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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番のサラウンド録音 [ディスク・レビュー]

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番という曲は、ピアノ協奏曲の中でも、もっとも技巧的に難しく弾くのが困難な曲と言われている。それは、この曲に限らず、作曲者ラフマニノフの手の大きさが人並み外れて大きいことに起因する。彼がふつうに届く鍵盤の間隔も、普通のピアニストにとっては、かなり肉体的限界への挑戦となるのだ。


その作品群の中でも、このピアノ協奏曲第3番は、その肉体的限界に加えて、とりわけその音数の多さ(譜面上の音符の数)、そして大変な技巧を極めた曲なのだ。


昔からこの曲を弾けるピアニスト、録音として残してきているピアニストは極めて少なく、オーディオファンとしては、悲しい想いをしてきた。ラフマニノフのピアノ協奏曲としては、2番のほうが出世作として有名なのかもしれないが、自分は断然3番のほうが好きである。


自分のこの曲に対する昔から抱えている悩みとして、自分のイメージする理想の演奏の録音に巡り会えることが極めて少ないことなのだ。ただでさえ録音が少ないのに、その中で、さらに自分が思い描く理想の演奏である録音は、皆無だった。


自分の経験からすると、クラシックファンにとって、その曲を覚えた演奏家の演奏が、いつまでも自分の頭の中のリファレンスとして残るもので、それを超える演奏に出会えるのは、なかなか難しい。


自分が、この曲でリファレンスとしているのは、この音源。


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チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 
マルタ・アルゲリッチ




演奏としては、アルゲリッチらしい強打腱で乱暴で突っ走る感のある演奏で、緩急はあまりなく一本調子のところもある。第1楽章のカデンツアもない。これより名演奏なものも実際多いだろう。でもこの演奏が、自分のこの曲についてのリファレンスなのだ。ラフ3の興奮処、魅せ場は、これを基準にしている。


こればかりは個人の感性によるところが大きい。


この盤は、1980年の古い録音。新しい録音で、優秀な演奏の録音をずっと探し続けてきているのだが、これは!というのになかなか巡り会えないのだ。


また自分がクラシックの音源を聴く場合は、必ず演奏とそして録音の良さという2点から選ぶのが筋でもある。オーディオファンであるので、録音の良さは必須条件で、やはり録音のよくない音源は、自分の愛聴盤として挙げられないのである。


でも、このラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番だけは別。


演奏第1主義。


この曲に関しては、まずその演奏解釈が第1優先なのだ。

この曲は、このような演奏であれば、まさに感動する、自分のツボに嵌る、という理想の演奏体系・造形が自分の中にすでに構築されている。そう言い切れるだけ、実演含め、この曲の演奏に触れてきた。


これは自分がとても不思議に感じていることなのだけれど、この曲は、CD/SACDなどのオーディオ音源よりも、実演含めた映像素材のほうが、とても感動するのだ。これがどうしてなのか?自分でも説明できない。


自分がいままでこの曲で大感動したのは、ほとんど映像素材といっていい。


まずここから入った。


「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番」・・・この曲をひとことでイメージづけするのなら、


「ダイナミズムと甘美な旋律が融合した音の絵巻物語」


まずダイナミックでないといけない。40分強あるこの曲は、いわゆる旋律の流れとしてきちんとした筋書があって、その要所要所に魅せるための決め処のテクニックの披露、随所にはめ込まれている甘美な旋律の流れなどがある。第1楽章のカデンツアや、第2楽章の華麗なトリルの部分などなど、そのそれぞれの名所は、全体のフレームを華麗に魅せるために要所要所に散りばめられている布石となっているのだ。


そしてこの曲で私が最も興奮するところ、終盤のエンディングにかけてのグルーブ感、テンポを上げて 一気に盛り上がり、その頂点で派手な軍楽調の終止に全曲を閉じる部分。 この賑やかな軍楽的な終結は「ラフマニノフ終止」と呼ばれているもので、この部分で私はいつも体全体に稲妻のようなゾクっとくるのを感じるのが快感なのだ。この部分の感動を味わいたくて、最初からずっと聴いているみたいな.....


このラフマニノフ終止に至る劇的な感動は、まさにその間に仕込まれた数々の決め処の見せ場があるからこそ、生きてくると思うのだ。このエンディングで、40分強という長大でロマンティックな旋律で綴られた音の絵巻物語を、このフィニッシュで一瞬にして完結させてしまう圧巻のその瞬間! このラストの瞬間を聴いたと同時に、いままでの布石が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、その余韻の素晴らしさ、そして楽曲を弾ききった達成感、その長い壮大なドラマが完結したような興奮が一気に最高潮ヴォルテージに達する。


まさに音の絵巻物語なのだ。


そういう感動のメカニズムを達成するには、演奏する側に必要な要素は、まず躍動感&パワー、そしてダイナミズム。ダイナミズムがあるからこそ、弱音表現などの緩急の差も生きてくる。


この曲の華麗でダイナミックな演奏は、やはり映像素材などの映像付きで鑑賞すると感動の度合いが違うと感じるのは、そこなのかもしれない。それがCDではなかなか自分の琴線に触れる作品に出会えないのに、映像ソフトではこのように感動作品に出会えるという理由なのかと思ってしまう。この曲は視覚効果というか、速射砲のような運指、体全体を激しく揺らすダイナミックな演奏風景を観ながら聴くという眼・耳の両方からの相乗効果で、脳に与える刺激が何倍にも膨れ上がる、ということ。


また、2番は、どちらかというとオーケストラが先に走って、それにピアノが追随していくスタイルなのだが、3番は、全く逆。ピアノがつねに先を走ってオーケストラを誘導する。そういう意味でも、ピアニストにとって、つねに見せる要素の強い曲と言えるのだと思っている。


これが、この曲が実演、映像ソフトなど映像から入る作品に向いていると思う理由なのである。

そういうことを考えると、やはりこの曲は、男性ピアニストに有利な曲であることは仕方がないことなのだろう。


自分がこの曲で感動していた演奏としては、2004年のゲルギエフ&ウィーンフィルのサントリーホールでの来日公演。イエフィム・ブロンフマンをソリストに迎えてのこの曲の演奏は、観ていて鳥肌が立った。まさに近代稀にみる名演奏という評判に相応しい名演であった。


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そして、ロシアのピアニスト、デニス・マツーエフ。


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まさに叩いて叩いて叩きまくる。その圧倒的な力技の奏法に、演奏中にピアノの位置がずれてしまう(笑)、というくらい凄いダイナミズムの代表のようなピアニストなのだが、この人のこの曲の演奏もじつに素晴らしいものがあった。ベルリン・フィルのDCH(Digital Concert Hall)で出会った(2010年か2011年の定期公演の演奏)。ゲルギエフ/ベルリン・フィルとの競演で、ベルリンフィルハーモニーでこの曲を披露していたが、まさに圧巻だった。


このマツーエフは元々乱暴な弾き方をするピアニストで、凄い荒々しい演奏なのだが、これがこの曲と妙にマッチしていて、じつに鳥肌もので素晴らしいと思った。この曲には、やはりパワー&ダイナミズムが必要不可欠なのだな、と改めて考えさせられた。


この曲を聴衆に対して感動させるには、こうだ!というようなお手本のような演奏だと思う。
いまでもアーカイブで観れると思うので、ぜひご覧になってほしい。自分がラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番で理想とする演奏がそこにある。


マツーエフのこの曲は実演にも接したことがある。ゲルギエフ&マリインスキーの公演でサントリーホールで聴いた。期待を裏切らない素晴らしい演奏だった。


こうしてみると、ラフマニノフはロシアの作曲家。ロシア人指揮者のゲルギエフがこのような優秀なラフマニノフ弾きを育て、次々と世に送り出すのが上手なのは、もう彼らロシア人からするとロシア音楽を背負っていく宿命みたいなものなのだろう。


確かに男性ピアニスト有利な曲ではあるが、女性ピアニストでも素晴らしいラフマニノフ弾きがいる。


我らが小山実稚恵さんだ。


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小山実稚恵さんは学生時代より特に3番がお気に入りで、この曲を聴かないと寝れないというくらい好きであり、その後ピアニストとしての夢をかなえた。


日本でこの曲を初演したのはまさに小山さんなのだ。(ちなみに指揮は小泉和裕さん。)
そして小山さんは日本一のラフマニノフ弾きとしての評価を不動のものとしている。
 
ご本人がもっとも好きだという曲だけあって、この曲には特別の思い入れがあるようで、国内で頻繁にこの曲の演奏会を開いてくれる。この曲が大好きな私にとって生演奏を聴こうと思ったら、必然と小山さんの演奏会に出かけることになる。

小山さんのこの曲の公演は、もう軽く10回~20回くらいは行っていると思う。


つい最近新しいところでは、小山さんのデビュー30周年記念コンサートでサントリーホールで、この曲を演奏してくれた。自分は、そのとき聴いて大感動した。


小山さんのラフ3は、女性ピアニストならではの解釈で、とても柔らかい女性的な表現でありながら、肝心の緩急の部分、要所要所の魅せる部分、全体のロマンティックな流れなど申し分なかった。まさに日本でのこの曲の第1人者である。


序章は、長くなってしまったが、ここからが本番である。(笑)


この曲に対するこだわりがあまりに強すぎるため、長いこと自分のこれは!と思える音源に出会えなかったのだが、BISの新譜で、なんとこの曲のSACD5.0サラウンド録音がでた。



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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番、第3番 
エフゲニー・スドビン、サカリ・オラモ&BBC交響楽団



1980年生まれのロシア・サンクトペテルブルク生まれのピアニスト、エフゲニー・ズドビン。
BISレーベルが、デビュー以来、ずっと育ててきている若手の男性ピアニストだ。


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この人のBISの新譜は、いままで必ず自分の日記で紹介してきた。
ラフマニノフ、メトネル、スクリャービン、チャイコフスキーなどを得意レパートリーとして録音を残してきている。最近ではベートーヴェンのコンチェルトやスカルラッティ・ソナタを日記で取り上げた。


とにかくこの人の演奏、録音は外れがないのだ。
いままで期待を裏切られたことがない。

素晴らしい演奏に、素晴らしい録音。


このズドビンが、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番。
そしてBIS録音。SACDの5.0サラウンド録音。

全てが揃った。

相当心ときめいた。


ラフ3のサラウンド録音は、いままでないことはなかったが、自分の好みではなかった。

ついに自分の本懐が遂げられる時がやってきた!


新譜の封を切って、トレイに乗せて、ドキドキしながら聴く。

・・・以下沈黙。(苦笑)


やっぱりそう世の中簡単にうまくいくことってないんだなぁ。
期待していたズドビンのラフ3は、自分の理想としていた演奏とは程遠いものであった。


要所要所での決め処、魅せ処が、まったく自分の理想とかけ離れていて、全体のスケッチ、絵巻物語のようなストーリーが描けていないような感じがした。(描けていないと言ったら言い過ぎかもだが、自分の理想とあきらかに違う。)


確かに全体としては無難にまとまって演奏しているのかもしれないが、自分はこの要所要所での決め処の甘さが許せなかった。ここが甘いと全体の骨組み、そして最後のシャットダウンに至るときの壮大な余韻の感動が弱くなってしまう。終焉に向けて一気にエネルギーをぶつけていく瞬発力を養うためには、それまでの間の壮大なドラマの描き方がとても大切なプロセスになると思うのだ。録音はBISなのでいいのだが、自分にはやはり演奏解釈という点で、そこが残念賞であった。


いままで裏切られたことのなかったズドビンでさえを持っても、満足できない自分。

この曲に対するこだわりは、もうほとんど病気なのかもしれない。


返って、2番のほうがとてもいい演奏であった。自分は2番は合格点。

アルバムとしてのトータルバランスとしては優秀でいい録音作品の部類なのだと思う。

3番に対する自分のこだわりが邪魔をしているだけ・・・


ラフマニノフの曲風は、よくロマンティック、メランコリック、映画音楽のようだ、.....とか言われるが、確かに、うっとりするような華麗・甘美なメロディの調べは、いにしえのクラシック作曲家達の曲風とは一線を画している彼独特の旋律のように感じる。

また、ラフマニノフは 映画音楽のようだといわれるけど、映画音楽のほうが彼の作品を参考にしたわけで、ギリギリのところでポップスに行かない、そういうひとつのクラシックとしての敷居の高さを守っている、そういうすごい才能があると思う。

 


そんなラフマニノフの作品は、いまから40年ほど前までは、「鐘の前奏曲」とピアノ協奏曲第2番が良く知られていて、さらに交響曲第2番やパガニーニ狂詩曲がコンサート・プログラムに徐々に取り上げられるようになって来たかな・・・ といった状況だった。


だからラフマニノフといえば、大ピアニストで作曲もした人というのが大方の音楽ファンの認識だったと思う。しかし ここ40年で状況は大きく変わった。


・3曲の交響曲 管弦楽曲
・ピアノ協奏曲
・室内楽曲
・ピアノ独奏曲
・声楽曲・オペラ


作曲家ラフマニノフの全貌が レコード音楽を中心に明らかになったと言える。
そうしてみると 単にピアニストの余技どころではなく、グリーグ、シベリウスあたりと堂々と肩を並べるべき大作曲家であるというように認識も変わって来た。そして 何よりもラフマニノフの音楽に特有の先が見えないようなメランコリックな雰囲気が 今の時代にフィットしている感じがする。 


ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番。


自分にとって、この曲に対する音源探しの旅はこれからも続くのだろう。

今回の件で、いったいいつになったら本懐を遂げられるのだろう?と想うことしきりだ。





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