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ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 来日公演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

圧巻だった。

芸術の秋、今年はヨーロッパの3大オケであるベルリン・フィル、ウィーン・フィル、コンセルトヘボウ管が揃って来日する、というクラシック・ファンにとっては堪らないシーズンになった訳だが、同時にお財布事情というか、このクラスの外来オケになると、1公演4万、3公演で12万になる訳で、、ファンからすると正直ありがた迷惑、といったところ。やっぱり1シーズンにつき、1つのオケというようにしてほしい、というのが正直な感想である。

ここら辺の事情は、オケ側のマネジメントもよく心得ていて、チケット代を4万円台の高値にしても日本のクラシック・ファンなら買ってしまう、という心理事情を見透かされているのだ。日本は他の国と比較しても、民度、教養の高い国で、大のクラシック愛好国。プレミアチケットでも確実に売れてしまう、というところを物の見事に見透かされている。

たとえば、ベルリン・フィルが中国や台湾などで公演する場合、チケットが4万もする値段では絶対受け入れてくれない、という。だからオケ側もそれをわかっているので、これらの国でのチケットの値段は日本と比べてかなり安い。ところが日本で公演する場合は、4万でも売れてしまう、というところを見抜いていて、彼らは絶対この線を譲らないという。こんな高値でも日本人なら払ってしまう、という我々の足元を見透かされている訳だ。

そういう裏事情を関連の筋から聞いたことがある。

そういう訳で、今年の夏はヨーロッパの夏の音楽祭で、大変大きな出費をしたのと、この音楽祭でウィーン・フィル、ベルリン・フィルをたくさん聴いてきたので、今回の来日ラッシュは、もうロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団1本に絞った。またホールも、いままでずっとサントリーで聴いてきたので、今年は復活したミューザ川崎に。

つい先だってパリ管のじつに素晴しい演奏に大興奮したばかりだったが、今回のコンセルトヘボウ管の演奏もまさに圧巻だった。じつに素晴しかった。最初の1曲目のベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。ソリストは、ポーランド生まれだが、カナダに移住しているエマニュエル・アックス。

ソリストは演奏技術が上手いことはもちろんだけれども、フォトジニックな要素も必要、という自分なりの基準がある。やっぱり一流のソリストになると、ルックス、スタイルなど、その外見から発するオーラというものが、抜きん出ているもの。それが素晴しい演奏技術と相俟って、聴衆に大いなる興奮、アドレナリンを分泌させる訳だ。要は”映える”、”絵になる”、とう感じ。指揮者についても然り。

ところがこのエマニュエル・アックス。左側の舞台袖から登場してきたときに、なんと地味というか、オーラのない、およそクラシック演奏家とは思えない普通のおじさんに見えて、がっかりというか大丈夫か、オイ、という感じに思えた。(笑)

結局、ピアノの演奏自体はじつに素晴しいのだけれど、なんとなく華がない、というか華麗な装い・演奏に感じなかったのはそんなところに原因があるのかもしれない、と思った。演奏技術自体はじつに素晴しい。特に第3楽章が聴き所で、軽やかな旋律を伴ったトリル連発に圧巻とさせられた。コロコロと転がるような粒ぞろいの連打の音色で、この人は本当によく指が回る、という感じで、曲調も明るいコントラスト満載。
もうこの時点になると、オーラのことなど忘れかけていて、オケと一体になって弾けるその演奏姿に惚れ惚れという感じで、最初抱いていた負のイメージなど、もうどこかに消えてしまった。
じつに素晴しい演奏だった。

だから余計に、これだけの技術があるのなら、オーラの問題を解決すべき、とも思うのだが、歩く姿もどこかしらコケティッシュでユーモラスな感じなので、これはこれでこの人のカラーというか持ち味なのだろう。

そして休憩を挟んで、いよいよ「英雄の生涯」。
最近つくづく思うことなのだが、自分がクラシックのオーケストラものを聴くとき、演奏解釈、演奏の出来、不出来を聴く場合と、いわゆる音響を交えた音を聴いている場合があり、自分は明らかに後者だなぁ、と思うことがある。演奏の出来、不出来などは直感的にわかりやすいファクターなのだが、演奏解釈ということになると、これは奥が深く、あまり深く立ち入らないようにしている。まさに音楽評論家含めて先人達が多い訳で、素人の自分がその世界に自ら入り込もうとは思わないし、演奏解釈論に基づいた鑑賞日記は読んでいても面白くないというか、感動が伝わらない。

悲しいかな、自分はオーディオマニアなので、サウンド、音の印象が占める割合が多く、よく世間一般人にオーディオマニアの方は、音楽を聴いているんじゃなくて、音を聴いていますよね?と言われるが、まさにそのものずばり的中だと思う。(笑)

かねてよりミューザ川崎は、日本一のアコースティック、音響の素晴しいホールとみんな騒ぐが、悲しいかな、今年復活して自分がずっと通って聴いてみたところそんな騒ぐほどの音響の素晴しさとは思ったことは1度もなかった。いままで聴いてきた数多のホールと比較して、そんなに秀でているとは思ったことがない。いくら周りがいいと評判が良くても、自分の耳で納得できないとイヤなのだ。じつは日記にしていなかっただけなのだが、今年に入って、このミューザで開催されるコンサートには頻繁に通っていて、いろいろな座席を体験している。でも音響をはじめ、演奏もいまひとつ自分の中では、感動したことは1度もなかった。

いろいろな座席を経験したが、自分がお気に入りなのは、2階席正面の前の方。このホールに関しては、そんなモヤモヤなイメージがつきまとっていた。

ところが今回のコンセルトヘボウ管の「英雄の生涯」を聴いたとき、いままでのモヤモヤが吹っ切れるような感じで実に素晴しいサウンドだった。
座席はここ。↓1階席左の後方。
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この曲、すごい大編成で、まさに雄大なスケール感を感じさせるオーケストレーションが聴かせどころ。これがじつに聴いていて気持ちよかった。まずステージからの直接音が、かなりの大音量で音像もすごいくっきりとクリアで、一種のうねりという感じの音のウェーブが全身に浴びせかけられるような感覚になった。響きがやや遅れて聴こえてくる感覚で、それが立体感を紡ぎだす。悔しいかな、オーディオでは絶対かなわない、音が広がっていく空間の広さの感覚が素晴しいと思った。自分が、ここのホールの音響が素晴しい、と思った最初の経験だった。

やっぱり1番のショックは、信じられないくらい大音量であったということ。ホールのステージからうねりあがるような、こんな迫力のある絶対音量でオケを聴いたことはなかった。これはある意味では、このオケの発音能力の凄さとも言える。

いま考えてみると、やっぱりホールの音響って、オケの演奏能力によってその印象が左右されるのではないのかなぁ、と思うのだ。素晴しい演奏を聴くと、それに相乗効果でホールの音響の良さも認識できる。逆に、いかにホールの音響が良くても,演奏がよくないと、音響の良さも引き出されない訳で、ハコと楽団というのは一対のものなのだと思うようになった。

演奏のほうは、そういう訳で、自分的にはじつに素晴しいものだと思った。
特にコンマスのソロも素晴しかったし、雄大な華麗な旋律がじつに美しい。
各楽器に破綻らしい部分も観られず、完璧だった。
自分はこの曲は大好きだし、そんな欲求を満たしてくれた。
こんな素晴らしい英雄の生涯を昨今聴いたことがなかった。

2009年に英国の権威あるグラモフォン誌のアンケートで、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルを抑えて堂々世界最高峰のオーケストラに選出されたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。

アムステルダムにあるコンセルトヘボウのホールは、ヨーロッパでは音響上の失敗がまずないと言われている木造型のホールで、じつに暖色系の柔らかい優しい音響、そしてベージュとレッドに彩られたシックなお洒落な空間なのだが、そんな素敵なホールで長年育まれてきたこのオケのサウンドの素晴しさを、ここ日本で体験できた素晴しいひとときと思えた公演だった。

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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演2013

2013/11/17(日) 18:00開演
ミューザ川崎シンフォニーホール


ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番
 
~アンコール~
ショパン:ワルツ イ短調 OP34-2
ショパン:マズルカ OP30-2
 
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
 
~アンコール~
グリーグ:ペールギュント第2組曲より「ソルヴェイグの歌」
 

指揮:マリス・ヤンソンス
ピアノ:エマニュエル・アックス
管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団


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