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マーラー歌曲集 [ディスク・レビュー]

Mahler Festival 2020が、Mahler Festival Onlineに代替えになってしまうことで、モチベーションがぐっと下がってしまったことは仕方がないが、マーラーの歌曲については、どうしてもマーラー日記として書き残してしまったことなので、完遂したい。


あくまで自分の経験であるが、他の作曲家の歌曲と比べると、マーラー歌曲は、ややしっくり来ないというか自分のモノとして馴染むまで時間がかかった過去がある。


マーラーの歌曲としては


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がある。


その原因は、このドイツ語原題のほうが、まず頭に入る訳だが、それと邦題とのマッチングがどうも苦手で、聴いていてどの歌曲が、どの原題、邦題なのかいまひとつピンと来ないというのがあった。


実際音楽を聴いてみて、その旋律を聴けば、すぐにわかるのだけれど、それが原題、邦題とすぐに一致しないという感じであろうか。


ずいぶん長い間、そういう状態でほったらかしにしていた感じである。


音楽の旋律として聴いている分には、本当に佳曲というか、素晴らしい曲ばかりなのである。あと、マーラー歌曲というのは、その旋律の引用など、マーラー交響曲と非常に関係が深く、実際の実演でも歌曲単体として演奏される、というより、必ず交響曲とペアで演奏されることのほうが多い。


マーラー歌曲は、いわゆるオーケストラ稿と室内楽稿と両方のバージョンがあり、今回のマーラーフェスト2020ではメインホールではオーケストラバックにソリスト独唱者が歌うオーケストラ稿(そしてそれは関連性の深い交響曲とペアで演奏される)と、リサイタルホールでピアノとソリスト独唱者が歌う室内楽稿と両方のコンサートが開かれる予定であった。


本当に貴重な体験だったのだけれど残念の一言。


今回、このマーラー歌曲ではずっと昔から愛聴しているPENTATONEの録音でそれぞれの曲を紹介していきたいと思う。




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さすらう若者の歌、亡き子をしのぶ歌、リュッケルト歌曲集 
アリス・クート、マルク・アルブレヒト&オランダ・フィル




2017年に発売されたアルバムだが、そのときに購入してよく愛聴していたのだが、ラックのどこかに埋没してしまい見つからないので、もう一度購入したら、ジャケット違いが届いた。(笑)中身は同じようである。


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レーベルの方で、ジャケット変更したのかな?もう断然メゾ・ソプラノのアリス・クートのジャケットのほうが断然いいと思うのだが。


このアルバムは、マーラー歌曲のアルバムとしては最高の部類に入る大のお気に入りのアルバムなのである。録音が素晴らしいのと、メゾ・ソプラノ アリス・クートの澄み切った高音域の声、そしてさすらう若者の歌、亡き子をしのぶ歌、リュッケルト歌曲集というマーラー歌曲でもっとも取り上げられ歌われる頻度が高い有名曲が入っているのがお気に入りの理由である。


オーケストラ版で、指揮にマルク・アルブレヒト、管弦楽にオランダ・フィルハーモニー管弦楽団である。マーラー歌曲としてなら、ぜひこのアルバムを推薦したい。


非常にクオリティの高い完成度のアルバムである。


指揮のマーク・アルブレヒトはPENTATONEと契約しているレーベルお抱えの指揮者で、オランダフィルと数々の名録音を残してきている。ワーグナーとR. シュトラウスの解釈および現代音楽への傾倒で高く評価されている指揮者であるが、キャリア初期の頃は、ウィーンのグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団でクラウディオ・アバドのアシスタントに指名されたこともあり、マーラーを得意としている。PENTATONEへの録音でも、このオランダフィルとマーラー録音を数枚残している。


自分は、このアルバムを聴いて、とにかく感動したのが、イギリスのメゾ・ソプラノであるアリス・クートの歌唱力である。本当に澄み切った高音域という感じで、しかもメッゾらしい定位感、安定感があって、太く柔らかな低音がその声質の根底にあるので、その高音域の輝きがさらに映えるというすばらしい抜群の声質の持ち主なのである。


とにかく彼女の歌唱力には驚きます。

見事にマーラー歌曲を歌いきっている。
このアルバムで彼女の果たしている役割は大きいと思う。


アリス・クートは、1968年にリヴァプール郊外のフロッドシャムに生まれたイギリスのメゾ・ソプラノ。ロンドンのギルドホール音楽演劇学校とマンチェスターで学んだのち、ナショナル・オペラ・スタジオで研鑽を積んで注目されるようになり、イギリスのほか、メトロポリタン歌劇場やサンフランシスコ歌劇場、バイエルン国立歌劇場などでも活躍中。これまでにブリギッテ・ファスベンダー賞、キャスリーン・フェリアー賞などを受賞、リートとオペラの両分野に才能を発揮している。(HMV掲載情報)




「さすらう若者の歌」は、マーラーの歌曲集のうち、統一テーマによって作曲された最初の連作歌曲集である。低声とピアノ(もしくはオーケストラ)伴奏のために作曲されている。マーラー自身の悲恋に触発されて作曲されたものと信じられている。


マーラー歌曲の最も有名な作品の一つである。


聴いてみるとすぐに分かる。あっこれは交響曲第1番「巨人」第1楽章で使われている旋律だ、とういうことが。(笑)マーラー自身の作詞によるが、マーラーお気に入りのドイツ民謡集「子供の魔法の角笛」に影響されていると言われている。この歌詞を書いた若きマーラーは報われない片思いの女性歌手に夢中になったのだ。




「リュッケルト歌曲集」は、マーラーが1901年から翌1902年にかけて完成させた連作歌曲集の呼称。これはマーラーの作品の中でも最も素直な幸福感にあふれている歌曲集と言われている。ちょうどアルマと婚約・結婚した頃なので、全てにその幸福感が満ち溢れているのだ。




「亡き子をしのぶ歌」は、グスタフ・マーラーが作曲した声楽とオーケストラのための連作歌曲である。妻のアルマから縁起でもない曲を書かないで、と怒られたのだが、この歌曲集の痛ましさは彼がこの曲集を書いた4年後に、マーラーがまさに娘マリアを猩紅熱によって4歳で失ったという事実によって増大させられるのだ。


この3つの歌曲集をアリス・クートがものの見事に歌い上げる、このアルバムは本当に感動します。ぜひ聴いてみてほしい。




そしてマーラー歌曲の中でも自分が最も大好きなのが、「大地の歌」。


大地の歌は、もう歌曲というジャンルでは括れない交響曲と言ってもいいくらいの大規模な曲である。初演は、マーラーの死後であり、愛弟子であるブルーノ・ワルターによっておこなわれている。


「大地の歌」というメインタイトルに続き、副題として「テノールとアルト(またはバリトン)とオーケストラのための交響曲」とあり、通常マーラーが9番目に作曲した交響曲として位置づけられるが、連作歌曲としての性格も併せ持っており、ピアノとソリストのための室内楽版も存在するため、「交響曲」と「連作歌曲」とを融合させた作品と考えられる。


大地の歌は第6楽章から成り、メゾ・ソプラノとテノール(あるいはバリトン)が交互に楽章を分担して歌っていくため、自分は、この大地の歌を聴くと、本当にもう単なる歌曲としてだけは括れない交響曲に匹敵するスケール感の大きさがあって、「交響曲と歌曲の融合作品」と言える、のは合点がいくところなのである。


本当聴いていると荘厳な感じで、最終楽章のメゾ・ソプラノの消え去っていくような終止を聴いていると、いままでの壮大な6楽章の物語がここに終わる、という感じで鳥肌が立ってくるのである。それだけ聴いたという充実感、満足感が素晴らしすぎる。


また、この大地の歌にはこんな逸話が残っている。
いわゆる「第九」のジンクス、「第九」の呪い、である。


「大地の歌」は、交響曲第8番に次いで完成され、本来ならば「第9番」という番号が付けられるべきものだった。しかし、ベートーヴェンが交響曲第10番 (ベートーヴェン)を未完成に終わらせ、またブルックナーが10曲の交響曲を完成させたものの、11番目にあたる第9交響曲が未完成のうちに死去したことを意識したマーラーは、この曲に番号を与えず、単に「大地の歌」とした。その後に作曲したのが純然たる器楽作品であったため、
これを交響曲第9番とした。マーラーは続いて交響曲第10番に着手したのだが、未完に終わり、結局「第九」のジンクスは成立してしまった、という通説。


マーラーが歌詞に採用したのは、ハンス・ベートゲ編訳による詩集「中国の笛-中国の叙情詩による模倣作」である。



この大地の歌でお勧めな録音が、さきほど紹介したアリス・クート独唱で、マーク・アルブレヒト指揮オランダフィルという全く同じコンビでPENTATONEに録音している「大地の歌」である。



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大地の歌 
M.アルブレヒト&オランダ・フィル
クート、B.フリッツ




さきほど絶賛したメゾ・ソプラノのアリス・クートは、「大地の歌」を得意としていたジャネット・ベイカー、ブリギッテ・ファスベンダーの教えも受けていて、この録音をする前に、すでに実演では「大地の歌」を何度も歌っていたんだそうですね。


この録音自体は、PENTATONEの初期の頃の録音で、2012年の録音。
なんとヤクルトホールでの録音なんですね。

ヤクルトホールは、いまや幻のホール。
初期のPENTATONEの録音ではオランダフィルのフランチャイズとしていたホールでした。


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以前調査したときは、アムステルダム市内にある「バース・ファン・ベルラーヘ(Beurs van Berlage)」という施設内に「ヤクルトホール」という小ホールがあるようで、そこではないか、という確信が得られていた。旧証券取引所で、アムステルダム中央駅から徒歩10分弱くらい。


このホールはアムステルダムの中心部ダム広場に近く 地元ではBEURS(バース)と呼ばれる歴史的建造物・旧証券取引場の中にある。BEURS自体は 非常に大きな建物で その中のおそらくかつての宴会場だったと思われる大きな広間がコンサート・ホールに改装され、ヤクルト・ホールと名付けられているのだ。


天井が非常に高い直方体、まさにシューボックスという空間で席は1F平土間だけで バルコニー席は無く 全部で1000席ぐらい。コンセルトヘボウの伝統を受け継いでステージは高い。オランダ・フィルは、ここを本拠地としており、リハーサルと演奏会両方で使っているとのことだった。


今回のマーラーフェスト2020でアムステルダムに行ったときに、ぜひこのヤクルトホールを演奏会かなにかで訪問したかったのだが、調査してもらったところ、普通のプレゼンテーション会場としての機能しかなく、もうコンサートホールとしての機能はないとのことであった。


うぅぅ~残念!


このヤクルトホールでの録音の大地の歌。素晴らしい録音です。初期のPENTATONEの録音らしい、ちょっといじっている感の多いテイストだけど、聴いていてオーディオマニア的には最高の録音。なんか懐かしい感じがしました。


メゾ・ソプラノのアリス・クートと、テノールのブルクハルト・フリッツの掛け合いの熱唱が素晴らしい。ブルクハルト・フリッツは、なんかあのワーグナー歌手のロバート・ディーン・スミスになんか声質が似ています。


典型的な二枚目スターの声ですね。



「大地の歌」の映像作品として、忘れらないのが、マーラー没後100周年記念コンサートとしてベルリンフィルハーモニーで演奏された「大地の歌」


アバド&ベルリンフィル、そしてメゾ・ソプラノにアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、テノールにヨナス・カウフマン。もう最高の布陣ですね。自分がマーラーに熱く嵌まり込んでいた2011年の旬の時に体験した演奏です。


いまでもベルリンフィルのDCHで鑑賞可能です。



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