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グルベローヴァさま、さようなら。 [国内クラシックコンサート・レビュー]

エディタ・グルベーロヴァは、2012年のウィーン国立歌劇場来日公演での「アンナ・ボレーナ」を最後に、日本での公演の引退を表明したとき、オペラの世界に参入するのが遅かった自分は、クラシック鑑賞人生の中でなんともやり残した感のある悔しさを味わった。

「コロラトゥーラの女王」「ベルカントの女王」の異名をとり、その圧倒的な歌唱力は、まさに世界最高のソプラノ。まさに40年以上もオペラ界のスーパースターとして頂点に立ち続けた。

そんな彼女の生の声を聴いたことがないというのは、オペラファンとして一生の傷が残ると考えた。

でも2年前に、奇跡ともいえるカムバックで日本にやってきてくれた。
その2年前のときにオペラ、オペラ・アリア、そしてリートというオペラ歌手で考えられるすべての公演を堪能できた。

神様からの贈り物だと感謝した。

じつに素晴らしかった。

そしていつかはこの日が来るとは思っていたが、今回の来日公演が正真正銘の日本最後のリサイタル。 

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日本最後とか言われてるけど、じつはオペラ界からも引退という話もある。

正真正銘の歌手人生からの引退。

でも最後、最後と言いながら、来年また最後の~という可能性も過去の事例からある。(笑)

これは自分の勘なのだけれど、今回のミューザ川崎、そしてサントリーホールでの公演で、グルベローヴァさまが公演が終わり、観客に最後の挨拶をしているとき、その手の振り方、そして表情ふくめ、これでもう本当にさようなら、という名残惜しさ、いわゆる哀愁が漂っていて、自分は、あぁ、やっぱり終わりなんだな、と直感で感じたことも確か。

奇跡のカンバックをしてくれて、3年連続で日本にやってきてくれた。

確かに潮時的なものも感じる。


ウィーン国立歌劇場、グランドボーン音楽祭、ザルツブルク音楽祭、ミラノ・スカラ座、コヴェント・ガーデン、メトロポリタン、ミュンヘン、ハンブルク、ジュネーブ、チューリッヒ、フィレンツェ、パリ、そしてベルリン。

まさに世界中の歌劇場で活躍してきた。

彼女の代表的な「魔笛」の夜の女王。「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・アンナ、「リゴレット」のジルダ、「椿姫」のヴィオレッタ、そして「ランメルモールのルチア」のルチア、まさに彼女の代名詞「コロラトゥーラ」で世界中の大絶賛を浴びてきた。

そしてつぎに挑んだのが、ベルカント・オペラの世界。「清教徒」、「シャモニーのリンダ」、「夢遊病の女」、「連帯の娘」、「ベアトリーチェ・ディ・テンダ」など当時としては珍しい演目を披露。

またドニゼッティの女王三部作はグルベローヴァが取り上げてから有名になった作品。

まさに、歌手人生の前半は「コロラトゥーラの女王」として、後半は「ベルカントの女王」としてオペラ界の頂点に立った。

ベルカント・オペラの中でも彼女が最も力を入れたのがベッリーニのオペラ。
彼女をずっと支えてきたナイチンゲール・クラシックス・レーベルに、このベッリーニの「夢遊病の女」、「ノルマ」、「ベアトリーチェ・ディ・テンダ」、「清教徒」の4つの全曲録音を残している。

その全曲録音の中から名場面と狂乱の場を抜き出して、さらに2曲を追加したいわゆるベッリーニ・ベストというディスクがあって、グルベローヴァのオペラ・アリア集のライブ録音の中では、このディスクが1番素晴らしいと思っている。 


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ベッリーニの肖像~オペラ・アリア集 
グルベローヴァ

http://qq4q.biz/N6Rl


グルベローヴァと言えば、コロラトゥーラ技法やベルカント唱法ばかり取り沙汰されるけれど、じつはリート歌曲の世界もとても魅力的なのだ。彼女をずっと支えてきたナイチンゲール・クラシックス。そこから出されたシューベルト歌曲集はじつに素晴らしい作品、そして素晴らしい録音であった。2012年に出されたもっとも新しい作品で、歌曲王シューベルトの美しい歌曲を歌うことで、グルベローヴァの新しい魅力を引き出していた。自分の愛聴盤であった。 


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シューベルト歌曲集
グルベローヴァ、シュマルツ

http://qq4q.biz/N6QQ



そしてグルベローヴァの歌曲を語る上で絶対避けて通れないのがR.シュトラウスの歌曲。
1990年のベルリンでのセッション録音。レーベルはTELDECクラシックスで出している。

グルベローヴァは歌曲リートの分野では若いころからR.シュトラウスの作品に力を注いできていて、このCDも示すように彼女は有名でない曲も採り上げており、シュトラウスの多彩な歌曲の世界を世に知らしめた功績は、まさに彼女ならではなのだ。

グルベローヴァにとって、このシュトラウスの歌曲は、最も得意としている分野で、日本でもよく歌曲リサイタルをやっていた。

シュトラウス歌曲については、自分にとって大変な愛聴盤であった。 


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献呈~R.シュトラウス:歌曲集 赤いバラ/献身/なにも/他
グルベローヴァ


http://qq4q.biz/N6R8


このシューベルトとR.シュトラウスの歌曲集の2枚は素晴らしいセッション録音で彼女の違ったもう一面の魅力が満載なので歌曲大好きな自分にとってグルベローヴァのこの2枚のアルバムは聴き込んでいた。


今回の日本最後のリサイタル、まずミューザ川崎でのリート・リサイタル。

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グルベローヴァさまは、正直スロースターター。エンジンがかかるまでとても時間がかかる。
でも普通の歌手のコンサートも90%以上の確率で、大体スロースターターだ。やっぱり歌ものというのは、喉が暖まるまでどうしても最初はダメで、エンジンかかるまで時間がかかって、最後になって大いに盛り上がる。

最初は高音を出すのが苦しそうで、まったくといっていいほど、声が出ていなかった。

シュトラウス歌曲を5曲もやってくれた。
この頃から、徐々にエンジンがかかってきて、ようやくグルベローヴァさまらしくなってきた。

このミューザのリートを聴いた全般的な印象は、2年前に聴いたときに比べて、さらに衰えを隠せず、聴いていてツライと思うことも正直あった。

自分は、グルベローヴァのCDは、ほとんど全部持っている。1度、それを全部聴き込み、ディスコグラフィーの日記を書いたこともあった。いまはその音源を全部PCオーディオのNASにぶち込み、彼女の全アルバムをPCオーディオで、”ながら聴き”というスタイルでの楽しみ方をしている。

だから、自分は常にグルベローヴァの全盛期の極限に素晴らしい声を聴いて毎日を過ごしている。

そこに生演奏での実際の年齢に応じた声を聴いてしまうために、そこにギャップができて、衰えた、ちょっと残念、というようなファンとしてツライ感じになってしまうのかもしれない。



もともとスロースターターで安定するまで時間がかかる。
そしてなによりも彼女の声質はとても線が細くて、音程が安定するのにとても難しいハンデがある。

なによりもどのソプラノ歌手よりもキー(音高)が高い声質なので、余計に安定感を出すのが大変な印象を受けた。とても歌い方が難しい歌手なのだ。

全盛期、まさにオペラ界で独り勝ちしていた時代は、それこそ、そんな歌う上での技術的な難しさ、ハンデな条件をもろともせず、すべて跳ね飛ばすかのような持って生まれた資質で圧倒的なパフォーマンスを魅せ続けてきた。

歌手にとって一番大切なのは、自分の歌声がしっかりとホールの空間に定位すること。

御年72歳。やっぱり衰えは仕方がないにしろ、それでもこれだけのパフォーマンスを見せているのだから、脅威としか言えないだろう。

コンサート後半になっていくにつれて、観客をどんどん引き込んでいくさまはさすがだった。

彼女がエンディングに向けて、力を入れて歌い切った時、思わず観客は大歓声のブラボー。
もう無意識に発作的にそう反応してしまうのだ。
つまり、観客の気をずっと溜めて、そして一気に湧かせるツボを心得ている。
千両役者だと思った。

これこそ、40年間のキャリアの賜物。その経験があるからこそ、終演に向けて気持ちのボルテージの持って行き方、客の湧かせ方、盛り上げ方をよくわかっているというか、つまり我々は、グルさまに思う存分にコントロールされていたのかもしれない。

特に圧倒的に感じたのは、あの気の発し方、歌いながらのまさに役になりきった演技、表情の豊かさ、ステージの立ち居振る舞いのオーラなど、 あれは日本人ではまず出せんだろう。

絶対いまの歌手じゃ無理だと感じた。

長年に渡るキャリアの積み重ね、深さが自然とそういった立ち振る舞いにでるというか、なにかこう古き良き時代のオペラを観ているような感覚になる。

品格の良さがある。

力は衰えても、そういうすべてのパフォーマンスにおいて、グルベローヴァ健在!というのを見せつけられたような気がした。



そして最終日のサントリーホール。
この日は東京フィルをバックに、オペラ・アリア集。

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とっておきの最後の公演は、皇族VIP席。
2階RB 2列9番。
初体験であった。いつもここに陛下や皇太子さまが座ってるんだね。

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グルベローヴァさまは、歌うときのクセなのか、さかんにこちらの方向を見つめる傾向がある。
けっして右上ではなく、左上なのだ。

自分の意識過剰なのかもしれないが、ステージに登場した時の挨拶や、コンサートで歌っている最中、大半をずっと自分のことをじっと見つめているみたいで、思わず耐え切れずこちらが目を逸らしてしまうほどで、かなりドギマギしました。(笑)


ミューザでのリートリサイタルに比べると、この日のオペラアリアのほうが断然素晴らしかった。
やっぱりオペラアリアは盛り上がる。オケの大音量とともにそれに負けじと張り上げての大熱唱。だから絶対盛り上がるに決まっているのだ。

スロースターターなのは仕方がない。最初は例によってまったく声が出ていないのだが、徐々に喉が暖まってきてヒートアップしていく。

大体な印象は、さきほどミューザのところで書いたことと同じだが、もうひとつ言いたいのは、いまのグルベローヴァさまは、弱音表現での歌いまわしが苦手のような気がする。どうしても息絶え絶え感があって、苦しそうだ。

逆に、そこから強唱で声を張り上げるところ(特に曲の最終章)でのまさにツボに入った時の素晴らしさは圧倒的だ。グルさまの一番いいところが出る感じがする。

ピアノでもそうなのだが、強打腱で連打のトリルとかは派手だが意外とピアニストにとってやりやすく、逆にピアニッシモ(pp)のところ、弱くそれを長く弾き続けることは逆に違った意味で力が必要で大変難しいような気がする。

歌もじつはそれと同じなのではないか?声を張り上げるところは、まさに歌手の一番の見せ場でやりやすいのだが、弱声でずっと長いこと歌い続けることは、逆に肺活量が必要で、大変な見えない力が必要な気がする。

加齢とともに、そういう歌い方をするところは難しいような気がするのだ。

オペラアリアはとにかく絶対盛り上がる。

グルベローヴァさまの曲の終盤にかけての盛り上げ方はじつに千両役者で、1曲終わるたびにもうブラボーの大歓声だ。自分もずいぶん身震いして感動した。

アンコールでは、最後のこうもりのアデーレ役は、夜の女王と並んで、まさにグルベローヴァさまの有名な当たり役。じつに演技豊かな立ち振る舞いで、お客さんは大いに盛り上がった。

最高の公演だった。

いつまでも鳴りやまないカーテンコール。
そして花束のプレゼント。

最後の最後だからお客さんもエスカレート気味だ。
上階席のお客さんも、みんな1階席に降りてきて、ステージにかけよって握手攻め。
そして写真撮り放題。(笑)

係員の方も最初は注意していたが、もう大勢で撮り始め収拾がつかなくなった。
ホールの至る所で、カメラのフラッシュが炊かれた。(笑)

自分も久しぶりのカーテンコール撮影。ブランク空いていたのでやはり失敗。(笑)

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日本最後のリサイタルにふさわしい素晴らしい公演でした。

最後に楽屋口出待ちの写真を紹介してお終いにしよう。
事の全容は、前回の日記の通り。

まずミューザ川崎。
握手してもらいました。
ステージ上で見る分には大スターのオーラで大きく見えるのに、実際はとても小柄な方でした。

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そしてサントリー。
もう大パニック。

まさに「狂乱の場」(笑)

大変でした!

でも最後のお別れとして相応しい素晴らしいものでした。

もう二度とグルベローヴァさまの生声が聴けない、という絶望の淵から、奇跡の復活で、結局最晩年ではあるが、通算5回のコンサートを聴くことができた。招聘に参与していただいた方々含め、ここに感謝の意を評したい。

もうこれ以上思い残すことはないです。

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奇跡のソプラノ エディタ・グルベローヴァ 日本最後のリサイタル
2018/10/24(水)19:00~ ミューザ川崎

ソプラノ:エディタ・グルベローヴァ
ピアノ:ペーター・ヴァレンドヴィチ


第1部

ヘンデル:歌劇<<ジューリオ・チェーザレ>>より
     クレオパトラのアリア「この胸に息のある限り」

R.シュトラウス:8つの歌より第1曲「森の喜び」Op.49-1
        「最後の花びら」より8つの歌 第8曲「万霊節」Op.10-8
        6つの歌より第2曲「セレナード」Op.17-2
        8つの歌より第2曲 「黄金色に」Op.49-2
        「最後の花びら」より8つの歌 第1曲 「献呈」Op.10-1

ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」Op.410


第2部

ロッシーニ:歌劇<<セヴィリアの理髪師>>より
      ロジーナのアリア「今の歌声は・・・」

ベッリーニ:歌劇<<異国の女>>より
      フィナーレ「彼は祭壇にいます・・・慈悲深い天よ」

ピアノソロ:ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をテーマとした即興演奏

トマ:歌劇<<ハムレット>>より「オフィーリアの狂乱の場」

アンコール

プッチーニ:「蝶々夫人」より登場シーン

レオ・ドリーブ:カディスの娘たち

J.シュトラウス2世:「こうもり」より「田舎娘を演じるときは」




奇跡のソプラノ エディタ・グルベローヴァ 日本最後のリサイタル
2018/10/28(日)14:00~ サントリーホール

ソプラノ:エディタ・グルベローヴァ
指揮:ペーター・ヴァレンドヴィチ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

第1部

ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇<<こうもり>>序曲

ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」Op.410

ロッシーニ:歌劇<<ウィリアム・テル>> 序曲

ロッシーニ:歌劇<<セヴィリアの理髪師>>より
      ロジーナのアリア「今の歌声は・・・」

ヴェルディ:歌劇<<運命の力>>序曲

ヴェルディ:歌劇<<椿姫>>よりヴィオレッタのアリア「不思議だわ…花から花へ」

第2部

サン=サーンス:付随音楽「パリュサティス」より「ナイチンゲールと薔薇」

オッフェンバック:喜歌劇<<天国と地獄>>序曲

ベッリーニ:歌劇<<テンダのベアトリーチェ>>より
      「もし私に墓を建てることが許されても・・・」

サン=サーンス:歌劇<<サムソンとデリラ>>より「バッカナール」

トマ:歌劇<<ハムレット>>より「オファーリアの狂乱の場」


アンコール

プッチーニ:歌劇<<蝶々夫人>>より登場のシーン

レオ・ドリーブ:カディスの娘たち

ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇<<こうもり>>より「伯爵様、あなたのような方は」




 




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