マーラー交響曲第2番「復活」だけを振る男 [海外音楽鑑賞旅行]
ギルバート・キャプラン。この方の存在を知ったときは、世の中にはなんと面白い男がいるのだろう、と思ったものだ。男は夢を追いかける生き物、というのを地でいった方であろう。
マーラー交響曲第2番「復活」だけを振る男。
そして世界で最も有名なマーラー・フリーク。
そして世界で最も有名なマーラー・フリーク。
ウィーンフィルとのキャプランの2番復活は、自分の復活コレクションの中でも最高の超優秀録音。4年前の2016年の元旦に亡くなられたが、そのときは、そうかぁ、ついに亡くなられたか、という感じで、そのとき日記にしようとも思ったのだけれど、そのままになっていた。
昨日のマーラー音源紹介の日記で、ふたたび脳裏に復活。
キャプランの伝説は、クラシック音楽業界にいらっしゃる方であれば、もう誰もが知っている有名な話だけれど、改めて、自分からも紹介してみたいと思う。
ギルバート・キャプラン氏は、1967年創刊のアメリカの経済誌「インスティテューショナル・インベスター」の創刊者として実業に携わり、実業家としての成功をおさめる。青少年時代に音楽教育を受けたことはなかったが、大好きなマーラーの交響曲第2番「復活」を指揮することを夢見て、30代を過ぎてからゲオルク・ショルティに師事して指揮法を学ぶ。
40代なかばで、自費によるコンサートをエイヴリー・フィッシャー・ホールで行い、指揮者としてデビューする。最初で最後のはずが絶賛を浴び、あちこちのオーケストラから客演の依頼がくることとなり、「復活」のみを専門に振る指揮者として知られるようになった。
生涯に客演し「復活」を振った主なオーケストラは
ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
セントルイス交響楽団
ピッツバーグ交響楽団
ワシントン・ナショナル交響楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
北ドイツ放送交響楽団
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
ロンドン交響楽団
フィルハーモニア管弦楽団
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
スカラ・フィルハーモニー管弦楽団
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
フィンランド放送交響楽団
プラハ交響楽団
ブダペスト交響楽団
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
キーロフ歌劇場管弦楽団
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
ロシア・ナショナル管弦楽団
新日本フィルハーモニー交響楽団
メルボルン交響楽団
セントルイス交響楽団
ピッツバーグ交響楽団
ワシントン・ナショナル交響楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
北ドイツ放送交響楽団
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
ロンドン交響楽団
フィルハーモニア管弦楽団
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
スカラ・フィルハーモニー管弦楽団
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団
フィンランド放送交響楽団
プラハ交響楽団
ブダペスト交響楽団
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
キーロフ歌劇場管弦楽団
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
ロシア・ナショナル管弦楽団
新日本フィルハーモニー交響楽団
メルボルン交響楽団
などである。
「復活」以外にはレパートリーも皆無であり、「復活」の指揮以外の音楽的キャリアもこれといってない(笑)。
しかし、「復活」に関しては世界的にも第一人者と目されている。音楽以外の分野で成果を収めたのちに中年以降に転じて成功した指揮者、ただ一曲だけを振り続けた指揮者という(笑)、世界でもまず他に例のない珍しい特性を二つも兼ね備えた稀な存在である。
1988年発売したロンドン交響楽団との演奏は、マーラー作品のCDとしては史上最高の売り上げを記録した。2002年には、私財で購入したマーラー自筆譜を元にした新校訂版「キャプラン版」での録音をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と行い、話題になった。
「復活」専門の指揮者のキャプラー氏は、40近いオーケストラと100を超える「復活」パフォーマンスのほか、「復活」のレコーディングも3度おこなった史上最強のマーラー復活フリークであった。
キャプラン氏は、アメリカの実業家で、26歳で経済誌を創刊し、一流へと成長させた凄腕経営者。音楽演奏には縁のない人生だったのだ。それが20歳のときに故レオポルド・ストコウスキー指揮アメリカ交響楽団によるマーラーの交響曲2番「復活」のリハーサルを見学し衝撃を受け、いつか、この曲を指揮したい!と夢を抱いたわけだ。
40歳になるのを機に、この夢を実現させることを決意。以後、マーラーの2番の演奏会を追いかけて世界中をかけまわり、1日9時間にも及ぶ練習を重ね、ついに指揮者たちの間でも敬遠される難解なこの曲をマスターした。
そして自費で1夜限りの復活のコンサートを実現。大成功を収め、最初で最後のはずが、つぎつぎとオファーが舞い込むようになった。まさに「復活」を振るだけで後世の人生を開拓していったのだ。
まさにアメリカン・ドリームですね。
キャプラン氏は、当初、ビジネスの世界で大成功していて、彼は経済誌の会社を7000万ドル(80億円)で売却していて、その潤沢な80億の資産が、この夢を叶えるべく音楽活動を支えたわけだ。
やがて「復活」の指揮・録音だけではなく、マーラーの自筆譜校訂、シンポジウム出席など、研究者としても活躍の場を広げ、もはや彼の音楽を「アマチュアの趣味」と言う人は皆無となっていた。
金持ちの道楽恐るべし!まさに「復活」に生涯をかける形で、しかも「道楽」のレベルをはるかに超えた、学問的成果をも残した、というところがスゴイではないか!
自分は最初この話を知ったとき、不覚にも思わず笑ってしまった。(笑)
こんな男が世の中にいるとは!
こんな男が世の中にいるとは!
でもそれはやはり金を持っていた、資産家だからできたことなんだな、とその当時納得した。結局この世の中、なにをやるにしても金。先立つものがないとダメなんだな、と。
クラシックの作曲家は、モーツァルトにしてもベートーヴェンにしても、そしてワーグナーにしてもつねに金に困っていた。ワーグナーだって、ルィートヴィッヒ二世というパトロンがいなければ、あのような大成功は成し得なかったであろう。
それを自らの資産で、自らの力で、運命を切り開いていった男が、このギルバート・キャプランという男なのだ。
この復活だけを振る男、ギルバート・キャプラン氏は日本にも来日している。
1984年4月12日 NHKホールで新日本フィルを振って、この復活を披露しているのだ。
そのときのポスターがこれ。
そのときのポスターがこれ。
指揮:ギルバート・キャプラン
管弦楽:新日本フィルハーモニー管弦楽団
ソプラノ:ヨン・ミ・キム
メゾ・ソプラノ:シルビア・リンデンストランド
合唱:晋友会合唱団
単なる話題集め、とも揶揄されたこの公演。でも大成功に終わった。
なぜ新日本フィルなのか、あの晋友会合唱団が参加しているなんて驚き。
この組み合わせから考えても、ひょっとすると同じ「復活」が大好きな小澤征爾さんの鶴の一声があったのではないか?とも思ったり・・・。
単なる金持ちの道楽で終わらなかったのが、この「復活」を徹底的に研究し尽くしたこと。それは、いわば「復活」のエキスパートとしての数多い指揮活動の副産物のようなものだったとも言われている。
これがキャプランの復活で1番有名なウィーンフィルとの録音。
DG SACDでSACD5.0サラウンド。Emil Berliner Studiosのライナー・マイヤール氏がトーンマイスターの超絶優秀録音である。
自分の中でマーラー2番復活といえば、この録音が1番だ。
2002年におこなわれたこの録音は、単に優秀録音というだけではなく、キャプランの私財で購入したマーラー自筆譜を元に自らが研究して改訂をおこなった新校訂版「キャプラン版」による演奏なのだ。
この「キャプラン版」についてはこんな話がある。
キャプラン氏が世界各国のオーケストラを指揮して「復活」を演奏する際に、どのオケでも必ず持ち上がる問題が、楽員の使っているパート譜と、指揮者の使うスコアのあいだに一致しない部分が多々あるということであった。そこで考えたのが、自身による校訂譜の作成ということで、そのための準備段階として、まずマーラーの自筆譜を購入して刊行、さらに音楽学者のレナーテ・シュタルク=フォイトの協力を得て、出版譜との差異を細かく検証・分析し、400に及ぶエラーや疑問箇所を抽出、自ら校訂をおこなって出版し、成果を世に問うというものであった。
このキャプラン&シュタルク=フォイトによる校訂譜は、国際マーラー協会も承認済みで、2005年にウニフェアザール(ユニヴァーサル)からクリティカル・エディションとして出版されている。
このウィーン・フィルとのレコーディングも、その校訂譜作成のためにおこなっていた資料収集の過程で、照会先のひとつであったウィーン・フィルから逆にその校訂譜についての問い合わせがあり、実物を目にして感銘を受けたウィーン・フィルの副団長で首席クラリネット奏者、ペーター・シュミードル氏の尽力によって実現の運びとなったということなのだ。(HMVサイト記載)
キャプラン氏が入手した2番復活のマーラーの自筆譜とはどのようなものなのか?
香港のサザビーズに展示された作曲家・指揮者グスタフ・マーラーの交響曲第2番「復活」の直筆楽譜(2016年8月17日撮影)。(c)AFP/Anthony WALLACE
キャプラン氏が2016年元旦に死去したため、彼が所有していた2番復活のマーラーの自筆譜が競売にかけられたようだ。
【2016年11月30日 AFP】オーストリアの作曲家グスタフ・マーラー(Gustav Mahler、1860~1911年)の交響曲第2番「復活(Resurrection)」の希少な直筆譜が29日、英ロンドン(London)で競売にかけられ、450万ポンド(約6億3100万円)で落札された。
楽譜としては史上最高値となった。
競売を主催したサザビーズ(Sotheby's)が明らかにした。交響曲第2番「復活」の全232ページに及ぶこの楽譜には、マーラー自身による消去の跡や書き換え、注釈が含まれており、そのほとんどは鮮やかな青色のクレヨンで記されていた。
この自筆譜は、同作品の熱心な愛好家だった米国人の実業家ギルバート・キャプラン(Gilbert Kaplan)氏が所有していた。同氏は自らの人生をこの曲の指揮に捧げ、今年初めに死去した。
キャプラン氏の2番復活のCDは全部で3枚存在する。
さきほど紹介した新校訂版「キャプラン版」によるウィーンフィルとの録音。
さきほど紹介した新校訂版「キャプラン版」によるウィーンフィルとの録音。
そして、キャプラン氏が最初に2番復活の録音をしたCD。
ロンドン響との録音。
ロンドン響との録音。
このCDは、世界で17万5000枚という、マーラー・レコーディング史上、実は最も数多く売れたアルバムだったそうだ。英国のクラシック・チャートには発売後2年も名を連ねており、また、ニューヨーク・タイムズやドイツのZDFからはその年のベストCDのひとつに選ばれるなど、評価の高さにもかなりのものがあったという。
復活でもっとも売れたCDが、プロの指揮者によるものでなく、アマの愛好家によるものだったというのが、なんか運命ってそんなもんだ、という感じがしますね。(笑)
残念ながらいまは廃盤のようだ。
自分はさっそく中古市場で手配した。
3月下旬に届くので、ちょっと時間がかかり過ぎだが楽しみすぎて待ちきれない気分だ。
自分はさっそく中古市場で手配した。
3月下旬に届くので、ちょっと時間がかかり過ぎだが楽しみすぎて待ちきれない気分だ。
このロンドン響とのCDのブックレットの中に、このような解説と写真が掲載されているそうだ。
オルガンと鐘はオケは別収録してダビングしている。そのオルガンは、マーラーがニューヨークフィルとの演奏会(1911年)で使ったものだそうだ。(この写真はブックレットより転載。オルガンのレコーディング風景)
キャプランの拘りの中の拘りがよくわかるエピソードだ。
このロンドン響とのデビュー録音。いまパッケージメディアのCDを取り寄せているんだが、ハイレゾ・ストリーミングで探してみたらありました。
歴代の復活録音の中で最も売れたCD。
聴いてみた印象。
あまり録音はよくないような・・・(笑)
まっ、というか平凡ですね。
あまり録音はよくないような・・・(笑)
まっ、というか平凡ですね。
この演奏のどこにそんなに売れた理由があるのか、自分が一聴した感じではその凄さというのはわかりませんでした。
普通の復活の演奏のなにものでもない。
でも売れるときというのは、そんな理屈なんて関係ない、勢いで売れてしまうものですね。アマの愛好家による「復活」専門指揮者による録音、という話題性も助け船になったのでしょう。
そんな平凡な演奏の印象です。
そして、最後の3度目の録音が、2番復活の室内楽ヴァージョンだ。
56人の室内オーケストラによるヴァージョンをウィーン室内管弦楽団とウィーン・コンツェルトハウスでライブ録音している。その楽譜はキャプランとロブ・マティスによって編曲されたものだったそうだ。
これも残念ながらいまは廃盤。
もちろんこれも中古市場で手配した。
ものすごく高値なんですよね。
もちろんこれも中古市場で手配した。
ものすごく高値なんですよね。
こちらはハイレゾ・ストリーミングの方には登録されていませんでした。
やっぱりキャプランの2番復活の録音は、ウィーンフィルとの録音が最高傑作だと思う。
とまぁ、こんな感じの男なのである。自分も性格的に徹底的にやらないと気が済まない性格だけれど、男ならここまでやらないとね、と本当に尊敬しました。
でも世の中、結局やっぱり金なんだよね、という現実路線もしっかりと身に詰まされるお話でした。(笑)