点です。
(児玉麻里さん)
過去経験したこととは全く違います。通常はある特定のスタイルを学ぶことで、「もちろん、これはベートーヴェンの言語だ」と考え、もちろん、ベートーヴェンの言語が見えてきますが晩年はまた少し異なります。その為、ベートーヴェンがどのような影響を受け、当時、ベートーヴェンに影響を与えた人物、楽器、歌手、ピアノフォルテの響きなどについてたくさん研究しました。
それとともに現代の楽器で、できるだけベートーヴェンが思い浮かべた響きを蘇らせることに努力を費やしました。
ベートーヴェンはコンチェルトを作曲するうえで、フォルテピアノを強く意識して、児玉麻里さんもピアノフォルテの響きを意識して演奏したという。
フォルテピアノについては、もうみなさんご存じのごとく古典ピアノですが、改めて、その構造、音についてしっかりと理解を深めるために、まとめた形で書いてみますね。
フォルテピアノは18世紀から19世紀前半の様式のピアノを、20世紀以降のピアノと区別する際に用いられる呼称である。これに対して現代のピアノを特に指す場合はモダンピアノという呼称が用いられる。
構造は、フォルテピアノは革で覆われたハンマーをもち、チェンバロに近い細い弦が張られている。ケースはモダンピアノよりかなり軽く、金属のフレームや支柱はモダンピアノに近づいた後期の物を除いては使用されていない。アクション、ハンマーはともに軽く、モダンピアノよりも軽いタッチで持ち上がり、優れた楽器では反応が極めてよい。
音域は、発明当初はおよそ4オクターヴであり、徐々に拡大した。モーツァルトの作曲したピアノ曲は、約5オクターヴの楽器のために書かれている。ベートーベンのピアノ曲は、当時の音域の漸増を反映しており、最末期のピアノ曲は約6オクターヴの楽器のために書かれている。
音は、モダンピアノと同様、フォルテピアノは奏者のタッチによって音の強弱に変化を付けることが出来る。しかし音の響きはモダンピアノとかなり異なり、より軽快で、持続は短い。 また音域ごとにかなり異なる音色を持つ場合が多く、おおまかにいって、低音域は優雅で、かすかにうなるような音色なのに対し、高音域ではきらめくような音色、中音域ではより丸い音色である。
ケント・ナガノ氏が言っているところの、つぎの2つのポイント。
「当時の一般的な演奏方法にしたがってオーケストラの中にフォルテピアノを置き、蓋を外し、より透き通った音響を目指して、現代のスタンウェイのコンサート用グランドピアノよりもフォルテピアノの響きに近づけました。」
普通ピアノの録音をする場合、全体の音場を録るメインマイクとピアノの音色を録るスポットで、後者は、蓋に反射して音が右に流れる方向にスポットマイクを置きますが、今回はピアノの蓋を外したということですから、こんな感じでピアノ・マイクをセッティングしたんですね。
そして
「そうすることにより、麻里さんはより繊細な演奏を実現することができ、オーケストラの伴奏はより軽やかで透き通った響きになりました。その理由から、指揮者はアンサンブル全体の前ではなく横に立ちます。」
ということですから、こんな感じだったんですね。
当時、ベートーヴェンのピアノ協奏曲がどのような形・シチュエーションで演奏されたのかを忠実に現代に復元し、ピアノの音色も当時のフォルテピアノの響きを意識した、という姿勢でお二人は臨んだのがよくわかります。(動画の中の使用されているピアノを見ると、古典スタイルのピアノではないように思いますが、でも響きをフォルテピアノの響きを目指した、と自分は理解しています。)
最後に録音テイストについて。
今回は、キングインターナショナルによる日本独自企画ということで、ベルリン・クラシックスから提供のハイレゾ・マスターを用いて、キング関口台スタジオにて、SACDマスタリングを施した、とのこと。
だから現場で録音をしたスタッフは、ベルリン・クラシックのレーベルのスタッフなのであろう。
ところがブックレットのクレジットには、他にDeutschlandradio Kulturの名が記載されている。
これは思わず反応してしまう。
Deutschlandradio Kulturいわゆる通称DLRは、ドイツの公共放送ドイチュラントラジオ・クルトゥーアのことである。
このDLRによるコ・プロデュースで有名な成果が、PENTATONEから出ているこのヤノフスキ&ベルリン放送響のワーグナーSACD全集なんかそうだ。
2015年の頃、PENTATONEのリリースするアルバムの録音クレジットに、やたらとこのDLRのクレジットが多く、そのときにいろいろ調べて、このコ・プロデュースのことを知った。
ドイツ独特の制度でかなり自分の中で印象深く記憶しているのだ。
この公共放送のDLRという組織は、ドイツ内のクラシック音楽のさまざまな録音をコ・プロデュース(共同制作)している。文字どおりコ・プロデュースというのは共同で原盤を制作するという意味なのだが、このDLRのコ・プロデュースは、作品のラジオ・オンエアを行う目的で、録音技術、録音スタッフ、場合によっては録音場所等を援助しながら制作し、作品のリリース自体は外部レーベルから行うという手法なのだそうである。
つまり自分たちが放送媒体機関、つまりメディアであるが故に、そこでのオンエアをさせるために再生する原盤を作成させる援助をするということ。そして原盤自体は外部レーベルからさせる、ということらしい。
DLRのコ・プロデュースの多くは、ベルリン・フィルハーモニー、コンツェルトハウス・ベルリンと、ベルリン・イエスキリスト教会で行われている。
放送メディアでオンエアさせるために原盤作成を援助するという、この独特のDLRのシステム。これはドイツ独特の制度というか非常に面白い制度である。
DLRは、2006年からこれまでに、200枚以上の作品をコ・プロデュースしている。
いまはディスクビジネスだけでなく、ネット配信ビジネスが大きな柱になりつつあるから、この”原盤”作成の定義の仕方も多少違ってきているだろう。
録音スタッフのクレジットには、このDLRからのスタッフもいる。トーンマイスターとかトーンエンジニアのほかに、トーンテクニックという役職がDLR特有ですね。
この児玉麻里さんのアルバムを作成する予算には、こういうコ・プロデュースによる出資も含まれている大プロジェクトだった、ということだったんですね。
録音テイストは、2chステレオとしては、じつに素晴らしい録音である。
豊かな音場感、明晰でソリッドなピアノの音色、オーディオとして聴くには、最高のオーケストラと、ピアノとの聴こえ方の遠近感のバランス。(生演奏で聴いている分には、もっとピアノは遠く感じるはず。)
全体の聴こえ方としても、D-レンジがすごく大きく、とても広い空間で鳴っている感じがよく伝わってきて自分の好みの録音です。
あとは弦合奏の音色に音の厚みがあって、聴いていてとても和声感ある気持ちの良さがいい。オーケストラのサウンドがオーディオでどう聴こえるか、の最大のポイントは、この弦合奏のサウンドがどう聴こえるかですね。ストリングスをうまく鳴らせないSPは、自分的にはどんなに高級なSPでもアウトです。
うちのヘッポコ2chでもこれだけ鳴るんだから最高です。(笑)
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集といえば、数多ある自分のコレクションの中で最も愛聴しているのがこれ。
アルフレッド・ブレンデルとサイモン・ラトル&ウィーンフィルによる録音。
PHILIPSがレーベルとして存在していた頃の古い録音ですが、これは自分が1番愛してやまない録音です。ベートーヴェンのピアノコンチェルトといえば、自分にとってこれです。
いまふたたび聴き返してみて、やっぱりブレンデルうまいな~。(^^;;
タッチがじつに軽やかでスピーディで本当にウマいと思いますね。
タッチがじつに軽やかでスピーディで本当にウマいと思いますね。
ブレンデルもベートーヴェン弾きとして有名なピアニストでしたね。
これで児玉麻里さんの”ベートーヴェンにピアニスト人生を捧ぐ”のディスコグラフィー、しっかり全部コレクションしました。
アビイ・ロード [海外ロック]
ビートルズの12枚のオリジナル・アルバムの中で、自分が最高傑作だと思うもの、自分が1番好きなアルバムがアビイ・ロードである。これは自分だけじゃなくて、他のビートルズファンの方もそういうファンが多いと思う。
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ビートルズのアルバムの中で最も売れたレコードである。
世界中のビートルズファンから愛されているアルバムですね。
世界中のビートルズファンから愛されているアルバムですね。
「じつはホワイト・アルバムが素晴らしい!」の日記でも書いたけれど、自分は初期、中期のしっかりとした曲としての形式感が整っている感じより、どこか退廃的で、崩れている感じの美しさが漂う後期の曲のほうが好きである。
そのもっとも後期のビートルズらしい美しさを兼ね備えているのが、このアビイ・ロードだと自分は思っているのだ。
特に超有名なB面のメドレー。
ビートルズのアビイ・ロードといえば、もうこのB面メドレーというのは誰もが納得いくところではないだろうか。当時のローリング・ストーン誌は「本作のB面のみで、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に匹敵する」と評している。
このB面メドレーはじつに美しい至高の芸術品の集まりと言っていいですね。
ロックやポップスって1曲あたり大体3分から5分。
それをアルバムに収める数だけ作曲する、というのが、いままでのアルバムの概念だったと思う。(現代のいまでもそうですね。)こうやって1分もかからない小片の旋律メロディーの数々をずっと連続でメドレーにして、レコード片面を埋める、という発想ってかなり斬新なのでは?
こういう手法って1969年当時、マーケットは相当衝撃に感じたと思う。そんな大昔の時代に、すでにこういう手法を考え出していた彼らはやっぱり天才だよ!と思います。
ところが、じつはそんな美談の話ではなく、その真実というのは、未完成の楽曲を寄せ集め、「それらしく」聴こえるようにするための「苦肉の策」だったことが後に明らかになってくる。(笑)
いくつかの楽曲は個別にレコーディングされ、ミックスの段階でテープ編集によって繋げられたもの。
ポールはビートルズ初期の頃から、ウィングスの時代に至るまで、結構このメドレーという手法を好んで録音に取り入れていたようだ。
ともあれ、中学生のとき、このB面メドレーの美しさにすっかり惚れこんでしまった自分は、ビートルズはやっぱり後期の作品がいいなーと思うようになった、そんなきっかけを与えてくれたアルバムでもあったのだ。
そのB面メドレーの最後のThe Endのときは、あ~ビートルズは本当にこの曲が自分たちの最後という意を決して書いた曲なんだなぁと子供心に感傷に浸っていました。
当時はアナログレコードだから、A面、B面という楽しみ方ができましたね。
アルバム作るアーティスト側もこのA面とB面でコンセプトを変えたりという工夫ができた。
アルバム作るアーティスト側もこのA面とB面でコンセプトを変えたりという工夫ができた。
それがCDになったら、A面もB面もひと続きになってしまうから、そういう楽しみができなくなった。アビイ・ロードは、A面の最後の「アイ・ウォント・ユー」のジョンのヘヴィーなロックンロールの後に、レコードをひっくり返してB面をかけたときに、冒頭に流れるジョージの「ヒア・カムズ・ザ・サン」の美しさ。
世界がガラ変しますね。
この落差がたまりませんね。
この落差がたまりませんね。
そこから怒涛の美しさのB面メドレーが始まる。
ポリスの「シンクロニシティ」もそうですね。A面とB面とで楽しみ方、趣が全然違います。
このメドレーについてジョンは「A面は良いけどB面はちょっとね。あれはジャンク(ガラクタ)を集めただけだと思うよ」と述べているが、ポールとリンゴは「B面のメドレーは僕らの最高傑作のひとつ」と発言している。
ポールは解散後のソロ・コンサートにおいても、このB面メドレーの中の「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」をコンサート終盤に必ず演奏します。
自分もポールの東京ドームでのソロコンサートを2回も経験できたけれど、この終盤でのアビイ・ロードB面メドレーは聴衆が一堂にドッと沸くところなんですよね。
ビートルズを知らない世代の人には、ぜひ1度このアビイ・ロードのB面メドレーを聴いてみてほしいです。
アビイ・ロードってそんな奇跡のアルバムなのだけれど、そんなビートルズの最高傑作が、じつはバンドとして崩壊しつつある1番最後のときに造られた、というのは、本当に奇跡の賜物としかいいようがないのではないだろうか。
「ゲット・バック・セッション」が事実上の頓挫という厳しい現実におかれたビートルズ。バンド崩壊が現実のものとなりつつある状況の中、最後はきっちりと締めくくりたい。「GET BACK」が未完成のまま放置されてはいたものの、覚悟を決めたポールは、最後のスタジオ・アルバムのプロデュースをジョージ・マーティンに託す。
ポールは、ジョージ・マーティンに「GET BACK」に代わる新作~しかもバンドとしての 有終の美を飾るための実質的なラスト・アルバムのプロデュースを託したのだ。
7月から本格的に始まった「ABBEY ROAD」のセッションは精力的に続き、約2か月かけてアルバムは完成した。たとえ4人がバラバラになってしまっていても「ABBEY ROAD」は奇跡的に”ビートルズの音”をきっちり伝えていること。しかもこの期に及んでなお革新的な音つくりを目指し、バンドとしてさらに進化し続けていることに心底驚かされる。
そして「ABBEY ROAD」は9月26日に発売され、ビートルズの最高傑作として印象的なジャケットを含めて今でもなお世界中で高い評価を受け続けるアルバムとなった。
こうした状況の中にあったビートルズのアルバムをプロデュースしたジョージ・マーティンは当時の経緯をこのように話している。「「レット・イット・ビー」の悲惨な経験のあと、彼らがまた集結するとは思いもよらなかった。ポールが電話をくれた時はひどく驚いたよ。「もう1枚レコードを作りたいんだ。僕たちをプロデュースしてくれない? 本当の意味でプロデュースしてほしい」と言われて「いいとも、もし本当の意味でプロデュースさせてもらえるならね。また私にあれこれ指図して困らせようというんなら断る」と答えたんだ。結果的にはとてもよかった。もっとも連中は自分のことにかまけがちで、それぞれ違うスタジオにいたりしたから、私はあっちこっち飛びまわらなきゃならなかったがね」と語っている。
このアビイ・ロードでもうひとつ特筆すべきことはジョージのメロディメーカーとして佳曲を生み出す才能がこの最後の最後のアルバムで一気に花開いたというところではないだろうか。
ジョージは中期のリボルバーあたりから、作曲してアルバムに曲を提供するようになっていたのだが、それでもどこかジョン&ポールについでの3番手という位置付けの感は拭えなかった。
でも、このアルバムでの「サムシング」、「ヒア・カムズ・ザ・サン」は、まさにジョン、ポールの作品を凌駕する素晴らしい作品で、とくに「サムシング」はジョージの最高傑作だと思う。
ジョージが亡くなってから、ポールは自分のソロコンサートで、このジョージの「サムシング」を披露するようになった。
これが本当に泣ける演出なんだよね。
ポールはマンドリンのような小さなギターを抱えながら歌うんだけれど、後ろのスクリーンに在りし日のジョージのフォトが次々と投影されるんだ。
そしてポールがサムシングを歌っている。
あの「サムシング」の美しいメロディーと相まって、もう涙腺ドバーって決壊してしまう。
歌ったあと、ポールは、「この曲はほんとにいい曲だ。」ってコメントする。
ジョージへの哀悼の意ですね。
ジョージへの哀悼の意ですね。
ここはポールのソロコンサートの中でも自分が1番泣けるところです。
自分はジョージのメロディーメーカーとしてのセンス、才能は、卓越していると思っている。ジョージにとって、ビートルズの中にいるということは、つねにジョンに弟分として蔑られ、ポールには技量も含めて下に見られ続けているという、あくまで3番手という不満をずっと抱えて過ごしていたのではないだろうか?
「ゲット・バック・セッション」でも自分が作曲した曲を演奏してみせるんだけれど、ジョンやポールはまったく興味を示さない・・・というような。。。
やはりバンドというのは、結成当時は一致団結だけれど、そののち絶対各個人に自我が芽生え、目指す音楽性の相違などがでてきて、そのような昇華する気持ちを自分のソロに向けていく。そうすることで、自分を主張できる。人間ってそういう自分の立ち位置を確保できるか、という生き物ですよね。
友人関係にしても、お互いのリスペクトできるところ、その人が自分はここが一番大事と思っているところを尊重してあげられる、そういうお互い認め合う気持ちがないと、友人関係は絶対うまくいきませんね。夫婦生活にもいえるかも?ロックバンドもそうなんだと思います。
そういう意味で、ジョージは解散後ソロになって、本当に自分の好きなことをやれるし、そして自己主張できる。そういう意味でぶつかるものがなくなって最高に幸せだったのではないか、と思います。
これはジョンやポールにも言えることですが。
アビイ・ロードといえば、そのジャケットが有名である。ロンドン・EMIスタジオ前の横断歩道で撮影されたジャケット写真は、レコードジャケット史上最も有名なものの一つである。
本作の大ヒットで、録音に使ったこの「EMI・レコーディング・スタジオ」は、それまで愛称だった「アビイ・ロード・スタジオ」を正式名称に改称している。
COVID-19のパンデミックで、自分の今年のヨーロッパツアーはまさに風前の灯になっているのだが、じつはロンドン滞在のために確保しているホテルが、このアビイ・ロード・スタジオまで10分もかからないところにあるご近所さんなのだそうだ。
ぜひこのスタジオを訪問して、世界一有名な横断歩道を見てきたいと思っている。
この横断歩道は、もうロンドンで有数の観光地として超有名になっていますね。この横断歩道は世界中から多くのビートルズ・ファンが訪れる名所となり、その文化的背景から景観の保存が検討され、横断歩道を英国政府が2010年12月に英国の文化的・歴史的遺産に指定している。
アビイ・ロード・スタジオ
おそらく世界でもっとも有名なレコーディング・スタジオであろう。
ボクは、最新のB&Wモデルのデザインが好きではないので、この旧型の800Diamondがあったころのスタジオ風景のほうに愛着を感じる。いまや最新の800D3でフロント3本が賄われているのを見ると悲しくなる。(笑)
編集するコントロールルームだけではなく、レコーディングするスタジオも併設している大規模なスタジオだ。
この有名なジャケット写真ができるまで紆余曲折があった。最初は、あのヒマラヤ山脈のエベレストの麓まで行って、そこでエベレストを背景に4人のジャケットを撮るという企画だった。アルバムのタイトルも”エベレスト”。
でも「ヒマラヤにまでジャケット写真を撮りにいくのはごめんだ。ちょっと外に出てそこで写真を撮り、アルバム・タイトルを(通りの名前である)アビイ・ロードにすれば良いのでは?」とポールが提案し、他のメンバーも同意して、それで決まってしまった。
1969年8月8日金曜日午前11時35分にイアン・マクミランによって、横断歩道を左右に渡る4人を10分間ほどかけて6枚(3往復分)撮影し「ジャケットに使った写真(5枚目に撮影された写真)+別テイク2枚」の計3枚(後に残りの3枚も公開された)を公開した。
これがその全6枚である。
実際にジャケットに使われた写真(5枚目に撮影されたもの)では、左から右にジョンを先頭に、リンゴ、ポール・ジョージの順番で並んでいる(他の5枚も全て同じ順番)。この写真のみメンバーの歩調や写真全体のバランスがきれいに取れているので採用された。
この裏ジャケットの写真は、スタジオ近くの"ABBEY ROAD"と表示のある塀を撮影したものだが、その際に偶然青い服の女性が横切ってしまった。これを面白がったメンバーがその写真に「BEATLES」の文字を合成したものが裏ジャケット写真になっている。
この撮影時のときの非公式のオフショットを披露しよう。横断歩道を渡る前の4人、スタジオ前で待っている4人、横断歩道を渡るいろんなアングルからのショットなど。
Copyrighted By THE BEATLES FB。
これがアビイ・ロード50周年記念の時に撮ったショットなのかな?
現在のポールがアビイ・ロード・スタジオを訪れて、そして横断歩道を渡っているところ。
現在のポールがアビイ・ロード・スタジオを訪れて、そして横断歩道を渡っているところ。
このアビイ・ロード・ジャケットでとても有名な噂が駆け巡ったこともあった。
それが「ポール死亡説」。
「アビイ・ロード」のジャケット写真においてメンバー4人のうちポールが1人だけ目をつぶっているように見えて、更に裸足であり、左利きなのにタバコを右手に持っている。路上に駐められたフォルクスワーゲン・タイプ1のナンバープレートが「28IF」であるのが
「もし(IF)ポールが生きていれば、(数え年で)28歳(発売当時のポールの実際の年齢は27歳)」。
白いスーツで長髪にひげを蓄えているジョン・レノンは「牧師」、黒いスーツを着ているリンゴ・スターは「葬儀屋」、スーツ姿で目をつぶって裸足のポール・マッカートニーは「死人」、デニムシャツにジーンズ姿のジョージ・ハリスンは「墓堀人」などと解釈され、いわゆる「ポール死亡説」の根拠の一部になった。
ボクは当時、これをすごく信じましたよ。(笑)
えぇぇ~いまのポールは、ポールのそっくりさんなんだって。(笑)
えぇぇ~いまのポールは、ポールのそっくりさんなんだって。(笑)
リアルタイム世代ではない自分のような世代でもビートルズにカリスマを感じるのは、こういう話題があるところも神秘的だからなんですね。
アビイ・ロードも発売以来50周年になり、50周年記念アニバーサリー・エディションが発売された。
これは日記ですでにお知らせしたとおり、リマスターだけではなく、リミックスまでに挑戦していて、まさに世のビートルズファンをあっと驚かせている。単にハイレゾというだけではなく、Blu-ray 5.1chとか、Dolby Atmos 9.1chに至るまでスゴイ!
自分はPCオーディオで、このアニバーサリー・デラックス仕様を楽しんでいる。
そしてこのアビイ・ロード50周年記念ということで、こんなムック本も出版されている。
50年目に聴き直す「アビイ・ロード」深掘り鑑賞ガイド (シンコー・ミュージックMOOK) 藤本 国彦、 ヤング・ギター 企画編集部
「ゲット・バック・セッション」の本で紹介した藤本国彦さん監修の本だ。アマゾンで藤本さんの書籍ライブラリーを拝見したのだけれど、本当に日本でのビートルズ研究の第一人者と言っていい所感で、素晴らしいですね。
この本では、やはりリミックスのところを結構大きく取り上げている。自分はビートルズを本当に十数年以上聴いていなかったから、最初このリミックス仕様を聴いたとき、音が良過ぎて、奥行き感が出過ぎだし、分離しすぎでちょっと違和感というか、ビートルズ音源ってこうじゃないだろう?的なコンサバな意見だったのだけれど、このムック本では当然のことだけれど、今回のリミックスをとても前向きに捉えている。
「ビートルズ・マニアにはオリジナルを尊重するあまり、リマスターやリミックスを認めない人もいますよね。でもマスター・テープは本来、こんなに瑞々しくて躍動感のあるいい音だったということは、こうしたリミックスを聴かないとわからないんです。そういう原理主義とうか固定観念にとらわれることなく、もうちょっと自由な気持ちでチャレンジして、この50周年記念盤を楽しんでもらいたいんですよ。特に、僕と同世代の頑固な人たちにもそうお願いしたいですね。」(オーディオ評論家:和田博已)
その他、アビイ・ロードを鑑賞するなら、こんなところが聴きどころという本当にビートルズマニア、アビイ・ロードマニアにとって垂涎の本と言ってもよいのではないだろうか?
以上、ふっと自分の思いつきで「ゲット・バック・セッション」から突然始まったビートルズ連載。
これにて終了。
本当に今年の秋に公開される映画ドキュメンタリー「GET BACK」は最高に楽しみだし、COVID-19のおかげで行けるかどうか極めて厳しい状況になってしまったが、アビイ・ロード・スタジオ、横断歩道を訪問できることを本当に楽しみにしている。
ビートルズもやはり自分の人生に関わってきた、幼少の頃のロック人生で大切な偶像だったから自分の日記で熱く語らないといけないという使命感に燃えたのが、この連載を始めた理由だったのでした。
じつはホワイト・アルバムが素晴らしい! [海外ロック]
「ゲット・バック・セッション」の日記でも書いたが、子供の頃にどうしても欲しかったビートルズのレコードがあった。でもお小遣いが少ないから、どうしても優先度があって買えなかったレコード3枚である。
ホワイトアルバムとリボルバー、そしてラバーソウルの3枚。
この3枚は、そのレコードとしての作品性がすごく評価されていたレコードで、当時欲しくて欲しくて堪らなかった3枚である。
もちろん買えばよかったのだけれど、その頃は、優先度があってサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドと、アビーロード、そしてレット・イット・ビーの3枚買うのが精いっぱい。あとは赤盤と青盤でビートルズの曲を全曲網羅する、という感じでその物欲を満たしていた。
うちは貧乏家庭だったから、そんなにお小遣いをもらっていなかった。(笑)
ビートルズに熱中していたのは、中学生、高校生くらいまでで、大学生からはもう卒業で音楽性の趣向もどんどん変わっていった。
あれから何十年経過したのだろう。
いま、この3枚を聴いている。
感慨深いです。
やっぱり自分の予想していた通り、本当に作品として素晴らしいクオリティーの高さ。ビートルズのメロディーメーカーとしての類まれなセンスは、50年以上経過した、いま聴いてもまったくもって新鮮で驚くばかりだ。
●ホワイトアルバム
1968年11月22日に発売されたビートルズの10作目のオリジナル・アルバム。正式な名称は「ザ・ビートルズ」だが、ジャケットが真っ白一色だから俗称「ホワイト・アルバム」と言われている。
2枚組である。
レコーディングの期間中リンゴが一時グループを脱退(厳密には「レコーディングをボイコットした」という言い方の方が近い)したエピソードがあったことから、ビートルズ崩壊の始まりと言われる作品でもある。(笑)
自分は初期、中期のしっかりと曲としての形式感が整っている感じより、どこか退廃的で、崩れている感じの美しさが漂う後期の曲のほうが好きである。だからSgt.Papersは本当に素晴らしい画期的なアルバムだと思うけれど、自分の好みからするとアビーロードのほうが全然好きなのである。
ホワイトアルバムも後期のアルバムなので、そういう後期独特の退廃的な美しさがあるに違いないとずっと確信していたのだ。(Sgt.Papersとアビーロードの間の作品)
実際聴いてみたら、期待を裏切ることなく、まったくもってじつに素晴らしいアルバムであった。
ポールはビデオ版「アンソロジー」の中で「このアルバムは脈絡がないだとか、ソロの曲ばっかりだとか言われるけど、後から色々言うのは簡単さ。ビートルズのホワイト・アルバムだぞ。黙れってんだ」と語っているそうだ。(笑)
まったくその通り!
Sgt.Papersがコンセプトアルバムとして画期的なアルバムだったので、その後にリリースされただけに、どこかソロ作品の集合体といった趣もあり、全体としてのまとまりに欠けると評されることが大方の評価だったようだ。
4人のメンバーがいままでのような一致結束の絆の強さのサウンドから、もっとそれぞれにソロ志向が強くなって、バンドとしてバラバラになっていく兆しとなったアルバムでもあった。
でも、そこに自分が好きな後期独特の退廃的な崩れていくような美しさ、の匂いを感じ取っていた。 今回初めて聴いてみて、まったく期待を裏切らない、予想以上に素晴らしい出来に感動してしまった。
フォーク、カントリー、ヘヴィ・メタル、ブルース、ジャズ、クラシック、現代音楽・・・など4人が”個”をぶつけあった結果生まれた音楽性の幅広さは、曲数の多さもさることながら、ビートルズの集大成と呼べるもの・・・確かにそう思う。
このアルバムで有名な曲は、「バック・イン・ザ・U.S.S.R」、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」、「ブラックバード」、「レボリューション」とかあり、それはすでに知っていた。
でも今回全曲通して聴いてみて、さらに素晴らしい曲を発見。
「マーサ・マイ・ディア」
「ロッキー・ラックーン」
「ハニー・パイ」
「バースディ」
「サボイ・トラッフル」
「ロッキー・ラックーン」
「ハニー・パイ」
「バースディ」
「サボイ・トラッフル」
などなど。
シングルカットされていない、このアルバムを聴かないと発掘できていなかった名曲ばかりだ。このアルバムを聴くと、やっぱりジョンはロックンロール、ポールはポップスというそれぞれの得意なキャラクターが浮き彫りになる感じだ。もちろんジョージやリンゴもそれぞれキャラが出ていて素晴らしい。
「マーサ・マイ・ディア」なんて、まさにこれぞ、ポールの曲!という感じ。自分がいままで聴いていたポール愛そのまま、メロディメーカーとしての天才ぶりを遺憾なく発揮している、と思う。
”全体としてのまとまりに欠ける”ではない。
”音楽性の広さ”である。
”音楽性の広さ”である。
ぜひ聴いてみてほしい。
●リボルバー
これもどうしても子供の頃聴きたかったアルバムだった。
お小遣いがなくて買えなかった。
お小遣いがなくて買えなかった。
これはその中学生のときのおぼろげな記憶なのだけれど、ビートルズ3大アルバムと雑誌が勝手に命名していたチョイスがあって、それがSgt.Papersとアビーロードとこのリボルバーだったと記憶している。
その当時のすべての雑誌のライターが推薦しているチョイスだから、余計聴きたかった。Sgt.Papersとアビーロードはすでに持っていたので、あとはこのリボルバーだけだったのだ。
ジャケットがかなりインパクトが大きかった。
子供心に強烈なインパクトだった。
子供心に強烈なインパクトだった。
当時の技術的制限下では、コンサートでは再現できない楽曲が多く、「リボルバー」発表後「リボルバー」の曲がビートルズのコンサートで演奏されることはなかった。ライヴ・バンドからレコーディング・バンドへと変化する、過渡期の作品だと言われている。
ジャケットのサイケデリックなデザインといい、レコーディング・バンドになる立ち位置を明確にしたという点で次作のSgt.Papersへステップアップするための踏み台になった作品だった。
これも初めてアルバムとして、全体を聴いてみたが、じつに秀逸な作品ですね。
やっぱり中期に位置する作品だけあって、アルバム自体がきちんとした形式感というか、型にはまっている感じですね。この頃は4人とも一致団結してまとまりがあった。
あとこのアルバムで注目する点は、このアルバムからジョージが佳曲を生み出す才能を見せ始めたという点ですね。このアルバムでは3曲提供しています。ジョージは当時インド(とそのインド音楽)に凝っていて、その作曲した曲の中でもインドテイストな感じが見受けられます。
このアルバムで有名なのは、「エリナー・リクビー」、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」、「イエロー・サブマリン」、「グッド・デイ・サンシャイン」があって、これは当然よく知っていた。
そういうシングルカットされていないこのアルバムを聴いたからこそ、見つけることができた掘り出しモンは、
「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」ですね。
これは最高にカッコいい!
まさにこれぞポールの曲という感じ。ポール愛が最高に唸りを上げるカッコよさですね。
ポール天才!
●ラバーソウル
このアルバムも欲しかったんだよね。
ビートルズの初期のアルバムの最後にあたる作品で、作品のクオリティがすごい高いという認識だった。
ビートルズの初期のアルバムの最後にあたる作品で、作品のクオリティがすごい高いという認識だった。
使用する楽器の幅が広がって、次作のリボルバーの実験的なアルバムに行く前の兆候が見えだしたアルバムでした。いまこうやって聴いてみると、やっぱり初期のアルバムだね。
でも本当にいい曲ばかり。若々しくて、きちっと形式感がある。売れるポップソングですね。
このアルバムの中には「ミッシェル」が入っている。
これも子供の頃の思い出だけど、ビートルズの3大メロディアスな名曲というのがあって(この当時はなんでも3大〇〇〇でしたね。)、それは、イエスタディとこのミッシェルと、あと残り1曲が思い出せない。このラバーソウルは、そのミッシェルが入っているアルバムということで思い出がある。
このアルバムでは、「ノルウェーの森」、「ミッシェル」、「ガール」、「イン・マイ・ライフ」が有名だけれど、このアルバムを聴いたからこそ見つけた掘り出しモンは、
「ユー・ウォント・シー・ミー」
「君はいずこへ」
「ウェイト」
「浮気娘」
「君はいずこへ」
「ウェイト」
「浮気娘」
ですね。
やっぱり聴いていて、そのコード進行に思わず自分が反応してしまうのは、ポールの曲だけど、「ウェイト」や「浮気娘」はジョンの曲。ジョンはやっぱりカリスマがあってカッコいいですね。
尚、誤解のないように釈明しますが、基本、ジョンの曲、ポールの曲ということはなくて、全曲「レノン=マッカートニー」の共作です。メインでやったほうが、リードボーカルをとることが多いです。
どちらか1人がメインであっても、クレジットは「レノン=マッカートニー」です。
どの曲が、どちらがメインかは謎です。ポールもいまもclarifyしません。
ということで、子供の頃からの夢をいま果たしました。
この3枚だけじゃなくて、他のオリジナル・アルバムやマジカル・ミステリー・ツアーやイエローサブマリンのようなサントラに至るまで、ビートルズの全アルバムをいま夢中になって聴いています。
ビートルズ音源のリミックス・リマスターは音がいいと言えるのか? [海外ロック]
ビートルズ・ビジネスのもっとも代表的なものは、ビートルズ音源のリミックス・リマスターであろう。
自分も記憶が曖昧なのだけれど、2005年あたりに、はじめてビートルズの全アルバムのCDが最新リマスター盤となってリイシューされ、ものすごい大変な話題になった記憶がある。
ラジオなんかを聴いていても、「ビートルズのCDがすごく音がよくなったんですよね~」なんてDJの方が言って、その音源をかける、ということに頻繁に遭遇したことがある。
それからはビートルズ音源の最新リマスターは、2010&2015&2019年とほぼ5年間隔でおこなわれ、その2005年のときほどショッキングなことではなく、現在ではなかば当たり前の行事になっていったような気がする。
自分は、今回、じつにひさしぶりに(おそらく十数年ぶり)ビートルズの全アルバムを聴き返している。Sgt.Papers、アビーロードがともに50周年記念盤ということで、スペシャル・デラックス仕様と呼ばれるものを販売しているのだ。
共通しているのは、2019年に最新リミックスされた音源で、さらに諸元がハイレゾの96/24にオーサリングされたものだ。
音がよくなっているんだから、絶対こちらのほうがいいと思っていた。
でも聴いてみて、ちょっと「なにか違う」というか違和感があるのだ。
自分がよく知っている曲、子供の頃に脳裏に焼き付いている音楽と、なにか別物になったような感じがする。ノイズが除去されて、クリーンな感じになってS/Nがよくなっているのは一聴するとわかる。でもそれはまだ許されるにしても、もっとなにか曲の聴こえ方そのもの自体に、どうも違和感がある。
いろいろ自分が悩んで考えてみたところ、それはリミックスしたことに起因するのではないか、と思ったのだ。リミックス(Re-Mix)とリマスター、リマスタリング(Re-Mastering)とは全然違う工程のことである。
演奏家、ミュージシャンが演奏して、それをレコーディングしてCDになるまでの工程はこのようになっている。
マルチマイクで録って、それをHDD(いまはメモリーカードなのかな?)などにマルチトラックで録音する。それを2chや5.1chに落とし込むことをミキシング(ミックスダウン、あるいは単にミックス)という。ステレオなら2ミックス。
そしてそれをCDの原盤に落とし込むことをマスタリングという。
リマスター、もしくはリマスタリングというのは、この2ミックスを原盤に落とし込むときに、デジタル処理でノイズを除去したり、歪みをとったり、楽音を鮮明化したりして、高音質化アーカイブしたりして、再度原盤に落とし込み直すことである。
だから昔作った2ミックス音源を加工するわけではない。
でもリミックスというのは、マルチトラックの音源をもう一回ミキシングし直すことをいう。これは、いわゆるやり直しに近い工程だから、昔の曲のイメージががら変になってしまうのは当然ではないか、と思うのだ。
それは当時と最新とでのエンジニアの技術力も違えば、使っている編集用のオーサリングツールの進歩も全然違う。エンジニアの技一つで、音場感を出したり、奥行き感を出したり、立体感を出したり、音の隈取りをしっかり出すようにするとか、全体の音のバランスなど自由自在に料理できる。
まさにこのミキシングの部分でエンジニアの力量が問われる部分なのだと思う。
この2ミックスのところをやり直したら、そりゃ出来上がったものは、1960年代にミックスしたものと全然違うものができるのは当たり前だと思う。
ここ2ミックスの部分、というのはある意味、「聖域」に相当するところなのではないだろうか。
ビートルズのファンは神聖なビートルズの音源を「いじってほしくない。発表当時にあったあるがままの音で聴きたい」
ロックとポップミュージックの新約聖書であるビートルズのアルバムと音源は、足したり引いたりしてはならない聖典である。
その聖域である2ミックスをいじってしまうのは、かなり度胸のいることなのではないのだろうか?(笑)
いくら音をよくしたいとは言え、そこをやり直したら、それはもうビートルズの作品とは言えないのではないだろうか?
だから、今回Sgt.Papersやアビーロードの50周年記念盤を聴いたとき、なんかやたらと音が良すぎて、音場感や特に奥行き感や遠近感がよく表現されているし、あと全体の音のバランスもかなりよくなっている。
それはリミックスしてやり直したからなのだと思う。
でも子供の頃からずっと脳裏に焼き付いている自分の中のビートルズの曲じゃないよな、なんか違和感あるという感じなのだ。確かにオーディオ的には、全然音がいいのだけれど、こういう「聖域」に関わる音源の場合、そういうことをすることがそのままいいことなのかは疑問だ。
ビートルズの曲はもっとラジオのように平面的なサウンドだ。(笑)
ビートルズファンにとって、どっちが幸せなのか、だ。
ビートルズファンにとって、どっちが幸せなのか、だ。
ビートルズの音源をリミックスするというのは相当勇気がいるというか、アップル本社や著作権者に何回も確認、承認を得たプロセスを通った上なのだろう。
だからもちろんそんなにメチャメチャではない。
でも自分には、ちょっと音がよすぎて、その聴こえ方に違和感がある。
でも自分には、ちょっと音がよすぎて、その聴こえ方に違和感がある。
いかにも近代の最新録音という感じで。。。
自分の子供の頃から知っているビートルズじゃない。
自分の子供の頃から知っているビートルズじゃない。
これはあの「Let It Be」についてもそうである。フィルスペクターがプロデュースしたのと比較して、ポールが2003年に作った「Let It Be...naked」も同じ。ポールの執念、気持ちはよくわかるけれど、nakedのほうは音が良すぎて気持ち悪い。Let It Beはライブ一発録りの外の暗騒音がある昔のほうがいい。やっぱり子供の頃に刻み込まれた印象は深いのだ。
どっちが幸せか、だ。
だからビートルズ音源でやっていいのは、2ミックスをいじらないリマスター、リマスタリングなのだと思う。これはノイズを除去するなり、音を鮮明にしたり、歪をなくしたりというくらいは許される。
いままでのビートルズ音源の高音質化の歴史も大半はリマスターのほうだ。
ビートルズ最新リマスター盤!という感じですね。
ビートルズ最新リマスター盤!という感じですね。
リミックスに挑戦したのは、今回の2019年度のSgt.Papers/アビーロードが初めてではないか?自分はPCオーディオでハイレゾ・ストリーミングで96/24でそのリミックスした音源を聴くというスタイルだが、この50周年記念盤のパッケージメディアBoxでは、さらにBlu-ray Audio 5.1サラウンド、Dolby Atmos 9.1サラウンドなんていうリミックスVersionもある。
ひぇ~!!!(笑)
もうそりゃビートルズ音源ではないだろう。
ビートルズ・ビジネスの商魂たくましいという感じである。
ビートルズ・ビジネスの商魂たくましいという感じである。
やっぱりビートルズの音源を聴くのは、当時発売されたメディアであるアナログレコードで聴くのが1番いいのかもしれない。
ゲット・バック・セッション [海外ロック]
ビートルズはなぜゲット・バック・セッションをやることになったのか。
これは世界中のビートルズマニアが熱く語って止まない、永遠のテーマである。もうネットで検索したら、それこそ無限に投稿があって、みんな熱く語っている。わかるなぁ、その気持ち。
この「ゲット・バック・セッション」のことだけ語っている、それだけで1冊の本になっていたりする。世の中にビートルズ研究家はたくさんいますね。
もうビートルズのビジネスは、クラシック界でいうところのフルトヴェングラー・ビジネスと同じだと思いますね。どんなに年数が経っても、なにか新しいmodifyをして、それだけで話題性、ニュースになって儲けが出る。
それを永遠に繰り返す感じだと思いますね。
本当に深い世界です。
ビートルズ・ビジネスを見るといつも思うことは、「真実はひとつ」だと思うことですね。
それは4人のビートルたちが一番知っていると思うんだけれど、マネージャー、プロデューサー含めその取り巻く環境など、みんなその真実を求めて、後年にじつは・・・だったと熱く語るという世界なんじゃないかな、と思うんですよね。
自分もご多分に漏れず、ビートルズ・ファンであった。
中学生のとき、ポール・マッカートニー&ウィングスから入っていって、そこからビートルズを知って、ビートルズの偉大さを学んだ。
えぇぇ、そりゃ夢中になりましたよ。
でも中学生のときのハンディキャップは、お小遣いが少ないということである。
でも中学生のときのハンディキャップは、お小遣いが少ないということである。
ビートルズのレコード全部欲しかったけれど、お小遣いがないから、本当に欲しいのだけを買うしかなかった。自分は初期のライブ感、エネルギッシュな曲もいいけれど、やっぱりレコーディングに凝り始めた中後期が好きだった。そのレコードの作品性に存在感がある中期、後期のレコードが好きだった。
まず買ったのは、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(以降Sgt.Papers)、アビーロード、レット・イット・ビー。これは必須だった。お小遣いが少ないから、残りは、いわゆる通称ビートルズ赤盤(1962~1966)、青盤(1967~1970)のベスト盤のLPを買った。
この赤盤、青盤の果たした役割は大きかった。お金がない子供にとってビートルズの曲を全部知るには、この赤盤、青盤は最高のレコードだったのだ。
ホワイト・アルバムとか、リボルバー、とかラバー・ソウルとか、そのレコードとしての作品性がすごく評価されていた頃のレコード欲しくて欲しくて堪らなかったけれど、買えなかったね。
でもいまハイレゾ・ストリーミングで聴いてみて、そうか!こんな作品だったんだ!と何十年ぶりに大感動!いま自分の中では秘かなるビートルズ・ブームが来ています。
その夢中になっていた子供の頃にどうしても果たせなかった夢があった。
それは映画「Let It Be」を観ていないことだった。
それは映画「Let It Be」を観ていないことだった。
あの有名なアップル・コア本社ビルの屋上でのルーフトップ・コンサート(屋上ライブ)は、子供の頃、テレビの深夜放送帯で流れていたのを観たぐらい。そのとき、いやぁカッコいいなーと超憧れた。
映画「Let It Be」は1970年に公開された映画だが、パッケージメディアの作品になったのは、VHS,Beta,LaserDiscの頃だけなのだ。なぜかDVDになっていない。だから自分は入手するタイミングを逸してしまった。
なぜDVDになっていないか、というと、この映画の中でポールとジョージがケンカ口論するところがあって、それをポールが嫌って許可しないといううさぎさんの話。
そうかー、そうなればますます観たくなる。
アマゾンで調べたらあった。
さっそく購入。
アマゾンで調べたらあった。
さっそく購入。
じつは、この映画「Let It Be」は公開された本編からどんどん海賊盤が出まくっている作品で、自分が買ったのはやはりどうも海賊盤らしかった。観たんだけれど、ポールとジョージの口論と思われるシーンがないんだよね。
ジョージがポールに議論をぶつけている場面はあるんだけれど、ケンカとは思えない。本編では、レコーディング中、各メンバーにあれこれ指図するポールにジョージが嫌気がさして、食って掛かる場面らしいのだが・・・。
だから、このケンカの場面はカットされているんだと思うんですよね。ボクの買った海賊盤は。。。
「ゲット・バック・セッション」のことを知る必要があったのは、この映画「Let It Be」がどういう映画で、どういう当時の彼らの環境の中で生まれた映画なのか、ということを知らなければいけなかったからだ。
この「ゲット・バック・セッション」のことはネットにいっぱい投稿があって熱く語られている。そして1冊の本にもなっているのだ。
自分は「ゲット・バック・セッション」のことを勉強したくて、こういう本を購入した。
ビートルズはなぜゲット・バック・セッションをやることになったのか、「GET BACK...NAKED 1969年、ビートルズが揺れた21日間」。
GET BACK...NAKED 21DAYS THAT ROCK'N'ROLLED THE BEATLES IN 1969
藤本国彦
これは変に難しくなく、わかりやすく書かれていて、話の内容もかなり真実味があるというか説得力があった。なにせ、ゲット・バック・セッションの1日単位でバンドがどのようなことをやったのか日記のように詳細に記されているのだ。この著者の藤本国彦さんは、日本でもビートルズ研究の第一人者として有名な方のようだ。
「ゲット・バック・セッション」とはなんだったのか?の説明に挑戦してみる。
ホワイトアルバムをリリースした後、ビートルズのメンバー間の関係がギクシャクしてきてバンドとしての危機だったんだな。彼らはレコーディングの手法にオーヴァーダヴィングを重ねに重ね、凝りに凝った作品を作ってきたんだが、そういうバンドとしての危機にあたって、ポールがもう一回原点に戻ろう!(GET BACK)オーヴァーダヴなしの初期の頃のようなライブ一発録りでやろう。とメンバーに呼び掛けた。
そしてまたライブをやろう!
でもいまやメンバー間には当時ような覇気がなくてそれがうまくいかなくていろいろ試行錯誤の上、結局レコーディングしている模様をずっと撮影してドキュメンタリー映画にしよう。そしてライブパフォーマンスとしては、アップル・コア本社のビルの屋上でゲリラ・ライブをやって、それを映画の中に盛り込もうという感じで収まった。
でも結局その撮影した映像素材も結局放置という感じで、作品にならなくて、このままビートルズが瓦解して終わりになるのをポールが恐れて、最後にもう一回集まって、本当に最後のアルバムを作ろうと呼びかけた。
そうして録られたのが、「アビーロード」だったわけだ。
結局「ゲット・バック・セッション」で録った素材は、いったんアルバム「GET BACK」として作られ、ジャケット写真も撮影されたものの、その散漫な完成度に満足できずそのまま棚上げになってそのまま放置という感じで、ビートルズは解散するまでの間に、世に出ることはなかった。
その解散後に、プロデューサー、フィルスペクターがその放置されていた素材を「Let It Be」としてプロデュースして世に送り出した。
このフィルスペクターという氏が、フィルスペクター極悪人説というのがあるくらい、彼のプロデュースしたLet It Beはオーケストラ、コーラス入りなど装飾の色をつけ、ポールが当初ぶち上げた「原点に戻ろう(GET BACK)」というバンドらしい音とはかけ離れたサウンドだった。アルバムタイトルも当初は、「GET BACK」だったのに、「Let It Be」になった。
まっ自分が聴いてみたところ、そんなに派手な装飾がついているのは、「ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード」くらいのような感じがしたのだけれど。。。
このフィルスペクターがプロデュースしたコーラス入りのオーケストラアレンジありの「Let It Be」は、ポールにとって、自分のキャリアを破壊された大嫌いなバージョンであったのだ。だからずっとこのアルバムに対して積年の怨念を持っていたんだな。
2003年に、そのLet It Beを、本来のリアルなバンドサウンドに蘇らせようとしてポールが制作したのが「Let It Be...naked」というアルバム。
さすが執念のポール。(自分はいままで知りませんでした。)
アルバムの曲順も全然オリジナルと違います。ポールの主張があります。
たしかにポールの執念だけれど、小さな中学生の頃からこれがLet It Beですよ、として聴いてきた(特にザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード)のを、いまになって、これが本物です、と言われてもそんなに器用に立ちまわれないような・・・。(笑)長い年月が経っているから、これを自分の中に取り込めるようになるには時間がかかる。
映画「Let It Be」もその後、編集されて、公開された。
ゲット・バック・セッションは、1969年1月2日から1月30日の真冬のロンドンで彼らがおこなったセッションで、1月2日~1月16日まではトゥイッケナム映画撮影所においてリハーサル・セッションと撮影を行った。セッションをするけれど、映画のための撮影ということもあって、スタジオじゃなくて映画撮影所だったようだが、映画を見る限りでは、だだっ広い中で結構寂しい感じがした。
だたっぴろい撮影スタジオ、そして一挙手一投足を撮影しているカメラマンに囲まれ、レコーディングはけして良い雰囲気では行なわれなかった。メンバーには破棄がなく、演奏も怠惰で、思いつくままギターをつま弾くというお粗末な感じ。
これは自分のようなビートルズマニアでビートルズが好きな人には堪んないかもしれないけれど、普通の人が観たら退屈だろうなという感じはしました。
結局ここでのセッションは、後に、フィルスペクターがプロデュースした「Let It Be」には一切使われていない。
1月20日、場所をアップル本社ビル地下にあるアップル・スタジオに場所を変え、レコーディングを再開する。メンバー間の緊張を緩和するには他者の目が必要だと考えたジョージは、キーボードとしてビリー・プレストンをセッションに招聘した。
自分は、このゲット・バック・セッションのことを勉強して、映画「Let It Be」を観て、初めてこの5人目のビートルズ(黒人です)の存在を知った。当時の瓦解寸前のビートルズの中で緩衝材的な存在だったらしい。
アップル・スタジオにおけるセッションはビリー・プレストンが緩衝材となったことなどから、トゥイッケンナム・スタジオにおけるセッションとは雰囲気が変わり、ビートルズの「魔法」が再び起こりつつあった。そして、それまでの緩慢な演奏とは異なり、改めて新曲をレコーディングするという意気込みが感じられる完成度の高いものになった。
「Let It Be」とか、「ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード」とか、そして屋上ライブの「GET BACK」ですね。
結局いままでのビートルズの完成度の高いアルバムに比べて、ライブ一発録りの散漫な感じに聴こえるアルバム「Let It Be」の中で、従来と変わらない完成度だったこの3曲は、この後半のセッションで生まれたことになる。
そしてゲット・バック・セッションの最終フェーズ、1969年1月30日。
あの伝説のアップル・コア本社屋上でのゲリラ・ライブであるルーフトップ・コンサート。
これはもう最高ですね!
結局ゲット・バック・セッションの行きつくところは、この屋上ライブのシーンではないか、と思いますね。警察に予告なしのゲリラライブですから、当然市民もなんだなんだ?なんでビルの屋上から騒音が出てくるんだ?という感じで戸惑っているシーンがなんともリアルです。そして警官も集まってくる。
そして警官が屋上に上がってきたときに、思わず怖くて付き人がアンプのスィッチを切ってしまうのを、ジョージがまた入れなおすシーンとか。この部分だけ音が途切れます。(笑)
このライブセッションはとにかくカッコいい。ようやく子供の頃からの積年の夢がかない、この屋上ライブのフルバージョンを観ることができました。
ビートルズのライブパフォーマンスの中で1番格好いいです。
真冬のロンドン、寒さは半端じゃないし、風が吹きすさぶ屋上での演奏。ジョンとリンゴが。”ステージの袖”でビートルズを見守るヨーコとモーリンにそれぞれ女性用のコートを借りて演奏したのは、マニアにはよく知られた話です。
ゲリラライブで思い出しましたが、昔、郷ひろみが渋谷でゲリラライブをやって警察に逮捕されましたね。あれは、このビートルズの屋上ライブからヒントを得たのでしょうか?(笑)
ビートルズの場合も、その可能性もあったらしいですが、結局逮捕には至らなかったそうです。でもリンゴは後年、あのとき警察に連行されていたら、最高にカッコいい終わり方だったのに!と悔いています。(笑)
これが「ゲット・バック・セッション」である。
これでも簡潔に説明したつもりだが、実際はまだまだ深くてマニアックなのだ。
自分も勉強したばかりなので、マニアの方からするとこれじゃ足らない部分もあろう。
熱狂ファンはもっと細かいところを言及して痺れている。
熱狂ファンはもっと細かいところを言及して痺れている。
もちろん映画「Let It Be」に使われたのは、この長い長い「ゲット・バック・セッション」の一部でしかない。
そんな風に、自分にとって「ゲット・バック・セッション」について勉強していたら、信じられないニュースが飛び込んできた!!!
「ロード・オブ・ザ・リング」で有名なピーター・ジャクソンが監督によるビートルズの新ドキュメンタリー映画「The Beatles: Get Back」が今年9月に北米で公開へ。
「Let It Be」じゃなくて、「Get Back」だ!
ポールの初志貫徹の想いが伝わったのだろう。
ずっと廃盤になっていて残念な思いをしていた映画「Let It Be」が、新しいドキュメンタリーとして帰ってくる。
配給元はウォルト・ディズニー・スタジオ。この映画には、1969年の“ゲット・バック・セッション”からの未公開映像と、アルバム「Let It Be」のレコーディング・セッションからの未発表音源が収められている。
今後、1970年の映画「レット・イット・ビー」にも修復作業が施され、レストア版として公開される予定だ。ザ・ビートルズの歴史的名盤「Let It Be」のための親密なリハーサル風景とレコーディング・セッションに光を当てた映画「The Beatles: Get Back 」には、1969年1月にサヴィル・ロウのアップル・コア本社の屋上で行われた42分間の“ルーフトップ・コンサート”の全貌も収められている。
現存する2人のビートルのコメント。
ポール・マッカートニー
「ザ・ビートルズのレコーディングが実際にどんな様子だったかという真実を映し出したこの映画の製作のために、ピーターが僕たちのアーカイヴを掘り下げてくれたことを本当に嬉しく思っています。僕たちの友情や愛がこの作品によって蘇り、僕たちが共に過ごしたとてつもなく美しい時間を僕に思い出させてくれます」
リンゴ・スター
「この映画の公開が本当に楽しみです。ピーターは素晴らしい監督で、この作品に収められている映像全てに心が踊りました。あの頃の僕たちはただただ笑い合ったり、世に知られているヴァージョンとは似ても似つかぬような演奏をしたりして何時間も一緒に過ごしました。あの喜びに溢れていた時間を、ピーターはこの映画の中で描き出してくれることでしょう。この作品は、本来のザ・ビートルズの姿がそうであったように、平和と愛に満ちたものになると思います」。
もう超興奮だが、よく考えてみたら、ビートルズの名盤は、今が、ちょうど50周年に差し掛かってきており、Sgt.Papersも50周年記念盤を出したし、アビーロードも50周年記念盤を出したばかり。そして今回がLet It Beの50周年の番になったということだけなのかもしれない。Let It Beは、アルバムだけじゃなく映画もあるということで。
映画「Let It Be」は今までいつも復刻の話が出るのだけれど、いつも優先度の高いビジネスが優先されてしまい、後回しにされてきたようだ。でもようやく本懐を遂げた、という感じ。
なんか、急ににわかにビートルズがマイ・ブームになってきた。
COVID-19のおかげで、クラシック関連はすっかり寂しい感じなので、ちょっと浮気して、自分はこれからちょっとビートルズにふたたび熱を上げてみたいと思っている。
いまこうやって「Let It Be」を改めてじっくりと聴いているが、やっぱりボクにとっての「Let It Be」は、このフィルスペクターがプロデュースした「Let It Be」なんだよな。(笑)
KD SCHMID [クラシック雑感]
クラシックの指揮者や演奏家のマネジメントをする事務所というのは、レーベル(レコード会社)との契約とはまた別なのだと思う。そういうアーティストとして音源をリリースすることも含めた音楽活動、ライブ演奏会の出演、イヴェントへの参加、ツアーマネジメントとか、とにかくアーティスト活動として総合的なマネジメントをする事務所が必要なのだと思う。
自分はその辺は素人なので、あまりはっきりとしたことは断言できないのだけれど・・・。
たとえば日本でいえば、KAJIMOTOさん、ジャパン・アーツさん、ヒラサ・オフィスさん・・・とかが代表的なクラシック関連の事務所。日本の指揮者、演奏家の方々はみんなこういう事務所に所属して、自分の活動をマネージメントしてもらっている。
今回この日記で紹介するKD SCHMIDというマネジメント会社は、自分は初めて知ったのであるが、歴史としては1959年創業で、歴史あるワールドワイドに展開するアーティスト事務所のようだ。
KD SCHMID
なぜ、このKD SCHMIDというマネジメント会社の存在を知ったか、というとアラベラさんが、自分のSNS投稿で「私、KD SCHMIDに移籍することになりました~。」的な動画を投稿したからだ。
オイオイ、そんな動画サイトに出ている場合か~?赤ちゃんはどうなったんだぁ~?(笑)と思わず、ツッコミを入れたくなったのだが(笑)。
このKD SCHMIDというマネジメント会社、専用のご自身のサイトも持っていて、かなりワールドワイドなマネジメントをやっているようなので、紹介してみよう、という試み。
KD SCHMIDは、つぎのマネジメントをやる会社と言ってよさそうだ。
・アーティスト・マネジメント
我々の基本は、長い間、育ててきた信頼関係と持続性のもとに、将来を約束された若いアーティスト、そして世界に名を馳せたアーティストを、マネジメントをすること。
・オーケストラ
我々のスペシャリストなスキルを持った高度なプロジェクトチーム、ロジスティクス、ツアーマネージャーがプロフェッショナルで、クリエイティヴなインターナショナル・ツアーソリューションを提供する。プレゼンター、コンサートホール、フェスティバル、そして指揮者、ソリストが我々のこの数十年蓄積された経験から恩恵を受けることは間違いなし。
・スペシャル・プロジェクト
我々はクラシック音楽パフォーマンスというメインストリームを超えた、スペシャル・プロジェクトを促進する。そこにはライブ音楽で聴衆を集客するため、そしてセキュリティなどを司るプロモーターを提供するなどのお手伝いする。
・パブリック・リレーション
我々は、アーティストやオーケストラのPRキャンペーンを提供したり、クライアントのソーシャルメディア活動のサポートを提供する代表的なPRエージェンシーと密な関係を持っている。
・インターナショナル・ネットワーク
我々は、ワールドワイドなネットワークとして、ハノーヴァー、ロンドン、ベルリンに3つのオフィスを構えているのと同時に、ハンブルグではドイツのリーディング・プロモーターとも密な協力関係にある。
KD SCHMID EXECUTIVE BOARD
Managing Director
左がドイツ人のCornelia Schmidさん、
右がイギリス人のKaren McDonaldさん
左がドイツ人のCornelia Schmidさん、
右がイギリス人のKaren McDonaldさん
この2人がEXECUTIVE BOARD。
発祥はドイツの方だから発起人だったドイツ人のSchmidさんはドイツ・オフィスにいてMcDonaldさんはイギリス人でイギリスのオフィスにいるという感じだろう。
各オフィスの社員のリストは、こちら。
具体的にもう少し掘り下げてみよう。
まずアーティストマネジメント。
マネジメントの対象のアーティストとして、指揮者、ソリスト、歌手、ナレーター、そして室内楽アンサンブル、これだけのジャンルのアーティストたちのマネジメントをおこなっている。
そのアーティストリストはこちら。
ちょっとかいつまんで、紹介するとこんな感じ。(ごく一部です。)
この中で、一番の関心ごとは、やはりアラベラ・美歩・シュタインバッハーがこのマネジメント会社に移籍したことだ。自分はこのことで、このKD SCHMIDというマネジメント会社の存在を知った。
アラベラさんは、いままでもドイツを中心に、世界中をワールドツアーで駆け巡ってきたが、これからはよりメジャーなオーケストラとの共演も多くなり、よりワールドワイドな活動ができるようになるであろう。
キャリアのステップアップですね。
この中で、注目なのは、さきの第56回ブザンソン国際指揮者コンクールでみごとに優勝した沖澤のどかさんだ。
沖澤さんもこの事務所に入ることで、よりワールドワイドな活動ができそうだ。
これからの指揮者生活は明るい未来が待っていそうだ。
他にも上の写真を眺めていると、内田光子(ピアノ)、山田和樹(指揮者)、イエフム・ブロンフマン(ピアノ)、カティア・バニュアシュヴェリ(ピアノ)、ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)、シュテファン・ドール(ホルン)、グシュタフ・ヒメノ(指揮者)、トーマス・ハンプソン(バリトン歌手)、マーティン・ヘルムヘン(ピアノ)、ザビーネ・マイヤー(クラリネット)、アンドリウス・ネルソンズ(指揮者)、クリスチャン・テツラフ(ヴァイオリン)、タニア・テツラフ(ヴァイオリン)
など蒼々たるメンバーが名を連ねているようだ。
なんせ、1959年から創業のマネジメント会社だからね。
歴史、伝統のあるマネジメント会社だ。
歴史、伝統のあるマネジメント会社だ。
世界で有名なアーティストから、まだ世の中に名が知られていないアーティストに至るまで、我々はすべてのアーティストに対して信用できるパートナーであるし、彼らがクリエティヴイティ&創造性を発達させるための情熱、経験を手助けてしていき、最高のプロフェッショナル・レヴェルに到達するまでともに歩んでいく。
KD SCHMIDのアーティスト・マネジメントは、我々のロンドン・オフィスだけでなく、内部でつながっていて、ワールドワイドに展開している。我々はアーティストと契約すると同時に、若いアーティスト達に対しては、戦略的なキャリア開発、長期間に渡るキャリア育成などに努める。
イヴェント計画では、我々は管理上の詳細なコンサートのための準備やアーティストやオーガナイザーのための広範囲にわたるサービスを提供する。
Your contact persons:
Karen McDonald
Managing Director
Managing Director
+44 20 7395 09-15
karen.mcdonald@kdschmid.co.uk
karen.mcdonald@kdschmid.co.uk
Artist's roster 2019/20(アーティスト名簿 2019/2020)
という記載があるので、おそらくそのシーズン単位で契約していく期限単位の契約制ということもあるかもしれない。いや、でも長期間で戦略的に育てていく、と書いてあるから、そういうこともないかな?
そのことは次の記載のオーケストラ部門の記載でより明瞭になる。
いわゆるこのマネジメント会社が持っている数十年以上のキャリアによるデータベースの中のアーティスト、オーケストラ、室内楽アンサンブルなどの組み合わせを彼らが間に介在して紹介していき、企画するイヴェント・オーガナイザーなんだろうと思う。
そしてオーケストラ部門。
リストはこちら。
ちょっとかいつまんで紹介するとこんな感じ(ごく一部です。)
ロンドンフィル(アンネ=ゾフィー・ムター)、サロネン&フィルハーモニア管、アムステルダム・シンフォニエッタ、チェコ・フィル、ニューヨーク・フィル、BBCフィル、ケヴァントハウス・ライプツィヒ管、ベルリン・ドイツ交響楽団、スウエーデン室内管、ボストン交響楽団、ラトル&ロンドン交響楽団、NDRエルプルフィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)
などなどこちらの蒼々たるメンバーだ。
自分は気づいたのだけれど、このKD SHMIDというマネジメント会社は、ドイツ(ベルリン、ハノーヴァー、そしてハンブルグ)と、ロンドンにオフィスを構えるだけあって、やはりイギリスとドイツのオーケストラが圧倒的に多い。でもニューヨークやアムステルダム、スウエーデンなども、それなりにネットワークを広げているようだ。
そして基本はツアーマネジメントなんだよね。上の写真を見てくればわかるように、サポートする期間というのが有限で決まっているのだ。だから契約はツアー単位で、この期間のツアー単位でツアーマネジメントを契約しているに違いない。
だからオーケストラに関して言えば、終身雇用制のマネジメント会社ではないのだ。(笑)
Orchestra Tours 2020/2021
Orchestra Tours 2021/2022
のようにカテゴライズされていて、シーズンでツアー単位で契約していることがよくわかる。
我々は、数十年の経験から、オーケストラ、コンサートホール、フェスティヴァル、指揮者、ソリストをオーガナイズする。我々の40年以上蓄積されたカスタマーベースから、世界中の著名ないろいろなアンサンブルの組み合わせを構築することができる。
私たちは、オーケストラ、ソリスト、オーガナイザー、そしてフェスティバルなどのすべての間に入るインタフェースになる。我々のゴールは、芸術イヴェントをいっしょに企画して成功させることである。これは我々の長期間に渡り精密な計画に基づいて構築してきたロジスティック・ワークによって可能なメイン機能なのである。弊社内部で訓練・経験を経てきたツアーマネジャーによるトップクラスのオーケストラ・ツアーの企画コンセプトに至るまで、我々は完璧なポートフォリオを提供することができる。
そうかぁ、彼らは単にアーティスト、オーケストラ、歌手などのアーティストたちを登録してマネジメントするだけなのではなく、演奏ツアーそのものの企画イヴェントのオーガナイザーなんだな。やっぱり・・・。そしてそれを成功させるためのロジスティック機能を世界の各地にコネクションを持っているに違いない。
いわゆるPRキャンペーン、ソーシャルメディア活動などのプロモート、宣伝活動に至るまで完璧にポートフォリオ(Portfolioというのは知財用語です。私の専門分野です。(笑))として提供する用意があるということなのだろう。
Your contact persons:
Cornelia Schmid
Managing Director
Managing Director
+49 511 36607-73
cornelia.schmid@kdschmid.de
cornelia.schmid@kdschmid.de
Nicole Apitius
Senior Director of Operations
Senior Director of Operations
+49 511 36607-53
nicole.apitius@kdschmid.de
nicole.apitius@kdschmid.de
なにもクラシックだけではないのだ。それ以外のライブパフォーマンスに関するマネジメントもやっている。それがSpecial Projectだ。
日本のKAJIMOTOさんだって、パリに支局を持ってワールドワイドに活躍している。
若手アーティストをパリ在住させて経験を踏ませるなど。やっぱり日本に限らず、どこのアーティスト・エージェントだってやっていることに違いない。
ただ、これだけは言える。
アーティスト・マネジメント、イヴェント企画会社にとって、いまのCOVID-19の問題は死活問題である。
これだけは間違いないことだ。
まさにいまが試練の時だ!
PENTATONEの新譜:児玉麻里さんのベートーヴェン弦楽四重奏のピアノ編曲版 [ディスク・レビュー]
児玉麻里によるベートーヴェン・イヤー2020に贈る最高の変化球。
PENTATONEレーベルによる児玉麻里・児玉桃の姉妹共演の「チャイコフスキー・ファンタジー」に続くキングインターナショナル企画による第2弾だそうだ。
児玉麻里さんのここ最近の録音は、キングインターナショナルが日本独自企画という形でしっかりと日本側からアルバム・コンセプトをサポートしているのが、素晴らしいですね。
現地レーベルに所属する日本人アーティストのアルバムコンセプト含め、企画そのものを日本側からしっかりサポートしていると、そのアーティストのことをよく考えてくれるしいいと思いますね。それじゃ日本のレーベルでいいのじゃないか、と仰いますが、そこは海外レーベルならではのプロモーション、販路など、そこには日本のレーベルでは成し得ないメリットもたくさんありますね。
しっかりと日本側からサポートしてあげるというのは、いままでになかった素晴らしい戦略アプローチだと思います。
児玉麻里さんといえば、ベートーヴェンのスペシャリスト。
児玉麻里さんにとって、ベートーヴェンは特別に大切な作曲家で、これまでにPENATONEに録音してきたベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集と、そしてキングインターナショナルによる日本独自企画・限定盤のベートーヴェン ピアノ協奏曲全集と、ベートーヴェンについて大きな主要作品を残してきた。
ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集のほうは、旦那さまのケント・ナガノ氏とベルリン・ドイツ交響楽団とのSACD全集。2006年から2019年にかけてベルリン・イエス・キリスト教会で録音されてきた力作だ。ベートーヴェン・ピアノ・コンチェルトは1番~5番であるが、このSACD-Boxには特別に第0番という作品も収録されているのだ。
第0番は、ベルリン州立図書館に所蔵されていた第0番の自筆譜にあたり、緻密なリサーチを経て、両者で丁寧に解釈を深めていったとても貴重な作品。このSACD-Boxはぜひ、ぜひ買わないといけない、と思っていて、そのままになっていたので、さっそくいま注文しました。
もちろんレビュー日記も後日書かせてもらいます。
ベートーヴェンについて、ピアニストとして、そういう大きな偉業を残してきた後なので、今回のPENTATONEへ録音したベートーヴェンの作品は、まさに”変化球”という表現は言い得て妙なのだと思いました。
今回のアルバムは、2つの偉大な業績の後の補巻という位置づけで、なんとベートーヴェンの弦楽四重奏をピアノで編曲した作品を演奏する、というびっくり仰天の内容なのだ。
まさに児玉麻里によるベートーヴェン・イヤー2020に贈る最高の変化球。
「ピアノによるベートーヴェン:弦楽四重奏曲~サン=サーンス、バラキレフ、ムソルグスキー編曲」
児玉麻里
児玉麻里
小澤征爾さんが「クラシック音楽の基本は弦楽四重奏」と仰ったのは有名な話。
また室内楽の最高峰とも云われる弦楽四重奏。
ベートーヴェンの16曲の弦楽四重奏をいま一度じっくり腰を据えて聴いてみたいと思いながら、すでにもう何年・・・。
これを児玉麻里さんのピアノで聴けるのは最高ではないか!
このベートーヴェンの弦楽四重奏曲のピアノ版への編曲者がサン=サーンス、バラキレフ、ムソルグスキーといういずれもピアノ音楽の傑作を残しているひとかどの作曲家である点が素晴らしい。
ベートーヴェンが生涯にわたり作り続けたのは弦楽四重奏曲。
ベートーヴェン好きのピアニストにとり、この世界を担える弦楽器奏者は羨望の存在であった。
ベートーヴェン好きのピアニストにとり、この世界を担える弦楽器奏者は羨望の存在であった。
それが今回実現したということになる。編曲者は大物ながら、児玉麻里さんはあくまでベートーヴェン弾きの側から見た世界を主にしている。児玉麻里さんもベートーヴェンの弦楽四重奏曲をピアノ曲として弾くのはもちろん初めての経験である。
ベートーヴェン:
● サン=サーンス編:弦楽四重奏曲第7番 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
~第2楽章アレグレット・ヴィヴァーチェ・エ・センプレ・スケルツァンド
● サン=サーンス編:弦楽四重奏曲第6番 Op.18-6~第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポ
● バラキレフ編:弦楽四重奏曲第8番 Op.59-2「ラズモフスキー第2番」~第3楽章アレグレット
● バラキレフ編:弦楽四重奏曲第13番 Op.130~第5楽章カヴァティーナ
● ムソルグスキー編:弦楽四重奏曲第16番 Op.135~第2楽章ヴィヴァーチェ
● ムソルグスキー編:弦楽四重奏曲第16番 Op.135~第3楽章レント・アッサイ
● サン=サーンス編:弦楽四重奏曲第7番 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」
~第2楽章アレグレット・ヴィヴァーチェ・エ・センプレ・スケルツァンド
● サン=サーンス編:弦楽四重奏曲第6番 Op.18-6~第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポ
● バラキレフ編:弦楽四重奏曲第8番 Op.59-2「ラズモフスキー第2番」~第3楽章アレグレット
● バラキレフ編:弦楽四重奏曲第13番 Op.130~第5楽章カヴァティーナ
● ムソルグスキー編:弦楽四重奏曲第16番 Op.135~第2楽章ヴィヴァーチェ
● ムソルグスキー編:弦楽四重奏曲第16番 Op.135~第3楽章レント・アッサイ
モーツァルト:
● ベートーヴェン編:クラリネット五重奏曲 K.581~第4楽章アレグレットと変奏曲
● ベートーヴェン編:クラリネット五重奏曲 K.581~第4楽章アレグレットと変奏曲
興味深いのは、サン=サーンス、バラキレフ、ムソルグスキーが原曲をただピアノに置き換えるのではなく、それぞれのピアニズムを反映させつつ完全なピアノ曲にしていること。
サン=サーンスとバラキレフは難技巧の要求されるピアノ曲が多く、それらと同様のレベルが要求されるものとなっている。超お宝がムソルグスキー編曲による第16番。ムソルグスキーはもっぱら編曲される側の作曲家で、彼の編曲は極めて珍しい。ムソルグスキーはベートーヴェンを崇拝しており、彼の激しく革新的な音楽の原点だったことを認識させてくれるのではないか。この編曲は楽譜が極めて入手困難なためムソルグスキー研究家の間でも伝説となっていたものだそうだ。それがついに音になったということになる。ベートーヴェン最後の弦楽四重奏曲の異常な感覚がムソルグスキーの異常な感覚とあいまって世にも稀な逸品となっている。
おまけとしてベートーヴェンがモーツァルトの名作「クラリネット五重奏曲」のフィナーレをピアノ独奏用に編曲したものも収められている。(HMVサイト記載情報による)
じつにいい素晴らしい企画力。
さっそく聴いてみた。
まず直感的に思ったのは、弦楽四重奏というストリングス的なサウンドを聴いている感じがしない、そんな面影が一切ない、まったく独立した立派なピアノ曲として体を成していることだ。
原曲を知らなければ、オリジナルのピアノ曲としてまったく違和感なく受け入れられる。
ピアノへの編曲版というのはオーケストラの交響曲をピアノ編曲版にしたものというのは何曲か聴いた経験はあるのだが、やはりそこには原曲の面影があって、置き換え感という感覚がどうしても漂ってしまう。(もちろんそのピアノ編曲バージョンはそれはそれでまた大変魅力的ではあります。)
ここではそういうものを感じない完全な独立したオリジナリティを感じますね。
それはやっぱりサン=サーンス、バラキレフ、ムソルグスキーというそれぞれの作曲家独自のピアニズムが色濃く反映されていて、原曲の面影がないからなのだと思います。
とても新鮮に感じます。
そしてやっぱりどうしても感じるベートーヴェンの音楽の様式感。ベートーヴェンのピアノ曲を聴くと、それはショパンでもない、モーツァルトでもない、ベートーヴェンらしい骨格感のある美しさ、厳格さがありますね。
男らしい旋律の中にふっと一瞬現れる女性的な美しい旋律がなんとも堪らなく美しいです。
そういうベートーヴェン音楽特有の様式感って絶対ありますね。
聴いていると、あ~やっぱりベートーヴェンだ、と感じてしまいます。
それは決してベートーヴェン・オリジナルの作品ではなく、サン=サーンス、バラキレフ、ムソルグスキーによる編曲版でもその気高い精神性は間違いなく伝わってきます。
そこはけっして損なわれていないと思います。
児玉麻里さんがベートーヴェンを生涯のライフワークにしているのもよくわかります。
今回のこのPENTATONEの録音は、オランダのヒルフェルムス、MCOスタジオ1で収録された。もうこのヒルフェルムスのMCOスタジオというのは、ポリヒムニアが専属契約してずっと使ってきているスタジオなのだ。PENTATONEの黎明期の録音の頃から大半のディスクでこのクレジットを見かけている。
コンサートホールに出張録音するか、このMCOスタジオなのか、のどちらかである。室内楽の録音が多いが、このようにスペースの大きいスタジオなので、オランダ放送フィルのようなオーケストラの録音でも使用されている。
そもそもオランダのヒルフェルムスというところは、オランダ中部北ホラント州の基礎自治体(ヘメーンテ)。ヨーロッパ最大のコナベーションエリアであるランドスタットの一角を占めているエリアだそうだ。
首都アムステルダムの南東30km、ユトレヒトの北20kmに位置している。1920年代から続く短波ラジオ局のラジオ・ネーデルランドなどのラジオ局、テレビ局が集中しているため、「メディアの街」と呼ばれている。
このスタジオ写真をずっと見てきた自分の予想なのだけれど、このMCOスタジオというのはテレビ、ラジオ公開放送用のスタジオではないか?と思うのだ。
写真で見ると観客席の奥行きが浅いのでコンサートホールとは思えないのだ。そうすると普通に公開録音するため、その観客用の座席で、そのための放送録音スタジオなのではないか、と思うわけだ。
だから壁にはきちんとコンサートホールのように拡散材パネルも装飾されている。
スタジオだから、MCOスタジオ1~5までと複数別れているのだと思う。
メディア街だから、こういう施設が多いのだろう。
メディア街だから、こういう施設が多いのだろう。
PENTATONE、ポリヒムニアはずっとこのMCOスタジオを愛用してきています。
自分はいままでPENTATONEの数多のアーティストがここを使っている写真を数多く観てきました。児玉麻里・児玉桃さんの「チャイコフスキー・ファンタジー」もこのMCOスタジオで収録されました。
児玉麻里さんと録音エンジニア・エルド・グロート氏とピアノ調律師マイケル・ブランデス氏。(c)Mari Kodama FB
ポリヒムニアのバランスエンジニア、録音、編集は、お馴染みエルド・グロート氏。
もう長年自分が聴いてきた期待を裏切らない録音ですね。
ポリヒムニアがピアノ録音を録るとまさにこういう音がします。
ピアノ録音の素晴らしさで定評のあるDGは、どちらかというと硬質でクリスタル感のある音色なんですよね。ピンと張りつめたようなそういう透明感が命みたいな・・・。
でもポリヒムニア、PENTATONEが録るピアノの音は、温度感が高めで、質感の柔らかい音色なんですよね。彼らの録るピアノの音は昔からこういう音がします。
一発の出音を聴いた瞬間、あ~やっぱりと思いました。(笑)
ピアノ録音のオーディオ再生で大切なことは、打鍵の一音一音に質量感が出るような再生ができるかどうか、ですね。このニュアンスが出るとピアノのサウンドは最高の鳴り方をしますね。
児玉麻里さんの今回の録音、じつに素晴らしいです。
期待裏切らないいつも通りのサウンドでした。
期待裏切らないいつも通りのサウンドでした。
最後にブックレットの中に記載されている児玉麻里さんの今回の新譜に対する寄稿コメントを紹介しておこう。
PENTATONEの新譜は、必ずブックレットの中で冒頭にアーティストに寄稿をさせる。
それが彼らのスタイルなのだ。
この児玉麻里さんの寄稿には溢れんばかりのベートーヴェン愛と尊敬の念が記されている。
”真の芸術は、頑強なものである。”
おそらくルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンほど私を大きく揺り動かしてきた芸術家はいないであろう。この数十年間、私はこの個性的な作曲家とともに歩んできた。私は子供のとき、ティーンエージャーのとき、そして学生のとき、そして今なお、コンサートで彼の曲を弾いている。
私はベートーヴェンとともに生きてきたし、彼の音楽を聴いてきた。
そして彼をもっと深く理解したいとずっと努力してきたし、特に、彼の作曲技法の複雑さや深さ、そしてそれが与えるインパクトについて理解したいと思ってきた。この男は実際のところどのような男なの?ときどき、もし私が彼に会えるチャンスがあるとしたら、彼に何を聞くべきかを考えることがある。
この数十年の間、ベートーヴェンは私の芸術作品という観点からだけでなく、自分の人生の哲学者でもあってきた存在だった。それはどうして?それはあきらかに、彼の芸術作品やそう至るまでの中で表現してきた考え方の中に、”真の芸術は、頑強なものである・・・それはけっして見かけのいい綺麗な形に抑制することはできない。”という言葉があるからだ。
彼は耳が不自由であったにもかかわらず、他人と会話をすることを助けた1820年の会話本の中にそう書かれている。この本では、彼にとってあきらかにネガティブなことではなく、そして彼の芸術に関することだけでもなく、個人の尊厳に寄与する個人の自由、人間の主張についての考え方がまとめられている。
しかしながら、同時に、この自由を自分のものとし、それを発展させ、従来の伝統的な考え方を超えるなにか新しいものをつねに探し創作する責務についてもまとめている。
彼の作品にはすべて、己で決め、己で理解すること、そしてそれを前へ動かし成長させることが要求される。これは常に彼自身がおこなってきたことであり、すべての作曲の中に新しい音楽的手法をつねに探しながら、彼の時代の作曲技法を超えるなにかを見つける、そしてそれが彼の曲にある偉大なるダイナミズムにもなる要因ともなっていた。
彼は決して同じことを繰り返さなかった。
私は彼のそのような姿勢をとても楽観主義なものとして捉えていた。彼の作品には大きな希望がある。そして人間は自分の個性を守るためと、それをさらによい方向へ発展させるために、その知性を喜んで使うことができる。彼は自分の人生がもっとも深い暗闇の中にあろうとも決して希望を諦めなかった。
それが私に深い影響を及ぼしてきた彼の音楽である。
ベートーヴェンは間違いなく、私の中にある楽観主義に大きな貢献をしてきた。
このレコーディングでは、私はいつもとはまったく違う側面からベートーヴェンにアプローチした。初めて、彼の弦楽四重奏から抜粋してピアノで演奏した。これは私にとって大変感動的な体験であった。ピアニストとして、私は彼のその弦楽四重奏の作品を聴いてきたが、そのときはそのモダンでパイオニア的な手法という観点から非常に彼を尊敬していた。演奏家にとってピアノを弾かずに、ただ聴いているだけというのは、子供が手の中に収めてみたいという、いわゆる把握したい、触りたいという観念にとらわれているのを禁じられているような感覚に似ている。
それはスコアを勉強して、その作品に深く入り込み、私自身がどのように弾こうか、どのように音楽を奏でていくか、という気持ちからくるものであった。
結果として、サン=サーンス、ムソルグスキーやバラキレフのような有名なベートーヴェンの弦楽四重奏のピアノ編曲版を勉強することでベートーヴェンと彼の作品へ新しくアプローチすることが可能となった。
まず最初にいま私が弾くことができるベートーヴェンの後期の作品のパートを弾く、その3人の作曲家との違いが理解できるように。そしてつぎに私にとって同じような感覚のパートを彼らの作品の中で探して弾けるようになる。そうすることでベートーヴェンにより近づくことができるし、彼を完全に理解することができる。
これらのピアノ編曲版を弾けるようになって、実際のところその作業はピアノ編曲というより、アレンジというか、やや詩的適応という感じの作業なのだけれど、おかげでこれら3人の作曲家がどのようにベートーヴェンを理解しているのか、どのようにベートーヴェンの弦楽四重奏のエッセンスを正確に表現しているのか、そしてどのように彼ら独自の音楽性を盛り込んでいるのか、そしてそれゆえにベートーヴェンが絶えず要求していた頑強さというのを、正確に表現できていたかを学ぶことができた。
このような編曲版を演奏できる機会を得ることができて、たとえベートーヴェンその人の作品でなくても、サン=サーンス、ムソルグスキーやバラキレフ、彼らによるベートーヴェン観を、学ぶことができたのではないか、と思っている。
編曲版で表現されているように、彼らの解釈は、私にとって、よりベートーヴェンに対してより理解が深まり、新しいベートーヴェン像を描き切ってくれたと間違いなく思います。この録音を聴いてくださる皆様方にとっても同じであるように。
児玉麻里
Mari kodama
無観客上演でのライブストリーミング配信 [雑感]
新型コロナ(COVID-19)感染症予防対策として、コンサートなどの観客が集まるイヴェントは軒並み中止、延期の嵐だ。専門家はここ1~2週間が最大の山だと言っているために自粛要請。
でも2週間経過したら、再開できる、よくなっているという保証はどこにあるのだろうか?なにを、どこを基準にして再開します、と判断するのであろうか?みんな先が見えなく不安で仕方がなく毎日憂鬱な日々なのではないだろうか?
自分のSNS TLはクラシック専門なので、もうこの問題はみんなの生活に直結している。
フリーランスは最大の危機だ。
フリーランスは最大の危機だ。
まさか、神様は地球にこんな試練を与えるとは・・・。
武漢で騒いでいた時は、どこか他人事だったかもね。たった1日をきっかけにパンデミック・レベルだ。クラシックのコンサートは、もう3月の予定はほとんど全滅で中止か延期。4月もどうだか。
こんな国難に遭遇して、ここに来てクラシック界の中でひとつの流れが出てきたように感じる。それは中止になった公演を、無観客で演奏して、それをインターネットで無料でストリーミングでみなさんに届ける、という動き。
まず、びわ湖ホールで毎年大人気で即決ソールドアウトのびわ湖リングこと、ワーグナーのニーンベルクの指環。今年は最後の「神々の黄昏」。
最高に盛り上がるはずが、無念の中止。延期ではなく、中止だ。
びわ湖ホールの自主制作なので、自分の懐を痛めて制作しているわけだが、その製作費1億6千万!これが中止になって全部水の泡。大損害だ。
チケットは払い戻しだが、それで終わらない。せっかく1年以上かけて作ってきた舞台装置ふくめ、このまま埋もれてしまうのは勿体ないということで、これを無観客でオペラ上演し、YouTubeでストリーミングで流すという。しかも無料で。
もう神対応というか、涙が出てきしまった。
さぞかし無念であったろう。
さぞかし無念であったろう。
さらにはDVDにも記録して、販売するという。
でもDVDでの売り上げなんて、製作費1億6千万に比べたら雀の涙だろう。
でもDVDでの売り上げなんて、製作費1億6千万に比べたら雀の涙だろう。
無料ライブストリーミング配信
各日、公演の模様を無料ライブストリーミングで同時配信します(ドイツ語上演・字幕なし)配信日時:令和2年3月7日(土)・8日(日)各日13:00開始、19:00終了予定
各日、公演の模様を無料ライブストリーミングで同時配信します(ドイツ語上演・字幕なし)配信日時:令和2年3月7日(土)・8日(日)各日13:00開始、19:00終了予定
つぎにミューザ川崎。
これも東響(東京交響楽団)の名曲全集とモーツァルト・マチネの2公演が中止となった。でも音楽を届けたい!というミューザ&東響の熱い想いから、やむなく公演中止となった2公演をニコニコ生放送「東京交響楽団 Live from Muza!」として急遽配信することになった。
3/8「名曲全集」3/14「モーツァルト・マチネ」の2公演を無料・登録なしで生視聴できる。
3月8日 (日) 14:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団「名曲全集第155回」
ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団「名曲全集第155回」
3月14日 (土) 11:00開演
モーツァルト・マチネ 第40回
そうかぁ、ライブストリーミングの使い方としてこういう使い方があるのか~と思っていた矢先。もっとも恐れていたことが!
東京・春・音楽祭も、中止になったコンサートを、無観客で演奏し、無料でライブストリーミングだ。
◎3/14(土)15:00 林 美智子(メゾ・ソプラノ)& 与儀 巧(テノール)にほんの歌を集めて
◎3/14(土)18:00 The Ninth Wave - Ode to Nature 目で聴き、耳で視る「ベートーヴェン」
◎3/15(日)16:00 ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽
苦渋の決断とも思われるが、まっ3月のコンサートだから仕方がないのかも。
IIJという日本のインターネット・プロバイダーの草分け的存在がこういう選択肢をしたことが、クラシック業界で、こういう無観客上演、そして無料でインターネットでライブストリーミングというひとつの流れの本筋を作るのかもしれないですね。
この新コロナが終息するまでの間のこれからのやり方として、という意味です。
でもチケットは払い戻しだし、しかもこのライブストリーミングも無料。もうほとんど善意でやっているみたいなものですね。
びわ湖のほうでは、ぜひ視聴ユーザが銭落としできるような仕組みにしてほしいという声が多かったです。善意のつもりでしょうけど、製作費1億6千万で作った作品を無料で観るのは忍びない・・・ちょっとでもお役に立てれば・・・という意見が多かったです。
本来、ライブストリーミングという技術はこのために開発されたものではないだろう。(笑)
ライブストリーミングの演奏を観て、家にいるユーザーは本当にコンサートホールの聴衆として聴いているときのような臨場感、興奮感を同じように得られるのか?
開発のお披露目のときは、もちろんそういう謳い文句だ。
コンサートホールで聴いているような感じです。。。あの感動が蘇りますとか。
コンサートホールで聴いているような感じです。。。あの感動が蘇りますとか。
でもいざこういう国難で、こういう使い方をされると、ライブストリーミングで観れるから、生演奏に行けなくてもよかったです。。。とはならないはずだ。ライブストリーミングはあくまで副次的な産物でしかないだろう。
やっぱりステージ上の演奏者と聴衆との間の息もつけぬほどの真剣勝負のやりとり、あのスリリングある緊張感、興奮は生演奏あってのこと、そこでしか体験できないことだと思う。
異論はあるかもだけれどこれは自分の感覚、意見です。
もちろん技術の世界ではなるべく、それに近づけるように努力を続けるのでしょうが、現時点では自分はやはり生演奏には敵わないと思います。
びわ湖の1億6千万だけじゃないです。軒並み中止になっているコンサートの興行主やプロモーターは、もう大変な赤字負債を抱えている。
このまま続くとみんな破産しちゃうよ。
人が集まることが感染になってしまう、だからそれができないイコール、世の中のビジネスは全部成り立たない、というのは、悪魔はよくそういうトリックを考えつくもんだな、というほどの試練ですね。
自分も人生初の体験だと思います。
この国難は・・・
この国難は・・・
とりあえず、近々の予定では、東京・春・音楽祭のトリスタンとイゾルデはどうなるのか?4月上旬だけれど。やっぱり無観客での無料ライブストリーミング?
そして5月のマーラーフェスト2020は?
東京・春・音楽祭は、全公演被害を被るとなると、もうこりゃ想像したくないほど大打撃だ。
大相撲の春場所も無観客、春の甲子園も無観客。
東京五輪も無観客?
う~ん、それは、あまりにも寂しすぎるし、厳しいな・・・
東京五輪も無観客?
う~ん、それは、あまりにも寂しすぎるし、厳しいな・・・
マーラー・パビリオン [海外音楽鑑賞旅行]
マーラー・パビリオン(Mahler Pavilion)というのは、アムステルダム・コンセルトヘボウのコンサートホールの向かいにあるMuseumpleinという草原の広場(ここは同時にゴッホ美術館、アムステルダム市立美術館にも囲まれている地理になる。)に造営される大型テントのことである。
ここでは、コンサートホールの本公演のチケットが取れなくてホールに入れなかった人のために、このテントの中の大型スクリーンで、ライブストリーミングでその公演をパブリック・ビューイングできるような企画になっているのだ。
これは前回のマーラーフェスト1995で初めて取り入れられた企画だった。今回のマーラーフェスト2020でも同じ試みがなされる。
ぜひ体験してみたいと思っていたのだが、このライブストリーミングは聴き逃し配信ではなく、リアルタイムのストリーミング配信である。だから本公演と同時の時間帯に開催される。
だからホールで生演奏を聴くのであれば、パブリックビューイングのほうは体験できない。
ただ、現在の自分のチケット獲得状況は、第2番「復活」だけが取れていなくて、リターンチケット待ちなのだ。だったら、ぜひこのマーラー・パビリオンのパブリックビューイングのほうで体験すればいいと思っていたのだが、なぜか第2番「復活」だけはこのライブストリーミングでさえもずっとSold Outだったのだ。
2番復活は本当にすごい人気だ。
ところがなんと今日、偶然にもマーラー・パビリオンのほうのライブストリーミングのほうの第2番「復活」のチケットにリターンがでた!もちろんすかさずゲット!
やったー!
大人気の第2番「復活」は、コンサートホールでの生演奏ではなく、マーラー・パビリオンでのライブストリーミングで体験できることになった。
これで見かけ上ではあるけれど、今回のマーラーフェスト2020は全公演コンプリートできたことになる。
もちろん本チケットの方のリターンチケットが出てきたら、そちらを買うけれど、ある意味、せっかく現地のマーラー・パビリオンのライブストリーミングを体験したいと思っていたのであるから、こちらのほうが返って好都合なのではないか?
2番復活のリターンチケットはなかなか出てこなかった。
昔、アバド&ルツェルン祝祭管のマーラーツィクルスのBlu-rayをコンプリートしようとしたら、どうしても2番復活だけ入手できなかった。そして今回も2番復活だ。やっぱりオレのマーラー人生は、復活に困るようになっているんだと、つくづく思いました。
そして昨日、「復活」の指揮に生涯をかけた男、ギルバート・キャプランの日記を書いた。
その翌日にまさか復活のチケットが出てくるとは!(笑)
効果あったかな?
やっぱり自分には音楽の神様がついているんだ、と思いました。
やっぱり自分には音楽の神様がついているんだ、と思いました。
それも本チャンの生演奏のチケットでなく、ライブストリーミングのほうのチケットとはいかにもオレらしい。でもそれが結局、マーラー・パビリオンをも体験できる横裾を広げることになったんだから万事オーライだ。
もし、この後、本チャンの復活のリターンチケットが出てきたらどうする???(笑)買うか?そのままにするか・・・きっとプラチナだからプライスレスに凄い跳ね上がっているだろう。
確保してある予算もだんだん目減りしてきて、そこまでして、懐を痛めなくても、いまのままでOKじゃないのか?
コンシェルジェからの情報によると、コンセルトヘボウの営業と話す機会があったらしいのだが、ライブストリーミングはヨーロッパでも取り入れられ始めており自信があると言っていたそうだ。
ただ、コンセルトヘボウの隣の広場でのマーラー・パビリオン内のスクリーンへのライブストリーミング、コンセルトヘボウとしても初の試み。また、ヨーロッパ内でライブストリーミングの装置機材を使いまわしている、とも言っていたそうだ。
なんか生々しくてドキドキしてきたな。(笑)
オーディオマニア目線でしっかりとチェックしてきたい。
画質はブロックノイズなんか出ていないか?画質のクオリティーはどうか?音質はどうなのか?
できればどういう信号諸元で伝送されているのかも知りたい。
もちろん大型テントの中がそもそもどんな風景なのか、またシステムの機材の様子の写真なども撮影してしっかりレポートしてきたい。
マーラーフェストは、結局つぎの4つのイヴェントがおこなわれると要約することができる。
要はアムステルダムでおこわなわれるマーラーフェスト2020って全部でどんなことをやるの?と言われれば、この4つのイヴェントに要約できる、ということだ。
①アムステルダム・コンセルトヘボウでのコンサート
②マーラー・パビリオン(大型テント)でのイヴェント
③アムステルダム市街での施設(映画館・美術館・ライブハウス)での映画、展示、コンサート。
④各家庭へのオンラインのライブストリーミング
②マーラー・パビリオン(大型テント)でのイヴェント
③アムステルダム市街での施設(映画館・美術館・ライブハウス)での映画、展示、コンサート。
④各家庭へのオンラインのライブストリーミング
④については、2020年3月に発表があるので、そのときにまた報告する。
この4つのイヴェントの詳細は下記に記されている。ぜひご覧ください。
この日記では、②のマーラー・パビリオンについてさらに詳しく紹介してみたい。
マーラー・パビリオン(Mahler Pavilion)では、ライブストリーミングの他に、本番のコンサートの前の講義であるMalher talks、マーラーに関する映画やドキュメンタリー、ランチコンサート、そしてマーラーの時代にあったいまとは異なる様々な決まりごとについては、権威ある学者、プレゼンターによる講義などが企画されている。
フェスティバルの最初の1週間は、ウィーンの国際グスタフ・マーラー協会と、オランダのグスタフ・マーラー財団による2日間のシンポジウム~マーラーの交響曲と歌曲でつかったテクストについて:Life and Death(生と死)~が開催される。
飲み物や食べ物については、フード・トラック(キッチン・カー)というスタイルで提供される。”マーラー・カフェ”と言うそうだ(笑)。
マーラー・ドキュメンタリー
10の短いドキュメンタリーが、コンセルトヘボウからの依頼によって制作会社MediaLaneTVによって委託されてきた。もちろんその一部はマーラー財団によって出資されているものなのだが。ドキュメンタリーは各交響曲についてひとつずつ作られていて、その交響曲についてのバックグランド、環境などが描かれている。これらのドキュメンタリーはコンセルトヘボウのメインホールでコンサートの前に、そしてマーラー・パビリオンでライブ・ストリーミングで放映される。
マーラーと若い子供たち
オーディエンスには、マーラーの作品について紹介されることになる。コンセルトヘボウは、マーラーについての特別レッスンを、デジタル '123ZING'プログラムを通して提供する。そして2月上旬、”私、私自身、そしてマーラー (Me,Myself and Mahler)”というタイトルのプロダクションが発起され、10歳、11歳くらいの4000人の学校の子供たちが参加する予定である。春の終わりの頃のシーズンの春休みでは、Vreemde Vogels ”奇妙な鳥”とタイトルのつけられたファミリーコンサートが、Staatsbosbeheer(オランダ政府による環境保護政策団体)との協力で森の自然の中やホーゲフェルウェ国立公園で開催されることになる。
アムステルダム市街でのマーラー
他のアムステルダムの文化教育機関も同様にマーラーフェスティバルに参加する。パラディソ(1960年代後半のヒッピー運動がきっかけとなって設立されたライブハウスで、今でもオランダで一番有名なステージ)、アムステルダム国立美術館、そして映画館 Bellevueなどもホストコンサートや映画上映をおこなう。
ゴッホ美術館もマーラー、そして同時期に生きた人、グスタフ・クリムト(世紀末ウィーンを代表する帝政オーストリアの画家)やオスカー・ココシュカ(20世紀のオーストリアの画家。 クリムト、シーレと並び、近代オーストリアを代表する画家の一人)について、マーラー・パビリオンの中で講義をおこなう。
アムステルダム国立美術館は、”マーラーとオランダの友人たち”というタイトルで、マーラーやメンゲルベルクや他のオランダの友人たち、作曲家のアルフォンス・ディーペンブロックなどの写真を額縁入りで、特別に展示する予定である。
年初の日記での紹介では、やや漠然とした形で風呂敷を広げるような感じであったが、ここにきて、結局どんなことをやるのかが明確になったといえる。
それじゃ、結局自分が現地にいってやるべきThings To Doってなに?ということになると、
・アムステルダム・コンセルトヘボウでメインホール(交響曲、歌曲)とリサイタルホール(歌曲室内楽版)でコンサートを聴く。
・マーラー・パビリオンで第2番「復活」のライブストリーミングを鑑賞する。
・マーラー・パビリオンでランチタイム・コンサートを楽しむ。
・アムステルダム国立美術館で、”マーラーとオランダの友人たち”の絵画展を鑑賞する。
・アムステルダム国立美術館で、いま修復中(修復されているが鑑賞可能になっている。)のレンブラントの”夜警”を鑑賞する。(マーラーはこの絵画を見てインスピレーションを得た。)
・マーラー・パビリオンで第2番「復活」のライブストリーミングを鑑賞する。
・マーラー・パビリオンでランチタイム・コンサートを楽しむ。
・アムステルダム国立美術館で、”マーラーとオランダの友人たち”の絵画展を鑑賞する。
・アムステルダム国立美術館で、いま修復中(修復されているが鑑賞可能になっている。)のレンブラントの”夜警”を鑑賞する。(マーラーはこの絵画を見てインスピレーションを得た。)
いま決まっているのは、まずはこれだ。
マーラー・パビリオンで開催されるランチタイム・コンサートはぜひ体験したいと思う。
13:00~13:30の30分だけのコンサートで、無料コンサートだ。(無料だけれど、でもチケットは必要。定員数が決まっているから売り切れにならない内に買っておかないと。。。)
このコンサートでは若くて才能のある有名なアーティストを楽しむことができる。マーラーの音楽とはちょっとアレンジの違う音楽、マーラーと同世代の音楽や、マーラーの影響を受けているクレズマーやジャズのような幅広いジャンルの音楽の作曲家の方々の音楽など・・・。
自分が参加する予定のこのフリーランチタイム・コンサートの日程を紹介しよう。
全部で5公演行くつもりだ。
2020/5/11(月)13:00~13:30 Free Lunchtime Concert in Mahler Pavilion
ピアノラを伴奏にしてのマーラー歌曲の独唱。
ソプラノ:ジャネッテ・フォン・シャイク
ピアノラは、ピアノラ博物館の協力による。
ピアノラ:穴の開いたテープを用いて鍵盤を動かす、機械的に演奏されるピアノ。
(マーラーの歌曲がプログラミングされている。)
(マーラーの歌曲がプログラミングされている。)
2020/5/12(火) 13:00~13:30 Free Lunchtime Concert in Mahler Pavilion
クレズマー音楽
(東欧系ユダヤ(イディッシュ)、アシュケナジムの民謡をルーツに持つ音楽ジャンルのひとつ。)
'Trio C tot de derde'
ヴァイオリン:カール・デン・ヘルトッグ
クラリネット:カスパー・テラ
アコーディオン:クー・レッテイング
ヴァイオリン:カール・デン・ヘルトッグ
クラリネット:カスパー・テラ
アコーディオン:クー・レッテイング
2020/5/13(水)13:00~13:30 Free Lunchtime Concert in Mahler Pavilion
レオ・スミットの作品。
マーラー歌曲室内楽版など。
マーラー歌曲室内楽版など。
Leo Smit Ensemble(レオ・スミット・アンサンブル)
ソプラノ:イレーネ・マイセン
フルート:エレーノア・パーメイヤー
ピアノ:トービアス・ボースブーム
レオ・スミット財団の協力による。
レオ・スミット
オランダの作曲家。 アムステルダム出身。ポルトガル系ユダヤ人。アムステルダム音楽院でセム・ドレスデンについて作曲を学んだ後、1927年にパリに出て、モーリス・ラヴェルとイーゴリ・ストラヴィンスキーに大きな影響を受けた。死後長らく忘れられた存在だったが、1980年代から定期的に作品が演奏されるようになり、1996年にレオ・スミット財団が設立された。
2020/5/14(木) 13:00~13:30 Free Lunchtime Concert in Mahler Pavilion
ピアノ連弾
マーラー交響曲第6番 第2楽章 アンダンテ
マーラー交響曲第6番 第3楽章 スケルツォ
マーラー交響曲第6番 第3楽章 スケルツォ
ピアノ:ヴィヴィアン・チョウ
ピアノ:シェーン・モーガン・ルーニー
ピアノ:シェーン・モーガン・ルーニー
2020/5/15(金) 13:00~13:30 Free Lunchtime Concert in Mahler Pavilion
シェーンベルグ 浄められた夜
マーラー交響曲第5番 第4楽章 アダージェット
マーラー交響曲第5番 第4楽章 アダージェット
オランダ・ユース・弦楽オーケストラ
指揮:カール・デン・ハートッグ
指揮:カール・デン・ハートッグ
あとThings To Doの中に入れるべきかどうか残されているのは、シンポジウムとMahler talksを入れるかどうかなんですよね。
Mahler talksは、その交響曲&歌曲が演奏される直前に、その曲についての解説、いわゆるパネルをつかったプレトークみたいなものだと思う。でも正直言ってマーラーの曲はもう完璧な知識があるから、今更45分程度のプレトークを聞きたいとも思わないんですよね。なんといっても有料なので。無料だったら聞くかもしれませんが。
問題なのは、やっぱりシンポジウムのほうだと思う。
Life and Death(生と死)~マーラーの交響曲と歌曲でつかったテクストについて。2日間のシンポジウムなのだが、これはやっぱり受けたいかな?ウィーンの国際グスタフ・マーラー協会と、オランダのグスタフ・マーラー財団によるシンポジウムですからね。
これは貴重な経験だと思うんですよね。プログラム冊子みたいなものが配布されれば最高です。きちんと記録に残る。1日50ユーロだから5000円強。2日で1万円越えですか。
ちょっと悩ませてください。
あとは、マーラーの写真展や遺品などの展示会はどこでやるのであろうか?
マーラー・パビリオンの中でやるのだろうか?
そしてマーラーフェスト2020の記念グッズ売り場、これももうバンバン全部買っちゃいたいです。これもマーラー・パビリオンの中なのだろうか?
アムスのホテルは、コンセルトヘボウの近く。そしてマーラー・パビリオンもコンセルトヘボウの向かいの広場だとすると、フェスティバル期間中はずっとここら辺に居るという感じでしょうね。
アムス市街までトラムで出たりする時間はないと思う。
フェルメール美術館や、どうしても行きたいオランダ料理レストラン、そして運河の風景も写真に撮っておきたい。
あと、いまは言えないが極秘プロジェクトで訪問するところがある。(笑)
こういうミッションを満たす時間はあるのだろうか。
最後に、このマーラーフェスト2020をスポンサーしてくれる現時点での企業を紹介しよう。
まず、スポンサーとパートナー。
そしてファウンディングとGrant Provider。
まぁマーラー財団、メンゲルベルク財団、コンセルトヘボウ財団のほかオランダ企業多し。妥当と言えば妥当だが、放送・インターネット関係、IT・電機メーカー関係が見当たらないんだよね。この記念すべきフェスティバルの模様はぜひ放送してパッケージメディアとしても一般販売してほしいと思っているから、そういう関連の企業が見当たらないのがちょっとさびしい。
いくらいまのご時世とはいえ、ライブストリーミングで、ハイ終わりじゃなぁ~。(笑)
後世にちゃんと形として残してほしい。マーラーフェスト1995の非売品CD-Boxみたいな知る人ぞ知るというようなマイナーな扱いではなくて、ちゃんとメジャーな市場で一般商品として売ってほしいのだ。オーディオSACD Box(SACDはポリヒムニアなら絶対できる!)と映像Blu-ray Boxとして。(もちろんハイビジョンHD用CCD撮像素子の業務用カメラで撮影された完璧なHD画質で!(笑))
新型コロナウィルス騒動で、クラシック業界のみならず経済への大打撃などお先真っ暗な毎日のニュース。自分もマーラーフェスト2020に果たして行けるのか、全然不透明だけれど、ただ毎日鬱状態でボーっとしていても精神の健康に悪いだけ。
希望は捨てないよ。
ネバーギブアップ!!!
ネバーギブアップ!!!
せめてこういう日記でも書いていたほうが気分晴らしで精神的にもいいや!(笑)
マーラー交響曲第2番「復活」だけを振る男 [海外音楽鑑賞旅行]
ギルバート・キャプラン。この方の存在を知ったときは、世の中にはなんと面白い男がいるのだろう、と思ったものだ。男は夢を追いかける生き物、というのを地でいった方であろう。
マーラー交響曲第2番「復活」だけを振る男。
そして世界で最も有名なマーラー・フリーク。
そして世界で最も有名なマーラー・フリーク。
ウィーンフィルとのキャプランの2番復活は、自分の復活コレクションの中でも最高の超優秀録音。4年前の2016年の元旦に亡くなられたが、そのときは、そうかぁ、ついに亡くなられたか、という感じで、そのとき日記にしようとも思ったのだけれど、そのままになっていた。
昨日のマーラー音源紹介の日記で、ふたたび脳裏に復活。
キャプランの伝説は、クラシック音楽業界にいらっしゃる方であれば、もう誰もが知っている有名な話だけれど、改めて、自分からも紹介してみたいと思う。
ギルバート・キャプラン氏は、1967年創刊のアメリカの経済誌「インスティテューショナル・インベスター」の創刊者として実業に携わり、実業家としての成功をおさめる。青少年時代に音楽教育を受けたことはなかったが、大好きなマーラーの交響曲第2番「復活」を指揮することを夢見て、30代を過ぎてからゲオルク・ショルティに師事して指揮法を学ぶ。
40代なかばで、自費によるコンサートをエイヴリー・フィッシャー・ホールで行い、指揮者としてデビューする。最初で最後のはずが絶賛を浴び、あちこちのオーケストラから客演の依頼がくることとなり、「復活」のみを専門に振る指揮者として知られるようになった。
生涯に客演し「復活」を振った主なオーケストラは
ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
セントルイス交響楽団
ピッツバーグ交響楽団
ワシントン・ナショナル交響楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
北ドイツ放送交響楽団
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
ロンドン交響楽団
フィルハーモニア管弦楽団
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
スカラ・フィルハーモニー管弦楽団
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
フィンランド放送交響楽団
プラハ交響楽団
ブダペスト交響楽団
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
キーロフ歌劇場管弦楽団
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
ロシア・ナショナル管弦楽団
新日本フィルハーモニー交響楽団
メルボルン交響楽団
セントルイス交響楽団
ピッツバーグ交響楽団
ワシントン・ナショナル交響楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
北ドイツ放送交響楽団
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
ロンドン交響楽団
フィルハーモニア管弦楽団
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
スカラ・フィルハーモニー管弦楽団
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
フィンランド放送交響楽団
プラハ交響楽団
ブダペスト交響楽団
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
キーロフ歌劇場管弦楽団
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
ロシア・ナショナル管弦楽団
新日本フィルハーモニー交響楽団
メルボルン交響楽団
などである。
「復活」以外にはレパートリーも皆無であり、「復活」の指揮以外の音楽的キャリアもこれといってない(笑)。
しかし、「復活」に関しては世界的にも第一人者と目されている。音楽以外の分野で成果を収めたのちに中年以降に転じて成功した指揮者、ただ一曲だけを振り続けた指揮者という(笑)、世界でもまず他に例のない珍しい特性を二つも兼ね備えた稀な存在である。
1988年発売したロンドン交響楽団との演奏は、マーラー作品のCDとしては史上最高の売り上げを記録した。2002年には、私財で購入したマーラー自筆譜を元にした新校訂版「キャプラン版」での録音をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と行い、話題になった。
「復活」専門の指揮者のキャプラー氏は、40近いオーケストラと100を超える「復活」パフォーマンスのほか、「復活」のレコーディングも3度おこなった史上最強のマーラー復活フリークであった。
キャプラン氏は、アメリカの実業家で、26歳で経済誌を創刊し、一流へと成長させた凄腕経営者。音楽演奏には縁のない人生だったのだ。それが20歳のときに故レオポルド・ストコウスキー指揮アメリカ交響楽団によるマーラーの交響曲2番「復活」のリハーサルを見学し衝撃を受け、いつか、この曲を指揮したい!と夢を抱いたわけだ。
40歳になるのを機に、この夢を実現させることを決意。以後、マーラーの2番の演奏会を追いかけて世界中をかけまわり、1日9時間にも及ぶ練習を重ね、ついに指揮者たちの間でも敬遠される難解なこの曲をマスターした。
そして自費で1夜限りの復活のコンサートを実現。大成功を収め、最初で最後のはずが、つぎつぎとオファーが舞い込むようになった。まさに「復活」を振るだけで後世の人生を開拓していったのだ。
まさにアメリカン・ドリームですね。
キャプラン氏は、当初、ビジネスの世界で大成功していて、彼は経済誌の会社を7000万ドル(80億円)で売却していて、その潤沢な80億の資産が、この夢を叶えるべく音楽活動を支えたわけだ。
やがて「復活」の指揮・録音だけではなく、マーラーの自筆譜校訂、シンポジウム出席など、研究者としても活躍の場を広げ、もはや彼の音楽を「アマチュアの趣味」と言う人は皆無となっていた。
金持ちの道楽恐るべし!まさに「復活」に生涯をかける形で、しかも「道楽」のレベルをはるかに超えた、学問的成果をも残した、というところがスゴイではないか!
自分は最初この話を知ったとき、不覚にも思わず笑ってしまった。(笑)
こんな男が世の中にいるとは!
こんな男が世の中にいるとは!
でもそれはやはり金を持っていた、資産家だからできたことなんだな、とその当時納得した。結局この世の中、なにをやるにしても金。先立つものがないとダメなんだな、と。
クラシックの作曲家は、モーツァルトにしてもベートーヴェンにしても、そしてワーグナーにしてもつねに金に困っていた。ワーグナーだって、ルィートヴィッヒ二世というパトロンがいなければ、あのような大成功は成し得なかったであろう。
それを自らの資産で、自らの力で、運命を切り開いていった男が、このギルバート・キャプランという男なのだ。
この復活だけを振る男、ギルバート・キャプラン氏は日本にも来日している。
1984年4月12日 NHKホールで新日本フィルを振って、この復活を披露しているのだ。
そのときのポスターがこれ。
そのときのポスターがこれ。
指揮:ギルバート・キャプラン
管弦楽:新日本フィルハーモニー管弦楽団
ソプラノ:ヨン・ミ・キム
メゾ・ソプラノ:シルビア・リンデンストランド
合唱:晋友会合唱団
単なる話題集め、とも揶揄されたこの公演。でも大成功に終わった。
なぜ新日本フィルなのか、あの晋友会合唱団が参加しているなんて驚き。
この組み合わせから考えても、ひょっとすると同じ「復活」が大好きな小澤征爾さんの鶴の一声があったのではないか?とも思ったり・・・。
単なる金持ちの道楽で終わらなかったのが、この「復活」を徹底的に研究し尽くしたこと。それは、いわば「復活」のエキスパートとしての数多い指揮活動の副産物のようなものだったとも言われている。
これがキャプランの復活で1番有名なウィーンフィルとの録音。
DG SACDでSACD5.0サラウンド。Emil Berliner Studiosのライナー・マイヤール氏がトーンマイスターの超絶優秀録音である。
自分の中でマーラー2番復活といえば、この録音が1番だ。
2002年におこなわれたこの録音は、単に優秀録音というだけではなく、キャプランの私財で購入したマーラー自筆譜を元に自らが研究して改訂をおこなった新校訂版「キャプラン版」による演奏なのだ。
この「キャプラン版」についてはこんな話がある。
キャプラン氏が世界各国のオーケストラを指揮して「復活」を演奏する際に、どのオケでも必ず持ち上がる問題が、楽員の使っているパート譜と、指揮者の使うスコアのあいだに一致しない部分が多々あるということであった。そこで考えたのが、自身による校訂譜の作成ということで、そのための準備段階として、まずマーラーの自筆譜を購入して刊行、さらに音楽学者のレナーテ・シュタルク=フォイトの協力を得て、出版譜との差異を細かく検証・分析し、400に及ぶエラーや疑問箇所を抽出、自ら校訂をおこなって出版し、成果を世に問うというものであった。
このキャプラン&シュタルク=フォイトによる校訂譜は、国際マーラー協会も承認済みで、2005年にウニフェアザール(ユニヴァーサル)からクリティカル・エディションとして出版されている。
このウィーン・フィルとのレコーディングも、その校訂譜作成のためにおこなっていた資料収集の過程で、照会先のひとつであったウィーン・フィルから逆にその校訂譜についての問い合わせがあり、実物を目にして感銘を受けたウィーン・フィルの副団長で首席クラリネット奏者、ペーター・シュミードル氏の尽力によって実現の運びとなったということなのだ。(HMVサイト記載)
キャプラン氏が入手した2番復活のマーラーの自筆譜とはどのようなものなのか?
香港のサザビーズに展示された作曲家・指揮者グスタフ・マーラーの交響曲第2番「復活」の直筆楽譜(2016年8月17日撮影)。(c)AFP/Anthony WALLACE
キャプラン氏が2016年元旦に死去したため、彼が所有していた2番復活のマーラーの自筆譜が競売にかけられたようだ。
【2016年11月30日 AFP】オーストリアの作曲家グスタフ・マーラー(Gustav Mahler、1860~1911年)の交響曲第2番「復活(Resurrection)」の希少な直筆譜が29日、英ロンドン(London)で競売にかけられ、450万ポンド(約6億3100万円)で落札された。
楽譜としては史上最高値となった。
競売を主催したサザビーズ(Sotheby's)が明らかにした。交響曲第2番「復活」の全232ページに及ぶこの楽譜には、マーラー自身による消去の跡や書き換え、注釈が含まれており、そのほとんどは鮮やかな青色のクレヨンで記されていた。
この自筆譜は、同作品の熱心な愛好家だった米国人の実業家ギルバート・キャプラン(Gilbert Kaplan)氏が所有していた。同氏は自らの人生をこの曲の指揮に捧げ、今年初めに死去した。
キャプラン氏の2番復活のCDは全部で3枚存在する。
さきほど紹介した新校訂版「キャプラン版」によるウィーンフィルとの録音。
さきほど紹介した新校訂版「キャプラン版」によるウィーンフィルとの録音。
そして、キャプラン氏が最初に2番復活の録音をしたCD。
ロンドン響との録音。
ロンドン響との録音。
このCDは、世界で17万5000枚という、マーラー・レコーディング史上、実は最も数多く売れたアルバムだったそうだ。英国のクラシック・チャートには発売後2年も名を連ねており、また、ニューヨーク・タイムズやドイツのZDFからはその年のベストCDのひとつに選ばれるなど、評価の高さにもかなりのものがあったという。
復活でもっとも売れたCDが、プロの指揮者によるものでなく、アマの愛好家によるものだったというのが、なんか運命ってそんなもんだ、という感じがしますね。(笑)
残念ながらいまは廃盤のようだ。
自分はさっそく中古市場で手配した。
3月下旬に届くので、ちょっと時間がかかり過ぎだが楽しみすぎて待ちきれない気分だ。
自分はさっそく中古市場で手配した。
3月下旬に届くので、ちょっと時間がかかり過ぎだが楽しみすぎて待ちきれない気分だ。
このロンドン響とのCDのブックレットの中に、このような解説と写真が掲載されているそうだ。
オルガンと鐘はオケは別収録してダビングしている。そのオルガンは、マーラーがニューヨークフィルとの演奏会(1911年)で使ったものだそうだ。(この写真はブックレットより転載。オルガンのレコーディング風景)
キャプランの拘りの中の拘りがよくわかるエピソードだ。
このロンドン響とのデビュー録音。いまパッケージメディアのCDを取り寄せているんだが、ハイレゾ・ストリーミングで探してみたらありました。
歴代の復活録音の中で最も売れたCD。
聴いてみた印象。
あまり録音はよくないような・・・(笑)
まっ、というか平凡ですね。
あまり録音はよくないような・・・(笑)
まっ、というか平凡ですね。
この演奏のどこにそんなに売れた理由があるのか、自分が一聴した感じではその凄さというのはわかりませんでした。
普通の復活の演奏のなにものでもない。
でも売れるときというのは、そんな理屈なんて関係ない、勢いで売れてしまうものですね。アマの愛好家による「復活」専門指揮者による録音、という話題性も助け船になったのでしょう。
そんな平凡な演奏の印象です。
そして、最後の3度目の録音が、2番復活の室内楽ヴァージョンだ。
56人の室内オーケストラによるヴァージョンをウィーン室内管弦楽団とウィーン・コンツェルトハウスでライブ録音している。その楽譜はキャプランとロブ・マティスによって編曲されたものだったそうだ。
これも残念ながらいまは廃盤。
もちろんこれも中古市場で手配した。
ものすごく高値なんですよね。
もちろんこれも中古市場で手配した。
ものすごく高値なんですよね。
こちらはハイレゾ・ストリーミングの方には登録されていませんでした。
やっぱりキャプランの2番復活の録音は、ウィーンフィルとの録音が最高傑作だと思う。
とまぁ、こんな感じの男なのである。自分も性格的に徹底的にやらないと気が済まない性格だけれど、男ならここまでやらないとね、と本当に尊敬しました。
でも世の中、結局やっぱり金なんだよね、という現実路線もしっかりと身に詰まされるお話でした。(笑)
自分に影響を及ぼしてきたマーラー音源 [海外音楽鑑賞旅行]
バーンスタイン、アバド以外の自分の愛聴しているマーラー音源を紹介していこう。
自分のマーラー鑑賞歴とともに歩んできたマーラー音源たちである。
自分のマーラー鑑賞歴とともに歩んできたマーラー音源たちである。
●ラトルのマーラー音源
サイモン・ラトルについては、”ラトルのマーラー”というタイトルでひとつ日記を立ててもいいくらい自分のリアルタイム世代のマーラー指揮者でもある。
でも、ラトルについては、ずっと自分の日記で熱く語ってきた。
コンサート評はもちろんのこと、ベルリンフィル離任時は統轄的な意味合い、ご苦労様、自分にとってベルリンフィルのシェフといえば、フルトヴェングラーでもなければカラヤンでもなく、アバドでもない、あなたラトルでしたよ、という”ラトル&ベルリンフィル”の日記で自分の想いをのすべてを書いた。
そしてマーラー指揮者としてのラトルは、その方向性についても”アバドのマーラー”で触れた。
バーンスタインでマーラーの門をくぐり、いろいろな音源を聴いていくうちに、近代マーラー解釈としてアバドとラトルに絞った。映像素材のアバドに、実演のラトルという立ち位置である。
カラヤン以前のベルリンフィルの首席指揮者はあまり取り上げることのなかったマーラー。
アバドがシェフになって、ベルリンフィルにマーラーを頻繁に取り入れた。結局10年足らずの任期の中で、ベルリンフィルでマーラーの交響曲を全曲演奏した。(アバドのベルリンフィルのシェフ就任コンサートは、マーラー1番「巨人」だった。)
これは、ベルリンフィル史上初のことであった。
ラトルもそうである。1987年に初めてベルリンフィルと客演した時がマーラーの6番、そして2002年のベルリンフィルのシェフ就任コンサートがマーラーの5番、そして2019年の離任コンサートが、マーラーの6番。そして2010/2011年シーズンでのベルリンフィルでのマーラー交響曲全曲演奏会。
アバドが在任期間を通してバラバラで全曲演奏を成し遂げたのに対し、ラトルは2010/2011年という、たった1年の短期間で、列記としたマーラーツィクルスとして全曲演奏会を成し遂げた。
全曲演奏会、ツィクルスとしてベルリンフィルでマーラー演奏をコンプリートしたのは、ラトルが史上初である。
これは当時大変な話題になり、チケットは即完売のプラチナ。自分も6番チケットを取るのに相当苦労した。近代マーラー解釈の雄のラトルのマーラーは恐るべくプラチナであった。
この2010/2011シーズンのラトル&ベルリンフィルのマーラーツィクルスは、デジタルコンサートホール(DCH)にアーカイブとしてちゃんと入ってます。
ラトルは、ここぞ!という決めないといけないメモリアルのタイミングでは、必ずマーラーの演目を取り上げた。そう!その通り。ラトルはまさにマーラーの曲を自分の名刺代わりに使っていた。
アバドとラトルは、ベルリンフィルに対して明らかにマーラーを導入していくことを強く意識していた、と思う。
・バーミンガム市交響楽団時代のマーラー全集
ラトルの指揮者人生は、このイギリスのバーミンガム市交響楽団から始まった。ラトルの就任当時には決して国内的・国際的知名度が高いとは言えなかったこのオーケストラを、じつに22年間かけて徐々に世界的なオーケストラに育て上げた。
このバーミンガム市交響楽団のシェフのときに、マーラー全集を完成させた。
ラトルのマーラー指揮者としてのキャリアのスタートはここにあった。
ラトルのマーラー指揮者としてのキャリアのスタートはここにあった。
この指揮者としてのキャリアのスタートのときにマーラーのしかも全集を作った、という意義は自分の方向性を決めたという点で大きかったのではないのだろうか?
この写真にあるBoxは旧盤である。
いまは廃盤で、バーミンガム市交響楽団時代の全集Boxはないんじゃないかな?
いまは廃盤で、バーミンガム市交響楽団時代の全集Boxはないんじゃないかな?
ラトルはイギリス人なので、当時あったEMIレーベルだったんだよね。ベルリンフィルのシェフになったときもレーベルをEMIに移した。ベルリンフィルのレーベルは、伝統的にDGと思い込んできたから、ずいぶん反発したものだったよ。(笑)
EMIの作るサウンドは、あまり好きじゃなかった。
でも久しぶりに聴いてみたけれど、ライブ感、ホール感などの空間がよく録れていて、いい録音だと思う。でも、これはベルリンフィル時代にも言えるけれど、自分はラトルのマーラー録音のセッション録音は必ずしも全箇所とも演奏解釈として賛成するという訳でもないんだな。これはラトルの他の作曲家の録音でも言えることだけれど、こんなところでこんなにスローテンポに落とすかな~とか、自分とは合わない解釈をすることがままある。
たとえばマーラーでいえば2番の「復活」とかね。
でも不思議とライブではそんな心配をすることはなかった。
でも不思議とライブではそんな心配をすることはなかった。
・ベルリンフィル時代のマーラー音源
2番、5番、9番、10番の4枚。
アバドも結局、ベルリンフィルでマーラー全集を録音することはなかった。(演奏会は全曲やっているが。)ラトルも全曲演奏会はやっているが、録音としてベルリンフィルでマーラー全集を作ることはなかった。これは自分の邪推だけれど、伝統あるベルリンフィルで録音でマーラー全集を作ることは、かなりリスキーなことなのではないだろうか。(笑)
録音のテイストは、いかにもベルリンフィルハーモニーという感じ。シューボックスの芳醇な響きとは趣が違うそういう響きの多さはないけれど、もっとダイレクト感というか、ホール感、ダイナミックレンジの大きなスケール感の大きい録音ですね。いかにもワインヤードのホールでの録音という感じです。
・ベルリンフィルに客演デビューしたときのマーラー6番の音源
ベルリンフィルは、いまでこそ自主制作レーベル、ベルリンフィルメディアという会社を設立して、自分たちの録音は自分のレーベルでやるようになった。でもDGやEMI時代のさらにその前の、フルトヴェングラー時代や、ニキシュなどのベルリンフィルに客演した往年の指揮者などの昔の音源を、その昔の自主制作盤で出したBoxがあるのだ。
特別企画として限定販売されたもので、いまはもちろん廃盤の大変貴重なBoxです。この中に、ラトルが1987年にベルリンフィルに初めて客演した当時の音源が入っているのだ。若々しいマーラー6番でした。
・ベルリンフィル離任コンサートのマーラー6番
ラトルにとって、マーラーの曲の中でも6番はとても特別な曲。ベルリンフィルデビューのときが、この6番であったが、離任コンサートのときの演目にも6番を持ってきた。
そのときの公演の様子もフェアウェル・コンサートとして録音をして発売された。これはいまの自主制作レーベルであるベルリンフィル・メディアとしてのデラックス仕様盤。1987年の6番のデビュー音源のCDもカップリングで入っている。そしてそのときの公演の様子の映像素材もBlu-rayとして入っている。まさにデラックス仕様だ。
この離任コンサートのチケットは、ネットでの販売はなくて、電話予約でしか買えなく、最後のコンサートはベルリン市民を優先に、というラトルの思いやりもあったのだろう。
この公演に行かれた方もたくさんいらっしゃっただろう。
自分もぜひ駆けつけたがったが、マーラーフェスト2020の予算確保のため断念した。
自分もぜひ駆けつけたがったが、マーラーフェスト2020の予算確保のため断念した。
自分は、ラトルのマラ6は、2010/2011年シーズンのベルリンフィルによるマーラー全曲演奏会のときに、現地で体験した。帰国後もDCHで何回も繰り返して観た忘れられない公演だ。
・ラトルのマーラー全集(バーミンガム市交響楽団時代+ベルリンフィルEMI時代)
いまはバーミンガム市交響楽団時代に作ったマーラー全集と、EMIレーベル時代のベルリンフィル時代に録った録音をパッケージミックスしたこういうラトルのマーラーキャリアの総決算みたいなBoxが出来ている。一応、自分も買っておきました。
●マーラーフェスト1995自主制作Box
これは何回も紹介しているBox全集録音だけれど、マーラーフェスト1995を収録した非売品のBoxだ。いまは中古市場ですごい高値で売られている超レアなBox。
自分も10万の大枚をはたいて買ったと記憶している。
自分のお宝盤である。
自分のお宝盤である。
あらためて、じっくり全曲聴き返してみると、じつに素晴らしい録音である。
化粧っ気はあまりないが、じつにホール感、空間感が秀逸で自分好みの録音である。自分はやはりクラシックの録音は空間感が出ている録音が好みですね。
この録音を聴いていると、本当にアムステルダム・コンセルトヘボウというホールの音響の素晴らしさがよくわかるのだ。このホール独特の、それはウィーン楽友協会と違ってある程度、横幅があるシューボックスである形状特徴から起因する、響きの滞空時間の長さ、残響感の豊かさ。ちょっと堪んないですね。そういうホール固有の響きがよくわかる録音です。
そしてまさに一期一会の演奏会に相応しい緊張感あふれる演奏。
この録音を本番までに繰り返し聴くレギュラーに決めました。
この録音を本番までに繰り返し聴くレギュラーに決めました。
●RCO Blu-ray-Box
2年続きのマーラー・イヤーを記念し、2010年度と2011年度のシーズン(2009~2011年)に連続で開催されたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団によるマーラー交響曲全曲演奏会シリーズは、世界的な注目を集めたコンサートであった。マリス・ヤンソンス、ベルナルド・ハイティンク、ピエール・ブーレーズ、ロリン・マゼール、エリアフ・インバル、イヴァン・フィッシャー、ファビオ・ルイージ、ダニエレ・ガッティ、ダニエル・ハーディング9人の指揮者達によるマーラー・イヤーのライヴ映像。
マーラーと特別の所縁のあるアムステルダム・コンセルトヘボウで、これだけのマーラー指揮者が集まって一堂にマーラーを演奏するのは、まさにマーラーフェストと言っても過言ではない。
自分は、大好きなコンセルトヘボウで、マーラー交響曲全集で、しかもBlu-rayで出る、というところに当時、相当反応してしまった。
マーラーツィクルスで、しかも高画質Blu-rayのソフトが出る、というのは、自分にとってアバドのルツェルン音楽祭でのツィクルス以来の快挙だった。絶対買いだと思った。
ところが買って届いてすぐに見たら、画質があまりに悪いので、もうガッカリしてしまった。とてもHD画質とは思えなかった。もう大ショックだった。せっかく楽しみにしていたのに~である。
だからマーラーツィクルスの映像素材は、自分にとってやはりアバド&ルツェルン祝祭管弦楽団のBlu-rayになってしまうのだ。それ以来ガッカリで、あまり繰り返して観ることなく死蔵になっていたものだった。
画質のどこが酷かったか、というと、解像度がとてもHDとは思えなかった。
もうあきらかにSD画質。これじゃ地デジのほうがはるかに綺麗、と当時思っていた。人の肌の色もちょっと赤みがかっていて、色調も酷い。
これは撮影クルーのレベルはひどいなーと思った。(オランダの映像会社のようだ。)
これでBlu-rayって唄うなんて相当詐欺だな、と思っていた。
これでBlu-rayって唄うなんて相当詐欺だな、と思っていた。
逆に音声は最高に素晴らしいのだ。全曲ともポリヒムニアのエベレット・ポーター氏担当でさすが!と思った。今回久しぶりに観たら、ある法則性みたいなものを発見した。曲によって、あきらかにSD画質のものと、きちんとHD画質で綺麗なものと別れるのだ。ヤンソンス、インバルは最高に素晴らしい。これぞ、HD画質、Blu-rayって言っても全然文句が出ない。
予想するに、画質がSDなのは、撮像カメラの業務用カメラがきちんとハイビジョン用のCCD撮像素子を使っていないんじゃないか?初段の撮るところがHDじゃないと、いくらマスタリングでBD処理でもダメです。なんかこれだけ画質が酷いと、もう撮影カメラがSDとしか思えないんですよね。HD画質とSD画質のレベルが混在しているのは、2009年~2012年の4年間に渡って、最初の頃がSDの業務用カメラで、後半からHDの業務用カメラに変わった、ということなのだろう、と思いました。
だから、自分にとってこの映像素材Boxは、妙に中途半端な商品で、どうしても気持ち的に入れ込むことができなかったのだ。じつは告白すると、音楽ソフトもダウンサイジングして売却処分したとき、このソフトも売却しました。(笑)でもやっぱり。。。ということで買い戻したのです。
SD画質の演奏曲は我慢して観るとして(笑)、やはりアムステルダム・コンセルトヘボウのホールでマーラーを演奏している、という映像は、ある意味、今回一番本番のステータスに近い状態で観ている最高の予習素材だと思い直しました。
実際の本番は、こうやってこのホール空間、ステージのオーケストラを、そしてマーラーの音楽を流れている、というこのシチュエーションで体験することになるんだろうな、ということがイメージできるのです。
だから画質の問題はさておき、最高の予習素材と言っていいと思います。
●ヤンソンス&RCO Live
1番、2番、5番、6番、8番。
RCOのマーラーと言えば故マリス・ヤンソンスでの演奏と思ってしまう。オーディオマニアにとっては、とてもなじみ深いこのジャケットの柄デザイン。RCO LiveはRCOの自主制作レーベルだ。録音会社はポリヒムニアがやっている。今回の担当もエベレット・ポーター氏が全作品やっている。ヤンソンス&RCOは、マーラーの作品を全曲録音したかどうか、記憶は定かではないのだが、ラックを調べたら、自分が持っているのは、上の写真の5枚だった。
これも聴くのはじつに久しぶり。
やっぱりRCO Liveは録音がいい。オーディオマニア向けのSACD、録音だと思います。世の中のマーラーファンは、マーラーの演奏解釈はこうでなければならない!と講釈をする、ヤンソンス&RCOはそういうところがわかっていない、ということを仰るけれども、これだけ音がよければそれでいいじゃん、的なところがある。
それですべて解決されちゃうような・・・。それだけの説得力がありますね。自分がオーディオマニアだからかもしれませんが。。。
●小澤征爾&ボストン交響楽団
我らが小澤さんのマーラー交響曲全集。あの古巣のボストン響と録ったものですね。写真の自分が持っているこのBoxは旧盤ですね。いまはジャケットの写真が変わっています。これは、1980~1993年に録音されたもので、当時のPHILIPSレーベルの録音チームのもとで録った作品。自分は小澤さんのマーラーは、後年のサイトウキネンで聴くことのほうが機会が多かったけれど、このまさに若かりし頃の小澤さんのマーラーは、自分が
想像していた以上にとてもスタンダードな解釈というか、自分の感覚とちょっと違うと思うところはほとんどないくらい、とても教科書通りのような演奏のように思えました。自分の期待を裏切らない演奏ですね。ボストンシンフォニーホールはぜひ訪れてみたいです。自分のクラシック人生の中でどうしても避けることのできないコンサートホールですね。
想像していた以上にとてもスタンダードな解釈というか、自分の感覚とちょっと違うと思うところはほとんどないくらい、とても教科書通りのような演奏のように思えました。自分の期待を裏切らない演奏ですね。ボストンシンフォニーホールはぜひ訪れてみたいです。自分のクラシック人生の中でどうしても避けることのできないコンサートホールですね。
●小澤征爾&サイトウ・キネン・オーケストラ
2番「復活」、9番。
2010/2011年に東京文化会館で録音した小澤さん&サイトウキネンのマーラー。小澤さんは2番「復活」がお好きで得意でいらっしゃる。小澤さんのマーラーは、このサイトウキネンとやっているときのほうが、とても熱いパッションを自分は感じます。東京文化会館のちょっとデッドな音響もあまり感じさせない素晴らしい録音になっています。
●小澤征爾&サイトウ・キネン・オーケストラ Blu-ray
1番「巨人」
ご存じゴローさんの2009年の作品。ゴローさんと知り合って、すぐにこの作品を観たな。もうこれは何回繰り返して観たことだろうか?サイトウキネンのメンバーのみなさんも若い!この頃の小澤さんの指揮ぶりを見ると、とても鬼気迫るというか、すごい迫力でちょっとびっくりしました。この映像作品は賞をたくさんもらっていたと記憶しています。
●MTT SFS SACD-Box
ティルソン・トーマス(MTT)によるSFS(サンフランシスコ交響楽団)によるマーラー交響曲全集のSACD-Box。このBoxに対する自分の想い入れは、このBoxはまさにオーディオマニアのためにあるオーディオマニア御用達の全集という位置づけだった。オーディオファンにはとても評価の高いマーラー全集である。
マーラーの演奏史にうるさい音楽ファンの方々からすると、やや異端の系に見られる全集かもしれないが、とにかく音のよい、録音の素晴らしいマーラー全集である。SACD5.0サラウンドで聴ける最高の録音かもしれない。
アメリカのオーケストラに特徴のある機能的に鳴りまくるそのゴージャスさ、といい、コンピューターのような精緻な演奏は、確かに凄いが、どうしてもマーラー史にうるさいファンからすると、もうちょっと人間的な味のある演奏が欲しい、と思わせることも確か。
写真でご覧のように、すごいBoxのパッケージ内装仕様が丁寧でお金がかかっており、すごいゴージャス。贅沢なマーラー全集だ。
●ギルバード・キャプランSACD 2番「復活」単盤
ギルバード・キャプランは、もともとは実業家なのであるが、大好きなマーラーの交響曲第2番「復活」を指揮することを夢見て、30代を過ぎてからゲオルク・ショルティに師事して指揮法を学ぶ。40代なかばで、自費によるコンサートをエイヴリー・フィッシャー・ホールで行い、指揮者としてデビューする。最初で最後のはずが絶賛を浴び、あちこちのオーケストラから客演の依頼がくることとなり、「復活」のみを専門に振る指揮者として知られるようになった。
まさに2番「復活」だけを振る指揮者なのだ。(笑)
生涯に客演し「復活」を振った主なオーケストラは、22楽団にも及ぶ。
生涯に客演し「復活」を振った主なオーケストラは、22楽団にも及ぶ。
「復活」以外にはレパートリーも皆無であり、「復活」の指揮以外の音楽的キャリアもこれといって無い(笑)。しかし、「復活」に関しては世界的にも第一人者と目されている。音楽以外の分野で成果を収めたのちに中年以降に転じて成功した指揮者(指揮者以外の音楽家では若干例がある)、ただ一曲だけを振り続けた指揮者という(笑)、世界でもまず他に例のない珍しい特性を二つも兼ね備えた稀な存在である。
1988年発売したロンドン交響楽団との演奏は、マーラー作品のCDとしては史上最高の売り上げを記録した。2002年には、私財で購入したマーラー自筆譜を元にした新校訂版「キャプラン版」での録音をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と行い、話題になった。
オーディオマニアなら、このDG SACDのキャプラン&ウィーンフィルのマーラー2番「復活」を知らない人はいないだろう。
誰もが知っている2番「復活」の超有名盤である。
トーンマイスターは、Emil Berliner Studiosのライナー・マイヤールさんだ。
超絶優秀録音!自分のマーラー2番音源の中でも最高傑作だ。
超絶優秀録音!自分のマーラー2番音源の中でも最高傑作だ。
しかもこの音源は、私財で購入したマーラー自筆譜を元にした新校訂版「キャプラン版」だからね。
●ハイティンク&シカゴ響 3番単盤
マーラーの交響曲の中で自分は3番を理解できるようになったのは後年になってからだった。いまではなんでこんな素晴らしい曲を最初理解できなかったのであろう?と不思議に思うほど、素晴らしい曲だと思う。
2番、5番、6番、9番などの昔から好きな有名曲と負けず劣らず3番が好きになった。
このハイティンク&シカゴ響の3番の録音は、オーディオマニアの中でもその3番の優秀録音として超有名なディスクであった。オーディオオフ会でよく持ち込みソフトとして利用されていました。
●ハーディング&ウィーンフィル 10番単盤
いまでは近代のマーラー指揮者として名を連ねるようになったダニエル・ハーディングであるが、ウィーンフィルとのデビューは、この録音だった。第10番はアダージョだけ作曲した後、マーラーは亡くなってしまうが、そのあと補筆され、全楽章完成されたものが残されている。有名なのはクック版であるが、このハーディング&VPOの録音は、そのクック版全楽章入りである。
オーディオマニアの中でも優秀録音として有名な録音である。
●ザンダー&フィルハーモニア管弦楽団 6番SACD 単盤
2011年に現地ベルリンでラトル&ベルリンフィルの6番を聴くために、6番の優秀録音を探していたときにゴローさんが教えてくれた録音。これは素晴らしい録音です。歴代の6番の録音の中でもトップに位置するかも。最終楽章は、ハンマー2発ヴァージョンとハンマー3発ヴァージョンと2パターン録音されています。(笑)
SACD黎明期の頃のレーベルであるTELARCによるもの。TELARCを知らないオーディオマニアの方はいないよね。(笑)あの頃のSACDは本当に録音がよかった!
●ピエール・ブレーズ&VPO 3番 単盤
DG SACDを集めていたときにコレクションした録音。いまでは大好きになった3番の優秀録音として外せないディスク。トーンマイスターは、Emil Berliner Studiosのライナー・マイヤールさんだ。3番の声楽独唱ソリストは、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターだ!
●ピーエル・ブレーズ&VPO 大地の歌 単盤
これもDG SACDをコレクションしていたときに中古屋さんで見つけたもの。
トーンマイスターは、Emil Berliner Studiosのライナー・マイヤールさん。
●インパル&都響 9番単盤 EXTON
2013年、2014年の2年にかけてエリアフ・インバル&東京都交響楽団(都響)によるマーラー全曲演奏会がおこなわれた。「新」マーラー・ツィクルスというタイトルだった。このインバル&都響のマーラーツィクルス全曲通いましたよ。2013年は東京芸術劇場、2014年は横浜みなとみらい。
近代のマーラー指揮者として堂々と名を馳せるエリアフ・インバル。そしてマーラー演奏では定評のある都響。最高の演奏だった。このときの全曲をオクタビア・レコードが収録していた。
それをSACDとして発売した。
自分は9番だけを購入した。
この当時は、ワンポイント録音というのが評判になったときだった。
左の黒ジャケットのほうがワンポイント録音、右の白ジャケットがマルチマイク録音。
どっちがいいか、結構議論されていたような記憶がある。
どっちがいいか、結構議論されていたような記憶がある。
いまでこそ、マルチマイクは位相がぐちゃぐちゃになってしまうので、自然な音場感を得るにはワンポイントがいいってな意見もあるけれど、自分がこの両盤を比較したときは、やはりマルチマイク録音のほうが好みでした。(笑)
以上の自分に関わってきたマーラー音源を紹介してきたが、これ以外にもハイティンクBox,ショルティBox, LSO ゲルギエフSACD全集など持っていたのだけれど、もうこれだけ持っているんだから普段聴かないし、ダウンサイジングのときに売却してしまいました。
しかし自分はマーラー音源、結構持っていたんだな。そしてマーラーと縁の深い音楽人生だったんだな、と思いました。いまふたたびこれだけの音源を聴くのにすごい時間がかかりました。
去年の6月にマーラーフェスト2020のチケットが大半が取れたと判明した時点で、マーラーフェスト2020について連載をしようと去年の6月からずっと準備してきました。一連の連載はこれでひとまず終了。
あと、マーラーの歌曲について語りたい、と思いますが、これはまた時間をかけて。
ネバーギブアップ!
本番までどうなるかわからないし、やるだけのことは、できるかぎりのことはやるのだ!