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体験!バイロイト祝祭劇場 Nr.2 [海外音楽鑑賞旅行]

バイロイト祝祭劇場で、最初に初演されたのが、1876年の「ニュルンベルクの指環」、いわゆる指環(リング)である。そして、つぎのパルジファルが初演され、その翌年には、ワーグナーはこの世を去ってしまう。

結局、ワーグナー自身が、この劇場で自分の作品を上演したのは、指環とパルジファルの2作品だけなのである。

後は、妻コジマ、そして息子のジークフリート。そしてジークフリートの未亡人、ヴィニフレート、そしてその息子たちであるヴィンラード&ヴォルフガングの兄弟がこの音楽祭の運営にあたり、残りのワーグナー作品も上映され、子孫代々、引き継がれながら、この音楽祭は運営されてきたのである。

現在は、御大ワーグナーのひ孫で、前総監督のウォルフガンク・ワーグナーの娘であるカタリーナ・ワーグナーさんが総支配人・総監督である。 

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いま現在のバイロイト音楽祭の運営は、支配人として、このカタリーナ・ワーグナーさん、そして音楽監督として、クリスティアン・ティーレマンのタッグで、運営されているのだ。

ワーグナーが、オペラがいかに見え、いかに聴こえるべきか、という命題に対する彼の理想、考え方が盛り込まれているとのことなのだが、はたしてどのようなオペラハウスなのか?

とにかく普通のオペラハウスとは、かなり趣が違う非常にユニークな構造なので、自分が実際内部に入って、そのありようを見てくるのは、大変勇気が要り、興奮することでもあった。

バイロイト祝祭劇場の入り口は、左右にある入り口から入る。劇場の真正面についている扉は、開かずの扉である。

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今年はヨーロッパで多発しているテロに対する厳戒態勢下ということで、事前にカタリーナ・ワーグナーさん署名の通知文が発せられており、身分証明するためのパスポート持参、カバンの持ち込み禁止(携帯用であればよい。)、座布団持ち込み禁止、液体状物質の持ち込み禁止、そして検査のために最低でも1時間前には劇場に着くように、のお達しがあった。

実際は、そこまでの検査はなかったが、ただ、ホワイエには、それは驚くほどのおびただしい警備員がいたことは確かだった。

まず、この左右の入り口に入るときにチケットを見せて、入場する。そしてホールの中に入るには、さらにたくさんのゲートがあり、そのゲートには、必ず係員がいるのである。

バイロイトのチケットは、昔は記名制といって、チケットに購入者の名前がついていて、そのチケットと入場する人が同じという条件下があったこともあったらしいが、いまは、その記名制はなく、基本はチケットについているバーコードで管理されている。

その扉に立っている女性の係員は、バーコードリーダーを持っていて、それでチケットをスキャンする。

チケットの座席に応じて、入るべきゲートが決まっており、バーコードをスキャンするので、自分のチケットにあったゲートしか入場できない仕組みなのだ。

だから、違うゲートから入ってみて、ホールの内装写真を撮影してみたい、という不届き者にとっては、まったく実行不可能な仕組みなのだ。だから最前列に行きたかったなら、その最前列のチケットに当選するしかないのである。

だったら、自分のゲートから入って、ホール内を自由に動き回ればいいのではないの?という考えもあったが、これも無残にもその夢は打ち砕かれた。これについては、また後述する。

まず、ホール内部のホワイエの様子から。

音楽祭の祝祭劇場って大体このような形式になっている。これはザルツブルク祝祭大劇場でもまったく同じだな、と感じたところであった。

それは、ホールへのゲートは、原則両端左右にあって、真ん中に相当するエリアは、クロークと申し訳なさそうなホワイエ空間という感じである。

右側のゲート。
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左側のゲート。
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ホールに入るゲートは、この1階の他に、階段を上っていって上階から入るような箇所がある。

真ん中に相当するエリアのホワイエ空間。ちょっと薄暗い感じの空間などなのだが、ブラウンを基調とした、とてもシックな造りになっていて雰囲気がかなりある。そしてホワイエの奥には、クロークがある。

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そして、ホール開場とともに、ホールに入る。

自分は初日の神々の黄昏は、最上階席でとても残念賞の座席、そして2日目のトリスタンとイゾルデは平土間最後尾列で、ステージをど真ん中に見据えることのできる最高のポジションの座席であった。

幕間ブレークの時に、中にいる観客を全員外に追い出して、中を完全の空席ホールにしてしまい、扉には鍵をかけてしまうのであるが、初日の日、偶然にも、中の観客を追い出した後の空席状態のホールで、たまたまひとつの扉がふっと開いていて、私は吸い込まれるように、そろ~っと寄って思わず写真をパチリ。

まさにホール愛に満ちている自分のために、音楽の神様が自分にプレゼントしてくれたようなショットが撮れたのだ。


これが、まさにこのショット。

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これがバイロイト祝祭劇場の内装空間。

ホールの形状は、いわゆる扇型。ところが両端の側壁はおたがい平行なのである。

その両端の側壁には、ギリシャ神殿を思い出させる柱が取り付けられていて、ホール側に突き出た感じになっている。天井は平坦であるが、ギリシャ円形劇場を覆う巨大の天幕のごとく、後方から前方に向かって、天井が上昇しているように感じる。

ご覧のように、ホールの大半が1階席平土間で、その特徴は、前方から後方に至るまで、もの凄い傾斜が大きいことだ。

傾斜した床から天井までの高さは、かなり高いと感じ、そのおかげで、残響時間も比較的長い。(資料スペックには、残響時間1.55秒だとある。)これはロマン派のワーグナー音楽には、極めて好適である、といえる。

内装の仕上げは、主にプラスターで、レンガまたは木の下地の上に施工されている。天井面は水平で、これも木の上にプラスター塗り。

まぁ、ざっくり見た感じでは、正直いうとウィーン楽友協会や他のヨーロッパのコンサートホール&オペラハウスに見られるような、建築当時は、そういう概念があったかどうかは不明であるが、いま考えてみると、素晴らしい音響を生み出している要素がいっぱい散りばめられている、ある種のミステリーみたいなものは正直インスピレーションは湧いてこなかった。

とにかく、このホールに入ってみて1番驚いたのは、その客席構造。

上の写真を見てもらえばわかるように、縦のライン(通路)がまったくないのだ!

入り口は、両端左右の入り口固定。いったん中に入ってしまうと、ホールの中を縦移動して、前後に移動するということが全く不可能な構造なのだ。ホールの中を自由に動けないのだ。

これには心底驚いた。

1階席は前方から後方に至るまで傾斜が大きくて、ホール内は縦移動ができない構造なので、それぞれの高さに横からのゲートがあってまったく固定なのである。

各ゲートには常に係員がいて、チケットを確認するので、外から自分の好きな列に入ってみたいというのは、正規のルートでは無理なのある。


つまり最前列付近の座席に近寄れる人、そこに行けるのは、
そのチケットを持っているだけの人の特権という感じ。

これは正直ショックは大きかった。ホールマニアの自分にとって、このホールの内装写真を撮るなら、最前列の前方から後方を撮るアングルが欲しいと思っていたのと、あと最大の関心事として、バイロイト独特のピットの写真を撮ってみたい、と思ったからである。これを実行するには、最前列に行かないといけない。

志半ばで倒れるか!


初日は、最上階席だったので、もう完全諦めなのであるが、2日目のトリスタンとイゾルデは、最初チケットの番号と、ホワイエでのゲートの位置を確認すると、なんとゲートは、階段を何階も昇って行かないといけない、ことが判明。

この時点で、平土間1階席ではない、とあきらめの境地。

でもいざホールに入場してみると、なんと平土間の最後尾列であることが瞬時に分かったのだ。

そのとき、自分が、渡欧前にずっとイメージしていたのと、この縦のライン(通路)がまったくないホールでの唯一のウィークポイントは。。。それは一番両端左右のところは、絶対通路がついているはず、だと想像していたことなのだ。

つまりいくらなんでも、全部横側にはめ殺しの通路ではなく、一番両端は縦のラインが必ずあるはず。

想像が当たっていた。入場した瞬間、平土間だとわかった瞬間、すぐに一番端を伝って、最前列に出ようとする。

確かに通路はあるが、かなり細いし、中には列によって、まったく通路が塞がれている列もあった。

もうそういう場合は、座席をまたぐしかないのである。だから細い通路を伝わりながら、ときによっては塞いでいる座席をまたぎ、を連続して、なんと最前列に躍り出ることが出来たのだ!

もう息をきらしながら大感動。念願のピットの撮影ができたことは次回お話しするが、待望の最前列から、ホール後方に向けてのアングルを撮影することが出来た。


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最前列の中央から、ホール後方を臨んだアングル。

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天井

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トリスタンとイゾルデでは、平土間の最後尾列で、ステージをど真ん中に見据えるという最高のポジションであった。

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こうしてみると、バイロイト祝祭劇場のステージの開口率は、それほど大きいという感じでもなかった。ごくアベレージ付近で、どちらかというと小さめな感じもする。

なにせ、ワーグナーの作品しか上映しないし、原語上映が原則で、字幕掲示板などもいっさいない。



バイロイト祝祭劇場と言えば、話題になるのが、ワーグナーが長時間オペラのために眠らせないようにするために考案したという固い椅子。

最上階席での座席はこんな感じ。ケツ痛いです。(>_<)
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平土間の椅子になると、もう少し改善されていて、座るところがクッション性のものがついていたりするのだが、それでも近代のホールからするとたかがしれたもの。

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長時間固い椅子に座っているとお尻が痛くなるばかりか、腰にきたりするのだ。


バイロイト祝祭劇場で、もうひとつ驚いたことに、終演後のカーテンコールの絶大のブラボー歓声と同時に、床をドカドカ踏んで、ブラボーの意思表示をすること。これはじつにすごい音で驚いた。

床を見てみると、古いホールだから木で出来ているのだ。

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これじゃあ、ドカドカ鳴るよな。(笑)

近代の最新ホールじゃ、こんなに鳴らないですよ。彼らは、ここでは床を踏めばデカイ、ドカドカした音がするということを経験上知っているんですよ。だからブラボーの意志表示も木の床でドカドカ鳴ることが伝統で受け継がれている方法なんだと思いました。


初日の座席は、最上階席であった。こんな感じの狭いボックス的なところに押し込まれたような印象だった。よく見ると、観客の服装もカジュアルな人も結構多く、比較的低価格帯の座席なのかな、とも思った。

この最上階席から撮ったホールの内装もアップしておく。

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なんとも、こともあろうか、初日の神々の黄昏の時の座席は、こんな座席であった。(爆笑)

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柱で、舞台が見切れている座席であった。
どうりで簡単に入手できる座席だと思った。

ヨーロッパではこういう座席が普通に存在したりするのだ。つまり他の座席と比較して、極端に値段が安い座席であったり、簡単に手に入ったりするのは、やっぱり甘い話には、罠・毒があるのだという証拠であったりする。

私は、まだ右半分見えるから、まだマシなほうであるが、私の左のおばさんは、もっと最悪である。まったくステージが見えないからである。結局、他のお客さんの勧めで、空席の空いているところに移動して事なきを得ましたが。

このように死角となるデッドエリアというのは、ヨーロッパのコンサートホールでは平気で存在したりする。自分が提案するには、ホール主催側は、自分のホールのデッドエリアを認識して、この座席のチケットは販売しないようにする配慮が必要だと思うのだ。

でも値段を極端に安くしているということは、自分たちでもきちんと認識している、という証でもあるのだが。。。

空調は、悪くて蒸し暑いという定説がずっと、このホールにはあるのだが、自分はまったくそんな感じはしなかった。非常に快適であった。なによりも、私がいた滞在期間は、ものすごい極寒の気候であったのでちょうど良かったのかもしれない。

とにかく、一番驚いた縦のライン(通路)がまったくない座席構造。お客さんは、両端の左右のゲートから入場するしかないので、先に入ったお客さんは、すぐに座らないで、ずっとスタンディングのままで、待っているのも、この特殊の座席構造所以のバイロイト・マナーなのかもしれない。

このような感じ。(最上階席でのひとこま)
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とにかく、憧れのバイロイト祝祭劇場の内装空間を体験出来て、感動すること、一生の思い出になった。

そして、ついに最終章は、このオペラハウスの最大の関心事の独特のピットと、そしてオペラハウスの音響について言及します。


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