イザベル・ファウストのシングルレイヤーSACDを聴く。 [ディスク・レビュー]
音楽ファンやオーディオマニアの中でも評価の高い演奏家であるイザベル・ ファウスト。
そしてシングルレイヤーSACD。
世の中の流れからずいぶんと遅れている(笑)自分にとって、いまようやく両方とも初体験となった。でもイザベル・ファウストの生演奏はじつはすでに経験済み。今年の6月に東京芸術劇場で彼女のVnソナタを聴いた。
大変失礼な表現ではあるが、その感想は正直がっかりだった。(したがって日記も書かなかった。)
VnとPfだけのソナタに芸劇は広すぎの感があり、自分が座った座席からは絶対音量が足りなく、かなり欲求不満。その中でも、Vnの音量がPfに遥かに負けている感じでバランスが悪かったような覚えがある。またVnの音色も、どちらかというと寒色系でドライな音色に聴こえた。
なによりもがっかりだったのは、その演奏する姿勢の悪さであった。前かがみの感じで、抑揚によっては、その体をよじったりする感じなのだが、正直美しくない。観ていて映えるVn演奏家というのは、背筋がピンとしていて、そのボーイングなどの立ち振る舞い、弾く姿は美しく絵になるものだ。
そんな感じで、これが噂のイザベル・ファウストかぁ?という感じでショックで立ち直れなかったのを覚えている。
でも彼女のアルバムは、巷では非常に高い評価を得ていて、すぐに完売という状態が続いて、相変わらずの超人気ぶり。そこで自分もチャレンジしてみた。
じつはただのCDではなく、限定販売ですぐに完売・廃盤になったシングルレイヤーSACDのほうを購入してみた。自分にとって、シングルレイヤーSACDというのも初体験なのである。
こちらである。
J.S.バッハ :
無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ BWV 1001-1006 (全曲)(2SACD)
私が購入した時は、中古のマーケットプレイスだったと思うが、そのときでも1万円以上はした記憶がある。現在は、もちろんマーケットプレイスのみの扱い(でも新品)なんと4万円弱にも跳ね上がっている。
シングルレイヤーSACDはハイブリッドSACDよりも音が抜群にいい、ということだが、なにぶんにもその価格帯の高さに引いてしまう、ところがある。やはり普及価格帯ディスクとは言えず、高音質路線の限定販売のみ、という扱いが多いだろう、今後も。
さっそくそのシングルレイヤーSACDというのを初体験する。
トレイに載せて聴こえてくるそのサウンドは、確かに音数が多くて解像度が高いことがすぐにわかった。聴き比べをしていないので、比較してどうのこうのでなくて、絶対的にそう思っただけである。
解像度の高さは、たとえばVnの音色の漂う空気感や音色の消え行くさまが非常によくわかり、音の粒子の細やかさみたいなディテールまでよく聴こえる感じがするからである。
ベルリンのテレデックス・スタジオでのセッション録音なのであるが、とてもスタジオでの録音とは思えないくらい、空間の広さが認識できて、ライブな響きなので驚く。その広い空間を活かした圧倒的な空間表現力、そしてヴァイオリンの音色自体が少し柔らかい質感で、どこかしら木質感を想像する音色で、空間たっぷりに響く。この音色は結構独特な感じがして、あまり他のヴァイオリニストでは聴かない。
その音色を奏でている彼女の名器は、ストラデヴァリウスの「スリーピング・ビューティ」(1704年製)。
テレデックス・スタジオ・ベルリンは、もうこれはベルリンの中では、1位を競うくらい有名な録音スタジオだし、冊子の中に、そのスタジオ風景の写真が掲載されていたので、興味深く拝見した。
かなり広い。とてもスタジオとは思えないくらい。これくらいの広さがあるなら、録音を聴いたときの空間の広さも確かに再現できるだろうな、と感じた。
今回のこのシングルレイヤーSACDは、じつは日本でのマスタリングなのである。
マスター収録は、ハルモニア・ムンディなのだが、角田郁雄さんが、このレーベルでのCDでの優秀録音、名盤をSACD化する、という企画を提案してきていて、キングインターナショナルから要望に応じて、ちょうどファウストがバッハの無伴奏Vnソナタ&パルティータ全曲を日本で公演した年(2011年銀座王子ホール:この公演で彼女の日本での知名度が一気に上がった。)でもあって、ファウストのこのCDを聴いて、ぜひこれをSACD化したい、と思ったのだそうである。
この角田さんとキング関口台スタジオのマスタリングエンジニア、安藤明さんの協力を得て、このマスタリングは行われたのである。テレデックス・スタジオ・ベルリンから送られてきたデジタルマスターには、一切イコライジングを行わず、ピュアなDSDトランスファーを行っている。
dCS社のD/AコンバーターdCS954とA/DコンバーターdCS904を直結してDSD変換が行われている。
いま現在は、この日本でマスタリングされたシングルレイヤーSACDは廃盤になっているようだ。
まぁ私としても、このディスクを聴いて、シングルレイヤーSACDの音質の良さというのを自分の耳で確認できたし、この盤が優秀録音である、ことも理解できる。(Vnの音色が太くて柔らかい質感であることに少し違和感はあるが。)
そしてファウストの演奏のほうであるが、外観のイメージ通りでいかにも求道者的な端正な演奏に驚く。
いわゆる脳を刺激するような高音ヴィブラート、G線の唸りといったようなヴァイオリンの官能的要素を主張するような演奏とはちょっと趣が違っていて、どこかしらもっと抑制の効いた、どこか冷たいというか、寒色系の演奏という印象を抱く。
そのような中にも正確無比な精緻な弓さばき、指使いなどが感じ取れる。
そういう意味で、自分が芸劇で最初に聴いた彼女の音色のトーンと同じものを今回も感じた。
でもはっきり言えることは、芸劇で聴いた彼女に対する失望に比べて、今回のシングルレイヤーSACDを聴いたときの彼女への印象は、恐ろしく改善された。巷での彼女への高評価もあながちウソではない、というか理解できるような気がした。
惜しむらくは、もう1回、彼女の生演奏を聴いて(今度はホールの容積などももっと好条件下で。)、イメージ挽回というか、もう1度リベンジさせてほしい、と思うことである。
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