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孤独がない人はダメ [雑感]

2017年10月17日にNHK BSプレミアムのアナザーストリーで放映された
「長嶋茂雄 引退の日 ラストシーズン」。


再放送されたものを録画してあったのだが、今日ようやく拝見した。


長嶋さんのあのラストシーズンで引退試合を迎えるまでの葛藤、あのときいろいろ起きた裏事情、そして長嶋茂雄という日本プロ野球史上最高のスターの野球人像をあらためて考えてみる、という内容のドキュメンタリーである。


その中に現在の長嶋さん本人のインタビューもあって、その中で、自分の人生にとっても、かなりドキッとくるような衝撃なコメントがあり感激してしまった。


深いよなぁ、という感じ。
頂点を突き詰めた人だから達観できる世界観というか。。


長嶋さんの現役時代は、自分は子供の頃は幸いにも晩年の3~4年くらいはリアル体験できた。あの引退試合、中日とのダブルヘッダーはじかに観ていましたから。444号のラストホームラン、最後の「巨人軍は永久に不滅です。」もリアルタイムで観ていました。


王さんとのアベックホームランも観たことがある。アベックホームランというのは、ON砲、王・長嶋さんから生まれた言葉じゃないですかね。アベックホームランって本当に興奮します。相手に与えるダメージは圧倒的に凄いですね。完璧なまでに叩き潰すという感じですね。


自分は子供の頃から野球少年で、プロ野球、高校野球はもちろん、巨人の星、ドカベン、野球狂の詩とか、のめり込んでいました。サッカーはダメなんだよね。ワールドカップしか見ない。(笑)Jリーグはサッパリ。


巨人V9時代は本当に後半のみ実体験。だから小学生の子供の頃。


本当に自分が等身大でリアルにプロ野球にのめり込んだのは、巨人で言えば、江川、西本、原、篠塚、中畑とか、阪神でいえば、バース、掛布、岡田、真弓、中日でいえば田尾、谷沢、モッカ、大島、中尾、小松、そして広島なら山本浩二、衣笠、高橋慶彦、北別府とかの時代。


自分はまさに日本プロ野球の黄金時代と呼んでいます。


その後も、そのときほどのめり込みはしなかったけれど、ずっと関心を持って観てきた。長嶋監督のメークドラマ、巨人・中日10.8最終決戦とか、野村ID野球全盛時代、イチロー、松井秀喜、日本人プレーヤーが大リーグへとか、WBCとか、もういままでの重要なところは大体。


最近はまったくダメになりました。
野球中継を見ることさえ無理な体になってしまった。
ニュースで結果を見るくらいです。


長嶋茂雄さんは、打っても、守っても、走っても絵になる千両役者のような選手だった。「燃える男」、チャンスにめっぽう強い、プロ野球の”躍動感”をファンに与え続けてくれた類まれな選手だった。


ときは高度経済成長期。まさに長嶋は明日に向かう希望の星。

戦後最大のスーパースターであった。


長嶋茂雄.jpg


この写真は、空振り三振のときの超有名写真だが、このヘルメットを飛ばすのは本人が意識して飛ばしていた、というのは有名な話だ。


プロスポーツのカメラマンも、その絵になる一瞬を撮るって本当にプロだよなぁとつくづく思います。


長嶋さんは、当時の川上監督からV9達成のときに引退することを命じられた。川上監督からすると、長嶋茂雄ほどの大打者の生涯打率が3割を切ることは絶対許されることでなく、そこを心配していた。


でも、パッと座布団を跳ね除けて正座して
「監督、あと1年、あと1年やらせてください。」


その最終年、スランプと不調とどう向き合っていったのか、を刻銘にそのドキュメンタリーで描いていく感じである。


長嶋さん曰く、


「自分はみなが言うような天才型ではなく、どちらかというと努力型でしょうね。努力はあまり人に見せない。努力というのは見えないところでやること。」


当時は、王:努力型、長嶋:天才型と確かに言われていましたね。


ダブルヘッダーの引退試合で、第1試合終わったとき、長嶋さんが外野フェンス沿いに1周して回ったのも伝説で有名である。


81[1].jpg


このときの裏事情についても、このドキュメンタリーでは密着している。

「もうひとつの引退セレモニー」

というタイトル。


この引退試合の4日前に、巨人軍広報部長 小野陽章、後楽園球場支配人 丸井定郎と長嶋さんを加えた4人で、その引退セレモニーについて事前の打ち合わせ。


そこで、長嶋さんは外野フェンス沿いに場内一周したいと申し出る。


でも、それは観客ファンが興奮してグランド内に入り込んできて非常に危険。くれぐれもそれだけはやめてほしい、と却下。長嶋さんはそのときは、わかりました。


確かに、この頃のプロ野球って、観客がグランド内にどんどん雪崩れ込んでくるというのが当たり前のシーンでしたね。


巨人V8のときに、優勝を決める阪神との甲子園決戦。あっさり巨人が大勝して、怒った阪神ファンがグランドに雪崩れ込んで、巨人選手はもうめちゃくちゃボコボコにされたとか。


あと、古葉竹識監督率いる広島が、赤ヘル軍団旋風を巻き起こし、球団初の優勝を遂げたとき、最下位の長嶋巨人との後楽園球場で優勝を決めた瞬間。もう凄かったです。観客席からどど~って雪崩れ込んできて、もみくちゃにされながら、胴上げしていましたね。


リアルタイムで観てました。あんな大人数雪崩れ込んだのを見たのは、この1戦が自分の中で1番でした。最近まったくそういうのがなくなりましたよね。


確かに危険だからなのでしょうけど、最近のお客さんは以前ほど熱くならないというか、大人しいんですかね。それともそうできないように物理的な仕掛けが球場にできているのでしょうか?


当時の富坂警察署からも、くれぐれもそれだけはやめてほしい、とのこと。それで長嶋さんは引き下がったのだけれど、引退試合のダブルヘッダーの第1試合の7回表が終わってベンチに帰ってきたとき、長嶋さんは、広報部長 小野さんに


「小野さん、やりましょう、やりましょう。」


そのとき小野さんは、長嶋さんの最後のお願い。あとで問題になったら、自分が辞めればすむこと。として認めた。


それで、あの場内一周が実現した。


幸いにも観客がグランドに流れ込んでくるということはなかった。

そうだったんだね。

これが「もうひとつの引退セレモニー」。

ちょっと自分はじ~んと来てしまいました。


そして、最後が、「1人で自分を追い込んでいく」。
これが自分は最高に感動し、共感したところであった。


長嶋さんくらいの大スターになると、当時は誰も長嶋さんにアドバイスするということはできなかったらしい。

川上さんもコーチの牧野さん、荒川さんも。


誰も長嶋さんになにもものを言えなかった。


バッティングコーチなんかも、さらにここのところが悪いと思っても直してさらに悪くなったらファンに対してどうしようという気があって、誰も話せなかった。


長嶋が圧倒的な存在ゆえに生まれる微妙な心遣い。

それを振り払うように1人で追い込むようになった。


試合終わったら毎日、ニッポン放送キャスターを伴って、自宅でキャスターに相手投手のモノマネをさせて、「平松来い!外木場来い!安仁屋来い!」と素振りをしていたそうだ。平松はそうじゃないだろう!と怒られることもしょっちゅうのこと。午後10時から翌日の午前2時まで。毎日やっていたそうである。


長嶋さんは、シーズンオフの山籠もりも有名ですね。
静岡・伊豆の大仁ホテルですね。
部屋にネットを張って、トス打撃とか、山へのランニングとか。
必ずパートナー1人だけの同伴で、基本1人でやっていた。
チームメイトすら知らない。
1人で自分を追い込んでいた。


娘さんの長島三奈さんも出ていて、「父は1人が好き。そういう時間を大切にしていた。」


長嶋さん曰く、


「部屋の電気を消して真っ暗にする。そこで振るんですよ。ふつうは鏡に映すとかするんだけど、それじゃダメ。もう自分自身ではっきり分かりますから。音が全部違いますから。スイングは。その音をね、いい方向に音を高めないとダメなの。それが24時間、1日24時間常に思っているからね。」


「孤独だからこそ本当の球場に、あるいは舞台に出たときに初めてそういうものが、生きるんだろうからね。孤独を逃げることはもう野球の勝負師として駄目だね。孤独がない人は全然駄目だよ。」


松井秀喜氏が、恩師長嶋さんからのコーチングで有名なのは、電話がかかってきて、そのままそこで素振りしろ、それでそのスイングの音を電話口で聞いて、それじゃだめだ、よし、それでいい、とかやっていたのは有名な話ですね。


なんかこのインタビューを聞いていて、自分の理論に一貫していて感動しました。


そして勝負師たるもの、その大舞台では必ず1人になる。
その1人でその”とき”を勝ち取るのも、1人。

孤独がない人は全然駄目。
孤独を逃げることはもう野球の勝負師として駄目。


なんかもうここが1番じ~んと感動。(号泣)


深い、というか、その場、その修羅場を長年くぐり抜けてきた人でないと達観できない境地だよな、と感動しました。


「雨ニモマケズ、風ニモマケズ

あんなつまんねぇことねぇと思わないかい?
せっかく雨が降ってくれるんだよ。
だったら「雨を喜び」だろう。
せっかく風が吹いてくれるんだよ。
だったら「風を楽しみ」だろう。

それでやっぱり生きていくのが本当の俺たちの生き方じゃねぇか。」


長嶋さんと懇意にしていたニュースキャスターとの会話である。


雨を喜び

風を楽しみ


長嶋さん曰く、


「自分の人生観そのもの。
プラス思考。
悪い方向に考えない。
いい方向、いい方向へ考える。」

「明日がダメだと、またまた明後日にしようかと。
常にそういう前向きでやることがね、人生の中でやっぱり大事なんじゃないかな。」

「期待が重いと思ったことは一度もない。それは喜び。」



・孤独がない人はダメ。
・プラス思考。


まさに自分の人生を生きていくうえで指針となる、そしていままでの自分の生き方に太鼓判を押してもらったようなうれしい言葉であった。


かなり自分は楽観的な性格ですから。(笑)
これじゃ将来困るだろう、というレベルで。(笑)


でもうれしかったし、心強かったです。
長嶋さんほどの達観した人生からあぶり出てきた、本当に深い言葉ですから。


今日は本当に偶然の偶然、この録画してあったドキュメンタリーを見ようと思ったのだが、まさに玉手箱からの宝物という感じで大収穫な日であった。







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