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SACDのロゴ [オーディオ]

これはずっと昔から思っていたことなのだけれど、SACDのロゴってものすごくカッコいいし、高級感、ブランド感があって、このロゴが貼ってあるディスクを見るたびに、この盤は音がいいという印象を直感的に持つ。


それはSACD再生機器に付いている場合もまったく同じ。この再生機器はいい音がするという印象を持ってしまう。


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ロゴの果たす役割はとてつもなく大きいと思う。

その後、ハイレゾのロゴとかいろいろ出ているが、SACDのロゴに勝るものはないような気がする。


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ロゴを見ると、わかると思うが、上列の左から横に、そして下の左から横の流れで”SACD”という文字を絵象化したデザインなのだと思う。


意匠権、デザインは誰なのかは、私にはわからないが、オーディオの場合、基本ロゴのデザインや権利関係は日本オーディオ協会が管理していると思われる。そこからデザイナーに受注して、機器にロゴを認可するための管理うんぬんという感じなのだろう。


自分は昔からこのSACDのロゴが大のお気に入りでカッコいいな~とずっと思っていたのだが、それを別に特別に口外することもなかったのだが、今日、久しぶりにタワレコでSACD特集コーナーがきちんと組まれているのに感動してしまい興奮した。そのときにそのパネルにSACDのロゴが大々的に強調されているのに思いっきり反応した。


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自分のしばらく忘れかけていた”SACD愛”が一気に爆発という感じである。


SACDは、サンプリング周波数は2.82MHzである。いまでこそDSDハイレゾには、5.6MHz,11.2MHzもあるが、”ハイレゾに名盤はなし!”はまさにその通り。


かつての名盤は、ふつうにSACDとして復刻され、2.82MHzなのである。

”名盤を良い音で聴く”というニーズの具現化としてSACDはいまだに有力な手段である。


そして、またPENTATONE,BIS,Channel Classicsのような新しい録音のレーベルの場合も5.0サラウンドとしてSACDをこれまでどおり、推進していく。


SACDは永遠に不滅である!


まさに高音質フォーマット。どんなに世の中、ハイレゾとか、ストリーミングとか、騒いでいてもSACDを愛するコアなファンは永久に存在するのだ。


実際問題、ハイレゾよりパッケージメディアのほうが音いいと思うよ。(笑)


そういう自分の”SACD愛”がひさしぶりに一気に爆発した緊急事態宣言解除後の渋谷散策であった。






 

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クラシック・コンサートのSocial Distancing 対応 [クラシック雑感]

コンセルトヘボウ・オーケストラが1.5mのSocial Distancingを保って演奏会をするという方法を模索している。よく見てほしい。ステージではなく客席にオケを配置している。この様式はポリヒムニアのスタジオ録音で採られていたそうで音響的にはアリなのだろう。


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このような衝撃のニュースが舞い込んできたのが数週間前。それが本当に実現したようだ。グスタボ・ヒメノ&ルクセンブルク・フィルのリハーサルのようだった。おそらくPENTATONEの新譜。


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う~む。(笑)平土間の客席をぜんぶ取っ払って、そこに1.5mの間隔をあけたオーケストラを配置する。ステージと平土間客席の間には、コンセルトヘボウでお馴染みの空席時の吸音の赤カーテン。



アフターコロナでのクラシック音楽業界の在り方、ニューノーマルな形態というのをみんな試行錯誤で模索している。


コロナが勃発して1番最初に登場したのは、無観客のライブストリーミング配信である。でもそれは観客は無観客だけれど、奏者はふつうの普段の密の状態であった。


その後、その演奏者の密状態も危険、ということから、奏者にもSocial Distancing対応させて、観客席は無観客、そしてそれをライブストリーミングするというステップに移ったように思える。


それがベルリンフィルのヨーロッパ・コンサートであった。
DCHで放映された。


ベルリンフィルの奏者のSocial Distancing対応。


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実際、視聴したが、かなり疎なコンサートであった。(笑)


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その後もベルリンフィルは引き続き、このスタイルでコンサートを開催し、DCHで放映を続けている。


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オーケストラの場合、結構、奏者の間隔を広げてしまうと、それぞれの各奏者が周りから聴こえてくる音が普段とずいぶん違って聴こえてきて、アンサンブルがかなりやりづらいように思うんですけどね。


日本も緊急事態宣言が解除されて、クラシック音楽業界も、徐々に戻していく試行錯誤がおこなわれることになる。つぎのステップは、ステージ上の奏者はSocial Distancing対応をさせて、さらには観客席に聴衆を入れるフェーズである。


もちろん聴衆の入れ方もSocial Distancing対応。

ネットからの拾い絵ですが、


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これじゃステージの奏者もやる気が一気に失せてしまいそうだが、これが現実問題なのだろう。クラシック・コンサートの聴衆は、楽章間の咳込みとか、終演時のブラボーを禁止すれば、コンサート中、声を発して飛沫が飛ぶ可能性も少ないから、そんなに感染拡大の危険性は少ないと思うんですけどね。


あるHPのブログで、このクラシック・コンサートのSocial Distancing対応について、とても興味深いレポートをしている。


MCS Young Artists
Blog/ブログ



このSocial Distancing時代のクラシック・コンサートについて、アメリカのボストン・シンフォニー・ホールがとても興味深い検証をおこなっている。


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彼らのホールで、実際ある間隔をおいて聴衆を配置することで、Social Distancing対応にすることで、考えられるのは、


●チケット収入額が激減すること。
●それじゃ割が合わないから、その分チケット単価を上げて価格の相場が高騰すること。


いままでのチケット価格で、このような空席だらけのSocial Distancing対応の聴衆でコンサートをやればやるほど招聘元など大赤字がさらに累積する、というものである。


そりゃそうだよね。


ボストンの検証報告。


●アメリカのボストン・シンフォニーホールは約2,625席あるが、6フィート(1.8m)のソーシャルディスタンスを守ると492名、総座席数の19%程度しか入場させることができない(原文では座席表を手書きで潰しつつ、何席確保できるかを示している。上の画像がその一部)。そしてこれはそもそも聴衆がこのような環境でホールに来るかどうかは考慮していない。


●奇跡的な額の寄付か政府の介入がなければむちゃくちゃ厳しい。2つの道が残されていて、いずれもかなりの犠牲を伴う。


(1)大ホールやオペラハウスを諦め、小規模な作品(小編成のオーケストラもしくは室内楽コンサート)を小ホールで演奏する。大規模な作品はソーシャルディスタンスが不要になるまでオンライン、無観客で放送する。それでもベートーヴェン第九、ヴェルディのレクイエム、ヘンデルのメサイアなど50人以上のプレイヤー、100名を越す歌手、ソリストが必要な曲はしばらく演奏できない。大ホールから手を引くことはすべての団体に出来ることではない。例えばカナディアン・オペラ・カンパニーは自前の劇場を持っているからそもそも無理だ(貸し館、売店や駐車場からの収入も必要)。強力な労働組合を持つ団体も、ある程度の規模のコンサートをせざるを得ないだろう。


この1つめの道が選べるのはボストン交響楽団のように金銭的に潤沢な組織だ。彼らはオンライン中継および小編成の室内楽などでなんとか耐え忍ぶことが出来るだろう。


(2)それ以外の人達には第2の道が待ち受ける。破滅である。チケット代を引き上げ、アーティストおよび事務局のコストを限界までカットしなければならない。政府による救済措置、もしくは超巨額の寄付がなければ前途は悲惨だ。客席の減少によって演奏家の出演料や給料はざっくりと切り取られてしまう。極限に少ないリハーサルで多数の公演を、しかも低賃金でこなさなければならなくなる。


広告宣伝費は限りなくゼロへ。スタッフも一時解雇を余儀なくされる。テレビ、ラジオ、印刷物を使った広告は不可能。定期会員数を増やすために多数の人を雇うことはそもそも必要がなくなる。広告費はほぼゼロになり、せいぜいソーシャルメディア広告、グーグル広告、Eメール、オンライン上の個人のネットワークなどでしか広報活動は行われない。聴衆の数を絞らざるを得ないためチケット代金は一気に上昇する。すべてのチケットが少なくとも倍額になり、公演の数も増やさざるを得ない。


チケット代の上昇により富裕層、特権階級以外は交響楽やオペラを観ることが出来なくなる。公平性に欠けるし恵まれぬ一般人にとっては悲劇である。しかし中期的にみて主催者が収入を確保し破産を防ぐためにはこの方法を取るよりない。


●ワクチンが浸透し、ソーシャルディスタンスの不安がなくならなければ、大きなホールでの演奏会で利益を出すことはほぼ不可能だ。それがすぐ来ることを祈っている。



なんかかなり悲観的な推測だが、でもまぁ的をついていることも確かであろう。


上の検証報告の中で頻繁に登場する、”政府による救済措置、もしくは超巨額の寄付があれば・・・”の文言である。そのような条件下であれば、こういうSocial Distancing対応のコンサートを開催することも可能であるとしている。このようなSocial Distancing対応を普通にやっても興行ビジネス的に大赤字になるだけだけど、政府が支援してくれるなら、可能である、というのである。


日本では、政府が、「2月1日以降に予定しながら延期や中止をしたコンサートなどを対象に、あらためて開催する場合の費用や海外に発信するための動画制作の費用などについて、5,000万円を上限に費用の2分の1を支援する。」という見解を国会で答弁している。


あくまでコロナ禍で中止・延期になった公演が対象で、新しくこれから企画する公演ではないのだが。


そういう意味でも、その再開するコンサートが、そういう対応のコンサートになる可能性があるならば、その政府の支援金を大いに活用するというのも手かもしれませんね。


でもいつも思うけれど、こうやってニュースで美味しい処すっぱ抜いて庶民を喜ばすのはいいけれど、実際始めてみればいろいろ敷居が高く、いつまで経っても実施されない、といういつものパターンかもしれません。日本の政府の場合は(笑)中止・延期公演はクラシックだけじゃないからね。いろんなジャンルで膨大数あるから。きっとそうなる気がします。



東京五輪では、このような案も出ているようです。


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新国立競技場を設計した隈研吾氏のアイデアで、聴衆は間引きで入れるけれど、観客席をこのように2色の色を塗ることで、空席でも満席に見えるようにするというトリック。


なんか東京文化会館を思い出しますねぇ。


東京文化会館も座席にはそのような色のトリックを使っています。東京文化会館も、もうすでにこのようなアフターコロナ対応の座席になっているんですね。(笑)


いずれにせよ、アフターコロナでは、奏者間も社会的距離。観客席も社会的距離。観客席がそうなるために収益が大赤字の可能性。そのためチケット価格高騰。という可能性があるようです。


でもいままで述べてきたような対応もあくまで暫定の遷移期間の話。ワクチン開発や集団免疫ができてこれば、きっと昔のようなスタイルに戻れると期待しましょう。


ボクは結果論的には、なんだかんだ言って結局ここに落ち着いてくれて、めでたし、めでたし、というお話に終わることを切に望んでいます。


アフターコロナは元に戻らない、とよく言いますが、それは、いままで以上に感染防止対策に注意するようになる、新しい生活様式のことであって、クラシック・コンサートに関しては、そのスタイルは元に戻り、その代わり、ホール側や観客が感染防止対策に注意することになる。そして今回のこのコロナ禍をきっかけに、実演とともに有償のライブストリーミング配信が、演奏家のみなさんの収益の中に組み込まれるようになる・・・こういうポイントが元に戻らないところだと思っているのです。


というかボクの希望的観測です。











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