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Why not ワーグナー? イスラエル室内管弦楽団の60日 [オペラ]

政治(戦争)と音楽はいつも紙一重の関係。
ナチスとカラヤン、フルトヴェングラーの関係がそうであったように。


「ワーグナーと反ユダヤ人思想。」


この問題は巷ではいままで幾度も取り上げられてきた有名な問題で、6年前の2011年にBS-WOWOWで放映されていた


「Why not ワーグナー?:イスラエル室内管弦楽団の60日」


という番組を思い出した。


今年のバイロイト音楽祭の新制作「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で第3幕の歌合戦のところで、ニュルンベルク裁判(第二次世界大戦においてドイツ の戦争犯罪を裁く国際軍事裁判)を登場させる演出を見て、ワーグナーとナチス、ヒットラーとの関係を思い出さざるを得ず、この番組をふっと思い出したのだ。




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ワーグナーは、19世紀後半に音楽界だけでなくヨーロッパ文化に広く影響を及ぼした文化人として知られる一方で、反ユダヤ人思想を持つと言われる彼の音楽は、ヒトラーのユダヤ人絶滅思想にも利用されてきた。


そのため、イスラエルにおいてはワーグナーの音楽そのものが長らくタブー視され、今日においてもその見方が強い。


しかしこの年の夏、その悲しい歴史に風穴が開こうとしていた。
7月、イスラエル室内管弦楽団がワーグナー音楽の聖地、ドイツ・バイロイトでワーグナーを演奏するというプロジェクトが進行していたのだ。


番組では、賛否両論が巻き起こるイスラエル国内の現状や、楽団の招待に携ったワーグナーの曾孫・カタリーナ・ワーグナーさんへの取材も含め、この歴史的演奏会に向けた楽団員や関係者たちの60日を追う、という内容であった。



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バイロイトでのイスラエル室内管楽団



イスラエルにおけるワーグナーへの宿怨が並大抵のものではないことは、この番組に紹介されるいくつかのエピソードでわかる。バイロイトでのコンサートで、演奏されるワーグナーはたった1曲だけ。しかも『ジークフリート牧歌』というワーグナーらしさには乏しい、文字通りどこか牧歌的な曲だ。この1曲しか演奏できなかった理由の一つにも驚かされる。
 
イスラエル国内ではたった一度も練習することなく、ドイツに入って初めて音を合わせるからだ。


観客は冒頭のイスラエル国歌を起立して聴き、『ジークフリート牧歌』にはスタンディングオーベーション。 この事実は両国の新聞で衝撃をもって伝えられ、当然のことながら賛否両論を巻き起こす。


国家観の違い、歴史上起こった事実の程度の違いと言えばそれまでだが、日本人の感覚では計り知れない高く強固な壁が両国にあると思う。


ドキュメンタリーは、まずワーグナーの反ユダヤ人思想の解説から始まる。
ワーグナーの曾孫:カタリーナ・ワーグナーさんが解説する。


ワーグナーはいつも狂気の中で生きていた。常に自己崇拝しており、世間から天才として認められることを期待していた。だから自分以外に高く評価されている人は言うまでもなくライバルであり、敵であった。

 
若きワーグナーの前に立ちはだかる男たちがいた。メンデルスゾーンやマイヤーベイアーを代表とするユダヤ人作曲家。彼らに対する妬みは、ワーグナーを人種差別主義者に変えていった。


後にワーグナーの著作「音楽におけるユダヤ性」でユダヤ人絶滅論を唱える。


後年、このワーグナーの思想に自らを重ねたのがヒトラー。
ワーグナーの劇場を訪れたり、ワーグナー一家と蜜月の関係に。


ヒトラーを魅了したのは、大衆心理を動かすワーグナーのその音楽の力。
ワーグナーの音楽を使って大衆全体を洗脳できる。


それによってワーグナーが危険人物になってしまったという。


ナチスは党大会など、ことあるごとにワーグナー音楽を演奏。ユダヤ人強制収容所でガス室に送り込まれるときもワーグナー音楽を流したという。


今回のプロジェクトを発案したのは、このオケの音楽監督であるロベルト・パテルノストロさん。


ワーグナー音楽は確かにナチスのシンボルだったが、彼の音楽が素晴らしいのは疑いのない事実。 だからみんなでバイロイトに行こうと話したんだ。オケのメンバーの家族の大半はホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の被害者。そのためにバイロイト行きは個人の判断に任された。


そのオケのメンバーの葛藤と苦悩の日々を、番組はVn奏者のハヤ・リヴンさんとファゴット奏者のルーベン・モーガスさんの2人に焦点を当てて紹介。


ハヤさんは反対派。ポーランド出身の両親は、ホロコーストからの生還者。
私にとってワーグナーを聴くときに彼の人間性を考えないなんてできない。
でもバイロイト行きの参加を迷うハヤさんの背中を押すプラス材料があった。
それはイスラエル国家を演奏することができること。
まさにバイロイトへの凱旋を意味する。


一方ルーベンさんは賛成派。僕たちの時代にあのようなことがあればワーグナーを絶対に許せなかった。

でも彼が死んでから100年以上も経っている。もはや何の意味もない。
僕は音楽を聴くときに人間性なんて考えないよ。
彼は音楽においては反ユダヤ主義的なことは表現していない。


楽団員は家族に相談するが、楽団員の半数は家族や親族がホロコーストを経験した犠牲者でもあり、多くの戸惑いや葛藤を抱えることに。結局1人を除いて37名がバイロイト行きを決めた。


イスラエルでは今回の公演に好意的な見方も出てきている。
バイロイトのほうも受け入れ歓迎ムード。


ワーグナーの曾孫・カタリーナさんのインタビューでは、

「イスラエル国内で激しい反響があったことは当然です。激しい怒りも我々は理解しないといけません。 それでもこの公演は両国の架け橋になるかもしれません。」


そしていよいよバイロイト現地入り。
到着してすぐに3時間後にすぐに練習。楽団が練習を急ぐ訳は理由がある。
 
イスラエル国内では批判を浴びるためにワーグナーの曲の練習はじつはこの日が初めて。


音が揃わない。


今回楽団が演奏するワーグナー音楽は「ジークフリート牧歌」。


音楽監督&指揮者のロベルト・パテルノストロさんは、ワーグナーの曲を思い浮かべるととても力強い曲が想像されるが、ジークフリートは穏やかで美しい曲。だからそんな平和な曲を演奏するのは良いアイデアだと思ったのです。


運命の公演の日。


イスラエルで大規模なデモの予告があってバイロイトでは超厳戒態勢。公演前に楽団員全員に、ホロコーストの犠牲者を追悼する”ヤドバシェム”のシンボルのバッチが配られ、みんなそれを衣装に付ける。男性メンバーのネクタイはイスラエル国旗を表すブルー。


いよいよ演奏。客席全員と楽団員も全員起立でイスラエル国家演奏。
つづいてワーグナーのジークフリート牧歌を演奏。


演奏終了後、観客は全員起立でスタンディングオーベーション。
この公演は両国で賛否両論。大きな話題になった。
(NHKのニュースでも放映されたようです。)


ドイツの新聞:
・記念すべき橋渡しの日になった。
・一つの歴史的緊張が解けた。


イスラエルの新聞:
・反対者の涙。
・何と恥知らずなことか、民族絶滅の憂き目にあった私たちにとってその傷跡は
 より深いものなのだ。


最後に指揮者のロベルト・パテルノストロさんは、我々の目的はワーグナーのイメージを良くすることではありません。大事なのは、音楽を演奏することただそれだけです。



以上が番組の内容である。



激しい葛藤の中で皆が生きていることを、何を強調するでもない淡々とした描き方の番組の中で感じることができる。同時に、音楽やその他の芸術が歴史の中で長く守り継ぐために、欧州の人びとが払ってるリスクや強い思いを改めて感じる。


このワーグナーと反ユダヤ人思想の問題は、2001年にエルサレムで開かれた「イスラエル・フェスティバル」の中で、ベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮したダニエル・バレンボイムが、アンコールにワーグナーのオペラ 「トリスタンとイゾルデ」の一部を強行に演奏して、彼はアンコールの前に、


「私は誰の感情も害したくはない。もし聴きたくない人がいるのならばこの会場を去って欲しい」とヘブライ語で語り演奏を始め、アンコールはスタンディング・オベイションを受けたものの、一部の観衆は「ファシスト!」などと叫んで席を立ち、騒然となり後日大変な騒動となったという有名な事件がある。


人種差別、戦争の壁の歴史というものは、人の心に根差して、引き継がれてきたもので、なかなか思いを変えるのは難しいことだと思うが、イスラエルフィルの方々の英断と奏者の方々に敬意を表したい。


本来音楽というものは、独立した芸術であるべきだが、時代と共に歩んできたことも事実。


また芸術家も時代の制限を受けてしまうことはいたし方のないこと。


インタビューに垣間見るワーグナーの人間性や、こういう過去の経緯を鑑みると、いろいろ考えさせられることが多いが、ただ、人の心に訴えるすばらしい音楽であることは確かなことで、現在のバイロイトの演出方法も含めて、時代に寄り添った形で、敵味方なくワーグナーの音楽が受容されることを望みたい、と思うところでもある。


我々日本人がクラシック音楽を聴くときにこういう問題に突き当たる経験は、自分の経験、意識の中ではないので、そういう意味では我々は幸せなのかもしれない。


今年の新制作の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の演出を拝見して、そのようなことをいろいろ考えさせられたところである。




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