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ホール音響、欧州で議論、ワインヤードかシューボックスか。 [音響設計]

きっかけになったのは、ドイツ・ハンブルクで2年前に完成した新ホール、エルプフィルハーモニーでの演奏会。今年1月に、人気テノール歌手のヨナス・カウフマンがマーラーの交響曲「大地の歌」を歌った際、観客席から「聴こえない。」のやじを受け、カウフマンが怒って演奏中に途中退場した事件。

公演後、カウフマンは地元メディアにこのホールの音響を批判。
「次に公演する際には、(靴箱型の)ライスハレでやる。」

この事件は、クラシック界ではかなりセンセーショナルな事件で、それまで腫れ物に触る扱いだったエルプフィルハーモニーが、この事件を機会にかなり窮地に追い込まれているのが現状なのだ。(腫れ物に触る扱いだったからこそ、その反動が来たという感じ。)

また、この事件に相乗りするような形で、女性のフリーランスライターが、この新ホールの音響、じつは現地であまり芳しくないというようなニュアンスの投稿をして、これがさらに話題になって輪をかけて日本のファンは騒然。

なんか新ホールの門出にいちゃもんをつけられ、一気に風向きが変わってしまった、という感じなのだ。

自分は、このホールに行ってみたいとはまったく思ってなくて、NDRのチケットはいつも完売で取れないし、転売サイトで高額チケットを買ってまで行くようなホールだとは思っていない。限られた年間予算をやり繰りする上では、もっと優先度のあるホールがいっぱいあって、正直自分にとってこのホールの優先度は低いのだ。

でもこのニュース、風評は正直心傷むというか、自分もすっかりこのカウフマン事件と女性フリーランスの記事を信じ込んでしまって、「エルプフィルハーモニーは音響が芳しくない。」という固定観念ができつつあった。

SNSの投稿でも感想をいくつか拝見したが、やはり自分の耳で確認しない限り、説得力がないというか心に響いてこない。

そのようなとき、2019年6月3日の朝日新聞に、「ホール音響、欧州で議論」というとても気を惹くタイトルで記事が特集されていて、その内容を読んだら、思わず、な~んだ!という感じになってしまった。

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ぜひ、この記事、とても興味深いので、最初から最後まで1字1句逃さないで読んでほしい。

この記事を読むと、カウフマンが歌っていた時に、「聴こえない」とヤジを受けたのは、ステージの後方席、つまりP席からだったようだ。

自分はこの事実を知ったとき、そんなの当たり前じゃね?と笑ってしまった。

クラシック・コンサートにゴアと呼ばれるがごとく通っている身において、どこの世界に歌手、つまり歌い手が歌う公演で、P席に観客を入れるだろうか?

自分は、少なくとも東京の場合、ワインヤードはサントリーホールとミューザ川崎であるが、ここでオーケストラと歌手、あるいは歌手とピアノのみのリサイタルのときに、P席に観客を入れているところなど見たことがない。(笑)

ご存知のように、人間の声、そしてピアノの音というのは、とても指向性が狭い特性(音の広がる角度というか範囲のこと)のものなので、ステージで歌手が歌う場合は、前方があたりまえ、よくて側方のみです。後ろには絶対客は入れません。P席は空席のままにします。

それが常識というものです。 (下の写真は、ミューザ川崎でのグルベローヴァさまの日本でのラストリサイタルのとき。このようにP席には観客はいっさい入れません。)


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でもこの事件を記事で読むと、P席に人を入れているみたいなのだ。そしてヤジはそのP席から飛んできている。

そりゃ聴こえないのはあたりまえでしょ。(笑)カウフマンの後ろから眺めていて、しかも大地の歌なのだから、オーケストラ付き。オーケストラの音でマスキングされるハンデもある。

これは、こういう歌が入るコンサートにP席に観客を入れるエルプフィルハーモニーの興行主がすべて悪いんじゃねぇ?と思う訳です。

そしてカウフマンも背後から聴こえないというヤジを受けたから怒って、今度からはシューボックスのライスハレでやる、と言っている訳だ。そこで、歌ものは声の指向性の狭さから、ワインヤードよりもシューボックスのほうが適正なのではないか?でもいまのコンサートホールの流れからして、たくさんのお客さんが入り1回の公演でたくさんの収入を一気に儲けることのできるワインヤードのほうの流れの主流。 そういう議論がいま欧州で巻き起こっているというのだ。

このカウフマン事件がきっかけで、いま建設中のロンドンの新ホールにも飛び火しているらしい。
はたしてワインヤードのままでいいのか?それともシューボックスなのか?いままだ未定という。

さらに笑えるのが、この記事にも書いてあるが、同じこのエルプフィルハーモニーで、同じ大地の歌をゲルギエフが手兵のミュンヘンフィルを使って、カウフマン事件の反省から、歌手をオケの後ろ、ステージ後方に左奥に配置することで、ステージ後方の聴衆の「死角」を減らし、金管楽器を後方右側に分けて音量のバランスを取った。

聴衆の不満はいっさいなかったそうだ。

ゲルギーは自慢げに「名ホールはヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスと同じ。音響技術を使いこなす指揮者が必要だ」と語ったそうだ。

だから、そんなことしなくてもP席に観客を入れなきゃそれで済むことなのですから。(笑)

日本じゃ至極あたりまえのこんな常識もクラシックの本場ヨーロッパではあまり通じていないのだろうか?いやハンブルクだけの現象なのか・・・

こういう背景から、いま欧州でホール音響の議論、次世代は、はたしてワインヤードなのか、シューボックスなのか、という記事を朝日新聞は書いた、ということらしいのだ。

この記事を読んで自分はすべてがすっ~とすっきりした気分になった。
この内容、つまりカウフマン事件の真相をきちんと理解している人って、いったいどれくらいいるのだろう?

それにも増して、自分が遺憾に思ったのは、フリーランスライターがそのカウフマン事件に便乗して、エルプフィルハーモニーの音響が芳しくない、という記事を書いて投稿したことだ。彼女はどれだけ、事の真相を理解しているのだろうか?

正直その投稿を読んだとき、書かれている文章に素養として技術的なバックグランドがあまり感じられなく、読んでいて、自分には響いてこないというか真実味があまり感じられないよな~と思ったものだ。でも実際いろいろな人が言っている、そういう噂がある、というニュアンスな文章だったので実際自分が聴いて体験したわけでもないわけだから、やはりそういうものなのかな~と信じるしかなかったというところだ。




これは長い自分のホール音響鑑賞の経験から最近ひしひしと学んだことなのだけれど、ホール音響を誉めることは全然ウェルカムなことなのだが、その反対の音響を貶すということは、あまり文章にしてSNSや公式雑誌で広めたりしてはいけないことなのではないか?と思うのだ。

コンサートホールの音響というのは、いわゆるすでに建ててしまっている建物な訳で、もう変えることができないのだから、それに対して悪評などを世間に広めたりしたら、それこそ風評被害もいいところで、そのホールのレジデンス・オーケストラや興行主は、そういう風評被害で迷惑を被るどころか、いろいろツライ想いをしないといけない。しかも変えることができない訳だから、それを一生かけて背負っていかないといけない。

それってやっぱりやっちゃいけないことだと思うのだ。少なくともフリーランスや職業ライターのようなその書いた文章に社会的責任をもつべき人たちは、そのようなことを書いてはいけない、と思う。

でもあそこのホールはいいけど、こっちのホールは全然ダメというのは、人間だったら、そしてホール愛好家だったらどうしても言いたくなるよね。それが人情というものだ。自分も以前はもう悪いと思ったら、ガンガン言っていたので、その気持ちがよくわかる。

でも最近粛々とそのことを想うようになったので、自分の中でコントロールするようにしている。
百歩譲って、海外のホールは言っちゃっていいでしょ。でも国内のホールはやめたほうがいい。


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エルプフィルハーモニーは、その内装空間からして、確かに一見奇抜な感じを受けるが、自分はワインヤードの音響技術の基本がきちんと敷かれている非常に基本に忠実なホールではないかと思う。観客席を流線型ではあるけれど、きちんとブロック単位で分けていてその段差壁を反射音生成のために使うようになっているし。


そしてその反射壁やいたるところの壁も、ご覧のようなホワイトスキンと呼ばれる反射音の拡散の仕掛けが作られている。反射音をホール内に均一密度分布で拡散させるためだ。

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天井の造りも、ちょっといままでのワインヤードのホールとは違って特徴的であるけれど、そんなに基本から外れていない。その効果作用は十分に想像はできる。

自分がこのホールの内装空間を観たときに一瞬感じる、想像しうる音響空間は、かなり容積が大きいホールのように思えてしまうことだ。容積が大きいことは直接音と反射音の到来関係に大きな要因を施します。

ホール音響、つまり建物の中に音声が伝搬する現象は、直接音と初期反射音と残響音(2次、3次以降の高次反射音)の3つから成り立っていて、聴衆の耳、聴こえ方に一番大きな影響を与えるのは、初期反射音だと思っています。

ホール音響は初期反射音がキーになります。

残響音は、もっと粒子の細かい余韻とかそのような聴感覚を支配するもの。

人間の耳に一番影響を及ぼし聴こえてくるのは、この直接音(実音)に対して、響き成分である初期反射音が、どのような量で、どのようなタイミングで重畳されるか、人はこの響きの音色を聴いて、いい音響と思うのだと思います。

だから響きである初期反射音の実態が大事なのです。

実音である直接音に対して、初期反射音がどのようなタイミングで到来して重畳するのか、これはホールの容積で決まってきます。ホール容積が小さいと、直接音に対して響きがすぐに被る感じになるし、ホール容積が大きいと、それだけ伝搬距離が長くなるので、初期反射音は遅れて聴こえて、響きが分離して聴こえるようになって、そうすると立体感や空間感を感じるようになります。

この直接音と初期反射音との到来時間には、音響学上のきまりがあって、下のような関係と言われている。容積があまりに大きすぎると反射音が遅れすぎて、逆にエコー(ロングパスエコー)となって障害になってしまう。

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建築音響学、ホール音響っていろいろ奥が深い学問であるけれど、キーになるところは、ここなのではないのかな、と素人ながらに想っている訳です。

さらにもうふたつ加えるとすれば、ひとつは人間の耳に入射する反射音の角度によって、人間が感じる音の拡がりというのがずいぶん違った印象になるそうなので、その聴衆の席のポイントでいかに音の拡がりを感じるような反射音の入射角になるようにホール形状を考えるのか、ということ。人間の耳は上からの反射音を左右の耳で聴くと同時で時間差がなくあまり拡がりを感じないそうですが、側方からの反射音には左右で時間差があり、拡がりや立体的に聴こえたりして強烈に反応するそうです。

そして、空間、容積が広くなれば残響時間が長くなること。これが大原則なんじゃないかな。ホール音響をよくする、のためになにをやるか、ということに関して言えば。。。

ホールの形状、壁、天井の材質、床の振動、いろいろな要素があるけれど、突き詰めるとそこなのではないのかな、と素人は思います。(いままでホール実体験と独学による)

エルプフィルハーモニーの内装空間を見ると、あまりに広大な容積に見えるので、直接音と初期反射音の関係は分離気味で空間感や立体感のある聴こえ方。でも容積広大なので、聴衆席に届くまでの伝搬距離が長くて音のエネルギーが減衰してしまい、音のエネルギー感は薄いような気がするんですよね。あくまでステージから離れた場合の座席です。

写真で見る分にはそんな印象ですが、やはり実際聴いてみないとダメでしょう。百聞一見にしかずです。とにかく自分がこの内装空間を見て、マイナスな印象に感じるのは、あまりに広大なキャンパスに見えてしまうことです。

カウフマン事件ですっかりダークイメージがついてしまったエルプフィルハーモニーの音響ですが、原因は歌もののコンサートのときに、P席に人を入れていたことが問題な訳で、本質的な音響に問題があるとは自分は思っていません。

エルプフィルハーモニーの名誉のためにそこのところをこの日記で断言しておきたかった。。。

内装空間の写真を見る限り、上のような音響印象を抱きますし、決して悪いとは思えないからです。でもこの部分は聴こえないとかのデッドスポットはあったりするかな?(笑)それはどこのホールでも絶対あることです。避けられないこと。

カウフマン事件により問題提起された、次世代のコンサートホールはワインヤードなのか、シューボックスなのか。

昨晩、NHK BSプレミアムシアターで、「最高の音響を求めて」という番組が放映されていました。
さっそく録画して見ました。

かなりホール音響マニア向けに出来ていて最高に面白かった。
録画していなかった人はダビングして差し上げます。それだけ興味をそそる最高の番組でした。

番組タイトルのワインヤードなのか、シューボックスなのか、の議論の決着、その理由づけまで深く掘り下げてはいなかったけれど、ひとつの問題提起はしていた。

日本が誇る音響設計家 豊田泰久氏は大活躍で番組に出演していました。
まさに世界を駆け巡って大活躍しているんだね。

ロシアにまた新しいコンサートホールがオープンしたようだ。
モスクワ ザリャジエ コンサートホール(2018年9月オープン)

ワレリー・ゲルギエフがプロジェクト建設顧問で、音響設計は豊田泰久氏。
共にザリャジエ公園に新しいフィルハーモニーホールの建設現場を訪問した様子が映し出されていた。赤の広場の隣のモスクワ中心部に位置し、ホールには1,500人の観客が収容される。

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http://accentus.com/4294


チェロ奏者 アナスタシア コベキナが、3つのホールでバッハの無伴奏チェロソナタを録音して、響きを比較した。ベルリン・コンツェルトハウス、ベルリン・イエス・キリスト教会、ベルリン・フィルハーモニーホール。

「場所によって弾き方も変わります。ホールの響きに合わせて調整するのです」


あと、面白かったのは、ベルリン・コンツェルトハウスホールにて、指揮台の後ろ、そしてオケの各パートの場所にマイクと映像カメラをセッティングして、オーケストラが演奏しているときに各奏者の目線と、各奏者がそのときどのように聴こえているのか、を実験する内容。これはオケの団員さんでないと絶対わからない経験。指揮者の後ろがある意味、我々聴衆に一番近い聴こえ方だけれど、それでも限定されている感じ。そして各奏者のところではずいぶんと限定された聴こえ方
なんだな、と思いました。


長年かけてようやくリニューアルされたベルリン国立歌劇場。その骨子は屋根、天井を高くして、音を透過しかつ反射させる格子状の素材をドーム状に組んで、残響時間を1.1秒から1.6秒へ改善した。やっぱり残響時間を長くすること、つまり容積を大きくする=天井を高くすることなんだよね。

実際のホール設計、音響シュミレーションの現場も取材で見せてくれました。
いまコンピュータ・シュミレーションの3次元CADは凄いもんだね。

ホールのプロポーション・寸法・容積に応じて、パソコン画面上で建物がクルクルと回る感じで、サッと反射音パターンが描画される。もう文明の利器だと思いました。

でもどうしても模型を作らないといけない場合があり、それはコンピュータシュミレーションだけではどうしても細かいチェックができないところがあって、そういう場合は模型を作って検証するしかないようだ。

面白かったけれど、この番組のタイトルのワインヤードか、シューボックスか、という結論は出していなかった。

ここは私が結論を出しておきます。(笑)

べつにシューボックスを否定する訳ではないが、やはりそこには収容人数のキャパの問題があり、シューボックスは現代のニーズに合わないと思う。

最近のクライアント側の要望は、圧倒的にワインヤードが多いそうだ。

シューボックスの音響的な利点を出すためには横幅の制限があるので、大きくするには客席を縦に広げるかバルコニーを深くするかになる。でもバルコニーの下は音響的に難しいし、妥協しなければならないことがたくさん出てくる。そうするとどの客席からもステージが近いというワインヤード・スタイルの利点が出てくる。

でも単にそういう技術的な観点だけではなく、もっと違う意味合いで、ワインヤードの最大のメリットは、親密感とか親近感というのがある。 シューボックスだと ほとんどの席がステージを向いているので他のお客さんは基本的に背中や後頭部が見えるだけで顔は見えない。

それに対してワインヤードでは他のお客さんもエキサイトしている顔が見える。

そういう意味で、親密感。

確かにワインヤードって昔からステージとの一体感が売りな訳で、そういう意味で他のお客の顔が見える、というのは、その波及効果だと思います。

あと、大人数を収容できるのは、1回のコンサートで大きな利益を一気に上げられるメリットもあって、いまのコンサート収益ビジネスのニーズに合っていますね。時代はワインヤードの方向なんだと思います。

でもオーディオマニア的には、やっぱりシューボックスの音響がいいですね。オーディオルームはもちろんシューボックスが基本です。

また日本のホール事情は、ワインヤードと言ってもまだ少なくて、大半はシューボックスか多目的ホールが圧倒的です。

特に多目的が多いかな。

クラシック音楽専用ホールはある意味憧れの存在ですが、ホールを維持していくというのは本当に大変なこと。

いくらハコが立派でもコンテンツが充実していないと赤字経営。クラシックのコンテンツだけでフル回転するのは、やはり大変なことなのだと思います。会議コンファレンスやPAライブ会場など、多目的に利用できるホールでないと、経営を常時回していけないというか、ホールを維持していくのは大変なことなのだと思います。










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