SSブログ

東京・春・音楽祭 「ローエングリン」演奏会形式上演 [国内クラシックコンサート・レビュー]

ローエングリンという演目は、ワーグナーの長いオペラの中でも、どちらかというと快速テンポでサクサク進む感じ。

ワーグナー作品にある独特のうねりのようなものとは、やや距離感があって、毒気のないサッパリした音楽のような印象をいつも持つ。

東京・春・音楽祭の最大目玉公演であるN響によるワーグナーシリーズも今年で9年目。

2010年 パルジファル
2011年 ローエングリン 東日本大震災により中止
2012年 タンホイザー[ドレスデン版]
2013年 ニュルンベルクのマイスタージンガー
2014年 ニーベルングの指環 序夜 ラインの黄金
2015年 ニーベルングの指環 第1日 ワルキューレ
2016年   ニーベルングの指環 第2日 ジークフリート
2017年   ニーベルングの指環 第3日 神々の黄昏
2018年   ローエングリン

これに来年は、さまよえるオランダ人、その翌年の最終の美を飾るのが、トリスタンとイゾルデ。
自分は、第3回のタンホイザーからずっと聴いてきているので、結局、初回のパルジファルを除いて皆勤賞となりそうだ。

よく通ってきた。とても感慨深い。

毎回、とても感動させてもらい、このコンサートを聴いた後は、いつもとてつもなく雄大な音楽を聴かせてもらった、という満足感という余韻に浸らせてもらっている。

今回のローエングリンは、第2回でやる予定だったのが、東日本大震災でやむなく中止。今年は、じつに7年振りとなる悲願達成になるのだ。

2年後にこのシリーズが完結したら、その翌年からどうするのかな?
もうお終いなんだよね。東京春祭での最大の楽しみだったから、これが終わってしまったら、ワーグナーロスになってしまいそうだ。

バイロイト方式にならっての開演のファンファーレ。

DSC02470.JPG


バイロイトでは、幕間ブレークになると、お客さんを劇場からいっさい締め出して鍵をかけちゃうので(笑)、外で食事、お酒など楽しんでいるお客さんに対して、そろそろ始まりますよ~ということを知らせる合図として、このファンファーレをやるのだ。だから各幕間ごとにやっている。

でも、こちらは、そんなホールに鍵をかけたりしないので(笑)、開演前のみだ。

ローエングリンは、タイトルロールにクラウス・フローリアン・フォークトを迎えてのまさに万全を期しての布陣。

DSC02480.JPG



大いに期待した。

結論からすると、アクシデントがあった去年に比べると、キズはあったものの、段違いにレヴェルが高い公演だったと思う。

去年は、リング完結ということで、4年間の総決算という意味合いで、称賛したかったのに、突然の主役級歌手のキャンセルで公演の出来栄えも、なんともすっきりしない欲求不満が溜まった公演だった。いまだから告白すると。

それに対して、今年は対価を払って、十分すぎるほどの見返りをいただいた、という満足感が感じられて、自分は大満足だった。

第1幕は手探り状態で、ややエンジンのかかりが遅いかな、という感じはしなかったでもなかったが、徐々にペースを持ち直した。

今年もゲスト・コンサートマスターはライナー・キュッヒル氏。

いつも1階席の前方席を取るのだが、今年は、2階席。やはり自分の好みである分厚い響きとはいかなく、全体を俯瞰出来てバランスは取れているけど、サウンド的にこじんまりしていてやや不満を感じたことも事実。

でも聴こえ方に慣れてくると、第2幕、第3幕にかけて、まさにフル回転。とても満足いく出来栄えだった。

その1番の理由は、やはり歌手陣の充実ぶりが大きいと思う。

フォークトを筆頭に、レヴェルが高く、やはり演奏会形式のコンサートは歌手の出来が大きなウェイトを占めるんだな、と改めて認識した。

今回驚きだったのは、合唱の東京オペラシンガーズ。去年までのリングでは、自分の記憶違いかもしれないが、合唱ってあったけな?という感じで、今回じつに久し振りに合唱を聴いた気分だった。

東京オペラシンガーズは、1992年、小澤征爾指揮、蜷川幸雄演出で話題を呼んだ《さまよえるオランダ人》の公演に際して、世界的水準のコーラスをという小澤さんの要望により、東京を中心に活躍する中堅、若手の声楽家によって組織された合唱団。

サイトウキネンは1993~2009年まで連続出演、そしてこの東京・春・音楽祭での常連、国内外で活躍しているまさに水準の高いプロフェッショナルな合唱団なのだ。

1998年の長野冬季オリンピックの開会式のとき、ゴローさんがプロデュースした世界6ヵ国を結ぶ《第九》合唱でも、中心となる日本側の合唱コーラスを担当した。

東京春祭ではまさにレギュラー出演の常連さんなので、自分もずっと彼らを聴いてきているのだが、リングではあまり記憶に残っていないので、そうすると2013年のマイスタージンガー以来、じつに5年振りということになる。

久し振りに聴く彼らの合唱は美しく、その幾重にも重なる人の声による和音のハーモニーの美しさ、壮大さは、生で聴くと本当に感動する。この圧倒的なスケール感、こればかりはオーディオでは絶対かなわないなーと思いながら聴いていた。

なにせオーケストラの音より数段音量やボリューム、そして音の厚みが豊かなのだ。ずっとオケの演奏を聴いていて、そこに一斉に合唱が入ると、その人の声の部分が、オケよりもずっと分厚く発音量も大きいのに感動してしまう。

合唱、とくにこの人の声の厚みだけは絶対オーディオよりも生演奏に限ります、実感!

N響もじつに素晴らしい演奏であった。ドイツのオケを聴いているような硬質で男らしいサウンド。バランスも取れていた。

じつに8年間におよびこのワーグナー作品を演奏してきた彼ら。毎年十分すぎるくらいに期待に応えてきてくれ、彼らから感動をいただいてきた。今年もその期待を裏切らなかった。

今年のローングリンでは、3階席の中央と左右の3方向にバンダを配して、その重厚な金管の音色、ステージオケとのバランスも素晴らしかった。

ローエングリンと言ったら、みなさん第3幕が圧倒的に大人気なんだけれど、自分もちろんそうだけど、じつは第2幕が大好きなのだ。

恍惚の幸せであった。合唱のあまりの美しさ。そして茂木大輔さん(首席オーボエ)、甲斐雅之さん(首席フルート)始め、N響木管陣の美しいソロがふんだんに聴けて、最高であった。自分が第2幕が好きなのは、合唱もそうだけれど、このふっと浮かび上がる木管ソロの旋律の美しさに参ってしまうのだ。

本当に涙しました。

冒頭に「キズがあった」との発言は、第3幕の前奏曲。もうローエングリンでは最高の見せ場なのだが、ここが自分にとってはイマイチ感動が少なかった。まさに格好よさの極致である部分なのだが、サウンドがこじんまりしていて、伸びや瞬発力、そしてこの部分に一番大切な躍動感がなく、自分が乗って行けなかった。誰しもが1番乗るところで、そこに対する期待も大きいので、それを満たしてくれる感じではなかった。モタモタ感というのかな?う~ん・・・。

響きがまったく感じなかったので、自分はそのとき、東京文化会館って基本デッドだからなー。そして前方席でなくこの2階席の座席のせいもあるかなーとも考えた。

指揮のウルフ・シルマー氏。ライプツィヒ歌劇場の総監督。まさにオペラを知り尽くしているベテラン指揮者。

自分ははじめて拝聴する。全体の構築の仕方、その洗練された指揮振りには感心させられた。

ただ唯一不満だったのは、指揮者としてのオーラというのかな、存在感が希薄に感じて、自分に訴えかけてくるものが少なかった。そのとき分析したのは、やはりこれだけの強力な歌手陣、そしてオーケストラ、そして圧倒的存在感の合唱団という、まさにスター軍団の集まりの中で、どうしても目や集中がそちらのほうに行ってしまい、その中に埋没してしまう、という感じ。

4時間半の中で、自分が指揮者に目をやることは少なかった。

でもそれは自分がシルマー氏をよく知らない、というところから来ているだけのことなのかもしれない。


では、それぞれの歌手の印象。 


フォークト.jpg
クラウス・フローリアン・フォークト

まさに「フォークトさま」。「ミスターローエングリン」。
その柔らくて軽い声質は、従来のヘルデン・テノールのイメージを変えた。
はじめて聴いたのは、2012年の新国立劇場でのローエングリン。まさに驚愕の一言だった。
大変な歌手が出てきた、という想いだった。

自分がフォークトの生声を聴くのは、マイスタージンガー以来、じつに5年振り。

なんてピュアで定位感のある声なんだろう!

圧倒的な声量。驚きとしか言いようがなかった。

自分が彼の声を聴くとき、いつも感じるのは、その発声の仕方にすごく余裕があること。
他の歌手は精いっぱい歌うのに対して、彼はとてもスムースで余裕がある。それでいて、その声はホールの隅々までよく通るのだ。

まさに驚異的としかいいようがない。

もともと歌手としてのキャリアスタートではなく、ホルン奏者だったというから、そこからの歌手転向でこれだけの才能を開花するのだから、人生なんてなにがあるかわからない。

まさに、この日は彼の独壇場だった。フォークトのためにある公演だったかもしれない。
歌手陣の中で、唯一人、譜面&譜面台なしの完全暗譜。まさに18番のオハコ中のオハコという活躍であった。 


エルザ.jpg
レジーネ・ハングラー

ローエングリンの相手役、エルザ。ウィーン国立歌劇場でめきめきと頭角を現しているレジーナ・ハングラーが演じる。善戦奮闘したが、自分にとっては、やや残念賞だったかな?
カーテンコールの聴衆も正直であった。

声質や声量は、悪くないどころか素晴らしいものを持っていると思う。
ただ、安定感というかいいバランスを持続できないというか、聴いていてどうしても不安定な部分を感じてしまった。第2幕はよかったと思うが、第1幕や第3幕はう~ん?だったかな。

歌手にとって大切なのは、声がホールの空間にきちんと定位すること。

でも自分は彼女はキャリアを積んでいけば、絶対大成すると確信する。 


ペトララング.jpg
ペトラ・ラング

今回の公演の中では、フォークトに続き、自分的にはかなりクルものがあった歌手。
その個性的で演技も添えた深い表現力に舌を巻いた。
まさに迫真というか”気”が感じられた。
歌手の中で、かなり目立っていた存在で強烈なキャラを感じた。


聴衆も同じ印象だったようだ。カーテンコールでのブラボォーは凄いものがあった。

自分は、じつはペトラ・ラングはバイロイト音楽祭に行ったときにトリスタンとイゾルテで、イゾルテ役で聴いている。そのときは、悪くはないが特別な感情も抱かなかった。可もなく不可もなく、という感じ。

それは自分の中で、イゾルテと言えば、ニーナ・ステンメという圧倒的存在の歌手がいて、彼女をリファレンスにしているので、それと比較するとどうしても物足りないなにかを感じてしまうのだ。

でもこの日のラングは違った。強烈な個性で、主役のエルザを完全に喰っていた。
じつはこの公演の注目の強烈なダークホースかもしれない。 


アンガー.jpg
アイン・アンガー


まさに東京春祭ワーグナーシリーズでの常連。今回の公演は、男性陣歌手の素晴らしさがとても際立っていた、と思う。この人の出来栄えは、じつに素晴らしいと感じた。安定した発声能力、豊かな低音、そしてその声量の豊かさといい、申し分なかった。自分はフォークトに次いで素晴らしいと感じた。

現在まぎれもなく第一線で活躍しているエストニア出身のこのアイン・ アンガーは、ドイツ語、イタリア語、ロシア語の主要な役を含め、世界中から出演を請われている。

実際これだけのパフォーマンスを聴かされれば、それも納得でこれからも躍進すること間違いなしだろう。 


シリンス.jpg
エギリス・シリンス

フォークト、アンガーについで、素晴らしかった歌手。今年は本当に男性陣歌手が素晴らしかった!安定した声量、豊かな低音域に、その発声能力にとても感動した。テルラムントという、この演目では、要所を締める大切な役柄を見事に演じ切っていた。 


甲斐さん.jpg
甲斐栄次郎

日本人歌手も負けていない。甲斐さんがとても素晴らしかった!甲斐さんも、このN響ワーグナーシリーズでは常連で、いままで幾多の公演で実演に接してきた。この日の甲斐さんはじつに見事で安定した発声で、その低音の魅力を十分に発揮していた。

日本人の歌手の、世界に通用する、そのレヴェルの高さを実感するのだ。
自分は、日本人がこのように活躍しているのを観ると、本当に同じ日本人として誉れに感じる。
この日のノンノン賞をあげたい気分だ。(笑)


じつは、この公演で、もう1人どうしても楽しみにしていた日本人歌手がいた。

大槻孝志さん。

ブラバントの貴族役として出演された。
自分はSNSでつながっているので、どうしても1度は実演に接したいと思っていたのでした。感慨無量でした! 大袈裟でもなく、このことを達成できたことだけでも、この日に来た甲斐があったというもの。しっかりと目や耳に焼き付けました。

素晴らしかった!


終演。

前日に急に花粉症を患い、体調不良で臨んで、果たして長丁場に耐えられるか不安であったが、そんなことどこ吹く風。じつに素晴らしい公演で、いっぺんに目が覚めた!(笑)

1年の中で1番、N響さんがカッコいいと思う瞬間です、毎年のことながら。
4時間半、本当にご苦労様でした!

25940505_2282700017_96large[1].jpg
                                                                                                                                               
30127115_1765390673483445_1717128659380207616_n[1].jpg
(C)東京・春・音楽祭 FB




東京・春・音楽祭 N響ワーグナー「ローエングリン」演奏会形式上演
2018/4/5 17:00~ 東京文化会館大ホール

指揮:ウルフ・シルマー
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ:レジーネ・ハングラー
テルラムント:エギルス・シリンス
オルトルート:ペトラ・ラング
ハインリヒ王:アイン・アンガー
王の伝令:甲斐栄次郎
ブラバントの貴族:大槻孝志、髙梨英次郎、青山 貴、狩野賢一
小姓:今野沙知恵、中須美喜、杉山由紀、中山茉莉

管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田村吾郎(RamAir.LLC)
字幕:広瀬大介








nice!(0)  コメント(2) 

nice! 0

コメント 2

えーちゃん

初めてましてー
私も同じようにハングラーのエルザには大変不満が残りました。エルザは出番も多いし、声量だけはワーグナー歌手ですが、音程の不安定さとさ、そもそも歌のフレーズの納め方も雑だし「何故にこの人だけ極端に下手なの」と。
シルマーの指揮での演奏は幾度か聴いていますがリヒャルト・シュトラウスなんて鳥肌が立つほど素晴らしいのですよね。
他のプロオケのようにN響は瑕も無く、また上手いのだろうけれど、とてもあっさりとしたワーグナーで。おおよそ「ワーグナーを聴いた」という満足感はありませんでした。
私の中ではリヒャルト・シュトラウスもワーグナーも割と近い存在だと思っていたので、今回はかなり期待を裏切られました。
客席には飯守泰次郎先生もおられたので「先生のローエングリンの方が数段、素晴らしかったですよ!」と言おうかとも思いましたが止めました。
by えーちゃん (2018-04-09 21:35) 

ノンノン

えーちゃんさん、コメントありがとうございます。

まっエルザに関しては、まだキャリアも浅いようですし、これから経験を積んでいけば、という期待値で見ていけばいいんじゃないでしょうかね?音楽的なフレーズ感のセンスなんて、特に歌手としての経験の豊富さが大きく影響してくるところだと思います。

仰る通りワーグナー独特の濃いうねりのようなものがなく、あっさりしていた演奏だったことは確かですね。自分は、それはローエングリンという演目自体が他の作品と比べてそういうところがあるのでは?という理解でいました。まっこれだけは、各々の方の感性にもよるところですから、色々な意見は尊重したいですね。
by ノンノン (2018-04-10 01:16) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。