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Mahler Festival Online [海外音楽鑑賞旅行]

今日の午前中にTwitterでいきなりこんな情報が自分のTLに流れてきた。


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コンセルトヘボウ・オーケストラが1.5mのSocial Distancingを保って演奏会をするという方法を模索している。よく見てほしい。ステージではなく客席にオケを配置している。この様式はポリヒムニアのスタジオ録音で採られていたそうで音響的にはアリなのだろう。


なんとユニークな奴らなのだろう!(笑)と思っていたのだが、いまさっきさらに驚くべき情報が流れてきた。


The Concertgebouw and Concertgebouworkest present: Mahler Festival Online. Enjoy all the Mahler symphonies, documentaries, introductions and Empty Concertgebouw Sessions online from 8 to 17 May.


マーラー・フェスティバル・オンライン (Mahler Festival Online)を開催する。
本家本元のマーラーフェスト2020の開催日と同じ日程で、2020/5/8~2020/5/17である。


マーラーの交響曲全曲と、ドキュメンタリー、そしてイントロダクションなどを、無観客のコンセルトヘボウ・ホールでのセッションとして、オンラインでお届けする。


というものだ。


超驚き!


マーラーフェスト2020コロナ対策バージョンということであろうか。(笑)


上の文章を一見読んだときは、ちょっと信じられなくて、たぶんコンセルトヘボウでのマーラー演奏のアーカイブを流すのだろう、と思った。


でも、Empty Concertgebouw Sessions である。

これは無観客のコンセルトヘボウでの演奏のライブ配信としか読めないのである。
ってことは、無観客ライブストリーミングの生セッションだ。


そうすると、上のSocial Distancingを考慮したセッションを彼らがいま考えている、という事実につながってくるのだ。


つまり彼らは、このオーケストラ配置で無観客でマーラーフェストをやるつもりなのだ。

そうするとオーケストラはRCO/BPO/VPO ほかなど全部現地に揃うのか?


いまオランダ・アムステルダムってロックダウンじゃないのか?

ってことは、地元のRCOだけで全曲演奏する、ということか。第1回の1920年のメンゲルベルク&RCOのときのように。


・・・どんどん妄想が膨らむ。


ドキュメンタリーやイントロダクションもやる、と言っているので、大地の歌を含めた全曲10曲の交響曲をお届けするのと同時に、マーラー・パビリオンでやる予定だったドキュメンタリーや講義などもEmpty Hallでやるに違いない。


コンセルトヘボウからはメールで、"Save Your Ticket,Enjoy Later!"というメッセージのメールが届いてはいたのだが、そこには、まずは開催中止、延期できるかどうかは、数週間時間をください。という内容だった。


コロナの収束には2~3年の長期戦の覚悟は彼らも認識していて、そこで彼らが出した結論が、全世界共通のコロナ対策バージョンの”無観客ライブストリーミング配信”ということに到達したのではないか?


それも従来の日程通り行う、ということで。。。


まずはFacebookで上の短いセンテンスだけの速報なのだ。


自分はびっくりして、自分のところに正式なメールが来ていないか、マーラーフェスト2020の公式HPやコンセルトヘボウのHPを急いで確認したのだが、まだなにもアップされていない。


まずはFBで速報を出して、後に公式にメールやHPにアップされるのだろう。


上の私の推測が間違っていたらゴメンナサイ。(笑)


無観客ライブストリーミング配信であれば、チケット購入した人だけでなく、全世界の人がみんな鑑賞できる。

返っていいことかもね。


観客席にオーケストラを配置する。
1.5mのSocial Distancing。


さらに上の配置図を見ると、ステージ傍に指揮者がいて、そこから観客席の奥行き方向にオーケストラが配置される、という従来の方向の反対方向だ。


どうやって撮影するのかな?(笑)


マーラー・フェスティバル・オンライン。


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とにかく、正式な情報がHPにアップされるだろうし、自分のところにメールも来るだろう。そのときにまたお伝えする。


いま、コンセルトヘボウでは、過去のアーカイブ演奏を無料ライブストリーミング配信している。


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彼らがアップしている春の5月の季節のいまのコンセルトヘボウの近影。
あぁぁ~愛しのコンセルトヘボウよ!


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蝋管レコードの再生 [雑感]

ステイホーム週間の過ごし方について、NHK首都圏ニュースの林田理沙アナウンサーが 「ワーグナーのリング指環15時間のオペラを観るつもり」と言って、不意を突かれたクラシックファンは思わずぶっとんでしまい、バスってしまったようだ。(笑)


じつは林田アナは、東京藝術大学音楽科の卒業で、「日本でクラシック音楽がどのように普及したか」というテーマで研究していたという。筋金入りだったんですね。


いきなり知名度アップ。人気急上昇の予感ですね。


これに触発されて、自分の大学時代の研究テーマについて日記にしてみようと思いました。 自分の素性を紹介する上でもいい機会だと思いました。


北大の工学部電子工学科卒業です。


別に自慢するわけではありませんが、当時は電子工学科は時流に乗った最高に花形の学部でした。最初の2年の教養学部時代に、相当優秀な成績でないと、自分の希望の学部に行けなかった。電子工学部はその中でもかなり優秀じゃないとという競争率でした。


だから自分は教養学部時代に一生懸命勉強して頑張って希望通り、電子工学科に入れた。
一旦入ってさえしまえば、あとはもう遊んでいました。(笑)


自分の大学時代は、教養学部は本当に一生懸命勉強していた学生で、工学部に移ってからはもう安心してひたすら遊んだ、という感じです。


だから自分の最高にパラダイスの楽しい大学キャンパス時代の想い出は、この工学部電子工学科に入ってからのひたすら遊んだ時期であった。


友達とのロック談義、麻雀、友達と居酒屋で飲み会、連日、友達の下宿に泊まり歩いて生活していたこと。塾講師や家庭教師のアルバイトで自分の小遣いを賄っていたのも工学部に移ってから。


当然成績はみるみるうちに急降下。(笑)


教養学部時代は素晴らしい成績で電子工学科に入部して、電子工学科を卒業するときは、自分ではよく知らないけれど、おそらくクラスでもかなり下の方の成績だったと思われる。(笑)


電子工学科は花形で、当時はバブル全盛期だから、就職先も引く手数多。
就職は、教授の推薦状でそれで決まってしまった。
一応、企業での面接はやりましたが一応形式上。

もう就職はレールに乗るだけでそのまま決まるような感じだったんですよね。


電子工学科の就職先は99%の確率でもうほとんど電機メーカー。NEC、松下(当時の名称)、日立、東芝、富士通、IBM。。。てな感じで、学生が希望を出して、そのまま教授が割り振って、競合した場合は、成績順で優先順位を決める。それで決まっちゃう感じだったのだ。


いまの就職氷河期、そしてコロナ危機の学生たちには、可愛そうだし、とても申し訳ないと思うけれど、当時のバブル期はそうだったんだよね。


なぜか、その当時NECがすごい1番人気だったんだよね。ボクは、成績悪いから、どうせ競争率が高いところはダメだろうということで、どこのメーカーにしようか、ということで、なんと!その企業がなにをやっているか、自分が将来なにをやりたいのか、なんてそっちのけで、もらえる給料のことを優先して考えたのだ。


当時の電機メーカーは電気労連というのに入っていて、労連に入っているメーカーは夏冬のボーナスは6か月って決まっていた。でもソニーは電気労連に入っていないから8か月だった。


これで、ソニーに決めてしまったのだ。(笑)


やっぱり重電の電気メーカーが安定感があって、家電だけのソニーに行くような奴はいなかった。自分は家電だけの方が軽い感じがして、自分にはそのほうが向いていると思った。


ボーナスのもらえる額で決めた就職先だったが(笑)、あくまで結果論だけど、人生的にそれが大成功だった。人生って本当にどう転がるかわかりませんね。


電子工学科時代は、もうマニュアルどうりの教育カリキュラムで、電気回路、電子回路とか、コンピューターなどの情報工学とか、もうたくさんあって思い出せないけれど、講義に出席していました。


でも自分は講義をサボったり、代返事をつかってズルをしたり、というようなことはけっしてしなかったところはよかったと思う。


講義は真面目に出席していました。宿泊した友達の下宿先から友達一緒に登校するという感じですが。


ただ、言えることは、大学で学んだことは、社会や会社でそんなに即戦力で役立ったかと言うと、あまりそんな感じは抱きませんでしたね。


社会に出て、ぶち当たる仕事はもうそのときに夢中になってそのときに勉強していくしかない。

自分はそうやって人生を渡ってきた。

これは、もちろん自分の体験談、自分のケースです。


大学で学んだ知識はふつうは社会に出ても役立つことはもちろんです。特に社会に出て、こういう職に就きたいという進路が見えている場合は、その道の大学に進んでいる場合はそれは当然社会に出るための準備になるでしょう。


こう断言すると気分を害する方もいらっしゃると思いますので、これはあくまで自分のケースだということでご容赦ください。


ボクは人生かなり行き当たりばったりで生きてきましたから、そんなに計画的な人生じゃなかったんです。


電子工学科でひと通り勉強して、そして最後の卒論のときには、光システム工学科というところに移籍しました。大学の卒論テーマを書くためです。


なぜ光システム工学科を希望したのか、よく覚えていないのだけれど、ソニーに行くことが決まった後で、当時アナログレコードからCDに切り替わる時代だったから、CD再生などの仕組みで光学系って大事だと思ったからだったのかなぁ。


この光システム工学科時代にとてもせつない想い出があるんですよね。
それは大学教授の秘書に恋してしまったこと。(笑)
結構美人でした。


理系はやっぱり女性が少ないから、人生で恋する機会はあまりなかったんだけれど、このときの恋はかなりせつなかった。女性に恋することって、こんなに胸が苦しくて切ないことなのか。


食欲もなかったですから。まさかもう大学卒業する間際にこんなことになるとは思いもしませんでした。いままで長い間人生歩んできましたが、このときの恋ほどせつない想いになったことはありませんね。


このときほど激しく燃え上がる恋はなかったです。

これが本当の恋というものですね。


社会人になって東京に出てからも、手紙の文通のやりとりを何回かしていましたが、その後、「私結婚しました。」というお手紙が。(笑)


・・・結婚式の写真付きで。(笑)


見事失恋となりました。


光システム工学科時代の想い出は、卒論よりこの恋のせつない苦しい日々のことが強烈に記憶に残っています。


卒論は、「蝋管(ろうかん)レコードの再生」。


蝋管 (英: wax cylinder) とは、音を録音して再生するための商業的媒体として最初期のもの。1896年〜1915年に最も広く普及しており、その頃は一般に「レコード」とだけ呼ばれていたものです。


蝋管(ろうかん)


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中空になった円筒形の物体(シリンダー)であり、外面に録音内容を音溝として刻み込み、蝋管型蓄音機に取り付けて再生します。


エジソンによる1899年頃の蝋管蓄音機。


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でも1910年代には、蝋管と競合していた円盤状レコードが市場で勝利をおさめ、円盤レコードが商業的な音楽媒体の主流となりました。


この光システム研究所には、北海道のアイヌ文化の時代に、そのアイヌ人の話し声などが録音された蝋管レコードが何本も残されて所持していたんですね。アイヌ語の解明として歴史的資料などとして価値のある資産でした。


それはかなり古い歴史的に価値のある資産だったので、いま蓄音機のような針などで音溝をなぞってしまうとその音溝を破損してしまうため、それを非接触の光学方式で再生できないか、という課題テーマを抱えていたようなんですね。


それがボクの卒論のテーマになりました。


ソニーに行くので、それじゃCDの光学再生系と共通するところがあり、ボクが最適と思われたのでしょう。


原理は、音溝はその音声、音圧に比例するように音溝が彫られている訳ですが、その音溝にレーザー光を照射して、その反射光の角度を測定していけば、その反射角情報から音声が復元できるのではないのだろうか?というシンプルな原理です。


いまの光ディスクの再生系の光学系の基本原理と同じですね。


助手の先生に付いて、この実験に取り掛かったのですが、蝋管を回す駆動系、照射、反射角読み取りなどの光学系のシステムを構築するところなど、かなり助手の先生にやってもらったところが多いですが、なんとか卒業の期限までに完成。


再生したら、アイヌ人の話し声が聞こえてきました。「ネバノ〜ン・・・」という感じで。(笑)結構生々しくて、身震いする感じで怖かった記憶があります。


そこから急いで卒論を書く作業です。


当時パソコンで書くなんていう時代じゃなかったですから、一太郎のワープロソフトで書いた記憶があります。一太郎なんて触ったこともなかったので、その操作を苦労して覚えて、一生懸命書くという同時学習で、すごい大変な重労働だった記憶が・・・。


そしてそれを製本する訳です。


もちろん、その蝋管レコードを再生する駆動系、光学系の写真なども撮影して、写真も貼り付けます。


助手の先生がいなければ、絶対無理な作業でした。


その製本された卒論、大学に1冊、ボク用に1冊、製本したんですが、自分はそれをなくしてしまいました。大学にはあるかも・・・。


いい思い出です。



いまコロナ禍で、みんなステイホームで、SNSで自分の幼少時代、若かった頃の写真を掲載してるようなので、ボクもそうしてみます。


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 1994年のヨーロッパに住んでいた時に、そう!まさにちょうど今の時期です!オランダのチューリップ畑で有名なキュッケンホフで撮影した今から26年前のボクの写真です。

当時オランダに住んでいた友人に撮影してもらいました。



 


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超ひさしぶりに、ベルリンフィルDCH(Digital Concert Hall)を観ました。 [オーディオ]

超ひさしぶり、9年ぶりだろうか、ベルリンフィルのDCH(Digital Concert Hall)を観ました。


いまCOVID-19問題で、ベルリンフィルハーモニーは閉鎖され、DCHを無料開放している最中。観ようと思ったきっかけは、”マーラーの歌曲”という日記を書くために、大地の歌については、どうしても自分にとって忘れられない公演があり、それは、2011年5月18日にベルリンフィルハーモニーで開催されたマーラー没後100周年記念コンサートであったからだ。


アバド&ベルリンフィル、そしてメゾソプラノにアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、テノールにヨナス・カウフマンというまさに当代きっての最高の布陣で開催されたコンサート。マーラー大地の歌のコンサートでは、この公演が自分にとっては最高の公演なのだ。


日記を書くため、このコンサートをもう1回確認したかった。


そのためには、DCHを観るしかない。


DCHはいまちょうど無料開放キャンペーン中で、尚更いまがチャンスだ、と思ったのだ。DCHを観るなんて、2011年以来だからじつに9年ぶり。


いろいろ触って体験してみると、じつに大きく進化しており、ずいぶん驚かされた。自分が知っているDCHでは全然なかった。


DCHは、2008年にローンチした。
そのときは、自分は小躍りした。


ベルリンフィルの定期公演がインターネットで、どの公演でも視聴できる。これは当時すごい画期的なことだったのだ。


ベルリンフィルの定期公演というのは、それ以前は、NHKが現地フィルハーモニーに出張録画をして、NHKのBSテレビで放映する、というのが常であった。だから年に2回か3回の非常にレアで貴重な放送だったのだ。クラシックファンは、これをちゃんと録画しておくのだ。それが唯一の楽しみだった。


自分は、この頃の1900年代から2000年代にかけてのNHKの定期公演放送分のDVD録画したものをコレクションしている。友人がVHSに録画してあったのをDVDにダビングしてくれたのだ。


そんなレアな定期公演を、インターネットでどの公演でも、いつでも好きな時間に視聴できる。これは最高に興奮だった。


と同時に、このDCHが世に出ることで、NHKのベルリンフィル定期演奏会の出張録画というビジネスはなくなるな、と直感しました。


2008年にローンチしたとき、パソコンで視聴するわけだが、動画音声を再生するには、それなりにPC側にスペックを必要とした。(CPU速度、メモリー容量など。)自分は、DCH見たさに、PCを最新のAV再生専用の最新スペックのPCに買い換えましたから。(笑)


当時からライブ放送とアーカイブはあったが、なにせ画期的だったから、SNS仲間の間では、ライブ放送をちゃんとリアルタイムで観ること、そして感想をシェアするなんて感じで盛り上がっていたな。朝3時~4時ですよ。(笑)当時のみんなの熱狂はすごかった。


自分はPC内蔵の貧祖なSPで聴くのがいやだったから、PCにHDMI I/Fがあるので、それをAVアンプに接続して画像は、TVモニターで、音声はメインステレオで聴く、という方法で視聴していた。これが視聴するたびにいちいち繋ぎ変えないといけないから結構疲れるんだな。(笑)


そのうち、DCH視聴モジュールがTVに内蔵されだし、DCHはTVで視聴できる時代になった。さすがにすぐにTVを買い替える予算がなかったから、DCHは、それ対応のTVを買い替えたときに楽しむことにしよう。


DCHはTVで観るもの・・・。


こういう流れになってからDCHから遠ざかっていった。


最高に自分がDCHを視聴したピークは、2010年/2011年だったかもしれない。
ラトル&ベルリンフィルのマーラー全曲演奏会を、全部制覇して観ましたから。


DCHから遠ざかった理由のもうひとつに、料金体系があった。
そんなに頻繁に見るわけではないのに、年会費が高いと感じ、だんだん予算的に負担になってきて、それも観なくなる理由の一つであった。


あと、自分の中で、いつまでたってもベルリンフィルじゃ進歩がないだろう、という思いもあった。世界中にはいろいろな国際バラエティ溢れるオーケストラが存在する。


そしてなによりも日本のオーケストラがいる。


海外の演奏家はあくまでもこちらの一方通行の片思いの恋愛だけれど、日本人の演奏家は、こちらの想いが通じるというかわかってくれている、という気持ちもあり、段々日本人演奏家のコンサートに主軸を移していったし、外来オケや外国人演奏家よりも日本のオケや日本人の演奏家のほうに愛着を感じるようになった。


ベルリンフィルのコンサートに5万円を払うのなら、それと同額でいろいろなオーケストラを体験できるほうが自分のクラシック人生の素養を豊かにする、という考えもあったな。


とにかくDCHは自分にとって過去のモノであった。

9年ぶりに超ひさしぶりにDCHをいろいろさわってみた感想。


なんと GUIが日本語表記である。
当時は英語表記しかなかったからね。
これがまず驚いた。これは普及しますね。
しかもものすごいわかりやすく使いやすくなっている。


そして料金体系。


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これも驚き。ずいぶん安くなっている。月額契約で1760円ということは、いまのふつうのレーベル音源でのサブスクのハイレゾ・ストリーミングとまったく変わらない金額。自分はmora qualitasとAmazon Music HDの両方を契約しているので、退会しない限り毎月自動継続である。そうすると年会費もこのくらいになるという換算。


これだったら、DCHも年会費契約してしまおうかな。17600円。
ついに年間契約してしまいました。


だって、今年度内の生演奏、コンサートを体験するのはなかなか難しそう。
これくらいの金額だったら、公演チケット1回分の代金の安いほうくらいの金額ですよね。

DCHがこんなに手頃な料金体系になっているとは思ってもいなかった。
彼らも世の中の金額設定に合わせてきたんだろうね。
昔はもっと高かったような・・・。


そしてGUIの操作性。


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まず、指揮者、作曲家、ソリスト、ジャンル、シーズンなどで選択する。たとえば指揮者で選択し、さらに具体的にラトルを選択し、そして作曲家でマーラーを選択するという感じ。


ずいぶんわかりやすい。
昔は結構スキルがいりました。(笑)


こういう分類をしておくと、ベルリンフィルの首席指揮者や客演指揮者は、ベルリンフィルを指揮したとき、どのような作曲家を振ったのかの傾向がわかりやすいですよね。


たとえばカラヤン、アバド、ラトルでベルリンフィルでマーラーをどれくらい演奏し指揮したのか?を検索してみると


カラヤン 0回
アバド   5回
ラトル  24回


と出てくる。アバドが5回はうそだろう?と思ったが、本拠地ベルリンフィルハーモニーで5回という意味で、世界各地のホールではもっと演奏しているはず。あと、これはあくまで本拠地でのライブ演奏という意味で、録音は入っていませんね。アバドは、ベルリンフィルでマーラーを全曲演奏しています。


ラトルが本拠地でのライブ演奏だけで、マーラーを24回演奏しているというのはスゴイ!いかにラトルが、マーラー指揮者であったかがよくわかる。


ベルリンフィルを指揮して、これだけマーラーを演奏したのはまさにベルリンフィルの歴史上の快挙であろう。


非常にわかりやすくカテゴライズされていて、秀逸なGUIだと思うけれど、たったひとつ難点をあげれば、このプルダウンの中から選ぶという作業は、候補がたくさんある場合、結構大変です。(笑)


直接入力で検索できるような欄があるといい。一番上に直接入力の検索欄があるけれど、ヒット率があまりよくなく使えなかった。曖昧検索でもヒットするようにしてほしい。


あと、音質も自分が知っている時代に比べて格段に良くなっている。あの頃はPCオーディオというのがなかったからね。いまはPCオーディオ全盛だから、なによりもUSB-DACというものが存在する。


だから自分のメインオーディオシステムにも音楽再生専用MacBookProとUSB-DACがペアになってすでにつながっている。PCオーディオでハイレゾ再生ができるから昔と比べて格段にPCでの再生音はよい音で聴ける。MacBookProでそのままDCHを再生すれば、すぐにUSB-DAC経由でメインオーディオシステムでハイレゾ音声で聴ける。再生音は96/24でした。


画質も格段に良くなっていました。


これはライブストリーミングというビジネスのじつは肝になるところではないか、と思っているのだが、アーカイブはけっして消去してはいけないということですね。


その楽団のライブ演奏はずっとアーカイブに貯蓄していかないといけない。そして未来永劫に続いていくであろうライブ演奏もこれから永遠に貯蓄していかないといけない。そうするとじつは肝になるのはサーバー側の容量の問題ですね。


いわゆるコンテンツDBです。このDBの容量は莫大なキャパシティのサーバーでないといけない。いやパソコンのHDDのように満杯になっていったら、その都度外付けHDDでその容量を増築していくようなアドイン・スタイルになるのかもしれない。


映像や音声のデジタルデータって、ふつうの文字データや写真データと違って容量がけた違いに大きいですから、それを過去から未来永劫にむけて、全部貯蓄していくとなるとこのコンテンツDBの容量の問題というのは大きな課題になると思われる。


ライブストリーミングのサービスというのは、いわゆるその楽団の過去の演奏は全部格納されていて、音楽評論家の方々や、一般の方々が仕事上などで、あの頃の何年何月何日のあの名演奏をもう一度観てみたい、というような百科事典的な使い方ができるようになるのが理想なのだと思う。


そのためには過去の演奏は全部格納されていないといけなく、さらには未来永劫、生演奏を格納し続ける必要がある。ライブストリーミングというのは最近の新しいビジネスなので、まだそういう問題まで認識されていないかもしれないけど、これからの課題になると思われる。


ベルリンフィルのDCHが唯一そういうことを実現しているサービスだと思うのである。


自分の体験談であるが、クラシック演奏会のライブストリーミング・サービスであるPrimeSeatでそういう問題に突き当たったことがある。自分が普段愛聴しているサービスであるが、ここでRCOのストリーミングを何本も購入して楽しんでいたのだが、3か月後とか6か月後になると、その購入したストリーミングがいきなり消えているのだ。


えぇぇ~それってありか?と思ったが、すぐに思いつくこととして、おそらくコンテンツDBのサーバー側の容量が足りなくなって、古いコンテンツから消去しているんだろうな、と推測した。


新しいコンテンツを提供するたびに古いコンテンツを消していく。


まぁサーバー側の容量の問題で仕方がないといえば仕方がないが、でもカスタマーの立場からすると、自分がお金を投資したものは、永遠に自分のものとして未来永劫いつでも聴きたい訳であって、それが消えてなくなるというのは、ちょっとひどい仕打ちというか詐欺とも思ってしまうのだ。


少なくともカスタマーが投資したコンテンツについては消去してはいけない。


というのが前提にあると思う。


ライブストリーミングの配信プラットフォームを構築していく上では、このコンテンツDBのサーバー容量の問題は1番キーになる問題だと思われる。


繰り返すが、ライブストリーミングのアーカイブは、音楽評論家や一般の人々が、仕事などであの頃の何年何月何日のあの名演奏がいつでも視聴できるという百科事典的な使い方ができないといけない。


ベルリンフィルDCHを除き、いま始まったばかりのライブストリーミング・サービスの1番頭の痛い問題になるかもしれない。



では、じつに9年ぶりに視聴したDCHで自分がぜひもう一回観てみたかったコンテンツ3本。


2011年5月18日 マーラー「大地の歌」
アバド&ベルリンフィル
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ)
ヨナス・カウフマン(テノール)


2011年 マーラー没後100周年記念コンサートと題してベルリンフィルハーモニーで演奏されたマーラー大地の歌。オッターとカウフマン、そしてアバド&ベルリンフィルで奏でるマーラー大地の歌なんて最高のキャストである。自分にとってマーラーの大地の歌といえばこの公演なのである。宝物の想い出の公演。


男性オペラ歌手ならカウフマンが最高、女性オペラ歌手ならオッターが最高と思っていた当時の自分でした。(笑)



ヨナス様!カウフマン、最高!カッコいい!
男性アーティストはどうしても経年とともに腹回りとか肉付きがよくなってしまうのは仕方がないけれど、この頃のカウフマンは人気絶頂で最高にカッコいい時だった。


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オッター様!
自分のもっとも愛するディーヴァである。彼女の声は、心をつかむ歌声にある「1/fのゆらぎ特性」を持つ天からの授かりものの声なのだ。オッター様サイコー!


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カーテンコール。


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2011年6月2日 
ラトル&ベルリンフィル 
マーラー交響曲全曲演奏会 マーラー交響曲第6番


自分が現地の本拠地で観た忘れ得ないラトルのマラ6である。最後の離任コンサートのマラ6もBlu-rayで観たけれど、やはり男性指揮者も経年と共に腹回りと肉付きがよくなるのは仕方がない。この頃のラトルはスマートで格好良かったし、指揮にキレがありましたね。もちろん離任コンサートの時より、このときの公演のほうが最高です!


これをきっかけに、もう一回、2010/2011年シリーズに演奏されたラトル&ベルリンフィルのマーラー交響曲全曲演奏会をDCHで全部コンプリートして観てみようかな?


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カウベル


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ハンマー!


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2010年12月22日 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番
ヴァレリー・ゲルギエフ&ベルリンフィル
デニス・マツーエフ(ピアノ)


自分にとって、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番は、ピアノ協奏曲の中での最高峰に位置する自分にとっての王様の曲。


最近の新しいピアニストのラフ3は全然フォローしていないけれど、自分の中でラフ3の最高のパフォーマンスだと思う演奏が、このベルリンフィルハーモニーで演奏されたゲルギエフ&ベルリンフィル、そしてマツーエフのラフ3。


いままで2004年サントリーホールで演奏されたゲルギエフ&ウィーンフィル、ブロンフマンの演奏が最高だと思っていたけれど、このマツーエフの演奏を観て、度肝を抜かされたというか、とにかくびっくりした。


この強大なるダイナミックレンジを叩き出すマツーエフの演奏には、ただひたすら唖然。自分のラフ3の演奏のイメージをガラ変させてしまったすごい演奏です。


ここまでピアノを乱暴に弾けるのか、という・・・(笑)


ラフ3は女性ピアニストでも素晴らしい演奏はたくさんありますが、マツーエフのこの演奏を観てしまうと、どうしてもラフ3は男性有利な曲だなぁと思ってしまいます。ボクにとってのラフ3の最高峰の演奏なので、ぜひご覧になってください。


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最近ライブストリーミング配信というサービスやビジネス形態が注目されてきているけれど、ベルリンフィルはいまから12年前にはすでに世の中でサービス開始していたんだよね。ベルリンフィルは常に業界一を目指す集団ではあるけれど、さすがと思うところです。2008年にローンチだけれど、実際の技術開発を開始したのは、その4~5年以上前だと思うから、彼らの先を見る目、ヴィジョンを描ける才能はさすがだと思うところです。


日本のオーケストラも、今後の将来はぜひ実演の収入だけでなく、実演+ライブストリーミングの両方で収益を上げていく二段構造でいくとよいと思うので、ベルリンフィルのDCH(Digital Concert Hall)は、大いなる手本になると思います。


 





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リヨン料理のブション [グルメ]

去年の2019年の春に放映された吉田類さんと倉本康子さんの「吉田類のフランス大紀行~美食と芸術を訪ねて~」の録画をまた見てしまいました。


毎日、TVやSNS TLを眺めていると、コロナ禍による毎日の地獄の世相と、見通せない今後など気が滅入り、こりゃ間違いなくコロナ鬱になると思ってしまい、現実逃避をするため。


いいなー、まさか今日が、このような地獄の世相になるとは思ってもいなかった訳で、ふたたびこのようなロケができるようになる日がくるのかどうか、いや絶対来るという希望を持ち続けたいものだ。


この特集番組サイコー!


海外好き(とくにフランス好きな人)や、酒場放浪記ファンの方にとっても最高の番組では?自分はいままで何回繰り返して観ていることか!


これを見て、ぜひ体験してみたいと思ったところが2つ。


パリのモンパルナス地区。


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このあたりに芸術家、知識人が集まったのは、20世紀前半。
モンマルトルが高級住宅街となり、家賃が高騰したため、移り住んできた。
当時画家や知識人たちが集まってきては芸術談義を繰り広げたカフェがいまも残っていた。


1911年創業のラ・ロトンド。


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シャガールやピカソ、モディリアーニらが通ったというこのお店。このお店、お金がなかった画家たちが、飲み代替わりに絵を描いてお店に置いていったそうです。


たしかに店内に絵が飾られていますね。


吉田類さんも若いころ、パリで画家として生活をしていて、このラ・ロトンドに通っていたんですね。ぜひ訪れてみたいです。


なんか自分はこのカフェを見ていたら、なんか東大正門前の喫茶ルオーを思い出しましたよ。喫茶ルオーも画廊喫茶としてオープンし、まさに三島由紀夫や司馬遼太郎などの著名な文化人が足繁くかよう喫茶店ですからね。なんかそういう同じ系譜のようなものを感じます。


喫茶ルオーのセイロン風カレー、また食べたいです。
はたしてその日が来るのか・・・。



もうひとつ体験してみたいのが、リヨン料理のブションの大衆食堂。

番組で取材していたのが、ノートルメゾンという食堂。


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フランス料理の高尚なイメージとは違っていて、とてもカジュアルで大衆の香りがするお店。本当に素敵な店内の内装ですね。高尚なフレンチレストランと全然正反対の家庭料理的なフランス料理を味わえるお店という感じですね。


この店内には猫がいます。(笑)
このお店の店長だそうです。(笑)
番組ではその猫が登場します。



ブションとはなにか?


リヨンの郷土料理を提供する大衆食堂。


ブションの起源は、町の女の人たちが、労働者の人たちのお腹をいっぱいにするため、貴族が食べなかった内臓を美味しく料理して出した食堂が始まり。ブションはそういう伝統的なお店のことでリヨンにしか存在しない。安い値段の内臓で労働者のお腹を満たす。こうして町の女性たちが始めたブションは瞬く間に大人気になり、リヨンを美食の町へと導いていった。


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ちなみにこの牛の胃袋もそのひとつ。
白ワインで5時間煮込むと1番人気のブション風もつ煮込み。
トマトベースなので、日本のもつ煮込みとはまったく違う。


番組中の吉田類さんのコメント。「もつには違いないけれど、香りでわかる。もつの香り残っているほわ~っと。でもテイストはすごいまろやかなので、不思議なもつだよね。しつこいイメージって全然ないね。あっさり味だね。こういうブション、下町酒場を愛する人間としては合うんじゃないですか?非常にいいですよ。」


倉本康子さんのコメント「日本のもつ煮とは全然違う。あっさり。」


いやぁ~このブション風もつ煮込み。
最高にオイシソー。


ブションについて、さらに詳しく知りたくて、2つのサイトの情報をもとに解説を試みる。


情報引用元:
5分でわかる「ブション・リヨネ」
https://jp.france.fr/ja/lyon/article/110319



「ブション」とはリヨン特有の大衆的なビストロのこと。フレンドリーな雰囲気の下、伝統の郷土料理が楽しめます。


功労者は女性たち


ブションの伝統をつくり上げたのは女性たち、もっと正確にいえば母親(メール)たちです。19世紀、彼女たちはその細腕で自分の店を切り盛りし、シンプルながらもボリュームたっぷりの料理を振る舞いました。その信条は、「なんでも余さず使うこと」。というわけで、彼女たちはヒレ肉よりも格下とされていた脚、胸、脛など値段の安い肉を使って料理をつくりました。



独特の雰囲気



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(c)Julien Bouvier


カウンター、赤と白の格子柄のテーブルクロス、くっつき合った木製のテーブルと椅子、吊り下げられた銅鍋、古いポスター、思わず唾がわいてくる料理の音や匂い...。ブションでは店内のインテリアも料理も気さくでシンプル。



ブションの名物料理は?


ブションのメニュー(あるいは黒板に書かれた料理名)を理解するのは、リヨンの方言に馴染みがない人には少々ハードルが高いかもしれません。ブションではまず、食欲を刺激するためにグラトン(豚の脂をこんがり焼いたもの)をつまみます。そしてそのあと、セルヴラ・リヨネ(ピスタチオ入りのソーセージ)、次にクネルへと移ります。


クネルは「パナード」と呼ばれるつなぎに、家禽または子牛の肉や魚のすり身を加えたもの。クネルの代わりにグラ・ドーブル(牛の胃袋)を使ったリヨン名物、タブリエ・ド・サプールもよく食べられます。



そもそも、なぜ「ブション」?


「ブション」という呼び名は、レストランの主人が自分の店を目立たせるためにドア先に吊り下げた小枝の束に由来するといわれています。しかしブション・リヨネ協会によれば、それぞれの店でそれぞれの由来を直接訊ねてみるのがいちばんとのことです...。



ブションのことを管理している協会があるんですね。


ブション・リヨネ協会。


ブション・リヨネ協会にはブションの伝統と「ブションらしさ」を守ろうとするレストランが加盟しているそうです。




情報引用元:
美食の町、リヨンの郷土料理の歴史をひもとく「ブション」=「わら束」とは?
https://www.travel.co.jp/guide/article/11226/



古典的なブションとは


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庶民的な食堂のブション。古典的なお店の内装は、赤いチェックのテーブルクロスに、木製の家具、壁には額縁に入ったたくさんの写真や銅製の鍋が飾られ、チャームポイントに豚の絵や置物が必ず店内に置いてあります。


メニューは豚、牛、羊の頭や足、胃袋、心臓など、内臓系料理が多いのが特徴。 貧富の差が激しかった当時、メール・リヨネーズたちが安価な臓物を美味しく調理し、労働者に提供していた事からこのような料理が生まれました。


前菜からデザートまで、安くてボリュームのある料理は今も昔もリヨンの人々に親しまれています。


ブションには2つのタイプがあります。昔と変わらぬ味を守り続ける安くてボリュームたっぷりの「古典的なブション」。時代にあわせて変化を加え、現代人の舌にあわせた味付けと程よい量を提供する「美食のブション」。


このどちらにも、ブションの伝統を守り、保護することを目的とした称号ラベルがあります。リヨンの人形劇のキャラクター「ニャフロン」が描かれたパネルで、扉や壁の見えるところに貼ってあります。リヨンを訪れた際はこの称号ラベルを探して、メール・リヨネーズが築いた本物の伝統の味を堪能してください。



吉田類さんの番組でのブションの食堂風景、そしてこの2つのサイトの説明の店内写真から、ブションってやはり共通点がありますね。それは、やはり店内の内装がどれもとても共通しているテイストであること、そして、内臓モツ系の肝っ玉かあさんの料理であること。


いいですねぇ~この雰囲気、サイコー!



じゃあ日本でこういうリヨンのブション料理を体験できるところはどういうお店があるのか、ネットで調べてみました。もちろん番組でのブション風もつ煮込み以外に、どんなブション風料理があるのか、も調べてみたかった。


ところがこれがほとんど皆無というか、非常に少ないんですね。
東京では、神楽坂、銀座くらいしかない。関西方面では、京都、梅田あたりですかね。


ブション料理って珍しいんですね。


それぞれの店の情報を調べてみると、ブション料理だけを食べさせてくれる大衆食堂というのではなく、基本はリヨン料理のレストランであり、メインメニューはリヨン料理で、その中にブション料理もある、という感じみたいです。


リヨンは、フランスの中では、パリに次ぐ第2の商業都市で、美食の街として知られていますからね。リヨン料理はフランス料理の中でも最高の美食のひとつです。


ネットでもっとも数多くの情報記事がアップされていたのが神楽坂の「ル グドゥノム ブション リヨネ」。コロナ収束時には、まっさきに取材挑戦してみたい第一候補のお店です。


神楽坂「ル グドゥノム ブション リヨネ」
http://lyondelyon.com/blog/
https://r.gnavi.co.jp/3zyu04c40000/


ここはすごい高級レストランのような感じですよ。とてもブションの大衆食堂という感じではないです。見てください!この高級な店内の内装。


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Specialites Lyonnaises ~リヨン料理のスペシャリテ~(全5品)


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これはどうもリヨン料理の高級レストランという感じで、ブションの大衆食堂という感じではないですね。ちょっと目指しているところとちょっと違うような気がします。




銀座フレンチ&ワイン居酒屋 Bouchon d'Or (ブション・ドール)
リヨンの郷土料理
http://bouchondor.jp/


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ここは店内の内装はちょっとブションの大衆食堂の面影がありますね。

ブションの大衆食堂のポイントは、赤と白の格子柄のテーブルクロスが肝ですね。


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でもコース料理は、やはり内臓のブション料理とは言えなさそう。
やはりリヨン料理というところでしょうかね。



じゃあちょっと脱線しますが、ブションにこだわらず、リヨン料理ってどんなものなの?ということを紹介してみたいと思います。


情報引用元:
旅するリヨン:リヨン名物料理をすべて19品を紹介。
https://lyonceau.net/specialite-culinaire/



19品も全部紹介していられないので、写真を見て、自分がビビッときたものだけ紹介します。19品全部見たい場合は、上のリンク先からどうぞ。全部美味しそうです。


リヨンのおつまみ料理


リヨンのソーセージ


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リヨンのソーセージは豚肉と豚の脂で作り、10cmほどの太さで硬いサラミのこと。中にビスたちオ、オリーブ、チーズなどが入ったものもあります。それを薄くスライスしておつまみや前菜として提供されます。パンと一緒に食べたり、そのまま食べます。



リヨンの名物前菜料理


ポーチドエッグの赤ワインソース


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ポーチドエッグの赤ワインソースはボジョレー産の赤ワインにラルドン(豚の薫製)や玉ねぎ、エシャロット、バターで味付けしたソースにポーチドエッグを落とした料理。グリルしたパンを添えて提供されます。


本来はブルゴーニュ地方の料理ですが、リヨン近郊のボジョレー村のワインをつかっているため、リヨン料理としても親しまれています。



リヨンのパテのパイ包み


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リヨンのパテのパイ包みは豚肉や仔牛の肉やフォアグラで作ったパテをパイ生地で包んで焼いた名物料理。冷たくして薄く切って食べます。レストランで前菜として、サラダと一緒に提供されます。



リヨンの名物メイン料理


リヨンではメイン料理にも豚肉や内臓を使っている料理が多くあります。


ソシソン・ショー


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ソシソン・ショーは太めのソーセージを茹でて食べるリヨンの名物料理です。茹でて厚めにスライスしたソーセージにワインなどで作ったソースをかけ、じゃがいもなどの野菜を添えた料理です。メイン料理や前菜として提供されることがあります。



プーレ・セレスタン


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プーレ・セレスタンはにんにくとパセリで味付けした鶏肉をソテーし、コニャックと白ワインをフランベして、トマトとマッシュルームを添えたリヨンの名物料理です。リヨンでは近くのブレス地方で飼育された品質の高い鶏肉をつかった料理も提供されます。ブレス鶏とは、リヨン近郊のブレス(Bresse)地方で飼育されている鶏のことで、唯一家禽類として統制原産地呼称(AOC)に登録されています。




クネル


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クネルは川魚カワカマス(brochet)をすり身にして円筒形に形づくり、オーブンで焼いたリヨンの名物料理です。ソースナンチュラ(sauce Nantua)というザリガニから取った出汁とクリームをつかったソースをかけていただきます。


お米(ごはん)と一緒に提供されます。オーブンから出したばかりのクネルはパンパンにふくれてスフレ状になっています。最も有名なリヨン名物料理で、ふわふわしたスフレにコクのあるソースがかかっていて、日本人にも合う料理です。


 
料理の付け合わせ


料理の付け合わせはメイン料理とお供として出てくる野菜や豆、コメなどの料理です。メイン料理の皿に一緒に盛ったり、別皿で提供されます。レストランによっては付け合わせを選べることもあります。付け合わせにもリヨン名物があります。



じゃがいものクリームグラタン


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じゃがいものクリームグラタンは薄く輪切りにしたじゃがいもをにんにくの香りを移したグラタン皿に並べ、クリームや牛乳を加えオーブンで焼いた料理です。特に、ステーキなどの肉料理に添えられます。


リヨン料理って本当に美しく、そして美味しそうですね。


パリで食べる高級なフランス料理とはまたちょっと違ったテイストで、高級でありながらちょっと家庭的な感じもありそうですね。


さすがパリに次ぐ美食の町リヨンだと思いました。この際ですから、ブションに拘らず、リヨン料理を楽しむ、そしてメニューあればブション料理もいただく、という路線で行きますかね。


神楽坂と銀座はぜひ行ってみたいです。


わぁ~ここステキー!と思ったら、即座にそのお店に行って体験、取材できる。
コロナはそんな楽しみさえも奪ってしまった。


もう信じられない悪魔の使途の仕業としか思えないが、どのくらいの時間がかかるにせよ、必ずやこういう素敵な人生の楽しみが戻ると期待しながら、現実逃避してみました。


やっぱりコロナ以前に収録されている番組をいま見ると、どうしてもSocial Distancingが気になって仕方がない。危険だなーと思ってしまう。飲食業も、ここを否定されてしまえば、まず成り立たないような気がします。


早く、治療薬、ワクチンの開発を急いでほしい!





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B&W オン・ザ・ジム! [雑感]

B&W オン・ザ・ジム!(笑)


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いかにもアメリカ人らしい発想なんだよなぁ。(笑)


汗臭さたっぷりのジムに、清楚なクラシック音楽を得意とするB&W。

802です。

スパイクもきちんとはかせています。(笑)


足元にサブウーハーがゴロゴロしているので、バスドラの効いたヘビメタでもBGMとして流すのでしょうか?

B&Wじゃ鳴らないと思うよ。。笑笑


いまや”密”の代表格となってしまい閑古鳥のジム。

お籠り生活でタブついた体を、またこういうところで絞りたいものです。





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Mahler Festival 2020 開催延期の可能性 [海外音楽鑑賞旅行]

中止ではなく、延期の可能性が出てきてしまった。1番自分が恐れていたシナリオである。


こんな事態にならなければ、通常は5月に開催予定であったが、それはまずキャンセルする、というレターがマーラーフェスト2020のマネージング・ダイレクター サイモン・レイニンクのより送られてきた。



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マーラーフェスト2020 開催中止のお知らせ


この中には、COVID-19のパンデミックにより、コンセンルトヘボウは2020/6/1まで閉鎖なので、誠に残念であるが、マーラーフェスト2020は開催中止する。


延期できるかどうか検討するので数週間待ってほしい。

そういうことが書かれている。


そして数週間後、コンセルトヘボウからふたたびレターが送られてきた。


これはマーラーフェストだけのことだけではなく、今回開催中止になったコンセルトヘボウの公演全般に対するInterim Update(中間報告)のようだ。


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多くのキャンセルになった公演(マーラーフェストに限らず)については、できるかぎり延期する方向で検討している最中である。そのための検討期間として数週間必要である。もし公演を延期することができなかったり、延期できたとしても新しい日程があなたにとって不都合の場合は、チケットはCompensate(補償)する。と言っている。


これは毎年やっている音楽祭なら、来年またやればいいだけなので、中止で済むのだろうけれど、マーラーフェストの場合、何十年に1回開催されるレアな音楽祭、前回の1995年大会から25年ぶり、第1回の1920年大会からちょうど100周年の節目にあたる、そういう特別の音楽祭なので、彼らとしてもこのままでは収まりがつかないのであろう。


その気持ちは痛いほどよ~くわかる。


でも、正直のところを言うと、自分としては、中止してくれたほうがスッキリする。延期だと、それが1年後か、2年後なのか、それまでにCOVID-19が収束しているのかどうか、甚だ疑問だし、またそのために、その日のためにまたずっと心配モヤモヤを続けないといけない。


東京五輪とまったく同じである。


いまのこのような状況で果たして延期しても行ける可能性はあるのかどうか。

延期は、国内の公演と違って、海外公演の場合は、さらに敷居が高くなるであろう。


いまのこのような状況を鑑みると、収束してきたにしろ、果たして海外渡航はそんなに容易になるのかどうか?

COVID-19は感染してから2週間の潜伏期間があるから、日本に帰国してから、さらに14日間の待機要請がある。これは海外に行ったときでも同じ措置が取られるかもしれない。


そうすると1週間の本公演を楽しむだけではなく、さらに14日間、もしくは28日間の休みを取らないといけない。


それは社会人として不可能である。


もうひとつ大きな要素としては、海外に渡航して万が一罹患して帰国することになった場合、社会人としての責任を問われるであろう。


自分の会社に迷惑をかける。
自分との濃厚接触者にも迷惑をかけてしまう。


これは自分の会社を守るためにも、やはり責任がある社会人としてできない。


もう世界中がこんな状態になってしまった以上、たとえ収束してきたにしろ、これから海外に渡航することは相当勇気がいる判断になってしまう。とはいえ、もう一生海外に行けないのか、というとそれはあまりに残酷だし、そんなことは考えたくないので、やはりいままで通りに元に戻ることを切望している。


いまは先が見通せないし、いまそんなことを考えたくない、という感じである。


延期したとしても、COVID-19予防対策がSocial Distancingを要求するとなると、果たしていままで通りのコンサートホールの観客席への聴衆の入れ方でいいのか、とか、オーケストラもそういう密集団でいいのか、とかいう問題もありますね。


これって、そもそもクラシックを楽しむための大前提みたいなところがあるから、これを否定されたら、まず成り立たないですね。Social Distancingを保ちながらのCOVID-19 Versionの観客の配置や、ステージ上の奏者の配置などいま実験的にやられていますが、それはあくまでいまの暫定策であって、それが永遠じゃ絶対嫌です。


やっぱり元通りじゃないと絶対ダメです。


クラシックファンの自分からすると、このSocial Distancingの問題が一番不安要素ですね。これがクラシック演奏会を楽しむうえでの最大の懸案事項になってしまうのではないだろうか?という気がしています。


考えたくもないです。


やっぱり究極の自分の期待は、抗体や、治療薬、ワクチンが開発されることですね。いまはこれがないから、3密を避けろなど、いかに感染しないかを前提にいろいろやっている。


これらが開発されて、人との接触もいままで通り問題ない距離で接することができるようになれば、すべては昔の元通りに戻ることができる。


今日テレビで見ていたけれど、感染症の専門家の先生が、いまの対策を続けて今年の7月~8月頃に収束するのではないか?それは熱い夏になるから。(新型コロナウィルスは熱に弱い。)


問題は南半球はその反対で寒くなるから、南半球の国々のパンデミックが始まる可能性がある。というようなことを言っていた。


毎日最高記録を記録する東京の感染者数で気が滅入っていたが、ちょっとホッとするニュース。(信憑性は定かではありませんが。)


そんなことで、マーラーフェスト2020延期されたとしても、そこに立ちはだかる敷居は限りなく高い。でも先はまったく見通せないので、案外行けたりするかもしれない。


ひとつ言えることは、延期の可能性も出てきたということは、やはりいままで通り、毎日、無駄遣いせず、もし行くことになった場合のことを考えて、お金を少しづつ貯めておくことは続けないといけない、ということである。



3月のことだったかな?世界中がパンデミックの様相を呈してきたときに、女子大生が予定していた卒業旅行としての海外旅行を決行して、結局罹患して帰国するハメになって、世間中からバカだのアホだの大バッシングを浴びた件。


たしかに社会的道義からすると、こんな時期に、という理屈は当然とは思うけれど、自分はこの女の子たちのことを責めれないな。


この子たちの気持ちがよ~くわかるから。

むしろすごく同情しています。


ずっと前から楽しみにしていて、お金も貯金してきて、準備も頑張ってきて、さぁというときに、まさかの想定外のパンデミック。卒業旅行だからこのときを逃したら・・・どうしても中止したくなく行ってしまった。


若いので中止する勇気が足りなかったのかもしれないけれど、この気持ちは本当によ~くわかる。


自分のマーラーフェストもそうだったから。
3年かけて毎日ひたすら貯金してきて、その日を夢見てきたのに、まさかの想定外。行ける可能性があったなら、やはり強行したいという気持ちはあったかも。


そんな気持ちがよ~くわかるから、さらに年の若い女子大生ならセーブが効かず強行してしまった、というその気持ちはよ~くわかるのだ。


自分は彼女らを責めれない。


マーラーフェスト2020。果たして中止なのか、延期なのか、延期するとしても自分は行けるのか?すべてはいま見通すことはできない。


いまから129年前、1890年代のアムステルダム・コンセルトヘボウ。
マーラーやメンゲルベルクが活躍していたころのコンセルトヘボウはこんな感じだったんですね。


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ミルマスカラスの素顔 [雑感]

子供の頃はごたぶんに漏れず、プロレスに熱中した。オヤジからプロレスは八百長だ、と言われたのが子供心にショックだった。新日本プロレスのアントニオ猪木は最高に燃えたな。


その中でも、覆面レスラー、マスクマンは大興奮だった。


初代タイガーマスクの登場は衝撃だった。小さい子供の頃、アニメのタイガーマスクは何回も見ていたからだ。巨人の星とタイガーマスクは必須でした。この頃のアニメはひとつの影というか暗さがあって秀逸でしたね。


初代タイガーマスクの空中殺法には度肝を抜いたものでした。
ライバル小林邦昭との勝負は燃えました。


マスクマンの試合でやっぱり1番興奮するのは、相手が覆面に手をかける、ときではないだろうか?試合中に覆面剥ぎをしようとすると、もう興奮度ボルテージ最高潮になってしまう。観客席からキャーの異様な声になるし、実況アナウンサーも、「あっマスクに手をかけています!!!」と大絶叫。もうこれは最高の興奮のルツボだ。


後年知ったことであるが、初代タイガーマスクの佐山サトルと、ライバルの小林邦昭はプライベートでは仲が良いらしく、試合中にマスクに手をかける、ことはお互いの事前の了承済みだったんだそうだ。


ショーだったんだな。


これを知ったときは、少なからずショックでした。(笑)


初代タイガーマスクと小林邦昭の試合では、小林がタイガーのマスクに手をかけるときが、もちろん最高に興奮するときで、ある意味、これ見たさなところがありました。


マスクマンの試合で興奮するのは、マスクマン同士の試合で、試合の勝ち負けでマスクをかける、あるいはふつうのプロレスラーとの試合で髪とマスクをかける、という試合ではないだろうか?


当時って、本当に人間の精神の究極のショーをやっていたもんです。今のご時世、そんなことをテレビでやったらテレビ放映倫理上、苦情が来そうな感じがします。


そんな少年時代、衝撃のマスクマンが登場した。

ミルマスカラスである。


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メキシコの覆面レスラー。
メキシコという土地もプロレスが盛んな国でした。


ミルマスカラスは子供心に相当衝撃であった。そのマスクの奇怪なデザインで、カッコいいという反面、ちょっと異様な衝撃というか、相当気になる覆面レスラーであった。


そのレスリングスタイルは華麗なる空中殺法。ある意味、初代タイガーマスクのお手本だったというか、その前に空中殺法をプロレスの世界に取り入れた立役者でもあった。


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「千の顔をもつ男」。
「仮面貴族」。


試合毎にマスクを変えることから、そういうあだ名で呼ばれていた。
入場のときは、「スカイハイ」のテーマに乗って登場する。


スカイハイはカッコいいテーマ曲なので、当時の自分は外国人マスクマンなのに、なんかそういう日本人でもないのに正義の味方のようなイメージ付けにちょっと子供心に反抗心があった。(笑)


そして入場のときは、試合用マスクの上から別のマスク(オーバーマスク)を更に被り、試合前にそのオーバーマスクを客席に投げてファンにプレゼントするパフォーマンスが人気を集めた。


とにかくやることが常に斬新で、いままでの日本のプロレス界にはいないタイプだった。外国人レスラーだから子供心に認めたくないという気持ちが複雑にあって、ちょっと悔しいというか、でもやることが華麗で斬新でそれだけ気になるマスクマンだったのだ。


ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田の全日本プロレスのほうに登場しましたね。


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ネットで調べてみると、本名はAaron Rodríguez Arellano。1942年7月15日生まれ。現在78歳。メキシコのプロレスラー。サン・ルイス・ポトシ州サン・ルイス・ポトシ出身。学生時代からレスリングとボディビルに打ち込み、レスリングではメキシコ代表として1964年東京オリンピックの候補にもなったそうだ。


そうかぁ、ボディビルをやっていたんだな。だからこれだけのムキムキマンだったんだ。



ごたぶんに漏れず、ミルマスカラスの試合で相手がマスクに手をかけることを期待した。(笑)日本の試合ではなかったようだけれど、プロレスの雑誌はよく本屋さんで立ち読みをしていたので、そうすると相手がミルマスカラスのマスク剥ぎしようとしている場面や、マスクを破る衝撃場面の写真が載っていたりして、子供心に相当興奮しました。(笑)


こんな感じです。


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写真ではなかったけれど、タイガージェットシンとの試合で、ミルマスカラスのマスクを完全にやぶってしまい、素顔が露出して、あやうくタオルで顔を覆ったということもあったと記事を読んだことがあります。


相当興奮しました。


弟のドスカラスも有名な覆面レスラーであった。


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全日本プロレスではドス・カラスとの兄弟タッグ「マスカラス・ブラザーズ」としての来日も多かった。


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プロレスは、本当に小さいころ、小学生、中学生のときにもう卒業してしまったが、いまなにげなくミルマスカラスの素顔ってネットに転がっていないかな?と思って、ググってみたら、なんと!!!そんなスクープがあったのだ。(笑)


YouTubeにもなっている!


ミルマスカラスの素顔。


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えぇぇぇ~!?(笑)


ドスカラスの素顔。


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えぇぇぇ~!?(笑)


ミルマスカラスとドスカラスの対談


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ミルマスカラスと奥さん


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衝撃。。。笑笑


確かにミルマスカラスは、目元のまん丸としたところは、間違いなく本人に間違いないと思いました。


この画像の元になったのが、このYouTube。






ミルマスカラスが、マスクを取って、素顔を出すところが衝撃だ。(笑)

いまの年寄りになって、ようやくスッキリしました。


新型コロナでマスク不足が社会問題ですが、私は同じマスクでもミルマスカラスとドスカラスでいきたいと思います。


えぇ、いまの気が滅入る社会情勢の中、私もひたすらテレビ東京路線で突っ走りたいです。


2011年の東日本大震災のときに、ほとんど全部のテレビ局がその報道をやっていたにもかかわらず、テレビ東京だけが、いつもと変わらず旅番組をやっていたように・・・(笑)


 


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鍵を購入する [オーディオ]

ここ最近の日記の連投で、25年前の記憶が、徐々に蘇ってきた。
昔々、一生懸命PCのパワポで図面を書いて勉強していました。
同じような図面を何枚も何枚も書いたね。


だから脳裏の深いところにしっかりと刻まれているから、絶対忘れられないんですよね。久しぶりに書いてみたら、全然悩むことなくスラスラと10分くらいで書けました。


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当時、”インターネット音楽配信”と呼んでいた配信ビジネスの黎明期のブロック概念図。インターネットで音楽を配信するなんてどうやるんだ、という手引書みたいなもの。


ネットの配信システムのほうはIBMのシステムで、ユーザーホームネットワークが家電メーカーが提供するというような役割分担。


もう音楽配信ビジネスなんていまのご時世、当たり前のコンコンチキだから、もうこのブロック図は全然秘匿性もないからオープンにしてもよいだろう。


役割分担は、


コンテンツプロバイダ:レーベル(レコード会社)
サービスプロバイダ:配信事業者
第三者機関(クリアリングハウス):著作権権利団体
ユーザホームネットワーク


コンテンツプロバイダは、たとえばこのように複数考えられるだろう。


レーベル1:ソニーミュージック
レーベル2:ビクターエンターティメント
レーベル3:ワーナー・ミュージック
レーベル4:ユニバーサルミュージック
レーベル5:ワーナー・ブラザーズ


などなど多数。


サービスプロバイダは、たとえばこのように複数考えられるだろう。ただし当時は、ファイルダウンロードのみの発想でいまのようにストリーミングはなかったけど(あったとしても地下に潜っていた。)わかりやすく、いまのストリーミング配信事業者を割り付けよう。


配信事業者1:Amazon Music HD
配信事業者2:mora qualitas
配信事業者3:Spotify
配信事業者4:Apple Muisc
配信事業者5:Line Music


などなどこれまた多数。


第三者機関(クリアリングハウス)というのは、いわゆるJASRACのような音楽の著作権を管理する権利団体のようなところが担うものという発想だった。


そしてユーザーホームネットワークである。Gatewayというのは外のインターネットとつながる窓口、ゲートウエイだ。まぁ普通に考えればPC(パソコン)ですね。


まず、コンテンツプロバイダは、クリアリングハウスにコンテンツを提供して、配信用コンテンツをオーサリングする。配信用コンテンツというのは、いわゆる暗号化コンテンツである。ある鍵で暗号をかけ、そして暗号を復号するときはその鍵で復号する。もちろんコンテンツ単位で鍵はひとつひとつ違う。


そしてその暗号化コンテンツにコンテンツIDを付与して、コンテンツDBに格納する。


つぎにサービスプロバイダは、クリアリングハウスから、自分のショップで販売したい配信用コンテンツをよりどり好みでたくさん取り寄せる。


サービスプロバイダというのは、つまり商品の棚に、いろいろなレーベルのいろいろなアーティストのコンテンツを並べる、といういわゆるお店、販売ショップという立場ですね。つまりWEBデザインされた自分のショップのHPにジャケ写を羅列して、展示する、そんな感じです。


サービスプロバイダというのはレーベルのコンテンツを売る販売ショップの方々のことですね。もちろんレーベル自身が売る場合もあるから、そのときはコンテンツプロバイダとサービスプロバイダを兼務することになる。


そしてユーザは自分の好みのサービスプロバイダにサービス登録して、そこからコンテンツを買う。(ユーザーはコンテンツをサービスプロバイダから買います。)


そのとき、ユーザはクリアリングハウスに対して課金決済をして、その暗号化コンテンツを復号化する鍵を購入するわけだ。


”暗号化コンテンツを視聴するために、課金決済してその鍵を購入する。”というのが、システムの大前提の発想だ。


いまの時代の感覚でいえば、ふつうはサービスプロバイダが、こういう課金決済、鍵配信などをやるのがふつうですよね。ユーザーはサービス販売ショップに対して課金決済している感覚のはず。


でもこの当時はJASRACのような著作権権利団体が、こういうクリアリングハウスのようなDB集合体を第三者的な立場で管理して、各々のコンテンツプロバイダ、サービスプロバイダを登録して全体を一元管理するという考え方だったんですよね。


そして課金DBで権利者に対して契約で決まっているパーセンテージで配分率を計算し、その料金をコンテンツプロバイダやサービスプロバイダに利益分配する、という段取り。


これが黎明期のインターネット音楽配信のブロック図だ。


やっぱり黎明期だけあって、古いというか、こなれていないね。(笑)まずJASRACのような著作権権利団体がこんな複雑で大規模なDBを管理できるはずもなし。(笑)


現在は、間違いなくサービスプロバイダの中で、課金決済などの処理を全部完結させてしまうはず。ショップ単位で課金して、権利者に払っているという感じでしょうか。


さもないと、レーベルなんて世界中に存在するわけだし、ネット配信業者だって世界中に乱立している。それをクリアリングハウスで一元管理なんて事実上無理な問題だ。


ペーパー上での理論図と実際のビジネス様態は違う、ということですね。


万が一、クリアリングハウスで一元管理する、としよう。そうするとクリアリングハウス内でコンテンツオーサリングで配信用コンテンツを作成するわけだが、そうなると音声Codecやいっしょに内包するメタデータの形式など、どのサービスプロバイダでも共通になってしまい、サービスの差異化、差別化ができなくなってしまう。おれっちのところはDSD配信に限定とか、おれっちのところはPCM192KHzでしかもなんと32bitだぞ!
というような他社との差別化ができない。やっぱり伝送フォーマットのCodecはサービスに応じてグレード差異化したいですよね。


メタデータだってそうだ。メタデータというのは音楽データの付帯情報などが記載されているデータのことなのだが、ROONのようにこのメタデータの仕掛けでシームレスに検索できるような仕掛けも作るわけだから、このメタデータの作り方でおらっちだけの差別化はしたいはず。


ということで、上の図のクリアリングハウスの中にある数々のDBは、ほとんどサービスプロバイダ自身の中で各々持っていてショップ自身で完結してしまっている、と思っていいと思う。そしてショップ単位で権利者に利益分配しているんだろう。


ちなみにインターネットでの通信では、かならずセキュリティ上、暗号化、認証をおこなって通信する。公開鍵暗号による認証と、共通鍵暗号によるコンテンツ暗号である。


上の図のコンテンツプロバイダ、サービスプロバイダ、クリアリングハウス、ユーザーホームネットワークの間の通路パスでの通信のことである。


クリアリングハウスの中にあるDB集合体。


コンテンツDB
メタデータDB
顧客管理DB
鍵DB
認証DB
個人嗜好DB


はコンテンツ電子データのEC(E-Commerce):電子商取引で最低限必要なDBたちである。


いまのご時世では、サービスプロバイダのそれぞれにこれらのDB集合体を持っていると思われる。この黎明期のときと、いまのご時世の違いといえば、


たとえばいまはファイルダウンロードじゃなく、ストリーミングが主体。そうするとストリーミングの暗号化ってどうやるんだろう。どういう鍵の受け渡しをするんだろう?


そして課金決済も、サブスクリプションである。
定額の少額決済。そうすると再生回数をカウントする必要がある。


それに応じて、再生1回あたり何円と決まっているから、その再生回数に応じて総額が決まり、それを各権利者に利益分配するということだろう。


たしかに時代に流れに応じて、この黎明期の頃から、随分と紆余曲折してきたけれど、でも骨子となる屋台骨、考え方の基本はそんなに違ってないと思うんですよね。


ボクの青春時代の熱中していたテーマでした。


当時は、ネット配信なんて音楽ビジネスの根本を壊すということで、ずいぶん白い目で見られていた。あれから25年経過したわけだが、ものごとがちゃんとモノになるというのはずいぶん時間のかかることだな、とProject Xのオヤジのような想いにふけっています。(笑)



これから新しい取り組みとしては、コンサートホールでのライブストリーミング配信ということになると思われるが、このプラットフォームに合わせると、オーケストラの楽団がコンテンツプロバイダで、ライブストリーミングをするサービスがサービスプロバイダになるのであろうか?ライブストリーミングというビジネスは比較的新しい分野なので、注目だ。





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