シューマン ヴァイオリン協奏曲 [ディスク・レビュー]
アラベラさん、やはり無理だったんだねー。仕方がないね。去年のクリスマスに待望のお子さんを授かり、出産したばかり。本来であれば、今年の3/5(サントリーホール)と3/7(横浜みなとみらい)に、読響とシューマンのヴァイオリン協奏曲を披露してくれるはずだったのだ。
ところがこんなお知らせのハガキが届いていた。
「3月5日(サントリーホール)と3月7日(横浜みなとみらい)に出演を予定していたヴァイオリニストのアラベラ・美歩・シュタインバッハーは、本人の都合により出演できなくなりました。代わって、ドイツの名手カロリン・ヴィトマンが出演します。曲目の変更はございません。」
無理しないでゆっくりと休んでください。お母さんが代わりに面倒見てくれるという感じなのかな、とも思っていたが難しかったようですね。いいよ、いいよ、無理しないこと。
この公演で楽しみにしていたのは、シューマンのヴァイオリン協奏曲。
数多のヴァイオリニストを聴いてきたけれど、そしてたくさんのヴァイオリン・コンチェルトを聴いてきたけれど、シューマンのコンチェルトは聴いた記憶がない。シューマンがヴァイオリンのコンチェルトを作品として遺していた、ということも知らなかった。アラベラさん、なぜシューマンなの?という感じで、とてもレアな体験ができるのかもしれない、と楽しみにしていた。幸いにもピンチヒッターだけれど曲目に変更がないということだから、レアな体験は楽しめそうだ。主催者側の配慮に感謝である。
ピンチヒッターは、カロリン・ヴィトマン。
ミュンヘン生まれの女性ヴァイオリニスト、カロリン・ヴィトマン。彼女の兄は2016年7月に来日し、オーケストラ・アンサンブル金沢を指揮した作曲家、クラリネット奏者イェルク・ヴィトマンであり、彼女自身も来日経験があるなど、すでに日本では知られた存在。
デビュー当初は現代音楽のスペシャリストとして活動していたが、ECMへ録音を行うようになってからは、シューベルトやシューマンなどロマン派の作品でも独自の解釈を施し、雄弁かつ抒情的な演奏を聴かせている。そんなヴィトマンの最新録音は、メンデルスゾーンとシューマンの2作の協奏曲で、有名過ぎるメンデルスゾーンのホ短調と「演奏不能」とまで評されたシューマンの作品を、彼女はオーケストラを絶妙にコントロールしながら鮮やかに描き出している。
ベルリン・フィル、バイエルン放送響、ライプツィヒ・ケヴァントハウス管、フランクフルト放送響などと共演し、ザルツブルク音楽祭などで活躍。ラトル、シャイー、ノリントン、ヤノフスキ、カンブルランらと共演している。ECMレーベルからリリースされたシューマンのヴァイオリン協奏曲のCDは評価が高く、数々の賞を受賞した。
これが彼女の演奏家としてのキャリア。
自分は実演に接したことがないけれど、このキャリアを見る限り、かなりの実力派。一流の最先端の道を歩んできているのがよくわかる。
そしてなんと言っても所属レーベルがECMなんだよね。
調べたらECMから5枚のCDをリリースしている。
調べたらECMから5枚のCDをリリースしている。
シューマンのヴァイオリン協奏曲の入った注目のアルバムがこれ。
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲、シューマン:ヴァイオリン協奏曲
カロリン・ヴィトマン、ヨーロッパ室内管弦楽団
カロリン・ヴィトマン、ヨーロッパ室内管弦楽団
2014年7月にバーデン・バーデン祝祭劇場で録音されたアルバム。
ヨーロッパ室内管弦楽団は、イギリス・ロンドンを本拠地とする室内オーケストラ。1981年にECユース管弦楽団(現EUユース管弦楽団)の出身者を中心としてクラウディオ・アバドにより自主運営団体として設立された。音楽監督などは置かず、様々な指揮者・ソリストと共演しているが、アバド、ジェームズ・ジャッド、ニコラウス・アーノンクールらが中心に客演している。団員が若く、一般的に敬遠されるノーノやシュトックハウゼンなどの現代音楽もこなすため、アバドなどが録音にこのオーケストラを起用している。
アバド&ヨーロッパ室内管は、何枚かCDを持っているので、親しんでいたが、自分はアバドのオーケストラだと思っていた。でも基本は音楽監督を置かずに、いろいろな指揮者に客演されているオケなんですね。
シューマンのコンチェルト以外にもメンデルスゾーンのコンチェルトも入っている。
自分はおそらく、そして間違いなくいままで通ってきたヴァイオリン協奏曲のコンサートの中で1番実演に接しているのがメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。アラベラさん1人だけで5回は体験している。もうたくさんヴァイオリニストのメンコンを聴いてきた。
メンデルスゾーンは、おそらく主催者側からすると、1番集客しやすい曲なんでしょうね。
この曲を選んでおけば間違いない・・・というような。。。
女性的で春のシーズンがとても似合う美しい曲ですね。
実演、そして録音と、いろいろなヴァイオリニストのメンコンを聴いてきたので、この曲の演奏を聴けば、そのヴァイオリニストがどのようなタイプの演奏家なのかが、わかってしまうと言っても過言ではない。
今回カロリン・ヴィトマンのこのアルバムに録音されているメンコンを聴いて、彼女に抱いた演奏スタイル。
フレージング、フレーズの納め方は比較的クセのない演奏をするタイプ。かと言って、女性的かというと、そういう感じでもなく、弓の返しとかボーイングの力強さが随所に感じ取れるようなアクセントの強さが曲間の至る所に感じる。かなり男性的な力強い演奏をするヴァイオリニストなのではないか、と思いました。
デビュー当初は現代音楽のスペシャリストだったというから、そういう鋭利感のシャープな切れ味は天性として持ち合わせていると感じますね。
演奏する姿を見たこともなく、ただメンコンの録音を聴いているだけで想像する姿です。
そしてシューマンのヴァイオリン協奏曲であるが、自分は実演でも録音でも聴いたことがない。あれ?シューマンってヴァイオリン協奏曲って書いていたっけ?という感じで寝耳に水だった。
調べてみると、作曲者シューマンの死後80年間忘れ去られていた作品だったそうだ。
わずか2週間程度で作曲されている。
ヨーゼフ・ヨアヒムの要請を受け、またシューマン自身もヨアヒムが弾くベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聞いて感銘を受け、このヴァイオリン協奏曲を書いた。しかし、なぜかヨアヒムはこのヴァイオリン協奏曲を取り上げることなくシューマンの自筆譜を封印し、クララ・シューマンは「決して演奏してはならない」と家族に言って聞かせていたという。
それは、シューマンがライン川に身を投じる直前に書き上げていたピアノ曲「天使の主題による変奏曲」の主題と協奏曲の第2楽章が酷似していたためだという。
シューマン自身はこの曲を、「天使から教えてもらった曲だ」と語っていた。
結局シューマンのヴァイオリン協奏曲は、1937年にベルリンの図書館でヨアヒムの蔵書から発見されるまで陽の目を見ることはなかった。世界初演はナチス・ドイツの宣伝省主導で、同年11月26日にゲオルク・クーレンカンプの独奏、カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の共演で行われた。
しかしこのときの演奏は、クーレンカンプ曰く「シューマンの自筆譜のままでは演奏不可能」として、自身が大幅に書き換えた版によるものであった。実際にクーレンカンプが言うように演奏不可能な箇所はあるが、クーレンカンプの改訂は演奏不可能な箇所を修正するだけではとどまらないものとなっていたそうだ。
また、パウル・ヒンデミットもこの改訂にかかわった(ノルベルト・ホルニック)。翌12月にセントルイスでアメリカ初演を行ったユーディ・メニューインが「自分こそが真の初演者」と宣言するほどであった。
20世紀後半以降に録音の増えてきている曲であるが、それでもシューマンの他の協奏曲に比べると今日も演奏の機会は少ない、とのこと。
どうりで知らないはずだ。
だからいまのシューマンのヴァイオリン協奏曲というのは、シューマン以外の人による改訂版なんだね。シューマンのこのコンチェルトは、よく「演奏不能」と呼ばれているのは、こういう経緯がある、ということもわかりました。
さっそくシューマンのヴァイオリン協奏曲を聴いてみたい。
それも今回のピンチヒッターのカロリン・ヴィトマンの録音で。
それも今回のピンチヒッターのカロリン・ヴィトマンの録音で。
こういうときにストリーミングは大活躍します。
CDを買うまでいかず、とりあえずどんな曲なのかを聴いてみたい、というだけの目的。
すぐその場で検索して聴けちゃうのだから本当に便利。
すぐその場で検索して聴けちゃうのだから本当に便利。
そして実際聴いてみて、よかったらパッケージソフトのほうも買えばいい。
自分はやはり気に入った音源は物理媒体として手元に残しておきたい所有感の旧世代の人なので。
自分はやはり気に入った音源は物理媒体として手元に残しておきたい所有感の旧世代の人なので。
こういうストリーミングの利便性は、Spotifyを昔からやっている人は当たり前のことなのかもしれないけれど、自分はストリーミングはつい最近始めたので、その利便性に今さながら感心している。
Spotifyはやっぱりロッシー(損失)の非可逆の圧縮音源なんですよね。
これが自分は気に入らなかった。
これが自分は気に入らなかった。
音楽データを圧縮するということは、特に高域成分が失われている場合が多く、音のアタック感とか失われ、聴いていると、角がとれた丸みの帯びた音に聴こえるんですよね。
ポータブルオーディオで聴いている分は、そういう圧縮音源の態様はあまり気にならないのだけれど、きちんとしたオーディオ装置で聴くと一発でわかってしまう。きちんと本気出して椅子に座ってオーディオ鑑賞しようとすると、圧縮音源はとても鑑賞に堪えられないです。
元の音のデータを削ってしまうということは、やはりしてはいけないことです。
どうしても伝送路が細く、データ容量を少なくしないといけないというコンシューマ的な理由以外では・・・です。
だから自分はSpotifyに手を出さなかった。自分がストリーミングをやるならハイレゾ・ストリーミングから始める、とずっと誓っていたのでした。
日本にも2つのハイレゾ・ストリーミングがローンチしたけれど、自分の使い方は、ソニーのmora qualitasがメインでAmazon Music HDがサブという位置づけ。
やっぱりソニーのほうが音がいいから。
ソニーで楽曲検索して、希望の曲が存在しなかったら、Amazonのほうで探す、という使い方。
さっそく今回のカロリン・ヴィトマンのシューマンのヴァイオリン協奏曲をmora qualitasで検索。
そうするとあった!
全アルバム5枚とも登録されていた。
さすがECMレーベルだけあって、どのアルバムもジャケットがECM特有の寒色系の感じがいいですね。
さっそくシューマンのヴァイオリン協奏曲を聴いてみる。
有名なヴァイオリン協奏曲というのは、やはりきちんとした音楽としての造形がありますね。
ポップスでいうところのフックの仕掛け(聴いている人がついつい惹きつけられるサビのメロディ)がきちんと存在するし、音楽としての型がきちんとしている。
シューマンのヴァイオリン協奏曲を聴いていると、そこら辺のいわゆる音楽の型というのが、曖昧でこなれていないというか、聴いている側にとって脳裏に焼き付けられるほどのインパクトがどうしてもありませんね。散文的な構造なんですよね。
そこに2週間足らずで作曲した推敲を重ねた作品ではないこと、シューマンのヴァイオリン協奏曲へのアプローチが手探りであったことが慮れます。
だから自分のものにするには、何回も聴き返さないといけない。
それでも曲としての特徴を捉えるのは難しかった。
それでも曲としての特徴を捉えるのは難しかった。
いわゆるヒット・ソングではないと思います。
でも何回も聴き返すと、そのわかりにくさのベールが剥がれてきて、その渋さ、自分への引っ掛かり方がわかってきます。
結構ヴァイオリンが走ってオーケストラを引っ張っていくという感じよりも、対等な感じですね。オーケストラの重厚な弦の音色が朗々と鳴るパートが多く、結構自分はヴァイオリン協奏曲としてはちょっと珍しいなと思いました。
対等な関係といえば、あのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と同じですね。
たぶんヴァイオリニストにとってやりずらいというか難しい曲なのかもしれません。
たぶんヴァイオリニストにとってやりずらいというか難しい曲なのかもしれません。
そもそもこのシューマンがヴァイオリン協奏曲を作曲しようと思ったきっかけが、シューマン自身がヨーゼフ・ヨアヒムが弾くベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聞いて感銘を受けことから、このヴァイオリン協奏曲を書いたと言われている。
だからベートーヴェンのコンチェルトに似ているのもそりゃ当たり前のことなのかもしれない。
ヴァイオリンのソロパートも結構ハイスキルなテクニックがあり、カロリン・ヴィトマンの男性的なパワフルな奏法と相まって、スリリングを味わえます。
そしてその第2楽章が美しいです。
シューマンのヴァイオリン協奏曲。
曲としての全体のイメージ、音楽の型を捉えるのは難しい曲だけれど(いわゆる渋い曲)、ヴァイオリニストとしてはテクニックが必要な曲。というのが自分のこの曲への第一印象です。
3/5(サントリーホール)、3/7(横浜みなとみらい)で、この曲の実演に接するわけですが、正直貴重な経験だし、かなり楽しみになってきました。
2020-01-10 23:48
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